山火事は「減っている」のに危険増? 6割が人災、''防げる火''の現実 #災害に備える
小さな火種が、街も暮らしも未来ものみ込む。
2025年2月から4月にかけて岩手県大船渡市で発生した山火事は、3370haもの森林を焼き、226棟が被害を受け、鎮火まで40日を要した。山手線内側の半分以上の面積が焼けた計算で、日本の「山火事のイメージ」を覆した。今年に入ってからも、山梨、神奈川、群馬などで、山火事が相次いでいる。
日本の山火事の件数自体は減っているものの、ひとたび起きれば想像を超える被害になるケースが増えている。
なぜ今、山火事が深刻化しているのか。消防や専門家の声、市民の取り組みを通して、私たちができることを考えたい。
(取材・文:崎原有希/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
「想定超え」大船渡火災の衝撃
2025年2月26日、岩手県大船渡市赤崎町合足。建物近くの切り株付近から煙が上がった。総務省消防庁の報告によれば、まきストーブの煙突から飛んだ火種が延焼につながった可能性が示される一方で、最終的な出火原因の特定には至っていない。
炎は乾燥と強風によって、山林を急速に焼いた。消火活動には消防隊・消防団・自衛隊・全国からの応援部隊があたり、航空隊も投入されたが、鎮火宣言は4月7日。実に40日間も燃え続けた。
延焼面積3370ha、全壊住宅54棟を含む226棟が被災。交通・ライフラインも止まり、「これほどの大規模山火事が起こり得る」という衝撃を全国に与えた。
「火災と気候変動の負の連鎖」
日本大学生物資源科学部の串田圭司教授は、気候変動が山火事の拡大リスクを強めていると指摘する。
「気候変動によって乾燥や強風が増し、火災の大規模化のリスクが高まっています。小さな火の不始末でも、条件が重なれば一気に広がる時代になりました」
なぜ乾燥や強風が火災の規模を拡大させるのか。乾燥すれば森林の落ち葉や下草の含水率が下がり、火がつきやすくなる。そこに強風が重なると、上昇気流に乗って炎は斜面を駆け上がり、火の粉は数百メートル先まで飛ぶ。火災は点から面へ、さらに面から面へと瞬時に拡大していく。
乾燥で燃料が整い、風が酸素と推進力を与える。この二つが重なることで、人の力では簡単に制御できない"想定外の火災"が生じるリスクが高まるのだ。
森林は本来、二酸化炭素を吸収する。しかし、火災が起きれば大量のCO₂が放出され、回復する前に再び火災に見舞われれば、吸収力の恒常的低下につながる。結果として「温暖化が火を呼び、火が温暖化を進める負のスパイラル」が現実化している。
「日本は湿潤だから大丈夫という常識は過去のものです。小さな火の不始末が大規模火災につながる現実を直視すべきです」
小さな火種を防ぐことが未来を守る
林野庁によれば、日本の林野火災の約6割は人為的原因によるものである。たばこの投げ捨て、たき火、火入れなど、「防げる火」が大半を占めている。かつては「少しくらい大丈夫」と見過ごされていた行為も、乾燥と強風が重なりやすい時期では、一瞬で大規模な火災の引き金となり得る。火を山に持ち込まない、乾燥期の火気を避ける、防災訓練や避難経路確認に参加する──こうした一人ひとりの小さな注意が、社会全体を守る大きな力となる。
近年では、火の不始末を防ぐ取り組みも進んでいる。登山道や林道の入り口に「火気厳禁」の標識を設置したり、防災や災害対応にドローンによる監視を取り入れたりする自治体も登場している。海外ではキャンプ場で火の取り扱い講習を義務化する動きもあり、「知識」と「行動」を組み合わせた予防策が広がっている。
森林整備が延焼防止になる
一方で、人の注意だけでは火災を完全に防ぐことはできない。そこで重要となるのが、「燃え広がりにくい森づくり」である。認定NPO法人JUON NETWORK は、市民参加型の森林整備を全国各地で展開してきた。環境教育やエネルギー自給活動を行うとともに、学生や市民ボランティアと森の手入れを続けている。
事務局長の鹿住貴之氏は次のように語る。
「山火事を意識して整備してきたわけではありませんが、結果的に防火につながることもあります。下草刈りや藪払いで枯れ草・枯れ木を減らし、間伐で木の間隔を広げれば、燃え広がりを抑えられる可能性があります」
現場では、火の進行を止めるために木を伐採して「防火帯」をつくることがある。
しかし鹿住氏は、非常時の防火帯だけに頼るのではなく、日常的に森を"燃えにくい状態"へと整える長期的な管理の重要性を強調する。人が森に入る機会が増えれば火の不始末リスクは高まるが、明るく風通しの良い森を維持すれば炎は走りにくくなるのだ。
多様性が森を守る力に
一般社団法人more treesは、針葉樹に偏った人工林を見直し、広葉樹を含む多様な森づくりを推進している。
事務局長の水谷伸吉氏は「足利市の両崖(りょうがい)山火災(後述)では、広葉樹が多く、数年で自然回復が進みました。一方で、スギやヒノキ中心の人工林では立ち枯れや衰退が目立ちました」と語る。
広葉樹は火災後の再生力を高め、火に強い郷土樹種を混ぜることで燃え広がりにくい森を構成することもできる。沿岸部では「魚つき林」として漁業資源を支える役割もあり、森づくりは防災にとどまらず、地域の暮らしそのものを支える基盤にもなっている。
山火事は「建物火災とは別物」
近年、こういった大規模な山火事が増加している。例えば、2021年2月21日、栃木県足利市。両崖山から天狗山に通じるハイキングコース途中の休憩所付近で煙が上がった。消防庁の調査によれば、当日たばこを吸うハイカーが目撃され、調査時に吸い殻も確認されたことから、たばこの不始末が出火原因と推定されている。
火は住宅地の裏山に迫り、避難勧告が発令。市内の中学校や高校は休校、高速道路の通行規制も行われた。延焼は3月1日まで続き、完全に鎮火した3月15日までに167haが焼失。東京ディズニーランドとシーを合わせた面積を上回った。
現場で活動した足利市中央消防署消防司令・丸山智広主幹は振り返る。
「平時の災害対応とは全く違う。道路は狭く、資機材や人員の搬送も難しい。水源も限られ、無線も途切れる状況であり、情報を共有することが難しかった」
実際、無線がつながらない地域があったことによる情報不足のほか、道が整備されていない状況から長距離や急傾斜でのホース延長が必要で、水源が足りないことによる長距離中継体制の確保も必要だった。加えて、長期化する消火活動の中では他県からの応援部隊との連携や、飲料水や食料といった物資の補給にも大きな苦労があったという。
火の手を読んで消火に向かったが、現場は急傾斜の山林。乾燥と強風によって火勢は急速に拡大した。炎は乾いた落ち葉・枯れ枝を燃料に延焼し、風に乗って火の粉が飛び、飛び火を起こす箇所も散見された。地上部隊だけでは進入困難な箇所も多く、消防防災ヘリコプターや自衛隊ヘリコプターによる空中消火活動との連携が不可欠だった。
2025年には、大船渡火災に続いて岡山県、愛媛県でも火災が発生。いずれも乾燥が激しい季節に強風が重なり、延焼が拡大。消防庁の速報値によれば、これらの火災は「平成以降、上位に入る規模」とされる。
これらの事例は共通して、小さな火種が、気候条件によって一気に数百〜数千ha規模の火災に拡大する現実を示した。
件数減少でも拡大するリスク
林野火災は長期的に減少し、昭和期に年間8000件超あったものが、直近5年は平均1300件前後にまで減った。
一方で、大船渡(3370ha)、岡山(計565ha)、愛媛(計481.6ha)のように、条件次第で被害が一気に拡大する大規模火災が目立ち、平均値では見えないリスクが浮き彫りになっている。
国連環境計画(UNEP)は2022年に「森林火災リスクは最大で2030年までに14%、2050年までに30%、2100年までに50%上昇する」と警告している。オーストラリアやカリフォルニアでの記録的延焼、2023年にカナダで発生した大規模火災など、海外の惨事は「遠い国の話」ではなくなっている。
日本では件数が減っている一方で、ひとたび山火事が起きると、被害が拡大しやすいリスクはむしろ高まっている。規模の大きな火災や長期化するケースが増えており、単純に「安心」とは言えない状況だ。
地域力を取り戻す ── 初動対応の鍵は人
山火事の初動対応では、地域の消防団員の総動員が延焼拡大防止につながる。しかし1950年代に約183万人いた団員は、現在では約73万人と6割以上減少した。
足利市中央消防署の丸山主幹は「山火事は初動対応での活動が延焼を阻止するために重要となります」と語る。炎が広がる前に食い止められるかどうかで、被害の大きさが変わる。
地元消防団の最大限の協力を受けても対応できない場合、他県との連携が不可欠となる。しかし、近年の消防団員の担い手の減少が消火活動にも影響し、延焼拡大へと直結している。
消防団員の深刻な人手不足が進む中、地域防災力の強化と並行して、防災・減災につながる別のアプローチも求められている。
テクノロジーが切り拓く「備え」の新地平
深刻な人手不足が進むなか、防災・減災の現場では、テクノロジーを生かした新たな備えを模索する動きが広がっている。
東京消防庁は、先端技術の導入を目的とした「INNOVATION PROJECT Research for 2025」で、ドローンを活用した消火システム開発のための情報・提案を公募。消防車が入りにくい地域や高層建物での消火を想定し、民間企業との共同研究を進めている。総務省消防庁も「林野火災に活用できる技術情報(特にドローンを活用した技術など)」を募集するなど、現場での実用化を見据えた検討が行われている。
こうした動きを背景に、監視や呼びかけなどの機能を備えたドローンの開発・実証が進む。地震や津波の対策として、土砂ダムの監視や橋梁の損傷確認、避難広報などへの応用が試みられており、初動対応の迅速化が期待されている。
一方で、山火事での本格運用はまだ研究・実証段階にある。総務省消防庁は「人が近づけない危険地帯での情報収集手段として有効」と評価しており、今後の導入に向けた検討が進む。通信や飛行制限といった課題は残るが、平時から自治体と連携し運用体制を整えることで、有事の「備え」は一段と強化される見通しだ。
「防げる火」を防ぎ、未来を守る
件数だけを見れば、日本の山火事は以前より減っている。しかし、一度火が出れば被害は深刻化し、暮らしや産業、地域の未来までも脅かしかねない。
「火を出さない」「広げない」「備える」。この三つの心構えが、これからの社会に不可欠である。
一人ひとりの行動と、地域・社会全体の取り組みが連動してこそ、山火事のリスクを最小限に抑え、災害に強い未来を築くことができる。


