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除菌・殺菌のしすぎは、健康も損なう。都市の「微生物多様性を高める」取り組み #豊かな未来を創る人

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ドアノブに触れるのを躊躇したり、帰宅してすぐに手を洗ったりと、コロナ禍を経て、私たちは細菌やウイルスなどの"見えない存在"を過度に恐れてきたのではないでしょうか。一方で、納豆、酒、ヨーグルト、パンなどが並ぶ食卓や、腸内細菌など私たちの健康は、その見えない存在=微生物に支えられています。「彼らは敵ではない。私たちの身体の一部であり、パートナーだ」と語るのは、株式会社BIOTA(バイオタ)の伊藤光平さん。微生物を通じて、都市と人の「100年後のあたりまえ」をデザインする、その活動に迫りました。

伊藤光平(いとう・こうへい)

株式会社BIOTA代表取締役。慶應義塾大学 環境情報学部卒業。高校時代から慶應義塾大学先端生命科学研究所にて、特別研究生としてヒト常在菌のゲノム解析に従事。学部生時代には住環境における微生物コミュニティも対象としたメタゲノム解析に従事。大学卒業後、株式会社BIOTAを創業し、微生物多様性を高める都市デザイン事業を行っている。

免疫を支える「微生物多様性」

── 微生物を基点に、どのようなアプローチで社会課題に向き合っているのですか?

私たちは、都市の「微生物多様性を高める」ことに取り組んでいます。それによって人の免疫機能を向上させたり、感染症を減らしたりと、健康で持続性のある暮らしの実現を目指しています。

── なぜ微生物の多様性が健康につながるのですか?

そもそも微生物とは、細菌・真菌・ウイルス・原生生物などの目に見えないくらい小さな生き物たちのことです。諸説ありますが、地球上に存在している微生物のうち、まだ数%程度しか発見できていないといわれるほど、たくさんの種類が存在します。そうした微生物は、人や生き物がいる場所には必ず存在し、人の身体、空気中、床、壁、トイレ、土の中、海の底まであらゆるところにいます。

私たちの身体にも数十兆個もの微生物が存在しているといわれています。人間の身体は約40兆個の細胞から作られていますが、それと同等かそれ以上もの微生物と私たちは一緒にいるのです。さらに、お酒や味噌といった食品も微生物の力でつくられています。目に見えない存在ですが、彼らは常に私たちと共にあり、身体や営みを支えてくれている存在なんです。

しかし、特にコロナ禍以降、世間的には除菌や殺菌などによって身の回りの微生物を"減らす"ことが重視されるようになってきました。それによって、微生物多様性が低下してきています。

多様性が低下すると「免疫力の低下」と「感染症の拡大」の2つのリスクが生じます。人の免疫は、幼少期に微生物に触れたり、体に取り込んだりすることによって発達します。そのため、微生物の多様性が低い環境で生活すると、免疫の発達が損なわれてしまう可能性があるのです。

また、過度に除菌・殺菌された空間に感染症の原因の病原菌が入りこむと、競合する菌がいないために爆発的に増殖し、集団感染を引き起こすリスクもあります。こうした観点から、微生物多様性は人間の健康な暮らしに欠かせない要素なのです。

伊藤光平さん

空間デザインからアートまで。「自然由来の菌」を都市に

── 具体的にはどのような方法で微生物多様性を高めようとしているのですか?

ひとことで言えば、都市の中に「自然由来の微生物」を増やす取り組みを進めています。

私自身の研究や多くの先行研究から、都市の微生物は主に、ヒトから発生する「ヒト由来の微生物」と、土壌や植物などに存在する「自然由来の微生物」の二つの集団からコミュニティが形成されていると考えられています。一方で、都市化が進み人口が増えることに伴い、ヒト由来の微生物の割合が高まり過ぎているのが現状です。

とはいえ、都市に人口が増えている以上は、ヒト由来の微生物を減らすことは難しい。そこで、自然由来の微生物を都市に増やすことで、バランスを整えようと考えました。

その手法として特に力を入れているのが、建築設計やランドスケープ(公共空間)デザインです。その空間の微生物多様性を解析・評価した上で、「微生物の発生源をどう作るか」「どう拡散させるか」「どう受容させるか」の三つの観点から、最適な方法を提案しています。

例えば屋内の場合は、微生物の発生源を増やすため、微生物が最も多く生息しているとされる土と植物を持ち込んだり、屋外から微生物を取り込みやすくするレイアウトを提案したりしています。屋外では、微生物が豊かになり、共生しやすくなるような植栽設計を提案しています。

具体的な取り組みとして、2025年の大阪・関西万博で、パナソニックグループパビリオン「ノモの国」に設置されたバイオセンサリードームの壁の建材として、微生物が溜まりやすい「菌糸パネル」を手掛けさせていただきました。

パビリオン

菌糸は建築の資材として大きな可能性を秘めています。単位重量あたりの強度はレンガより高いといわれており、撥水性や耐火性もある。また、生分解性で土に還すこともでき、持続可能性の観点からメリットがあることから、私たちは菌糸を建材として使うための研究を進めています。

でも、これほど広い面積を菌糸で均質に覆うものづくりには取り組んだことがなかったので、菌糸が十分に成長しなかったり、板からはがれてしまったり、乾燥して割れてしまったりと、多くの課題がありました。ただ「展示として菌糸パネルを使ってみました」で終わりにするのではなく「菌糸パネルを建材として機能させた」という事例をつくりたかった。菌糸が、素材として社会に浸透する一歩にしたいと考えていたので、さまざまな工夫をしてなんとか実現することができました。

こうした空間デザイン以外にも、大学や研究機関、酒造との共同研究、ワークショップや講演会、アートプロジェクトなどに取り組んでいます。

── 空間デザインや研究だけでなく、アートの領域にも取り組んでいるのはなぜですか?

私たちは研究開発型のベンチャーですが、論文や都市開発の事業だけでは、私たちが思い描く「微生物多様性のある社会」という世界観を十分に伝えきれない場面があります。まだ世の中にない概念なので、なかなか届ききらない。そこで、アートプロジェクトを「文化醸成」と位置づけて取り組んでいます。

ただ、アートに限る必要はありません。人間がいる限り微生物が関わらない領域はほぼないので「生物多様性」と「共生」さえ軸にあれば、アパレルや食、音楽など、都市を形作る要素になるものなら何でも挑戦したいと考えています。

「わからない」と共存する都市の魅力に惹かれて

── 伊藤さんはなぜ都市の微生物に興味を持ったのですか?

私の出身地である山形県鶴岡市には慶應義塾大学の研究所があり、中学3年生の頃にそこで働く先生の講演を聞いたのが始まりです。話に感銘を受け、その先生が所属する先端生命科学研究所の研究生になることを決めました。

高校生で研究生になった後、楽しそうに微生物の研究をしていた先輩の姿に惹かれ、微生物研究を始めました。最初は人の皮膚や腸内の微生物を研究していましたが、大学1年生の頃に出会った論文がきっかけで、都市の微生物に興味を持ちました。それは、米国コーネル大学による、ニューヨーク地下鉄のゲノム調査に関する研究でした。約450の地下鉄の駅から採取された微生物のDNAの半分が未知のものだったという内容でした。

たくさんの人が住んでいるニューヨークの街に、得体のしれない何かが大量にいる。それでも人々は何食わぬ顔で生活し、知らず知らずのうちに未知のものと共生している。その事実を知り、わからないものとたくさんの人が共生している「都市」という環境がすごく面白いと感じました。

また、当時の微生物研究は人の身体や自然環境が中心で、都市を対象にした研究はほとんど目にしたことがありませんでした。それなら自分がやってみたいと思ったんです。

私はこれまで約14年、人生の半分を研究に費やしてきましたが、それでも、都市の微生物にはわからないものがまだまだいて、新しいものが出てきます。わからないものを解明したい気持ちもありますが「わからなくても、共にいる」という事実にも面白さを感じているんです。だからこそ、わからないを解き明かす研究だけではなく、わからないものと"共に在る"ことをデザインしたくて、今の事業に取り組んでいます。

伊藤光平さん2

自然資本を共有し、発展させる。世界初の「自然資本業務提携」

── BIOTA設立から5年。これまでどのような変化がありましたか?

事業を始めた当初は、大学や研究機関と共同研究をして論文を発表しながら、研究成果を世の中に伝えるために、文化醸成事業に力を入れていました。2023年頃から建設会社や不動産デベロッパーなど、まちづくりに関わる会社から空間設計の依頼が増え、研究成果を社会実装する「都市デザイン」が事業の軸になってきました。

── 2024年から始めた「自然資本業務提携」もその一環でしょうか。

はい。自然資本業務提携とは、企業が保有する森林、土壌、水、生物といった自然資本を私たちと共有し、共に拡大や有効活用を目指す世界初の試みです。

どんな企業も、水やエネルギーなどの自然資本を必ず使っており、自然資本は経営基盤そのものです。自然資本がこれからも使い続けられることを前提に事業を運営していますが、本当にこれからも使い続けられるのでしょうか。パソコンを使えば電気を消費しバッテリーが減るように、企業活動によって自然資本も消耗します。バッテリーに充電が必要なように、自然資本も補い守らなければ、企業活動は持続できません。その危機感を持つ企業から、提携のご相談をいただくことが増えています。

第一弾として、群馬県にある株式会社ソウワ・ディライトと提携を開始しています。同社が保有する森を共有しながら、微生物も含めた生物多様性の拡張や付加価値の向上に取り組んでいます。

自然資本業務提携

"ゼロ"の先に幸せはない。共に在る方法を考えたい

── 研究を経て、伊藤さんはヒトと微生物はどのように付き合うべきだと考えていますか?

私たちの身体には、細胞と同じかそれ以上の数の微生物がいます。ということは、微生物について考えることは、結局、自分の身体や生活をどうケアするかを考えることとつながっています。

それに、微生物は人類よりはるか昔に生まれており、私たちは後から誕生した存在です。そう考えると、微生物とどう共に在るべきかを考えること自体、ごく自然なことでもあると思います。

そもそも、人間は1時間に約100万個もの微生物を排出しているともいわれています。つまり、本当に微生物をゼロにしたいなら、そもそも人間がいてはいけなくなってしまいます。人間がいる限り、微生物がいない場所なんてありえないんです。だからこそ、ゼロを目指した先に幸せはない。人と人が言葉を交わすように、お互いの微生物を交換しながら生きている。それも含めて人間の暮らしなんだと思います。

除菌や殺菌が必要ないわけではありません。感染症を防ぐために必要な場面もあります。今ここにいる微生物たちとどう共に在るかを、状況に応じて考えていくことが大切だと考えています。

100年後に答えが出るものを作りたい

── これから挑戦したいことはありますか?

都市デザインの取り組みをさらに深めていきたいです。その一歩として、2025年に新しく開業した高輪ゲートウェイシティで、開業前と開業後の微生物環境の変化を追っています。新たにできた都市での大規模なサンプリングによって得られたデータは、今後都市デザインをする上で、感染症や公衆衛生の課題解決に役立てることができると考えています。

採取した微生物は高輪ゲートウェイシティにあるラボで解析を行っている
採取した微生物は高輪ゲートウェイシティにあるラボで解析を行っている

私は、微生物多様性はインフラだと思っていて、将来的には建築デザインや街づくりのベースになるものだと考えているんです。例えば、建築における耐震構造は表には見えませんが、全ての建築にインストールされていますよね。それと同じように、あたりまえに「微生物多様性」という観点が組み込まれ、自然と調和した持続的な都市が作られている。そうした状態こそ、私たちが目指す未来です。

そこに至るには10年、20年では足りないし、むしろ急ぎすると一過性の流行として消費され、本質的な現象であることが受け取られない懸念もあります。時間をかけてじっくり社会に組み込んでいくようアプローチすることで、強固な未来につながると信じています。

そして、インフラとして「微生物多様性」があたりまえになった未来に、私たちが手掛けてきた建築や空間、アートプロジェクトなどが「微生物多様性を豊かにするためのアプローチだった」と後の世代に解釈される。そのように、100年後に答えが出るような仕事を残せたらと思っています。

  • 取材・文・撮影

    安藤ショウカ

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