LINEヤフー サストモ

知る、つながる、はじまる。

知る、つながる、はじまる。

動物園からゾウが消える? 避けて通れない動物園とお金のハナシ

誰しも子供のころに訪れたであろう場所・動物園。しかし、近年はいろいろと逆風が吹いています。たとえば、キリン、ライオンと並んで「三種の神器」と呼ばれ、どの動物園でも共通して飼育展示してきたのがゾウですが、近年はゾウのいない動物園が増えているといいます。

従来のようにコンクリートの上で飼育していると、足への負担が大きすぎて寿命まで生きられないことがわかってきました。また、多くの動物園の飼育環境は、群れをなして暮らすゾウ本来の生態からも程遠い。動物福祉の観点から言えば、「ゾウを飼うべき条件を満たしていない」となってしまうのだそう。

「そうは言ってもゾウのいない動物園なんて......」と条件を満たさない環境で飼育を続ければ、日本よりずっと動物福祉の考えが先進的な海外からの批判の的に。跡取りを譲ってもらえなければ繁殖もままならず、どのみち持続可能とは言えないようです。

TOP画像

ゾウ舎を建て替えるのにかかる費用はおよそ数十億円。一方、せいぜい年に1、2回しか訪れない自分が支払ったのは、たった数百円の入園料。老朽化した施設を見るにつけ、税金を投入することでなんとか続けてきたのが日本の動物園なのだと気付かされます。

税金を投入するからには「そこまでして動物園って必要なの?」という声にも胸を張って答えなければなりません。けれども、胸を張って「YES!」と答えるのにも、充実した教育コンテンツや研究のための費用が必要で......って、これは完全に詰んでいるのでは?

動物園を考える

さて、こんな複雑に絡み合った動物園にまつわる問題を丁寧に解きほぐし、哲学、歴史などさまざまなアプローチを用いて「そもそも動物園とはなにか」「動物園の存在意義は」という根源的な問いにまで向き合っているのが『動物園を考える』という本。今回はその著者・佐渡友陽一さんにお話を伺いました。

佐渡友さんは役所勤めの公立動物園職員としてキャリアをスタート。海外視察の経験も豊富で、官民、国内外の動物園事情に精通しています。そんな佐渡友さんのお話から、当たり前ではないかもしれない「動物園のある風景」を考えます。

佐渡友陽一(さどとも・よういち)

佐渡友陽一(さどとも・よういち)

1973年石川県生まれ、静岡県育ち。1996年東京大学教養学部基礎科学科第二卒業。1998年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程修了。静岡市役所(日本平動物園を含む)勤務を経て、現在、帝京科学大学アニマルサイエンス学科准教授。博士(農学)。専門、動物園学(博物館学)。

良い動物園を目指すための仕組みがない

動物を見ている親子の写真

── 著書を拝読して、日本の動物園があまりにたくさんの課題を抱えていること、そしてそれらが複雑に絡み合っていることを初めて知りました。動物園が持続可能であるためには、一体何から、どう手をつければいいんでしょうか。

大前提として、重要なのは動物園の持続可能性ではなく、地球の生態系の持続可能性でしょう。野生動物の持続可能性について、ただ考えるだけでなく一人ひとりにできる行動まで提示すること、それが希少な動物の命を預かる動物園の使命だと考えています。

その上でご質問にお答えするなら、日本の動物園の問題は、端的に言えば「良い動物園を目指すための仕組みがない」ことにあります。

── 良い動物園を目指す仕組みがない。どういうことですか?

欧米の民間動物園の基盤にあるのは「チャリティ」の精神で、地域の格を上げるなど、とにかく採算度外視で良い動物園を目指すという意思、要するに非営利の精神で運営されています。つまり「民間非営利」という形です。

しかし、日本人には動物園が非営利の存在であるという認識がありませんよね。それどころか「非営利ってなんだっけ?」というところからスタートする。採算度外視で良いものを目指すということへの理解が弱いのは、日本社会のある種の未熟さではないかと思います。

その結果、日本の動物園は営利主義でやる民間運営か、あるいは役所運営かという二者択一になっています。

── 民間非営利という形式への理解がそもそも浅い上に、動物園が民間非営利で運営されるべきものだと思われていないのが問題であると。

日本にも民間非営利で運営されているものはあります。典型的なのが、病院や大学です。病院は儲けたお金を出資者に還元するということをしないですよね。慶應義塾のような大学も、OBからの寄付金や税金など、多様な形で資金を確保し、ひたすらより良い大学を目指しています。

本来は動物園もそういう存在なのですが、そうは認識されていません。日本の民間の動物園は基本的に営利目的で運営されていて、純粋な非営利でやっている民間の動物園はほとんどありません。

数少ない例が岡山県の池田動物園(※1)。ですが、残念ながらまったく儲けの出ない形でやっているため、サステナブルではない。民間非営利の理想的なあり方は、税金や寄付などの多様な財源をもとに運営すること、つまりは慶應などと同じシステムです。そうすることで初めてサステナブルに「より良い」動物園を目指すことができるんです。

公立動物園は「住民のため」にブレーキを踏む

── 公立だと、どうしてより良い動物園を目指せないのでしょうか?

できないというより、目指してはいけないんです。役所にとっては税金を正しく使うことが至上の命題ですが、税金というのは、あくまで地域住民のより良い生活のためにあるものですから。

わかりやすい話で言うと、動物園は「動物のため」を謳います。より良いものを目指そうと思ったら、動物園は保全や動物福祉を追求する必要がある。保全というのは生物多様性の保全、動物福祉というのはそこにいる動物の幸せのことです。

しかし、税金は「動物のため」であってはなりません。必ず「住民のため」という説明がなされなければならない。このように、役所はより良い動物園を目指すこととは明らかに異なるロジックで動いています。より良い動物園を作ろうとすると、必ずどこかでブレーキを踏むことになるのです。

── 一方、欧米の民間非営利の動物園ではどうなのでしょう?

スイス・チューリッヒ動物園では「遺産を寄付したい」という申し出が非常に多いのですが、動物園はそのお金を「動物のため」に使うと約束します。わざわざ、保全や動物福祉を目指した「動物のため」の施策が、めぐりめぐって「地域住民のため」でもあるという説明はなされません。

まず、寄付者自身は死んでしまうわけですから、「自分(=寄付者)のため」である必要はない。そして「動物のため」に動物福祉の充実した立派な施設を造ることは、結果的としてチューリッヒの住民のため、つまり「子ども(=次世代)のため」にもなりますから。

バードピアの写真
撮影:佐渡友さん
上の2枚/富山市ファミリーパークの熱帯鳥類館「バードピア」(撮影:佐渡友さん)

こうした事例は日本にも結構あります。たとえば、富山市ファミリーパークという動物園には億単位を投じて作られた立派な熱帯鳥類館がありますが、これはインコをこよなく愛する方の遺産を使って建てられたものです。自分の死後も愛するペットのインコには幸せであってほしい。最後まで幸せに飼ってもらえるのはどこかと考え、富山のこの動物園に任せることにした。それに伴い、億単位の遺産を寄付したという話なのです。

寄付文化の有無では片付けられない日米の違い

チューリッヒ動物園(撮影:佐渡友さん)
チューリッヒ動物園(撮影:佐渡友さん)

── 寄付などの多様な財源を確保しなければ「より良い」動物園は目指せない。ですが、日本には欧米と比べて寄付文化が根付いていないと言われます。

慶應大学のように、寄付によって成功している例は日本にもあります。「寄付文化がない」というのは、そういうやり方があることに気付かず、うまく活用できていない人が多いという意味でしょう。

誤解のないように言っておくと、そもそも寄付を集めるのは大変なことです。寄付に支えられている欧米の動物園が、日本の動物園と比べて楽をしているという話ではありません。彼らは寄付金を集めるために一生懸命に知恵を絞り、努力しています。

それは典型的には、園長の仕事の違いとして表れます。

── どういうことですか?

先ほど紹介したチューリッヒ動物園の園長は、30年近く園長をやっていました。ファンドレイジング(※2)をしっかりやろうと思ったら、在任期間は必然的に長くなる。園長を替えにくくなるんです。

なぜなら、寄付を集めるのには人的ネットワークがものすごく大事だから。「この人であれば」と信頼してもらえる園長でなければ、寄付は集まりません。数年おきに園長を替えるなんてことは、やってはいけないんです。

アメリカ・ヘンリー・ドーリー動物園(撮影:佐渡友さん)
アメリカ・ヘンリー・ドーリー動物園(撮影:佐渡友さん)

また、欧米の動物園では寄付をキャンペーン型で募ることが一般的です。たとえば「新しいゾウ舎を作る」という目標を打ち出す。そのためには何十億円というお金が必要で、だから皆さん寄付をお願いします、とやる。このように何かの目標を立て、そのためにお金を募るやり方をキャンペーン型と呼びます。

そうするとお金を集められるようなプランを打ち出せることが何より重要になります。魅力的なプランを打ち出し、人々に説明し、実際に寄付を集めること。それが欧米の動物園で園長に求められる役割なんです。

── 非常に属人的な仕事なんですね。

そうなります。ですから欧米では、公立の動物園が民間非営利に切り替わるタイミングで、ファンドレイジングに精通した人を園長として外から招きます。そうすると役所がやっていた時より大きな金額を集め、より良い動物園を目指せるようになる。しかし、日本ではこのような切り替えがうまくいった事例がありません。

日本の行政組織は非属人的な、誰がやっても同じ結果になるようなシステムで運営されています。もちろんそのことには意味があるのですが、より良くしていくとか新しいものを作るといったこととは相性が悪い。

良くも悪くも非常に安定的な組織運営をしているのが日本の役所です。そういう組織文化の中で動物園をやっているのですから、より良くならないのはある意味で当たり前。倒産はしないけれども、良くもならないのが日本の動物園というわけです。

教育と寄付は本来相性がいい

アメリカ・ヘンリー・ドーリー動物園にあるキャンプサイト(撮影:佐渡友さん)
アメリカ・ヘンリー・ドーリー動物園(撮影:佐渡友さん)

── では、どうすれば?

すべての公立動物園をいきなり民間非営利に切り替えるのは非現実的だとしても、将来計画を提示して寄付を募るキャンペーン型のファンドレイジングを当たり前のこととしていく必要があるでしょう。そのためには、組織的な体制を確保することが重要だと思います。

── あるべき体制とはどのようなものですか?

先ほどから例に出しているチューリッヒ動物園で、ファンドレイジングを担当しているのはマーケティング&エデュケーション(教育)部門です。

マーケティングとは端的に言えば情報を提供することで人を連れてくることですが、教育もまた情報によって人の行動を変える行為だと言えるでしょう。こうした観点から両者が同じ部門になっていて、この部門がファンドレイジングも行っている。これは非常に象徴的なことだと思います。

欧米の動物園では、年間パスポートを所持している人(メンバーシップと呼ばれる)の割合が大きいのですが、日本の年パスのように単に入園料が安くなるというのとは違います。メンバーシップに入ると、非常に充実したジャーナルなどの情報が定期的に送られてくるんです。

これを教育と捉えることもできますし、興味を持った人が動物園を訪れるという意味ではマーケティングでもあり、さらにファンドレイジングでもあるのです。「こうした最新の研究を踏まえて、うちの動物園ではこの先にこういうプランを考えている。よろしければひとくち寄付をお願いします」というところまでがセットになっている。要するに、お客さんとの関係をうまく構築する仕組みになっているんです。

繰り返しますが、教育とは人の行動を変えることです。ただ単に知識を得るというだけでなく、知識を得たことでその人が寄付という行動に動いたのだとしたら、それは紛れもない教育の成果でしょう。

── 教育と寄付は本来相性がいいものなんですね。

日本人には教育でお金を稼ごうという発想がありません。むしろ儲からない中でどうにかやるものだと思っている。ですが、お金を生み出せなければそれはサステナブルではありません。これは教育振興の上で非常に大きな問題です。日本のほとんどの動物園に教育部門がないのも、それだけの余力がないからです。

では、欧米の動物園はどのようにして持続的に教育を行っているのか。採算の取れる部門で教育を行うんです。だから教育が自然と発展していく。

アメリカ・ヘンリー・ドーリー動物園にあるキャンプサイト(撮影:佐渡友さん)
アメリカ・ヘンリー・ドーリー動物園にあるキャンプサイト(撮影:佐渡友さん)

アメリカのネブラスカ州オマハにある、ヘンリー・ドーリー動物園の教育部門最大の武器はキャンプです。園内にいくつもキャンプができる施設を持っていて、そこにボーイスカウトなどを集団で泊めて教育を行っている。動物園側からすると、もともと持っている施設だからほとんど費用はかかりません。収益で人件費を賄ったり、中身をさらに充実させたりして持続的に教育を行うことができます。

サンディエゴ動物園の教育部門の収入源は、園内を走るバス。ドライバーによる解説を聞きながら、園内の普段は見られないポイントを2階建てバスでめぐるのです。大きな動物園なので、やはりかなりの収益になります。

サンディエゴ動物園で、バスからホッキョクグマを見る様子(撮影:佐渡友さん)
サンディエゴ動物園で、バスからホッキョクグマを見る様子(撮影:佐渡友さん)

このように教育で金を稼ぐという発想や工夫が日本ではあまり見られません。「教育の本質は贈与」というのも正論だとは思うのですが、やはりお金を稼ぐことを考えなければ、活動として発展していきませんよね。

目指すべきは地域の誇りになるような動物園

動物の自然な姿が見られる「行動展示」を採用し、年間300万人以上が訪れる北海道の旭山動物園
動物の自然な姿が見られる「行動展示」を採用し、年間300万人以上が訪れる北海道の旭山動物園

── より良い動物園を目指すのであればもっとお金を稼ぐ努力と工夫が必要で、そのためには組織体制から見直す必要があるというお話でした。しかし日本の公立動物園には、旭山動物園のように観光客を呼んで成功した例もあります。

確かにおっしゃる通りです。旭山もそうですし、インバウンドに強い大阪の天王寺動物園もそう。ではなぜ天王寺は成功したのか。それは目の前が新世界だからという理由もあると思います。新世界目当てのインバウンドのお客さんが、目の前にある天王寺動物園にも寄る。そういう構造なんです。

一方の旭山動物園には、冬期開園期間中に台湾などから大挙してお客さんがやってきます。彼らの目当ては雪です。台湾や中国の南側は雪が降らないから、雪の降っている中でペンギンやアザラシ、ホッキョクグマなどの雪国の動物が見たい。そういう観光客を見込んだ旅行代理店が、同じエリアにある観光名所や温泉などとセットにしてツアーを組んだことで成功しました。

つまり、動物園の集客力だけで成功しているわけではないというのが私の分析です。

── 環境条件も整っていないと、観光客目当ての戦略は難しいと。ではどうすれば?

地域の誇りとしての動物園を目指すのがいいと思います。

たとえば、先ほども例に挙げたオマハの動物園。オマハはアメリカの中でも有名な土地ではないですが、こと動物園に関しては、全米で五指に入るかもしれない素晴らしい施設です。ここには世界最大の砂漠ドームがあるのですが、「世界最大」なんて言われたら、オマハの人たちは喜んでしまうわけです。事実、オマハ市民のメンバーシップ所有率は非常に高い。要するにこれも、地域住民の心理を上手にくすぐるべく仕掛けた、ファンドレイジング戦略の一つということです。

オマハのヘンリー・ドーリー動物園にある砂漠ドーム(撮影:佐渡友さん)
オマハのヘンリー・ドーリー動物園にある砂漠ドーム(撮影:佐渡友さん)
上の2枚/オマハのヘンリー・ドーリー動物園にある砂漠ドーム(撮影:佐渡友さん)

そうすると、それが結果として観光客を呼ぶことにもなるでしょう。それだけ地元の動物園を誇りに思っていたら、地元の人もどこかからお客さんが来るたびに「ぜひ動物園を見て帰ってくれ」と案内しますよね。

── 確かにそうですね。

実は、こういう話は日本にもあります。旭山の強みの一つはまさにそこです。

旭山動物園の園内には「1億円の寄付がありました」というパネルが掲示されています。寄付したのは、市内で事業に成功した方。そこには「私のような者でも一生懸命に頑張ればこのように成功できる」と、次代を担う旭川の子供たちに向けたメッセージが書かれています。

このメッセージは、言ってしまえば動物園とはまったく関係がない。動物のためでもなんでもなく、ただ単に「若者頑張れ」という話なわけですから。でも、旭川市内のどこに出すのが一番いいかと考えたら、それは旭山動物園以外考えられない。市民にそう思わせたことが、1億円の寄付につながっているのです。

── 一方で、動物園を支えるために一般市民である私たちにできることはありますか?

卵が先か鶏が先かみたいな話ではありますが、まず重要なのは、やはり動物園側が何かしらの提案をしていくこと。その上で皆さんには、その提案されたものに対してぜひ耳を傾けてもらいたいです。

最近であれば、クラウドファンディングという形で提案がなされていることが結構あります。あるいは、この10年でサポーター制度のようなものもだいぶ広がってきています。まだ欧米の事例のように「その先」までしっかりと設計されたものではないのですが、少なくとも半歩踏み出している動物園は出てきている。

未来の姿をかっこよく提示しても、応援してくれる人がいなければ伸びてはいきません。成功体験がないと、次の手もなかなか打ちにくくなってしまいます。ですから、身近な動物園でその「半歩」が見られるのであれば、ぜひ応援してあげてほしいと思います。

\ さっそくアクションしよう /

ひとりでも多くの人に、地球環境や持続可能性について知ってもらうことが、豊かな未来をつくることにつながります。

  • facebookでシェアする
  • X(旧Twitter)でポストする
  • LINEで送る
  • noteに書く

ABOUT US

サストモは、未来に関心を持つすべての人へ、サステナビリティに関するニュースやアイデアを届けるプロジェクトです。メディア、ビジネス、テクノロジーなどを通じて、だれかの声を社会の力に変えていきます。

TOP