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知る、つながる、はじまる。

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「かわいい」との適切な距離を。人と野生生物が共生する社会を、メディアの力でデザインする #豊かな未来を創る人

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記憶に新しい、各地で相次いだクマ被害の報道。ショッキングな映像や情報とともに危険や恐怖が繰り返し語られる一方で、SNSにはイルカやキツネなどの野生動物とふれあう様子にたくさんの「いいね」が集まっている――。同じ野生の生きものでも、メディアを通じて見える人間との距離感は大きく違います。

そんな中、「メディアのあり方」を通じて野生生物と人との関係を見直そうとしているのが、安家叶子さんです。生物多様性の専門家や研究者としても活動してきた安家さんは2025年にROOTs(Rooting Our Own Tomorrows)を立ち上げました。メディアを通じて、どのように人と野生生物との距離をデザインし直していくのか。野生動物に憧れた子ども時代からの歩みと、現在の取り組みや思いに迫ります。

安家叶子(あけ・かなこ)

ROOTs代表/国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)副会長 1995年生まれ。物心つく前からサバンナの野生動物に魅了され、生態学、行動学で博士号を取得。アフリカでの野生生物研究など、国内外でフィールドワークを重ねる。現在は自身が設立したROOTs代表、および国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)副会長などを務め、生物多様性の保全と気候変動という、互いに関連する地球規模の課題に幅広く取り組んでいる。

「かわいい」と消費され、消える野生生物

SNSで数万もの「いいね」がついた、家で気ままに過ごすネコの様子や、山道を小走りで駆けるタヌキの映像、海でウミガメやイルカと触れ合うインフルエンサーの写真――。私たちの身の回りには動物に関するコンテンツが溢れ、動物たちの愛らしい仕草や表情、大自然の中で力強く生きる姿はたくさんの人の心を惹きつけます。

そうした動物たちは、「野生動物」と「家畜」の大きく二つに分けられます。自然環境のもとで生活し、人による飼育や繁殖がない状態で自立して生息している動物は「野生動物」。そして、畜産や愛玩の目的で、もとは野生動物であったものを人間が飼いならし、繁殖も管理している牛や豚、馬、イヌ、ネコなどは「家畜」とされています。

ただ、野生・家畜という区別があるとはいえ、イヌやネコのような人と生活を共にしてきた伴侶動物だけでなく、野生動物も「かわいい」「癒し」として親しまれている存在です。現に、日本は野生生物の消費大国の一つと言われており、10代から50代のうち4人に1人が「野生動物を飼いたい/飼っている」と答えています。

しかし、こうした状況に対して、ROOTs代表の安家さんは警鐘を鳴らします。

「家畜は、人間の生活環境の中で何世代にも渡って繁殖や品種改良が重ねられ、人と共存しやすい性質をもつ個体が残ってきた動物です。一方で、多くの野生動物は、そうした環境には適応せず、人との距離を保ち生きてきました。そのため、野生動物と家畜とでは、人との適切な距離の取り方も関係性も全く異なるため、分けて考えなければなりません」

安家叶子さん

では、動物と人との"適切な距離感"とは、一体どんなものなのでしょうか。心理的にも物理的にも距離が近くなってしまったことで、自然の中から姿を消しつつある動物がいます。その代表例が、SNSやテレビで人気が急上昇したコツメカワウソです。ペットとしての需要から密輸が横行し、国際取引が原則禁止されるほど野生の個体数が急激に減少してしまいました。

人間によって繁殖を管理されている家畜と異なり、野生動物は自然の中で子どもを産み育てて数を増やしていきます。その自然のスピードよりも速いペースで、人間が採取したり捕まえたりして取引されることは「持続可能ではない野生生物取引」とされます。そうした野生生物の取引は国際的な課題となっており、安家さんは、国内外で課題解決に取り組んできました。

社会と密接にかかわる、野生生物取引の五つの課題

安家さんが野生生物の保全に取り組む背景には、どのような課題があるのでしょうか。安家さんは、動物たち、そして私たち人間が生きる社会と関係する五つの課題を指摘します。

一つ目は「野生の個体数の減少による絶滅のリスク」です。日本でペットとして販売・飼育されている野生生物の中には、絶滅の危機にある種も多く含まれているといいます。また、希少な種ほどペットとしての人気が出て需要が集中し、過剰な捕獲や違法取引が行われ、絶滅の危機に追い込まれてしまう可能性もあります。

二つ目は「感染症」のリスクです。新たに認知された新興感染症の約75%が野生生物由来であるとされています。検疫が行われず密輸された動物によって、病原体が国内に流入する危険性もあります。また、獣医学的な研究が進んでいない種も多く、どのような病原体を持っているか分からないこともあります。野生生物がペットになったり、至近距離で触れ合えるカフェができたりしている一方、公衆衛生面の安全性は決して確実ではないのです。

三つ目は「動物福祉」の問題です。動物にはそれぞれに適した温度や湿度、食事、運動スペースがあります。例えば、生肉など特殊な餌の準備が必要な肉食動物や、止まり木などの設備が必要な霊長類もいます。また、そもそも人と触れ合うこと自体が大きなストレスとなり、ペットとしての環境が適さない場合もあります。個人の家庭環境で、必要なすべての条件を整えることは容易ではないのです。

四つ目は「組織犯罪」との関係です。シラスウナギや象牙を取るためのゾウなど、野生生物の密漁や密輸といった違法取引は国際的な組織犯罪と深く結びついていると言われ、ドラッグ、銃、人身売買と並ぶほどの市場規模と推定されています。

五つ目は、「外来生物が生態系に与える影響」です。本来その国にいなかった生きものが持ち込まれることで、在来の野生生物の生息地を奪ったり、在来の野生生物を捕食したり、生態系が乱れてしまいます。

アライグマはその例のひとつです。テレビアニメ『あらいぐまラスカル』をきっかけに、アライグマが「身近で愛らしい存在」として受け取られ、「飼ってみたい」という人が増え、輸入が急増。しかしアライグマは本来野生動物で、気性も荒く、十分な知識や環境がないまま飼育された結果、飼いきれなくなって逃がされたり、意図せず逃げてしまったりして、日本にもともといたタヌキと競合を起こしていると指摘されています。

このように、表現の受け取られ方が、人の行動を通じて生きものの運命を変えてしまう。アライグマの問題は、そのことを示しています。

メディアという認識が生まれる入り口に、目を向ける

こうした状況の中で、野生生物を守りやすい社会をつくるため、安家さんはROOTsを通じて、持続可能ではない野生生物取引が止まる仕組み作りを進めています。そして、その手段としているのが「メディア」です。

現在、大きく二つの取り組みを行っています。まずは、「クリエイティブ・サポート」です。テレビ局や広告会社などに、野生生物に関する専門的な情報提供や監修サービスを行うほか、社内研修やガイドライン導入を実施。これまでに、ドラマに登場する動物種の選定や、台本において動物の描写が生態学的に正確であるか、不適切または誤解を招く表現がないかのチェックを行っています。

もう一つが「クリエイター・パートナーシップ」です。誰もが発信者になれ、「バズ」によって爆発的な注目を集められる時代の中、それを求めず、野生生物や自然に対して敬意と忍耐を持って創作活動を続けているクリエイターがいます。そうした人を応援するため、彼らの思いを発信する予定です。これら二つの取り組みによって野生生物の描写が社会でどのような理解を生みやすいかを整理し、企画や発信の際の判断材料を提供しています。

安家さんが、数あるアプローチの中から「メディア」を選んだ背景には、アフリカでの経験があります。大学院時代、アフリカ・ジンバブエで研究に必要な調査をしていた頃、道路で車にひかれて野生動物が命を落とすロードキルの光景を、ほぼ毎日のように目にしたといいます。

「少しでもロードキルを減らしたくて、現地の政府関係者や警察の方と一緒に、ドライバーに注意を促す取り組みをしていました。最初の頃は、生活が不安定な状況の現地で動物の保全の必要性を伝えても、なかなか届きませんでした」

この時、安家さんが実感したのは、科学的な正しさだけでなく、それがどのような文脈で、どんな話として伝わるかが、現実の行動に大きく影響するということでした。専門家の知識だけで完結する課題は少なく、社会の中で知見がどう位置づけられるかまで含めて考えなければ、問題は動かない。そうした問題意識から、帰国後は科学と他分野を横断し、知見と社会の接点を探る取り組みをするようになりました。

クリエイター・パートナーシップ

その頃、世界では野生生物を違法取引から守るための施策として、「生息地でのパトロール強化」と「法制度の整備」が盛んに進められていました。それらの施策によって成果が上がる一方で、「それだけではこぼれ落ちてしまうものがある」と感じていたという安家さん。

パトロールや法整備は、密猟や密輸といったサプライチェーン上の行為を抑止するうえで欠かせない施策です。しかし同時に、野生生物がどのような存在として社会の中で捉えられているかによって、その先の行動や選択は大きく左右されます。規制や取り締まりだけでなく、人々が野生生物をどう理解し、どんな文脈で関心を持つのかという点にも目を向けなければ、取引の形は規制をすり抜けるように姿を変え、繰り返し生み出されてしまいます。

そうした問題意識の延長線上にあったのが、「メディア」でした。現代の私たちは、自然の中で直接生きものに触れる機会よりも、画面越しのメディアを通してその姿を見る機会のほうが多いのかもしれません。その中で、野生生物に関する話題が、社会の中でどのような位置づけで語られるのか。その受け取られ方に大きな影響を与えるものとして、メディアに関わる必要性を感じたことが、「科学」と「メディア」を横断する取り組みの出発点となったのです。

「動物の研究者になりたい」という夢の原点

大阪の港町で育ち、身近に動物がいる環境でもなかったという安家さん。実は、そんな彼女が野生生物保護というテーマにたどり着いた原点も「メディア」にありました。

「子どもの頃から動物が好きで、特に野生動物に興味を持っていました。テレビで野生動物に関するドキュメンタリー番組をよく見ていて、研究者がサバンナで4WD車の上から野生動物を観察する姿に憧れ、『こんな世界に行ってみたい』『動物の研究者になりたい』と思うようになったんです」

大学に進学してからは本格的に研究や活動を始め、大学院では動物行動学を専攻。中でも、アフリカのサバンナに生きるイヌ科の野生動物「リカオン」を研究対象としていました。

リカオン

「社会性の高さに知的好奇心が駆られ、昔からイヌ科の生きものが好きでした。自分でいろいろと調べていた中で、ひときわ目立っているのがリカオンだったんです。まだら模様で見た目も奇抜で、足が長くてスタイルもいい。また、イヌ科の中でもっとも社会性が高いとされていて、みんなで子育てをして、仲間の子どもにご飯を細かくかみ砕いてあげたりもするんですよ。

でも、リカオンは絶滅危惧種である上に、アフリカで最も絶滅に近い哺乳類とも言われています。社会性が高いのに、なぜ絶滅危惧種なんだろう。そんな疑問を持つようになり、研究を始めました」

ドキュメンタリー番組から影響を受けて研究者の道を突き進んできた安家さん。「当時から『動物を守りたい』という気持ちを使命感のように感じていたと思います」と語る彼女は、その思いを原動力に、研究と現場での活動を積み重ねてきました。そして今は、野生生物を取り巻く社会の構造そのものを変えるべく、ROOTsの活動に取り組んでいます。

「想像」がメディアと野生生物の関係性を変える

「メディアが持つ力は、野生生物にとって『諸刃の剣』です」と安家さんは言います。

安家さん自身がそうであったように、メディアには「野生生物や自然を守りたい」「研究者になりたい」といった夢をつくる力があります。それによって関係人口が増え、将来的に取り組む人も増えれば、長い目で見て自然を守る力も大きくなっていきます。メディアは、人々が生きもののために行動するきっかけをつくることで、野生生物保護の基盤を支える重要な役割を担う存在なのです。

安家叶子さん2

しかし、メディアの発信は人々の心を動かし、認識や行動を変える大きな力を持っているからこそ、伝え方次第で、特定の印象や理解が社会の中で強く共有されてしまうこともあります。2025年のクマ被害に関する報道は、それが顕著に表れたケースだと安家さんは言及します。

「まず、この一連のクマ被害によって命を落とされた方、そしてご家族や関係者の方々に、心よりお悔やみを申し上げます。人の命が失われるという深刻な事態を前に、報道がその緊急性や危険性を強く伝える必要があったことは、当然のことだと思います。実際、報道初期は緊急性や深刻さを伝える必要から、『危険』『襲撃』『前代未聞』といった強い言葉や、けがをした人や現場の様子などショッキングな映像が繰り返し流されました。それを見たら、生態系におけるクマの役割を知らない人が『怖い、殺処分すべきだ』と思うのも仕方がありません。

問題は、その感情自体ではなく、それが十分に整理されないまま社会全体の空気として固定されてしまうことです。強い印象が先行すると、本来は専門家も交えて多角的に議論すべき論点について、冷静に検討する余白が失われてしまう可能性があります。例えば、『クマは殺処分すべき』という論調が大きくなれば、政治家はそれを有権者の声と捉えて、対症療法のような政策が進んでしまうかもしれません。結果として、根本的な対策や長期的な視点が置き去りにされてしまうことにつながりかねません」

発信した先でどのような受け取られ方が生まれ、どんな社会的影響につながりうるのかを想定しながら伝えること。これがメディアの大切な役割だと、安家さんは考えています。

「メディアは、野生生物を守るための最大のアプローチの一つだと思います。専門家と連携し、動物の魅力を正しく伝えることができれば、野生生物を守る大きな力になります。だから、動物コンテンツを減らしたいとは全く思いませんし、むしろ、野生生物や自然本来の魅力を映し出すコンテンツが増えるべきだと思っているんです。そういうコンテンツを、メディアに関わる皆さんと一緒に模索していきたいです」

  • 取材・編集

    安藤 憧果

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