具材次第で味は七変化。笑いが止まらぬ下北のソウルフード 「かやき」の醍醐味
具材次第で味は七変化。ああ楽し!
「かやき」には、飽くことのない時間がある。
ホタテの貝殻に具を載せて煮焼きしていく、小さな鍋なのに味の変化があって、楽しみが続いていく。
「かやき」を下北半島むつ市の「武田屋」でいただいた。「かやき」とは、「貝焼き」が訛った言葉で、昔、漁師が海岸で貝殻に具を載せて煮焼きした料理から発達したと言われる。青森県から秋田県の郷土料理である。
「武田屋」では、5種類の「かやき」を出していただいた。
「ホタテの卵とじかやき」「イカの塩辛かやき」「鰊(ニシン)の切り込みかやき」「焼きガレイのかやき」「タコのぶらぶらのかやき」である。
「かやき」を簡単に作ろうと思えば、誰でもできる。
ホタテの貝殻を調達し、魚類を主体として出汁や味噌で味をつければ、一応「かやき」は完成する。
タコのぶらぶら? プロの手仕事で深まるその奥義
しかし、「武田屋」の「かやき」は、一味もふた味も違う。
まず貝殻からして、30年間も使っている。今の貝とは、厚みが違うからである。時間をかけて、煮干しと昆布と鰹で出汁をとり、味噌は3種類を使い分け、出汁の量もそれぞれに違う。入れる具材に合わせて、塩分を調整する。それこそが料理なのである。
さて、出された5種類の「かやき」の中で珍しいのは、「タコのぶらぶら」だろう。使うのは、30分ほど茹でたタコの皮や小さく切った身の部分だけ。ぶらんぶらんしているから、そう呼ばれている。
「タコ自体に塩気があるから、味噌は少なめに入れるの」と女将さんが言うように、うっすらとした味噌の風味に、タコの味が滲み出て膨らみ、目が細くなる。クニュクニュとした食感に、コラーゲンの甘みがあって、それがまた味噌の味と合う。
ホタテの刺身を入れた「ホタテの卵とじかやき」は、「生でもどうぞ」と言われて、少しだけ煮えたところでいただく。ぬるっ、シコッとした食感に、磯の香りとミルキーな味わいがあるホタテが口に滑り込む。それもいいし、火が通った途中で投入する溶き卵と抱き合った頃合いもよい。互いの甘みが高まりあって、顔が崩れる。
酒を呼びすぎる、「鰊の切り込み」「イカの塩辛」と大根おろし
「鰊の切り込みかやき」は、生の鰊を切り、米麹と塩で漬け込み発酵させた伝統料理である「鰊の切り込み」を大根おろしの上に載せた「かやき」である。出汁は少なく、味噌は入れてない。
食べ進むに従って、大根おろしに切り込みの味が染みていき、酒を呼ぶ。切り込みは、半ナマもよし、焼き付けてもよし。最後の方では、熱々のおろしとなって、もう大根おろしなんだか切り込み味のおろし状の食べ物なんだか、区別できないほどに濃密になるが、くどくなくマイルドのままなのが、発酵の力なのであろう。
お次は、「焼きガレイのかやき」である。
堂々たる分厚さを誇る焼きガレイは、なんとも焼けた面が香ばしく、身は旨みが凝縮していた。一口食べた瞬間に、ご飯が恋しくなった。ああこれを、ご飯にぶっかけて食べたら、なんとも幸せだろうなあ。
そして、お次は「イカの塩辛かやき」である。
塩辛自体の味が綺麗で雑味なく、発酵しかかった浅さがまたよい。大根おろしに味が染みわたると、エレガントになる。
これまた大根おろしが塩辛色に染まってきたら、さらに水分を飛ばすと、生から最後までずっと食べられる。匂いだけでも食べられる「かやき」である。
ワハハハハ! たった5種だけで、もうその虜
女将さんがこうするのと教えてくれた技は、貝殻にできた焦げの上におろしを載せると、あら不思議、焦げ色がおろしに吸収されて綺麗になる。そしておろしは、焦げ香が加わってさらに上手くなる。
ああ、その香ばしさと旨みが詰まった味がたまらない。
こりゃあご飯しかないと、おかわりをし、ご飯にかけてみましたよ。
煮詰まった「かやき」の濃厚さを、ご飯の優しさが受け止める。
ワハハハハ。
もう笑いが止まりません。
「『かやき』はたくさん作んないの。塩辛いからちょっとずつつまんで食べるものなの」
虜にさせるその味わいは、青森県に暮らした先人たちの智慧の結集なのであった。
武田屋
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文マッキー牧元
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写真広瀬 美佳