退職代行業者の6割は、退職日や給与支払いの交渉ができない。利用側の注意点は?
6人に1人が利用したという調査結果もある、退職代行サービス。今や退職方法の選択肢のひとつとなりつつあるが、2010年代から急速に普及したがゆえに、民間の業者が摘発されるなど、これまで見落とされていた"意外なリスク"が業界内で表面化してきている。退職代行の利用を検討する人が知っておくべき注意点はあるだろうか。実際の利用者やバックグラウンド調査を行う会社、退職代行サービスを運営する労働組合に話を聞いた。(取材・文:小林拓水/編集:小山内彩希、Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
この記事、ざっくりいうと?
- 退職代行を利用されたことがある企業は4社に1社。精神的に追い詰められた人からは「安心できた」の声も
- 採用企業も気になる退職代行の利用歴は、バックグラウンドチェックでの電話調査でわかるケースが多い
- 民間の退職代行業者は交渉できない。業界が縮小しても、「退職代行を使われる理由」に向き合う必要性は残る
退職代行は4社に1社が経験。利用者は「相談できる人がいない中、精神的に追い詰められて」
退職代行サービスの利用者は年々、増加傾向にある。
株式会社マイナビの「退職代行サービスに関する調査レポート」によると、サービスが普及し始めた2019年以前は、従業員が退職代行を利用して退職した企業は15.7%にとどまっていた。だがその割合は年々増え続け、2024年上半期には23.3%に達している。
また、個人への調査では、直近1年間で転職した人の中で、退職代行を利用した人は16.6%に上るという結果もある。
実際に、退職代行サービスを使って2回ほど退職した、医療現場で働く40代女性の高橋麻衣子さん(仮名)に利用した経緯を聞いた。
退職代行についてはもともと知っていたが、前職は自ら退職を伝えて手続きを踏んでいたこともあり、自分が使うことはないだろうと思っていたと言う。そんな高橋さんだが、「辞めたくても誰にも相談できない状況で、精神的に追い詰められていたなか、手を伸ばしたのが退職代行だった」と語る。
「1回目に利用したのは、上司のパワハラに遭ったことからでした。看護や介護に関わる仕事をしているのですが、職場内は役職によってヒエラルキーができていて、自分より下だとする役職の人たちに対して見下すような発言がされることが当たり前になっており、私もそういう態度を取られていました。同僚に相談しても悪い噂が広まってしまうような環境で、誰にも相談できない八方塞がりの状況に陥り、精神的に追い詰められていました」
そのような中で、労働組合が運営する退職代行を利用することに。
「使おうとしたときは、『自分より大変な状況に置かれながら働いている人もいるだろうに、逃げてしまうことになるのではないか』という後ろめたさや、『本当に退職できるのだろうか』という不安もありました。ですが、退職代行業者の方から『退職理由も手続きについても、まったく問題ありません』と言われ、安心できました」
その後、看護や介護を担う複合型の施設に転職。しかし、再び上司からのハラスメントで体調を崩し、2回目の利用に至った。
「面接時に『この資格を取ってほしい』と言われた国家資格を取得しても待遇が変わらないことを上司に相談したとき、高圧的な態度で馬鹿にしたような言葉を投げられ、また相談できる人がいない状況になってしまって。精神面でバランスを崩してしまったので、1回目と同じサービスを利用しました」
退職代行については、運営元により提供できるサービス内容・範囲がさまざまだが、「1回目から寄り添っていただき、安心感があった」と高橋さん。先のマイナビの調査でも、直近1年間で利用した人の74.2%が「今後も利用したい」と回答している。
企業の採用選考において強化される「バックグラウンドチェック」
一方で、SNSを眺めると、「退職代行を使うことによって、転職への影響はないのか」と懸念する声も多い。実際、影響はあるのだろうか。
転職活動中で企業の面接などを受けている採用候補者に対して、企業側が身辺調査をすることを、バックグラウンドチェックという。採用企業が、バックグラウンドチェックを事業とする組織に依頼して行うのが一般的だ。
従来は、経歴詐称や反社会的組織とのつながりがないかを調べることが重視されていたが、「それらに加え、過去に退職代行を利用していたかどうかを、採用前に知っておきたいという企業側からの要望が増えています」と、全国の採用候補者を対象にバックグラウンドチェックを行う株式会社企業調査センターの役員は言う。
「企業としても、入社後のミスマッチや早期離職などのリスクは回避したいという狙いから、退職代行サービスの利用歴があるかを知りたがっているのだと思います。人事担当者と商談をしていても、『退職代行を使われて困った経験がある』とおっしゃる方は多いですね」(同社役員)
バックグラウンドチェックはどのように行われるのか。同社で調査を担当する本田有賀里さんに聞いた。
「私たちはバックグラウンドチェックを依頼されると、求職者の前職すべてに電話をして、経歴や在籍期間など本人が申告している内容に相違がないかをヒアリングします。その際に、どのように退職したかを教えていただけることもあり、退職代行を使って辞めたかどうかは、そこでわかるケースが多いです」
実施するには、個人情報保護法の定めから本人の同意が必要となる。
同意の取り方は企業によって様々だが、企業調査センターによると、「採用に関わる情報について、第三者機関に委託することもある」といった文言が記載された個人情報取り扱いの同意書に採用候補者がサインすることで、バックグラウンドチェックに同意したことになるそうだ。
同社の田渕美保主任は、「退職代行の利用有無をどのように採用に反映させるかはもちろん、その企業様次第です。ただ、早期離職が多くて困っていた企業様からは、『採用候補者がどんな退職の仕方をしているのか、"辞め癖"がついていないのかを判断できるようになったので、感謝している』という言葉をいただいたことも」と明かした。
明らかになってきた、違法性の高い退職代行事業者の存在。約6割は退職の交渉ができない
また、「違法な業態で運営される退職代行サービスを利用してしまったことで、リスクを被ってしまう人がいる」と警鐘を鳴らすのは、「退職代行ガーディアン」を運営する東京労働経済組合の執行委員長・長谷川義人さんだ。
2025年10月には、大手退職代行事業者が警視庁の家宅捜索を受け、今年2月には同社の代表らが逮捕された。利用者に弁護士を違法にあっせんした疑いがあるという。
「この問題点は、民間の退職代行事業者が、代理交渉を行っているという点にあります。退職代行の本質は、退職における様々な手続きを依頼者に代わって交渉することにありますが、この代理交渉が法的に認められているのは、弁護士が設立・運営する弁護士法人か、労働組合のみ。民間の事業者はできません」(長谷川さん)
民間の事業者ができるのは、退職の意思を職場に伝えることのみだという。
「そのため、職場から一切の反論がない場合にしかお勧めできないということになりますが、当然、それが事前にわかることもありません。また、実際の交渉の現場では、退職日や給与関連などの交渉については、企業側と話してみないことには分からないことも多くあります。民間の事業者のサービスを使った場合、極端に言えば、『退職したいと〇〇さんが言っています』と電話したものの、企業側が『あ、代理権限がない方の対応はできません』と電話を切ってしまったら、退職手続きは進められず、それでおしまいになってしまうということです」(同)
帝国データバンクの調査によると、2025年10月時点で、退職代行事業者は全国に少なくとも52法人ある。このうちの約6割が、株式会社など民間の経営によるものだ。
「退職代行は新しいモデルであり、かつ、法律や仕組みがわかりにくいため、登場した当初、企業側は、民間の退職代行事業者が交渉することが『非弁行為』(弁護士資格のない者が弁護士業務を行うこと)に当たるという認識を持てず、言われるがままに対応してしまっていました。しかし、近年は『民間の事業者ですか? であれば交渉できませんよね』という対応を取られるケースが増えてきています。実際に、民間の退職代行サービスを利用したものの退職に失敗し、居心地の悪さを感じたまま同じ会社で6年間も働き続けたという方もいます。こういった泣き寝入りするケースは、表に出ていないだけで相当数あります」(同)
また、民間のサービスを利用することで、退職後にもリスクが生じることがあると指摘する。
「企業側が交渉を無効とした場合、利用者は無断欠勤状態になります。時間だけが経過すれば、懲戒解雇になる可能性があり、離職票に反映されれば転職活動にも響いてしまうことでしょう。また、退職できたとしても、『残りの給与を払ってもらえない』『源泉徴収票を出してもらえない』『同僚や上司からいやがらせを受ける』といった報復的な対応を取られるケースもあります」(同)
「退職代行を使う=逃げ」? 企業側も使われる背景を考える必要性
今後、退職代行業界はどうなっていくのだろうか。
「民間の事業者への取り締まりが進むと市場自体は縮小することが予想されますが、その中で残った退職代行事業者は、セーフティーネットの役割を果たすのでは」と長谷川さんは考える。
「組織内のすべてのモラルを一律で規定することは不可能ですし、たとえ社長がいい人でも上司がパワハラ的な振る舞いをしているなど、どこかで必ずいじめやハラスメントは起きてしまう。そうした状況に置かれた人たちのためにも、駆け込み寺のような場所はあるべきです。退職代行はそのひとつの選択肢として、事業者の数は減っても残り続けていくでしょう」
退職代行が浸透しつつも、企業調査センターから聞いた話のとおり、企業側が抱くネガティブなイメージは、依然として強い。この風潮について長谷川さんは、今後は退職代行を使われる企業側も、使われた理由に向き合っていく必要があるのではないかとの考えを示す。
「『退職代行を使う=逃げ』のような風潮が強いですが、使われるケースで最も多いのは、給与や休みなどを誇大広告して募集し、入社後に条件が違ったと抗議しても取り合ってもらえず、泣く泣く辞める道を選んだというケースです。そういった社内の問題に向き合わないまま、退職代行を使うほうが悪いと思考停止してしまうことは、組織のマネジメントを放棄している状態ともいえます。それは、バックグラウンドチェックを依頼する会社にも言えることで、退職代行を使った理由も聞かずに『利用した』という事実だけで不採用にするのは、人を大切にする企業とはいえないのではないかと思います」
一方で、「日本は文化的にも、筋を通すことに重きが置かれていたりもするので、自分の口で伝えたほうがいいという風潮がなくなることもないでしょう」と長谷川さん。
「そういった社会で、退職代行の利用者や、利用していないけど円満退社ができなかったという人に伝えたいのは、バックグラウンドチェックを受ける際や退職の仕方を面接などで問われた際に、退職理由をしっかりと自分で説明すること。パワハラやいじめに遭った場合、それが隠蔽されないように、退職に至った背景を転職希望先に説明する。それは退職代行の利用の有無にかかわらず、その先のいいキャリア、いい人間関係を築いていくためにも大切なことだと思います」(同)


