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中国でもリスペクトされた日本の表現――書家・紫舟が海を超えつなぐ「書」の文化

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日本の伝統文化である「書」で唯一無二の表現を続ける書家・紫舟(ししゅう)さん。NHK大河ドラマ『龍馬伝』や、伊勢神宮の式年遷宮『祝御遷宮』など、大切なシーンのための書も手がけてきた。彼女の表現は伝統的な書の域にとどまらず、書を立体彫刻にした「書の彫刻」や、書と西洋の古典画法のハイブリッドの作品、デジタルアートなど、書を通じて日本の文化の新たな側面を切り拓いている。作品は国境を越えて評価され、2025年10月には、上海で中国初の個展を開催した。世界との文化交流を通じて見る、日本のアートの現在地とは。そして、彼女は書を通じてどのような世界や未来を見つめているのだろうか。

中国でもリスペクトされた日本だからこその「書」

「文化を受け入れる温かな姿勢とリスペクトに驚きました」

国内外で活躍する書家・紫舟さんは2025年10月18日から24日まで、中国・上海のchi K11 art museumで初の個展「紫舟 伝統を超越~文字を平面から解放する~」を開催した。会場には23点の大作が並び、漢字と書の本場である中国の地で、日本の思想や文化を発信する貴重な機会となった。

彼女の作品は「唯一無二の現代アート」と言われる。"書"と聞くと、和紙の上に墨で書かれた筆文字を想像する人が多いだろう。しかし、彼女の作品はそれにとどまらない。書の伝統を踏まえながら東アジアの精神性を内包した絵や立体彫刻、メディアアートにも及ぶ。

特に、従来の書のイメージを覆すような作品が、漢字を立体にした独自のアート「書の彫刻」シリーズだ。そこから発展した「書のキュビズム」シリーズの作品では、一筆ずつ彫刻にし、筆先が軽く触れた箇所は手前に、力強く押し込めた箇所は奥にすることで筆の運びを三次元で表現。加えて、呼吸やリズム、時間軸までをも可視化し、伝統文化であった「書」を現代アートへ昇華している。

書のキュビズム「花鳥風月」(かちょうふうげつ)
書のキュビズム「花鳥風月」(かちょうふうげつ)

この作品は、日本語や漢字を知らなくとも「書」を楽しむことができる。海外では2014年のフランス国民美術協会展にて、絵の中に日本語を造形として書き込んだ書画で金賞、三次元の書の彫刻で最高位金賞を日本人初のダブル受賞。翌年同展の「主賓招待アーティスト」に選出され、日本人では横山大観以来の快挙を成し遂げた。

今回の上海の個展では、前日のレセプションで上海フィルハーモニーとコラボレーションしたライブパフォーマンスも実施。高さ3メートルの巨大な和紙を立てて鶴の絵を描き、溶かした蝋(ろう)を筆で塗るろうけつ染めの技法で翼を描く。そして、紙の裏から墨を塗ると蝋が墨をはじくことで翼の模様が現れるという作品を披露した。

着物などにも使われる伝統的な表現技法を掛け合わせながら、「床に置いた和紙の表に書く」という書の常識を取り払ったこのパフォーマンスと個展の様子は、「上海日報」「鳳凰新聞」など現地メディアのほか、中国最大級の動画メディア「騰訊控股(Tencent Video)」でも紹介された。

「現地の方々からは、『書道の源流である中国からは生まれない表現だ』『中国で誕生した漢字の魅力を世界に伝えてくれて、ありがとう』など、好意的なお声をたくさんいただきました。中国の書は、石に刻む文化から発展したため、線が直線的で力強い。一方、日本の書道は紙の上で発展したため、柔らかく変幻自在な線が重視されました。そのため、起源は同じでありながら、日本だからこその表現に注目していただきました」

ライブパフォーマンスの様子
ライブパフォーマンスの様子

個展が開催された期間は、9月に中国で公開された旧日本軍を題材とした映画や、日本での新首相誕生などにより、日本の話題に敏感になっていた時期だった。しかし、現地で感じたのは文化へのリスペクトと歓迎だったという。

「中国で大きな影響力を持つメディアが、この時期に日本の文化を取り上げることは、非常に勇気のいることだったと思いますが、文化の本質をまっすぐに伝えてくださり、感謝しています」

日中関係は、経済や政治の面で複雑な側面もある。だが、漢字、茶道、食文化など、たくさんの文化が大陸から日本へ伝わり、現代においては「三国志」などの中国史をモチーフにした作品も広く愛されている。対して中国でも、日本料理は日常的に楽しまれ、日本の漫画やアニメといったカルチャーも広い世代で親しまれているという。文化においては、お互いにリスペクトし合ってきた関係なのだ。

「遣隋使や遣唐使の時代から千年以上もの間、私たちは文化を通じて交流を重ねてきました。私は、草の根の文化交流が大切だと考えて今回の展覧会を開催しましたが、そのこと以上に、日本と中国の交感は1400年前から脈々とそして綿々と受け継がれていたことに気付かされました。その長い歴史のおかげで、現地には受け入れる体制がすでに整っており、とても温かく歓迎していただきました。両国の文化が築いてきた時間の厚みと、文化交流の歴史が持つ突破力を強く感じました」

日本の伝統を、世界で通用するアートへ

日本から世界へ、書の文化を発信する紫舟さん。活躍の場を広げる一方で、書が世界で十分に理解されるには文化の壁があり、時間がかかると感じているという。

「書は、書き足しや修正をせずに一筆で書き下ろすことを是としてきました。一筆で多様な線を生み出せるようになるまでに数十年を要するその道のりこそが重要であり、その鍛錬を通して培われる高度な集中力や精神性に価値があるとされています。そうして圧倒的な集中力のもと、和紙の上で一瞬で、そしてひと筆で書き上げたその墨蹟は、人の心をひきつける表現となるのです。

一方、西洋絵画では、筆で同じ箇所を何度も塗り重ねる手法が一般的で、書道の一瞬の表現とは対極にあります。重ねられた筆致と画面上で積み重ねられた時間が価値を形づくるため、西洋では一瞬で生まれる表現はアートとして認識されにくい傾向がありました。

これから私たちが成すことは、彼らに新しい価値観を提示することです。一瞬の集中と呼吸で生まれる墨蹟こそがアートである。いずれ書道がその象徴となれるよう、今は西洋の方々にも理解できる表現を通して、日本やその思想を発信途上です」

違いを乗り越え、「書」が国境を超えて伝わるものにしたいと願い誕生したのが、書を紙という平面や伝統から解放した立体造形作品「書の彫刻」や、それを発展させた「書のキュビズム」なのだ。

絶望の末、「書家」という道に出会った

紫舟さんが初めて筆を執ったのは6歳の時。日本文化に造詣の深い祖父母のすすめで、幼い頃から日本舞踊など、さまざまなお稽古事を習ってきたうちの一つだったという。さまざまな文化や表現技法に触れる中で、「自分のすべきことは何か、その頃からずっと探していました」と当時を振り返る。

大学進学を機に書の世界を離れ、卒業後は周囲に流されるままアパレル企業に就職。宣伝担当に配属されて仕事を楽しんでいたものの、「自分のすべきことはこれなのか」という迷いが消えなかったという。

そして、3年で会社を退職し、「もし私にも生涯をかけて成すべきことがあるとすれば見つけたい」との願いから行ったのが100日間の内観だった。ワンルームの自室の中で「自分は何がしたいんだろう?」「何をしている時が幸せ?」と朝から晩まで自問し続けたという。そしてちょうど100日目、おなかの奥底にあった「書家」という言葉に気付いたその瞬間、人生で初めて心が軽くなり、その感覚を信じて紫舟さんは書家になることを決意した。

自分は何者なのか、自分のなすべきことは――。人々がそれを追い求める中、彼女はなぜそれを見つけられたのだろうか。

「書道が好きだと言えるわけでもなく、私より上手な人もたくさんいたので、『書道ではない』と勝手に思い込んで、心にふたをしていました。100日間の内観の間、無力な自分に気づき、とてつもない絶望に襲われました。しかし、その中で自分への期待や過信、執着、虚像などを、自分を縛っていた自分を手放していくと、何重にも覆いかぶさっていたふたが一つずつ崩れ落ちていったのです。そうして最後に残った一縷(いちる)の光が『書家』でした。自分を見つめることは何もできない自分を知ることでとても苦しい時間です。それでも、天職はあると信じ見つける覚悟を決めていたこと、希望を手放さず諦めなかったから、光を見逃さずに、書家に成ることに気づけたのだと思います」

答えは本でも旅先でもなく、自分の中にあった。彼女のアトリエの入り口には、坂本龍馬の言葉「世の中の人は何とも云はばいへ 我成す事は我のみぞ知る」という書の彫刻が飾られている。

書を手がける様子
書を手がける様子

アートの新たな可能性を開拓する

書を通じて表現を続ける紫舟さんは、今、新たな挑戦に踏み出している。近年力を入れているのが、アートと医療を掛け合わせた「未来の病院」プロジェクトだ。メディアアーティスト・落合陽一氏や医師らと協力し、アートの力によって人類の抱える問題に取り組んでいる。

その第一弾となったのは、紫舟さん自身も悩まされてきたという「アトピー性皮膚炎」だ。悪化の原因の一つである「かく」を防ぐことをテーマに、十数点の作品を展開した。

「かゆみを感じたとき、かいてはならないと分かっていても、なぜかいてしまうのか。それは、かくことによって快楽を得られるからです。その快楽をアートに置き換えることが、このときの切り口でした」

例えば、皮膚の代わりにかくことで仮想体験を通じて快楽を得る「かく絵本」や、脳と目線をコントロールして高い集中を促すことでかゆみを忘れさせる体験型装置「世界一の集中脳」といった新たなアプローチを提案している。

「医者だけに頼っていては、これから先、日本の医療はパンクしてしまいます。未来の病院の鍵となる力は、『想像力』です。プラシーボ効果のように、人は『薬を飲んだ』と信じるだけで、症状が改善することがあります。人の想像力には、人を治す力があるのです。『未来の病院』プロジェクトでは、その力がより善く働きはじめるようなアートを創作し、それらを体験することで、自らの想像力で身体が健康になり心の豊さにつなげていきます」

「かく絵本」
「かく絵本」

また、書き初めワークショップ「願いを叶える、予祝御祭」の取り組みも行う。「予祝」とは、未来の喜びや成功を先に祝うこと。このワークショップでは、参加者らが書いた書初めを水で溶ける紙に印刷し、奈良の橿原神宮で願いを託して桜の木と一緒に埋める。そして、春にはその願いが花開くという仕組みになっている。その桜は願いの花を咲かせる象徴となり未来に希望を見いだし、「願いが叶った未来の記憶」をつくる。

「人はなぜ将来に不安を抱くのでしょうか。なぜ子どもでさえ、将来に不安を抱くのでしょうか。近年、脳科学の研究で、『過去を思い出す神経回路』と『未来を想像する神経回路』がほぼ同じだと分かってきました。つまり、過去の失敗や喪失の記憶が、未来に対する不安や恐れを引き起こすのです。

人間の脳は、実際に体験した記憶と、鮮明に思い描いたイメージとを同じように処理している。それをアートの力で、将来の不安を希望にかえる方法として考えたのが『願いを叶える、予祝御祭』です。希望ある未来を先に想像して書初めを書くことで、その希望を"記憶"として脳に刻みます」

アートには「脳を拡張する」「新しい考えを社会に提示する」という二つの役割があると紫舟さんは話す。これらの取り組みは、まさにその役割を果たそうとするものだ。紫舟さんは、人の想像力をアートによって活性化し、見える形にすることで、人や社会の新たな可能性を提示している。

書を通じて、未来に残したいもの

最後に、彼女が作品を通じて伝えたい思いを聞いた。

「海外へ行くたび、『日本人なら』と温かく迎え入れられとても親切にしていただけます。それは、先人たちが異国で苦難の中でも長い年月をかけて築いてくださった信頼と誠実さのおかげです。その恩恵を受けている私も、尊敬される日本の誇りを次の世代へ渡したい。文化には、経済や政治ではできない深い交流を生み出し、国の品格を未来へもつなぐ力があります。そして日本文化はすでに世界から深く敬意を払われています。私はこれからも、日本の文化を世界へ向けて発信し続け、より尊敬される日本を創る一助となることが、私の表現者としての志です」

さまざまな手法と組み合わせて、日本の「書」を新たな形で発信する。書家・紫舟さんは無限の可能性を信じ、希望を強く抱きながら未来へも筆を走らせている。

  • 取材・文

    安藤ショウカ

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