植えるだけじゃない。企業と地域が''森の10年''に伴走する、カーボンニュートラル×ネイチャーポジティブのつくり方
「山で拾ったどんぐりを、家庭で2〜3年かけて苗に育て、ふたたび山へ戻す」。
そんな小さな循環から、企業のカーボンニュートラルとネイチャーポジティブを"同時に"目指す取り組みが動き出しています。
舞台は大分県日田市中津江村。林業会社・田島山業の「みんなの森」で、LINEヤフーが森林由来のJ-クレジットを10年間取引し、毎年1500トン分のCO2吸収量を扱う契約を結びました。
ポイントは、クレジットの売買だけで終わらせず、社員が現地に通い、森づくりや調査に関わり続ける設計になっていること。そして今回、その場に集まったのは企業だけではありませんでした。
森は「CO2を吸う場所」だけじゃない
カーボンニュートラルの話題の中で「森」と聞くと、CO2吸収を思い浮かべる人が多いかもしれません。でも現地でまず語られたのは、森の価値はそれだけではない、という話でした。
LINEヤフーで環境業務に携わる小南さんは、森について「CO2を吸収するだけでなく」と切り出し、生態系保全、水資源、災害防止など、複数の機能があることを説明します。
さらに、企業として環境負荷低減に努めてもどうしてもゼロにはできないと現実を認めたうえで、森を"気候変動の緩和"と"自然資本を育む場"として捉える意義を語りました。
カーボンニュートラルとネイチャーポジティブ。別々の旗を立てるのではなく、同じ現場で一体として育てていく。今回の事例は、その入り口がとてもわかりやすいのです。
カーボンニュートラルとオフセット、混ぜないために
ここで整理しておきたいのが「オフセット(埋め合わせ)」の考え方。環境省は、カーボン・オフセットとは、避けられない排出について「まずできるだけ削減努力」を行い、それでも残る分を、排出削減・吸収の取り組みへの投資などで埋め合わせることだと示しています。
また、J-クレジット制度は、省エネ・再エネ・森林管理などによる削減量・吸収量を国が認証する仕組みです。
つまり「買えばOK」ではありません。削減を進めたうえで、どうしても残る排出を、どんな質の高い取り組みで補うのか。さらに、その取り組みが自然や地域にどう効くのか。そこが問われます。
森の現場に、40人が集まった日
2025年11月13日、日田市中津江村の「みんなの森」に集まったのは総勢40人ほど。LINEヤフーと田島山業に加え、いきもの観察アプリを展開するBIOME、戻り苗を手がけるソマノベース、環境省の担当者、地元住民などが一緒にフィールドに入りました。
この座組が、同時達成を現実のものにします。林業会社だけでは難しい「継続する資金」と「外の関与」。企業だけでは難しい「現場の知見」と「長期の管理」。専門家だけでは届きにくい「参加の導線」。行政だけではつくれない「具体のモデル」。それぞれの得意分野が、同じ森で接続されていました。
「関わり続ける仕組み」1:戻り苗----拾って、育てて、返す
森づくりは、苗を植える「その日」だけ盛り上がって終わってしまいがちです。カーボンニュートラルとネイチャーポジティブを同時に目指すなら、現地の管理と同じくらい、「関わる人が増え、関わり続けられる設計」が欠かせません。そこで今回、参加の入口と継続を担う役割として加わったのが、戻り苗の仕組みを手がけるソマノベースです。
当日はソマノベースの浅利さんによる講義を経て、参加者はどんぐり拾いへ。社員からは「拾って終わりではなく、育てて戻す」ことを意識できた、という声が寄せられたといいます。
浅利さんは「戻り苗」について、森とつながる体験を継続に変える仕掛けだと語ります。大事にしているのは「森とつながる道を一緒に考え」て形にすること。
どんぐりを自宅や学校、オフィスで育て、約2年後に山へ植える。場合によっては災害リスクのある山林に植えることもある、と説明されています。
今回、数年後に「みんなの森」に植えるのに適しているのはシラカシ。参加者は選別方法を教わりながら拾い集め、専用の木鉢に植え、今後オフィスで育てていく予定だそうです。
植林イベントは、参加した瞬間がピークになりがち。でも「育てる時間」が日常に入り込むと、森は"遠い話"ではなくなっていきます。
「関わり続ける仕組み」2:生物多様性を、データで確かめる
一方で、ネイチャーポジティブを掲げるなら「生きものが戻ってきているか」を確かめる視点も欠かせません。植えた木が育つかどうかだけでなく、森全体の変化を見える形で記録していくことが、長期的な管理や合意形成の土台になります。そこで今回、観察の「物差し」を提供する役割として参加したのが、いきもの観察アプリを展開するBIOMEでした。
案内役を務めたBIOMEの杉山さんは、昨年植えた苗を見て「とても感慨深い」と語り、森が多様性を育みながら成長している実感を話しました。
調査では、スマホアプリ「BIOME」を使って周辺の動植物を撮影しながら歩き、集まったデータを最後に共有。杉山さんは「わずか25分で182件」のデータが集まり、「森が確実に生命を育んでいる」ことが示された、と振り返っています。
印象的なのは、きれいごとで終わらない現場の現実も書かれている点。植樹から1年が経ち、苗木の中には鹿に食べられてしまったものもある一方、順調に育ったものは1.5メートルほどに成長していたといいます。
自然を相手にする以上、思い通りにいかない。その前提に立って観察し、手入れし、また確かめる。ここにネイチャーポジティブの入り口があります。
「巻き込む力」が、同時達成を現実にする
戻り苗と生物多様性調査。これらが成立しているのは、ステークホルダーの役割がマッチしているからです。
LINEヤフー環境担当の酒井さんは「戻り苗」という名前に惹かれた理由を、物流の「通い箱」のイメージになぞらえ、温かさや物語性を感じたからだと話しています。
また「自然を守りたい気持ちはあっても、どこから取り組めばいいのかわからない」人が多い、とも。個人でも参加できる形は、その課題をほどく手段になり得ると言います。
さらに、環境省の小林さんは、他業界で生物多様性の取り組みが進む一方で、林業界では「まだ始まったばかり」と現状を述べ、田島山業の取り組みは先進的で全国的にも突出した事例だと評価しています。
新しいマーケットが生まれ、企業が関わることで横のつながりも広がっていく。行政の視点が入ると、個別事例が社会の型として見えてきます。
実際、今回のフィールドワークも4社がそれぞれの強みを生かしながら可能性を探っていきたい、という言葉がありました。
気候だけでも、自然だけでもない。両者のつながり(ネクサス)を意識しながら進める----この意思表明は、今後こうした取り組みを評価するときの重要な視点になりそうです。
企業の中で"森との距離"を縮めるには
とはいえ、都市部の企業が森に関わり続けるのは簡単ではありません。小南さんは、社員に20年後の自社事業のために木を植える意義を伝える難しさがあると話し、だからこそ直接関わる体験を重視していると言います。
数字だけではなく、土や匂い、時間のかかり方を体で知る。それが当事者意識を育て、次の行動を生む。現場の設計思想が見えてきます。
LINEヤフーで本取り組みを担う和気さんも「森と向き合う時間を積み重ねていきたい」と語りました。
やった感ではなく、積み重ね。森の時間軸に寄り添う覚悟が言葉に出ているところに、このプロジェクトの骨太さがあります。
カーボン×ネイチャーを同時に目指す取り組み、見るべき3点
ニュースで「企業の植林」「クレジット購入」を見かけたら、次の3点をチェックしてみてください。
- 削減が先に語られているか(オフセットの前に削減努力があるか)
- 長期の管理設計があるか(植えて終わりでなく、育て続ける体制・資金があるか)
- 生物多様性を確かめる仕組みがあるか(調査・モニタリング、専門家や地域の関与)
この3つが揃っているほど、カーボンニュートラルとネイチャーポジティブは同時に進みやすくなると考えられています。
今日からできる「森とのつながり方」
最後に、私たち個人ができることも。
- 身近な自然を記録してみる:いきものを撮って名前を知るだけで、世界の解像度が上がります(調査がアクティビティになる)。
- 地域の森づくりに参加する:単発より、継続参加の導線がある活動を選ぶ。
森の取り組みは、遠い善意ではなく、暮らしとつながる仕組みで続いていく。どんぐりを拾う手のひらから始まる循環が、企業と地域と私たちの距離を、少しずつ縮めてくれるのかもしれません。
(取材日:2025年11月13日)


