性をタブー視せず、大人になるからだを受け止めて――障害のある子どもへの性教育 #性のギモン
障害のある子どもが通う特別支援学校・学級で、多くの生徒が性教育を受けられていない。知らずに迎えるからだの変化に子どもが動揺するケースもある。人との距離感をつかみにくいわが子に「性犯罪の被害者にも加害者にもなってほしくない」と悩む親も少なくない。そんな中、現場で自主的に創意工夫を重ね、子どもたちに合わせて教えてきた教員たちが各地にいる。授業の現場や取り組んできた教員たち、保護者を取材した。(取材・文:田中有/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
保護者からの要望で始めた「キラキラタイム」
都内在住のミドリさん(仮名)には特別支援学級に通う中学生の次女・ユキさん(仮名、13歳)がいる。ユキさんには自閉症と知的障害があり、小学校の特別支援学級で卒業までの3年間、性についてさまざまな角度から教わる「性教育」の授業を受けていた。
ミドリさんは「家ではこんなにいろいろ教えられなかった」と今も感謝している。
「当時、地元で障害のある子どもを持つ親の会で集まると、他のお母さんたちから『同じ区でもうちの学校では性教育をやってもらってない、うらやましい』って、口々に言われました。性の問題では多くの親が悩んでいます。人との距離感をつかみにくい子どもたちが成長して、どう生きていくのか。娘が将来、例えばバスを待っている時に声を掛けられて連れ去られる可能性もあるんですよね。みなさん口をそろえて『子どもには性犯罪の被害者にも加害者にもなってほしくない』って言います」
かつてユキさんの担任だった池野カエさん(仮名)の授業を見せてもらった。都内区立小学校の特別支援学級で、1年生から6年生の子どもたちが性について学ぶ「キラキラタイム」の時間だ。「性教育なんて言っても分かりづらい。自分の心とからだのことをいっぱい勉強して、キラキラした笑顔で幸せに生きていってほしいので」、どこに転勤しても、このネーミングで性教育を実施している。
この日の授業の狙いは、社会がもたらす性的イメージの押しつけである「ジェンダーバイアス」を子どもたちに気づかせ、それにとらわれず自由に自分を表現しよう、というものだ。
Tシャツの色やワッペンのほか、「スカート」「料理」「ドラえもん」「総理大臣」「勉強が好き」などの言葉から、男と女のどちらをイメージしたかを話し合う。続いて、結びついた性別を反対にしたら、「誰かに迷惑がかかるかな?」と池野さんが問いかける。「うーん、『女の人』が『総理大臣』になってもいいよね」「『男』で『優しい』のは......それ、オレだ」。のびのびと発言を重ねる子どもたち。
池野さんが最後に、社会が勝手に決めてきたイメージがたくさんあることを伝え、「男らしさとか女らしさに縛られないで、自分の好きなものを大事にして」と語りかけた。
月に2回のキラキラタイムでは、昨年度はからだの部位の名称やプライベートゾーン、男女の性器の違い、トイレの使い方、身だしなみ、月経や射精、生命の誕生などを扱った。今回の多様性の話は、LGBTQの理解につなげていく。
そもそも、池野さんは特別支援学級の保護者から要望があって性教育を始めたのだという。
「おりものが気になって何回もトイレに行くとか、ずっとおちんちんを触っているとか、親御さんは本当に困っていらした。『どう教えたらいいか分からない。学校でやってください』と何度も言われて、やっと重い腰を上げました(笑)」
最初は『生活をゆたかにする性教育』(クリエイツかもがわ)などの書籍や勉強会を頼りに、手探りだった。試行錯誤を重ねるうちに、特別支援学級ならではの工夫も生まれる。話を聞くだけでは理解や集中が難しい子どもが多いので、絵やマグネットボードも見せながら話し、実際に体験してもらうことも心がけた。男の子も交えて、生理用ナプキンをつけたり替えたりし、タンポンや吸水ショーツなどの使い方を確かめ、生理用品のバリエーションを体感した。繰り返しも大切なので、生理の授業は3回、保健所から新生児の人形を借りてお世話をしてみる授業は2回、少しずつ内容を変えながら実施した。
池野さんは、特別支援学級で性教育を実施することに大きな意味があると感じている。
「全般的に障害のある子どものほうが定型発達のお子さんより、失敗体験や人間関係でジレンマを抱えて育ってきて、自己肯定感が低いお子さんが多いと感じています。だから性教育を通して、自分は自分でいいんだ、これが好きでいいんだ、イヤなものはイヤだって言っていいんだ、と学ぶことは大切です。そして社会の中で誇り高く生きていってほしいなと思っています」
初潮が来ても動揺せず、自分でナプキンをつけて得意げ
冒頭のミドリさんは、ユキさんが小学校を卒業する間際に初潮を迎えた時、うれしそうにしていたことが印象に残っている。
キラキラタイムで生理について学んだ後、自分にもそれが来ると分かってからは、いつ来るのか、足の間から血が出て大丈夫なのか、ユキさんはミドリさんに何十回となく尋ねていた。早春の朝、いよいよ「生理になったかも」とユキさんが告げに来た。
「もっと動揺するかと思ったんですが、ついに来たっていう感じで、本当に得意げでしたね。家庭でも『おめでとう!』って大いに盛り上げました。ちゃんと自分でつけたんですよ、ナプキンも。ああ、キラキラタイムが生きているなと思いました」
一つのことにこだわる傾向があるユキさんは、生理になるたびにミドリさんを質問攻めにする。
「先生に『例えば、質問は1日5つまで、とルールを決めてみたらどうですか?』と教わって、どうにかしのいでいます(笑)。基本的には自分が大人のからだになったのをすごくうれしいことだって受け止めているので、素晴らしいことですよね」
ミドリさんがキラキラタイムの授業を見学した時は、子どもが「手をつなぐ」「腕を組む」「ハグする」などの行為について、相手に「~していいですか」と許可を取るという内容だった。
「先生は『もしもイヤなら、断ってもいいんだよ』って。これ、将来ユキが他の人との関係を作っていく時に大事なことだな、きっと家では教えてあげられなかったろうなって思いました」
子どもの理解に合わせて、手作りの模型で伝える性のしくみ
教育現場での性教育は、池野さんのような教員たちが日々現場で創意工夫を重ね、自主的な勉強会で研鑽を積んでいる。現在、日本の学校教育、特別支援教育では「性教育」の位置づけはない。保健体育や理科の時間で第二次性徴などを教える程度だ。一方、学習指導要領には受精、性交を「取り扱わない」とする"はどめ規定"がある。つまり、性や性行動を肯定的に捉えた性教育を受けられるか否かは"現場の判断"にかかっている。保護者からの切実な要望に突き動かされ、児童生徒の実情に応じて内容を考案し実践を続けてきた、池野さんの先達は全国に点在する。
その一人が、20年近く前から特別支援学校で性教育を教えてきた岡野さえ子さんだ。特別支援学級に通うユキさんたちより障害の程度が重い児童生徒が、小学校から高校の年代まで通う特別支援学校の教員として長年勤めてきた。
岡野さんが小学部の高学年を受け持っていた時、教室で男児が性器を触る、女性に抱きつく、裸になるなどの行為が気になった。それをただ戒めるのではなく、同時に心やからだの変化を肯定的に受け止めてほしいと思った。
そのために、やはり性教育は必要だ。言葉で詳しく教えるよりも、実体験がいいと考えた岡野さんは、子どもたちの理解の度合いを考慮しつつ、射精する男性器の模型を手作りしたり、射精、月経や受精のしくみについて教員が着けたエプロンの上でパーツを動かして説明したりと、工夫を重ねていった。変化に対して不安を抱きがちな子どもたちが多いことから、初潮や精通が来てからあわてるのではなく、その前に実地で準備するよう心がけた。人形を使って、ナプキンを取り換える方法を見せたこともある。その際、「大切なところだから普通は隠してるけど、今日はお勉強だからちょっと見せてもらおうね」と説明してから、人形の服を脱がせ、下着を外した。
「生命の誕生から取り上げていく過程で、性教育といっても結局、自分や周りの人を大事に思う気持ちが基本なんだと、私自身が気づいていきました」
性的な発達に「からだが壊れるー」と叫ぶ子も
別の地方にある特別支援学校で、男子生徒が男性器を「きちんと触る」練習を積み上げてきた教員が高樹あかねさん(仮名)だ。
性教育の研修会で「性器を持てない子がいる」と聞き、学校で観察してみると、確かに5年生になってもトイレでおしりを出し、性器には触れない子どもがたくさんいることに気がついた。ある6年生の男子は、おしっこでトイレを毎回汚していた。
「その子はずっと母親から『ちんちんは汚い』って言い聞かせられてきて、触れなくなっていたんです」
男性器をしっかり持てることは排せつの自立、そして「セルフプレジャー」につながる大事な力だ。そこで高樹さんはトイレットペーパーの芯をフェルトで覆い、それをチューブでソース入れとつなぎ、筒状の先端から水を出す、排尿する男性器の模型を手作りした。これを男性教諭に装着してもらい、教室やトイレでお手本を示した。子どもにも模型を手で持って排尿する体験を積んでもらったほか、おしりの模型で便を拭く練習もした。
「発達のゆっくりなお子さんは自分ひとりでトイレができれば十分だ、と大人は思ってしまいがちでした。でも"カッコよく"できているかどうかがすごく大事なんです」
思春期を過ぎてからだが変わっていくことを丁寧に、タブー視することなく教えることが大切だと、高樹さんは実感している。
「いくら性や性器を存在しないかのように遠ざけても、5年生くらいになって成長してくると、性器周辺の感覚が変わってくる。自閉症のあるお子さんの中には『先生、からだが壊れるー』って叫んだ子もいました。そうなる前に、それは大人になる変化だよ、病気じゃないんだよって、分かりやすく繰り返し教えていかなくては」
伝え方にも工夫が必要だ。資料で説明するより、通い慣れた教室で、親しい先生にお手本を見せてもらうほうが子どもたちは理解しやすい。男の子も女の子も輪になって、誰かが模型でおしっこする様子を真面目に、じっと観察した。子どもの年齢や障害の状態によっては、マスターベーションのやり方を個別に教えた。
岡野さんも高樹さんも、子どもと関わる中で、性的な発達や性衝動を肯定的に受け止めることを心がけている。
岡野さん
「小学部でも性器を触りたくなる子はいますが、『おうちでしてね』と言えばやめられます。中学部に上がると性的な衝動が強くて、もやもやしてパニックにつながることも。ある程度の理解力があれば『自分のからだだから、どこの部分を触ってもいいんだよ、でも一人の場所でしようね』と伝えると、すっと落ち着く子どもが多いです」
大事なのは、大人が性をタブー視せず、ポジティブに捉えること
障害のある子どもや青年の性教育に携わってきた、日本福祉大学准教授の伊藤修毅さんに話を聞いた。
「そもそも性教育を、すべての児童生徒が受けられるわけではない現在の状況は問題です。障害者権利条約第23条は、障害のある子どもや若者が性に関する教育を受ける権利を明確に謳っています。"生理教育"や"性器教育"止まりの性教育や、性行動を抑え込もうという方向性ではなく、人権や自己肯定感の問題までを含めた包括的性教育を受けることは、たいへん重要です」
伊藤さんは長年この問題に習熟してきた立場として、高樹さんや岡野さんと同様、大人が性についてタブー視せず、前向きに、ポジティブに捉えていくことが大事だと考えている。
「性行動を否定的に、抑えるべきものとして捉える大人が変わらないといけないですね。性器"いじり"と言うとか、マスターベーションも『どうしたらやめさせられますか』と否定しがちな大人が多い。ネガティブなものとして伝えると、彼ら彼女らが性の問題で困ったことになっても、周りに相談できなくなります。例えば性器いじりではなく、触れる力のほうが大事なので、『性器タッチ』と言う。きちんと触れ合えることが大事なので、私は『他人とは腕一本離れてパーソナルスペースを取ろう』という表現も使いません。心地よい触れ合いを経験していけば、次第に不快な触れ合いも分かってくる。自分の『不快だ、イヤだ』が尊重されると、他の人の『不快』も理解できる。そうして、子どもたちみんなが将来、豊かで幸せな性行動を取れる大人に育ってほしいと思います」
元記事は こちら
「#性のギモン」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。人間関係やからだの悩みなど、さまざまな視点から「性」について、そして性教育について取り上げます。子どもから大人まで関わる性のこと、一緒に考えてみませんか。