「修学旅行のための数万円」で加担するケースも――若者を闇バイトから守るために大人ができること #こどもをまもる
多くの若者が巻き込まれているといわれる「闇バイト」。「騙された」「犯罪に加担している行為だとは知らなかった」という人もいる。闇バイトの実態とはどのようなものなのか。巻き込まれないために、若者自身や親世代には何ができるのか。若者の教育とキャリアを支援する一般社団法人「ハッシャダイソーシャル」共同代表・三浦宗一郎さん、法務教官として少年院に長く勤め、未成年者たちに向き合ってきた安部顕さんに聞いた。
闇バイト被害の実情
「闇バイト」は、警視庁のサイトで以下のように定義されている。
若者たちにとって、闇バイトの入口は身近な「SNSでのバイト募集」だ。高収入、簡単、といった言葉を信用し、犯罪行為とは判断できずに加担してしまう事例も少なくない。
「SNSをきっかけとしたトラブルなど、個人の意志で距離を取ることはできそうなものだ」と、大人は思うかもしれない。10代〜20代の若者たちはなぜ加担することをやめられないのか。そこには、闇バイトを仕掛ける大人たちの巧妙な手口があった。
若者向けに詐欺被害・闇バイト被害への対策と知識をわかりやすく伝える『騙されないための教科書』(2023年発行)を制作・出版したハッシャダイソーシャルの三浦さんは、若者が闇バイトに加担してしまう理由をこう語る。
「たとえば、性犯罪の文脈でいう『グルーミング』のように、信頼関係を構築して抜けられないようにするケースもあります。ご飯に連れていってくれ、美味しいものを食べさせてもらって、そこで話すなかで『こんなバイトがあるんだけど......』と誘われるとか、それすらも信用するきっかけになる」
教科書づくりのためにスタートしたリサーチでは、高校生・若者世代からさまざまな事例を聞いたという。
「出会い系アプリで出会った相手が女の子だと思って、気軽にいろんな情報を送っていたら、それが個人情報を抜くためのやりとりで、逃げられなくなったというケースもありました。いまは、闇バイトに若者を巻き込んでいくための手法がたくさん用意されているんです」
個人情報を把握されてしまうと、「家に行く」「家族に危害を加える」などと脅され、抜け出すことが難しくなる。三浦さんが制作した教科書のなかでは、闇バイトの具体的な事例も紹介されていた。
「『道具屋』と呼ばれる闇バイトがあります。犯罪を行うグループは足のつかない携帯電話がほしいので、スマホの契約ができるようになった18歳の子たちを利用して集めさせるんです。スマホを契約して、すぐ解約してSIMを抜いたものを送ったら、それでお金が振り込まれる。道具の調達係のような役割ですよね。しかも、途中までは犯罪行為をしている訳ではないから、罪悪感も感じづらい。ただ、結果的に犯罪行為に加担してしまえば、逮捕や実刑を与えられる犯罪になってしまうんです」
闇バイトに巻き込むための手口は数多くある。「誰でも巻き込まれる可能性がある」と三浦さんは語る。
「基本的に詐欺や犯罪行為の入口というのは『コミュニティ』なんですよ。その準拠集団にたまたま所属しているだけで、気付いたら周りはみんなやってる、みたいなことが起こりうる。しかもいまはSNSやマッチングアプリで、全く知らない人と出会うことが簡単になっている。繋がりのなかったところから、急に巻き込まれる、ターゲットにされることが起こりうるんだなと思います」
元法務教官から見た、非行少年と闇バイトの背景
2012年〜2021年までの9年間、少年院で多くの少年と向き合ってきた元法務教官の安部顕さんにも話を聞いた。
安部さんが少年院に勤務していた頃はまだ「闇バイト」という言葉はあまり知られておらず、「特殊詐欺に加担して入ってくる子ども」が多かったという。
「闇バイトは、特殊詐欺の進化系のような形で出てきた手法です。特殊詐欺の場合も、末端の子どもたちは地元のコミュニティのなかで『悪いけど、ちょっと手伝ってくれ』と先輩に言われて、手伝っていたら実は詐欺だった......みたいなケースが多かった。そして、どんどん切り捨てられていくんですよ」
詐欺の中心人物たちは、地域コミュニティのなかでお金に困っていそうな若者を探して声を掛け、受け子・掛け子などの実働をさせては、下っ端として使い捨てていくという。
「いまはSNSが普及したことで、もっと地方の、コミュニティが希薄なエリアの子どもたちにも訴求できるようになった。お金がほしい子に『よいバイト紹介するよ』『東京に来なよ、交通費も出すよ』『言った通りにやってくれれば、1日で何万円も稼げるよ』と声をかけて、使い捨てられる下っ端を見つけるようです」
若者が誘いに乗ってしまう背景もさまざまだ。貧困家庭で、生活するために仕方なく加担するケースもあるだろう。しかし、それだけではないと安部さんは語る。大人には小銭のような金額でも、子どもにとっては人生を前に進める大金になりうると指摘する。
「数万円、下手すれば5000円すら大金になりうるんですよ。修学旅行に参加するためのお金が払えないとか、志望校の受験料が3万円だけど、親が3万円しか用意できないから滑り止めが受けられないとか。一生をかけるほどの金額じゃないはずだけど、その子にとってその瞬間の3万円というのは本当に大きい」
周囲にとって取るに足らないことでも、本人にとっては喫緊の課題になりうる。ではどうすれば、闇バイトに手を出す若者を減らすことができるのか。
「明確な解決法は残念ながらありません。でも、"物事の評価軸を多様にすること"には大きな意味があると思います。修学旅行に参加するためや、友達と旅行するために闇バイトに加担する、という子がいるんだとしたら、それは学校や周囲が『修学旅行は一生の思い出』『友達との関係は大切』と重きを置きすぎているのかもしれない。『修学旅行なんて行かなかったけど、今も友達たくさんいるよ』って話してくれる大人がいれば、旅行のための闇バイトなんてやらなくて済むかもしれない」
もちろん、それだけでは止めることができない。さまざまなタイプの若者がいる。
「犯罪行為に加担してしまう子には、大まかに3種類のタイプがあると思っています。『本当に悪いと思わずにやっている子』『悪いと気づいて逃げようと思ったけど、逃げられないところまで囲い込まれた子』。そして『悪いとわかっているけど、"なんで善じゃなきゃいけないんだ"と犯罪に踏み込む子』。3番目のタイプの子には、赤信号だとわかっていても、自覚的に止まるだけの材料がないんです」
現実的に、「教育」だけで闇バイトの被害を根絶することは難しい。
「まず必要なのは、悪いことだと気づける能力。そして、悪いことだと気づいた時に相談できる大人。それも含めた、明日も健全に生きていきたいと思えるだけの材料。本当の意味で子どもを救いたいと思うなら、子どもたちの生きづらさに向き合わないといけない」
親や教師にとって大切なのは、「うちの子は大丈夫」と思わないことだ。誰にでも動機ときっかけがあり、簡単に犯罪行為に巻き込まれてしまう。自分たちよりリスクの高い時代に子どもたちが生きていると認識するべきだ。
騙されないために、大人たちが伝えられること
ハッシャダイソーシャルの三浦さんは、若者への啓蒙を通して状況を変えようとしている。
前述した、消費者教育について学べるテキスト『騙されないための教科書』を2023年6月にリリース。WEB上で無料公開しているほか、紙版についても申し込みのあった学校に無料で配布している。わかりやすい図や漫画を通して、闇バイトの構造と「被害に合わないための知識」を伝えようとする試みだ。
三浦さんはこう話す。
「怪しい誘いがあったときに、子どもたちのなかで『これちょっと怪しいな?』『こんなの聞いたことあるな』と頭によぎることが重要だと思っていて。大人が伝えるべきメッセージはシンプルで、『うまい話には裏がある』『衝動的に行動しないで』『一人で抱え込まないで』。この三つを伝える必要があります」
教職員や親世代にもできることがある。闇バイトの被害から若者を守るためには何ができるのか。
「 "相談できる大人でいること"だと思います。注意喚起をするときには『絶対にダメだぞ』という正論じゃなくて、自分の失敗談とセットで話してあげてほしいんです。『俺も昔、こんなことがあって危なかった』なんて体験談と一緒に伝えてくれたら、子どもたちも相談しやすくなる」
子どもの周りにいる人間として、相談される大人でいられるかどうか。その視点の重要性を、元法務教官の安部さんも語る。
「いろいろな形で子どもたちと関わり続けて確信しているのは、子どもは相談する相手を選ぶということ。頭ごなしに叱る人なのか、話を聞いてくれる人なのかを見極める。『絶対にダメだ』と話すんじゃなくて、『ダメだと思っている。でも、加担してしまう人がいるのもわかる』と、日常のなかで話しておくことが大事だと思います」。
周囲の大人に相談することで、セーフティーネットに引っかかる子は増える。三浦さんは、闇バイトに加担するのを踏みとどまった若者とも出会った。
「元々キャリア支援で関わりのあった大学生の子が、『こういうのやろうと思うんだけど......』って僕に相談してくれて。一緒にいろいろ検索して、怪しい情報が出てくるってファクトを集めていって、『これでもやる?』って話すと、『いや、やっぱ怪しいから断るわ』って決めてくれた。少なくともその子にとっては、相談できる大人でいられたんだ、と思います」
若者のそばにいて、相談できる大人であること。身近な子どもたちの周りに相談できる大人がいるか、自分自身は応える準備ができているか、今一度見つめ直す必要がある。
もちろん、「誰に相談したらいいのかわからない」という若者もいるだろう。大人側が「相談してほしい」と思っていても、子どもにとって信用できるかはわからない。
その際、ある程度の匿名性を保った上で相談できる機関もある。こうした機関を利用することは、少なくとも「一人で抱え込まない」ための一つの道になるはずだ。
▼国民生活センターの消費者ホットラインに電話をすれば、商品・サービスの購入や利用の際に見舞われた事故やトラブルについて相談ができる。
電話:(局番なし)188
相談受付時間:10:00〜16:00
▼日本司法支援センター(法テラス)に電話をすると、民事・刑事に限らず、法的なトラブルの解決に必要な情報やサービスの提供を受けることができる。さらに、条件を満たしていれば無料で法律相談を受けられる。
電話:0570-078374
相談受付時間:平日9:00〜21:00 土曜9:00〜17:00(メールによる問い合わせは24時間ホームページから受付中)
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取材・編集
乾隼人
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