「今が一番かっこいい」から卒業。佐々木莉佳子、アイドル10年で見つけた立ち止まる強さと新たな道 #豊かな未来を創る人
2025年9月、東日本大震災の復興支援を目的とした自転車イベント「ツール・ド・東北 2025」のスターターとして、青空の下に立つ佐々木莉佳子さんの姿があった。2024年6月にアイドルグループ「アンジュルム」および「ハロー!プロジェクト」を卒業した彼女は、今、新たな道を歩み始めている。
宮城県気仙沼市で生まれ育ち、アイドルとして10年間を駆け抜けた彼女の原点には、2011年の東日本大震災がある。そしてそのかたわらには、常に見守り、時には厳しくも愛のある言葉で彼女を導いてきた父の存在があった。
「私、今が一番あぶらがのってる」。キャリアの絶頂で、彼女は卒業を決めた。「宇宙一のトップアイドル」を目指し、誰よりも輝く太陽のようにステージを照らした10年間。彼女がグループアイドルとして活動する中で得た気づきとは。故郷への想い、父との絆、そして未来への展望を、自身の言葉と父の視点から紐解いていく。
佐々木莉佳子(ささき・りかこ)
2001年5月28日生まれ、宮城県気仙沼市出身。東日本大震災後、ご当地アイドル「SCK45(後のSCK GIRLS)」で活動を開始。2013年ハロプロ研修生に加入した後、2014年ハロー!プロジェクトのアイドルグループ「スマイレージ(現アンジュルム)」に3期メンバーとして加入し、約10年間グループの中心として活躍した。2024年の卒業後は、ファッションモデル、女優として活動の幅を広げ、雑誌「CanCam」の専属モデルも務める。太陽のような明るいキャラクターと、見る者を惹きつけるパワフルなダンスパフォーマンスが魅力。「みやぎ絆大使」として地元への貢献も続けている。
「今の東北」を体感してほしい
── 今回の「ツール・ド・東北」でのスターターや「みなと気仙沼大使」「みやぎ絆大使」を務めるなど、地元東北に関わる活動にも力を入れていますが、地元への思いや、東日本大震災の経験をどう受け止めているかお聞かせてください。
佐々木莉佳子さん
ハロプロ研修生になってからずっと気仙沼でお仕事がしたいと思っていましたが、なかなか口にすることができませんでした。活動歴を重ねるごとに、「みなと気仙沼大使」に就任させていただいたり、卒業ツアーでは気仙沼市民会館でライブをさせていただいたり、地元に関わる活動ができるようになりました。気仙沼に対して、何か形に残したいとずっと思っていたので、形になっていくのは嬉しかったですし、昔の自分だったらそんなことは考えられませんでした。本当に、周りの皆さんに感謝しています。一人の力ではここまでは来られなかったので。
私は、東日本大震災をきっかけにアイドルになりました。今もなお傷の癒えない方が多くいらっしゃることを踏まえつつ、私自身はあの経験を通して現在の自分が形づくられたと感じています。失われたものの重さを胸に、そこから見えた希望の芽についてもお伝えしていけたらと思います。震災の経験や、それを経ての選択がなければ生まれなかったものが、気仙沼にも東北にもあふれています。そういうものを皆さんに感じていただけたら嬉しいです。
── 気仙沼の好きなところ、魅力を教えてください。
佐々木莉佳子さん
気仙沼に帰ってきたら、空を見上げることが増えるんです。海鮮が美味しいとか、海があるとか、そういうイメージを持つ人も多いと思いますが、それだけではなくて、山もありますし、緑も豊かで、空気も澄んでいて、本当に自然が豊かな場所です。気仙沼に来れば空を見上げたくなるし、空気をたくさん吸いたくなる。私にとっては、そういう場所です。
気仙沼から、宇宙一のトップアイドルを目指して
2011年3月11日に津波で、気仙沼にある佐々木さんの家も、学校も流された。壮絶な体験をした佐々木さんはふさぎ込むようになってしまったという。娘を心配していた父・利重さんは、地元で活動を始めるというアイドルグループ「SCK45(後のSCK GIRLS)」の話を聞き、娘に内緒でメンバーオーディションに応募した。
── どのような思いでアイドルグループに応募をされたかお聞かせください。
父・利重さん
とにかく震災前の娘の笑顔に戻ってほしいという気持ちでした。それに、小さい頃からダンスがうまかったんですよね。ダンスのテレビゲームを買ってあげたときに、覚えるのが早いし、うまくて「もしかするとなぁ...」なんて思っていたんです。それで震災後、「気仙沼の子どもの笑顔取り戻すためにご当地アイドルを育成しよう」というコンセプトで、アイドル募集がありました。当初は中学生以上で募集していましたが、小学校4年生の娘を「1回見てください」とお願いして。遠征に行くときに一緒についていくのであればということで、参加できることになったんです。
── アイドルに応募したと聞いてどんな気持ちでしたか。
佐々木莉佳子さん
最初は「え?」と驚いたんですけど、ほんの数秒で「楽しみ!」という気持ちが湧いてきました。これからどうなるんだと、期待、わくわくですね。とにかく楽しみでした。あとは、今振り返ればコンセプトにも共感していたと思います。あの時には、多分今ほどは感じられてなかったかもしれませんが、やっぱり地域で、復興に関われるということに意義を感じていました。
── 昔からアイドルになりたいと思っていたのですか。
佐々木莉佳子さん
小さい頃から、歌やダンスが好きでした。音楽がかかると音に乗って体が揺れる、動いちゃう子だったので、生まれつきなんでしょうね。もともと、目立ちたがりでもありました。猪突猛進というか、怖いものなんてなかったし、誰に対しても本当に元気な女の子という性格でした。敬語も使えないし、生意気な子だったと思います。
父・利重さん
僕が甘やかして育てたんです。年の離れた末っ子だったので、それも手伝って非常に甘やかして育った部分があります。天真爛漫で、みんなを引き連れて遊びに行くような子でした。
佐々木莉佳子さん
SCK GIRLSでは、何曲か私が振り付けした曲がありました。初期の頃はダンスの先生がいなかったので、みんなで相談しながら振り付けを決めていたのですが、周りが手を挙げないので「私にやらせてください」と言って。目立ちたがり屋だったんです。
── アイドルとしての活動を始めてからはいかがでしたか。
佐々木莉佳子さん
初めて誰かに評価されたり、誰かに見られる「ステージ」という場所に立って、「いろんな言葉かけられるんだ」と感じました。言葉の重みじゃないですけど、誰かの一言がこんなにも心に刺さるものなんだと。また、初期の頃から「復興を利用して有名になろうとするな」みたいな声がありましたが、それも原動力になりました。私たちが何のためにやっているのか、しっかり伝えようと。小学生ながらに復興につながるという気持ちは強くて、イベントで東京や仙台に呼んでいただけることが増えれば、気仙沼を知ってもらう機会になると思っていました。メンバーも、ついてくるお父さんやスタッフの皆さんも常に本気で「青春」っていう感じでした。
── その後、オーディションを受けて「ハロー!プロジェクト」の研修生となり上京しますが、声がかかったときはどう感じましたか。
佐々木莉佳子さん
選択の余地なんてないくらい、迷いはゼロでした。でも、お父さんが背中を押してくれたことは大きかったと思います。何も迷いなく挑戦できたのは、お父さんや周りの環境のおかげだと思います。
父・利重さん
今いる場所が世界の中心ではないから、外をどんどん見てほしいと考えていましたね。東京に出れば、大きなチャンスがある。ハロプロ研修生になり、最初は土日に僕と一緒に通っていたのですが、スケジュール的に難しいし、早くチャンスを掴むには東京に出た方がいいと思い上京させることにしました。
── ローカルアイドルという枠を超えて活動が広がっていき、アイドルとしては何を目指して活動をしていたのでしょうか。
佐々木莉佳子さん
ずっと掲げていたのは「宇宙一のトップアイドルになりたい」ということ。本気で思っていました。小さい頃の私にとっては「世界」という言葉には限界があるような気がしていて、それよりも大きな規模の存在になりたいと思ったら、「宇宙」という言葉が出てきたんですよね。年齢を重ねるごとに「宇宙ってなんだろう?」とも思うんですけど、ゴールがないものが宇宙。地球の外には知らないことがいっぱいあって、なかなか手が届かない場所じゃないですか。そういう存在に私もなりたかったんですよね。昔から負けず嫌いで、一番になりたかったんです。子どもの頃から何に対しても本気でしたが、飽き性な一面もあり、そんな私がこんなにも追いかけたいと思ったものは初めてでした。
── なぜそこまでアイドルにのめり込んだのでしょうか。活動をしている中でやりがいを感じる瞬間を教えてください。
佐々木莉佳子さん
今も、純粋にアイドルが好きですし、天職だと思っています。特に、ライブをしているときが一番「命」を感じます。魂が震えるというか、「人生」っていう感覚、ライブでしか感じられない高揚感みたいなものがあるんです。
ライブには「ファンの皆さん」という、届ける相手がいます。会場で今、目の前にいるみんなだけじゃなくて、その先には何倍もの人がいて「私ってこんなにもいろんな人に届けられる存在なんだ」っていつも思っていました。だからこそ、歌って踊るだけでなく、MCなども含めて「誰かに言葉や気持ちを伝えること」をすごく大切にしていました。
── 届けたいこと、というのは。
佐々木莉佳子さん
何かひとつではなくて、活動していくその時その時で生まれてきますが、やっぱりアイドルとして何を届けられるかって、一番は笑顔なんですよね。笑顔とか、活力とか、パワー。アイドルという職業は、力を与える。アイドル以外にも様々な方がいますけど、アイドル特有の空気感のようなものがあるんです。アイドルである私にしか伝えられない、届けられないものがあって。これがまた違う活動をしていたらまた違う私だったと思うし、違う伝え方とか、受け取られ方だったと思います。
── 娘がアイドルとして成長して活躍する様子をどのように見守っていましたか。
父・利重さん
小さい頃のダンスを見て受けた印象通りというか、この子は本能で、「血で踊っていくんだな」と感じていましたね。当時、ライブでいろんなグループと一緒にライブをするときでもなんでも、小学生の莉佳子が「隙あらば食ってやるぞ」ぐらいの気迫で出てくるんです。これは見てて、非常に痛快でした。田舎から出てきたアイドルなんて、誰も期待していないわけですよ。でもライブが始まると会場の雰囲気が変わるんですよ。小さいときからそれを目の当たりにしてきて、どんどん進化して、ハロプロに入ってからも、ライブを見るたびに進化していくわけですよ。自分の娘ながら、末恐ろしい子だなと思いましたね。
「立ち止まる強さ」10年での成長
ハロプロ研修生を経て、佐々木さんが所属することになったアイドルグループ「スマイレージ」は、佐々木さんら三期生が入った直後のタイミングで「アンジュルム」に改名。それまでの王道で可愛らしいアイドル路線から「自分らしく居ることの大切さ」を訴える力強いメッセージソングが増え、「メンバーの個性を活かすグループ」としての地位を確立していき、「ハロー!プロジェクト」の中でも特に女性ファンを集めるグループとして知られるように。
── アンジュルムでの10年間は、佐々木さんにとってどのような時間でしたか。
佐々木莉佳子さん
13歳で加入して23歳になる頃には、自分でもびっくりするぐらい成長しました。スマイレージとしての歴史があった分、加入当初は抵抗があったファンの方もいたと思いますが、メンバーもファンの皆さんも私たちを快く受け入れてくれて。「超」がつくほどのびのび育ててくれたのがアンジュルムでした。年齢や立場に関係なく「好きなことをする」のが私たちのスタイル。その自由な環境だったからこそ、今の私があると思っています。
── 大変だったこともありましたか。
佐々木莉佳子さん
もちろんありました。武道館が埋まらなかった低迷期もありましたし、先輩たちが卒業していくことへの不安は、最初の頃はすさまじかったです。多分、私たち自身が成長できてないからなんですよ。「待って、置いていかないで」みたいな感覚です。でも、人ってその境地に立たされた時に成長するんですよね。不安があっても、その環境や関係性の中でできることを頑張るから、形が変わっていく。崩れそうだと思ったときこそ、自分がどうしたらいいかの考えも生まれる。大変だったことも全部プラスになる。先輩たちの卒業という選択が、私たちを強くしてくれた。今はだから、大変だったなと思うことより、「楽しかったな」「乗り越えたな」という気持ちの方が大きいです。
佐々木莉佳子さん
10年活動する中で、突き進み続けるだけではなくて「立ち止まる強さ」というものを覚えたのも大きな変化だと思います。自分と向き合うのって正直怖いんですけど、一旦立ち止まって自分と向き合った時に気づけることがある。それでまた進もうと思えるようになって、また違う自分になるというのを繰り返せるようになって。私は、見てる人に新しい感覚を提供したい、「アイドルといったら、かわいい笑顔」とかそういう既成概念を壊したくて生きてきたんですけど、そういった自分の思いに気づけたのも、立ち止まって、モヤモヤするところに目を向けて、自分と向き合ったからだと思います。
── 立ち止まり考えることで、ライブでの表現やファンの方との向き合い方にも変化がありましたか。
佐々木莉佳子さん
自分の中でも、明確にこのときに変わった、というタイミングがあります。それは2018年の武道館ツアーのときです。その前のツアーのときに、お父さんに同期のメンバーと比べて「お前は負けてる」と言われて。最初は強く反発したんですけど、冷静に自分のパフォーマンスを見返したら、「確かに......悔しい」って。そこから自分の表現を研究し抜いた結果、「佐々木莉佳子」というジャンルができたと思っています。
父・利重さん
小さい頃の莉佳子には「隙あらば食ってやるぞ」みたいな気迫があったのですが、でもその時期は、どこか遠慮しているように見えた。昔の莉佳子の様子が感じられなくて、つい伝えてしまったんです。でも、その後のツアーでは見事に研ぎ澄まされたものが出てきましたね。
佐々木莉佳子さん
多分、自分に甘えていたし、現状に満足してうかうかしていたんでしょうね。ライブが終わっても「楽しかった」で完結していた。でも、父の言葉をきっかけに自分と向き合ってからは、「待って、今日の私どうだったかな?」って、必ず自問自答するようになりました。
佐々木莉佳子さん
ファンの方への向き合い方も変わりました。昔はただ「楽しい」という感情で生きていたから、ファンの皆さんが抱える葛藤や苦しみを本当の意味では分かってあげられなかった。でも立ち止まることを覚えてからは、人生の中で感じるいろんな気持ちを考えるようになり、MCでも、もっと届けたいという気持ちが凄く大きくなりました。いろんな言葉を紡いで、自分が経験したこととか、悩んだり苦しかった気持ちをそのまま届けると、ファンの人から、それが支えになったと言ってもらえるようになったんです。そのとき、自分の中で立ち止まっていることが正解になったというか、この感覚を感じられる人間になれてよかったと、心から思えました。
アイドルとファンって、支え合いの関係なんです。どちらかが欠けると崩れてしまうもので、私の中でもファンの皆さんってすごく大きな存在です。私が何か伝えたいこともファンの皆さんに伝えることによって誰かに繋がったり、形にしてもらえる。それこそ、たくさんのファンの方が気仙沼に足を運んでくれています。私がいないのにです。私が生まれた地を、ファンの方が愛してくれるっていうのは、この仕事だから形になった、特別なことだと思います。
── そんな中、なぜ、キャリアの絶頂期ともいえるタイミングで卒業を決断したのですか。
佐々木莉佳子さん
ある時ふと、「私、今が一番充実している。ベストの状態じゃん」と気づいたんです。だから、一番かっこいいときに辞めようと思いました。次の目標があったというよりは感覚的なものでした。もちろん、まだ続けられた。でも、いずれ終わりが来るなら、それが遅いか早いかだけ。最高の姿で締めくくりたかった。かっこいいアイドル人生を歩めたなって、後悔は全くないです。
「どうしよう」も楽しめる自分に
── 卒業から1年あまり。どのような心境で過ごしていましたか。
佐々木莉佳子さん
グループという守られた場所からポンと一人で放り出された時に、「あれ、何したらいいんだろう」となり、しばらく落ち込みました。「アンジュルム時代の輝いている私をみんな求めてるんだ」と思ったら、どんな顔して人前に出ればいいのかもわからなくなってしまったんです。人生初めてのレベルで自信がなくなりました。
── その葛藤をどう乗り越えたのですか。
佐々木莉佳子さん
自分と向き合いました。昔の怖いもの知らずだった勢いはもうないけれど、成長した今だからこそ見えるものがあるはずだって。落ちたということは、あとは上がっていくだけ。この1年で、私のやりたいことや色を理解し、支えてくれる人たちとも出会えました。お父さんに卒業の時に「当たって砕けろ。人生一度きりだから」と言ってもらえたのも支えでした。今は、私がこの事務所に残った理由などを改めて考えながら、やりたいことを実現させようと頑張っております。どうやったら形にできるかは模索している途中です。以前は、その「どうしよう」という状況を楽しめなかったんですけど、今は「どうすれば形にできるかな?」と模索する過程がすごく楽しい。その変化が一番大きいですね。
── 「やりたいこと」とはどんなことですか。
佐々木莉佳子さん
言葉にするのは、めちゃくちゃ難しいです。難しいんですけど、「アイドルキラキラ」っていうのではなくなるかもしれない。もうちょっと先に進みたいという気持ちがあります。ファンの皆さんが喜んでくれることは分かるからこそ、「あれをすれば喜んでくれる」とか、そういうのじゃない新しい境地に行きたいんです。ただ、そうできるだけのパワーはまだ自分が持ってないので、今はまだまだ積み重ねている途中ではあるんですけど。
── ソロアーティストとしての佐々木莉佳子さんの全盛期は、これから作っていくということでしょうか。
佐々木莉佳子さん
そうだと思います。今はいつ、何が起こるか分からない時代だからこそ、人生にワクワクするんです。「違う花として咲く」ことが大事だと思っていて。それはもしかしたら、ファンの方が期待しているようなものではないかもしれない。「いい意味での裏切り方」をして咲くかもしれないです。でも、いずれかは絶対に、その新しい私を「好き」にさせたい。そう強く思っています。
── 話を聞いていると「元気を提供したい」というよりは、「気持ちを抱きしめてあげる」ような感覚を覚えました。
佐々木莉佳子さん
そうかもしれません。抱きしめてあげる感覚。応援するとか、何かを与えるのではなくて、それを「包み込む」感覚です。そうすることで、私もまた何か養分をもらえる。その関係性は、これからもずっと大切にしていきたいです。
父・利重さん
僕自身もそうですが、人生はずっと挑戦だと思っています。このままフェードアウトするんじゃなくて、もっと先を見て、自分の可能性に賭けてほしいですね。
佐々木莉佳子さん
父は本当にパワフルなんです。負けてられないですね。
── 最後に、次世代を担う後輩たちへメッセージをお願いします。
佐々木莉佳子さん
後輩たちには、絶対に落ち着かないで欲しいです。普通になっちゃダメ。あなたたちはもっとできる。信じた道を突き進んでほしい。みんなめちゃくちゃかっこいいんだから、落ち着かないで、バタバタ、ジタバタしてほしい。もっと苦しんで、いろんな景色を見て、いろんなものを感じてほしいです。
私もまだまだ突っ走ります。とにかく一度きりの人生。一瞬一瞬は戻ってこない。結局、人って人生が終わるときにもしかしたら後悔が残るかもしれないけど、振り返ったときにかっこいい人生でありたいなと思います。
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写真
鈴木省一
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取材・文
島田龍男


