「普通の暮らし」がしたい──''働く''を通じて、難民が未来へ希望を抱ける社会へ #日本社会と外国人
「毎日三食食べて、家族と一緒に暮らしたい」――そんな"普通の暮らし"を願う人たちがいる。海外から日本へはるばるやってくる人たちの中には、身の危険から母国を離れる決断をした「難民」とされる人たちがいる。しかし、日本に来ただけで彼らの問題が解決するわけではなく、暮らしや仕事、言語、差別といった別の問題に直面している。そんな現状に対して、「働く」を切り口に難民のサポートに挑むのがピープルポート株式会社だ。難民問題とビジネスを両立する同社の事業とその変遷、そして今私たちにできることを、代表の青山さんに伺った。
青山 明弘(あおやま・あきひろ)
1990年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学法学部卒。祖父母から戦争の話を聞いて育ち、「自分の大切な人が理不尽に奪われる戦争・紛争」に課題意識を持つようになる。カンボジアで、内戦経験者へインタビューした事をきっかけに、ソーシャルビジネスでの戦争・紛争解決、および被害者の支援を志す。新卒で株式会社ボーダレス・ジャパンに入社。東京のボーダレスハウス事業部で1年半、その後ボーダレスハウス台湾支店の立ち上げへ。2年で黒字化し、帰国後日本へ逃れてきた難民のために、ピープルポート株式会社を創業。環境負荷ゼロ、難民ゼロを目指すエシカルパソコン「ZERO PC」の販売を通じて、事業の拡大を図っている。
日本の人口とほぼ同じだけ、母国を追われている人がいる
人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するという理由で、自国にいると迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れ、国際的保護を必要とする「難民」。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2024年末時点で、紛争や迫害により避難を余儀なくされた人は過去最多となる1億2,320万人。日本の人口、約1億2,300万人とほぼ同じ数の人々が、世界のどこかで避難生活を送っている。そのうち、約4,270万人が「難民」と定義される人々だ。
彼らの中には、日本へ逃れてくる人もいる。2024年は、12,373人が日本で難民申請を行った。そのうち190人が難民として認定され、8,269人が不認定となった。認定率(※)はわずか2.2%程度だ。他国では、2021年の認定率でアメリカ18.06%、イギリス56.56%、オーストラリア13.53%となっており、各国で状況が異なるとはいえ、日本の難民認定率が非常に低いことは否めない。さらに、申請手続きには平均2年11カ月(2024)と長い時間がかかる上、その進捗やプロセスも見えづらく、難民たちは日本へ来てもなお不安な日々を過ごしている。
難民申請後、認定を待つまでの間は政府から生活援助金が支給される。しかし、条件があるために全員がもらえるわけではなく、もらえたとしてもそれだけで生活することは難しく、住まいを失うなど厳しい状況に置かれる人もいるという。
そうした状況を受け、難民たちの困窮や孤立を防ぐために支援を行っているNPOやNGOがある。物資やシェルターの提供、医療支援、緊急支援金の支給、生活相談、難民認定を得るための支援、日本語教室の開催など、難民申請者らが明日を生き抜いていくための活動を行っている。
一方で、「その先」はどうなるのだろうか。明日を生き抜くための支援は多くの難民たちの生活と心身を支えている。しかし、明日より先も日本で暮らし、働き、社会の一員として幸せに生き続けるには――難民が増え続ける中、支援にはどうしても限界がある。そんな状況を受け、「その空白を誰かが埋めなければならない」という思いから、"働く"を切り口とした事業を立ち上げたのがピープルポート株式会社だ。
「日本語が話せない」が障壁にならない事業設計
ピープルポートでは「難民の人々に、日本語が話せなくても働ける場所を創出する」をコンセプトに、難民たちが安心して働ける居場所づくりに取り組んでいる。
同社は、企業・個人から不要になった中古パソコンを回収し、一台一台手作業で整備。内部データを完全に消去した上で再生し、「ZERO PC」というブランドとして販売している。製造を担うのは、難民として日本に逃れてきた人たちだ。
日本語が話せなくても働ける居場所は、どのように実現しているのか。同社代表の青山さんは「事業設計の段階から、日本語を話せなくても問題ないようにしており、パソコンを使った事業を選んだ理由もそこにあります」と話す。
パソコンの技術は万国共通で、メーカー名やブランド名もアルファベット表記が多く、ほとんどのシステム言語も英語だ。さらに、パソコンの中古マーケットは世界中に広がっている。「パソコンに関するスキルや知識は、今後他の国に移ることになっても、あるいは母国に戻れる日が来ても、きっと役に立つだろう」。青山さんは、そうした将来の選択肢まで見据えてこの事業を組み立ててきたのだ。
ひとつのビジネスで複数の社会課題に挑戦
ピープルポートの事業は、難民の就労だけでなく、日本の環境課題にも貢献している。日本で廃棄されるパソコンは、年間約300万台と言われている。その多くは埋め立て処分や熱処理によるリサイクルに回されているとされており、廃棄量の削減と、負荷の少ない方法での処理は日本社会全体の課題だ。同社では、中古パソコンの再生を担う中で、この電子ゴミの課題に挑んでいる。
さらに、売上の一部は、貧困や虐待に苦しむ子どもの居場所や教育機会をつくる団体をはじめ、環境や難民問題に取り組むNPOに寄付。難民、環境、子どもの貧困。複数の社会課題に、ひとつのビジネスを通じてアプローチしている。
とはいえ、同社は決して慈善団体ではない。社会性と経済性の両立を追い求めてきた中で今のピープルポートがあるのだ。
「ソーシャルグッドであることは、サービスやプロダクトを利用してもらう一番の理由にはならないと思っています。何かお客様の不便や不満を解消するプロダクトであることが一番重要です」
ただし、あくまでも「ビジネスは稼ぐためのツールである」ということを常に念頭に置いているという。難民として逃れてきた彼らの生活をつくり、安定させる。それを第一に優先し、それに反することは絶対にしないと決めているのだ。
こうした理念に共感し、ピープルポートを応援する企業や個人も増えてきた。複数の大手企業も、PCの提供やPRを通じて連携を深めているという。支援の輪が広がる中、「ZERO PCでしか買わない」というファンも増えつつあり、同社の大きな支えとなっているという。
難民たちが求めるのは「普通」の暮らし
現在、ピープルポートではNPOを通じて5名の外国籍メンバー(うち3名が難民)を雇用している。そのうちの一人は、ミャンマー出身。民主化運動に関わったことから命の危険に晒され、2度の亡命を経験しているという。他にも、武力衝突に巻き込まれた人、政治的背景を持つ人など、過酷な状況を乗り越えて日本に辿り着いた人々が働いている。
そんな中、ピープルポートが提供しているのは、単なる「働く環境」ではない。
「現在、難民当事者が安定的に働けないという大きな課題があります。日本語が話せないゆえに立場が弱く労働条件が悪かったり、いじめの対象になったり。また、人手不足の"調整弁"のように雇われ、毎月の収入が安定しないという人もいます」
さらに、前述したように難民申請手続きには長い時間がかかる。ピープルポートで働くスタッフの中には、申請から5年以上経っても結果が出ていない人がいるという。進捗が見えないまま、ただ待ち続けるしかない状況は、生活面だけでなく精神的にも大きな負担となる。
難民として逃れてきた人たちが求めるのは、特別な何かではない。毎日三食食べられて、自分の家族と一緒に住める。そんな"普通"の暮らしなのだ。ピープルポートは、働く環境や待遇などから総合的にその実現を目指している。
「日本人と同じ水準で働けることをとても大切にしています。『人件費を下げるために海外の人を雇っている会社』とは思われたくないですし、そうではないときちんと伝えたい。だから、フェアであることを常に意識しています」
同社で働いて安定した生活ができるようになった難民には、日本で家族との再会が叶った人もいる。取り組みは一歩一歩、でも確かに、難民たちのあたたかな暮らしを実現しているのだ。
「普通の暮らしができるように頑張ってくれてありがとう」――青山さんは社員からそんな言葉を貰ったことを嬉しそうに話した。
「卒業」まで見据えた事業への転換
最近、ピープルポートは次のフェーズに踏み出そうとしている。これまでは「日本語が話せなくても働ける居場所」を目指してきたが、今後は社員の「卒業」も見据えたいと青山さんは話す。
きっかけは、2024年に経験した倒産危機だった。
「もし会社が潰れたら、みんな働けなくなってしまうということを、ものすごくリアルに感じました。日本語を話せなくても働ける環境は、弊社が存在している間は機能しますが、なくなってしまったら社員たちは路頭に迷ってしまいます。だから、ピープルポートで働くことで日本語を学べ、日本の職場で働くスキルやビジネスマナーも身につく。そうして次のステップに向けて前向きに『卒業』していける場所にしていきたいんです」
現在、社内では日本語で会話する機会を増やしており、2026年1月から、日本語のオンライン授業を外国籍メンバー向けに提供している。
また、これまでは同社が雇用の受け皿であることが基本の考え方だったが、社員の卒業後のキャリア、そして難民たちの雇用の機会を増やすことを目指して、これからは他の会社の雇用の受け皿も増やす取り組みを仕掛けたい考えだという。
倒産危機を乗り越え、会社の体制や事業の戦略も変化させながらまた歩み始めたピープルポート。くじけそうになってもここまで根気強く続けてこられた理由について、青山さんはこう話す。
「誰かに言われたことでもなんでもなく、ただ自分のやりたいことだからです。むしろ、わがままでやらせてもらっていると思っています。本当は難民になる前の段階にアプローチしたいのですが、今はその方法がわからず、ずっと探し続けています。その中で、故郷を追われ、家族と離れてもなお生き抜いていこうとしている人たちと出会った。それなら、今はその人たちのために自分の力を使いたいと思ったんです。また、そういう自分と一緒に『頑張ろう』と思ってくれている社員たちの姿を見ると力をもらえます」
難民問題を「誰かの問題」にしておかないために
最後に、難民という社会課題において私たち一人ひとりにできることを尋ねると、青山さんはこう語った。
「まずは、賛成・反対にかかわらず、難民や外国籍の人へのヘイトを煽るような言動はしないようにしてほしいと思います。そして、友達や家族などと、難民というテーマについて話してみてほしいです。堅苦しくなく雑談のように、『どう思う?』と聞いてみてください。こうした話をタブー視して対話ができていないことこそ、本質的な問題だと思うんです。対話を通じて気付くことや考えが変わることもあれば、逆に自分の考えが深まることもありますから、ぜひ話してみてほしいです」
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取材・文・撮影
安藤ショウカ


