予想される避難所不足。在宅避難のため、今日から始められる備え #災害に備える
大規模災害の発生時、避難所の収容量が不足する恐れがある。政府の首都直下地震(都心南部直下地震)における被害想定では、避難する人の数は、発災2週間後には最大で約480万人に達すると予測されており、収容可能人数を超えると言及されている。2024年1月の能登半島地震でも、避難所の過密さや衛生環境が問題となった。対応策の一つが、「在宅避難」という選択肢だ。在宅避難のリアルな実情、今日から始められる備え、そして備えるための公的支援について聞いた。(取材・文:島田龍男/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
能登半島地震、ある一家が選んだ在宅避難という道
石川県珠洲市で農業を営む谷内前(やちまえ)さん一家(8人家族)は、能登半島地震の発生後、仮設住宅に入るまでの約半年間にわたり在宅での避難生活を送った。
在宅避難を決意した背景には、大きく2つの理由があった。第一に、多くの人が集まる避難所での共同生活を避け、家族だけで落ち着いて過ごしたいと考えたこと。第二に、農業を続ける上で苗の管理など、家を離れられない事情があったことである。
発災当初、一家は余震による家屋の倒壊を避けるため、敷地内のビニールハウスにテントを張って約1カ月間過ごした。農業用の発電機と燃料の備えがあったため、電気は使えた。ライフラインが止まった最初の1カ月は、知人から水やガソリンを調達。その後、地域の区長(自治会長)を通じて行政の支援物資も届くようになった。
生活を支えたのは、敷地内の井戸だった。ポンプを借りて井戸と家屋の水道管をつないだことで、飲み水以外の生活用水が確保できたのである。一方で、受験を控える孫たちは、金沢市の親戚宅へ一時的に避難するなど、家族の中でも状況に応じた判断をした。
当時の経験をこう振り返る。
「家で過ごせたので、共同生活のストレスはありませんでした。うちは息子がいて電気系統にも強かったから在宅で過ごせた。でも、高齢者だけで住んでいる場合は、そういうことに疎いから、やはり避難所に行ったほうがいいんじゃないかと思います」
避難=避難所に行く、ではない
防災の専門家で、東京大学大学院情報学環の目黒公郎教授は、避難に関して考える際、まずは基本的な言葉の定義を正しく理解しておく必要があると指摘する。
「『避難所』とひとくくりにしがちですが、一時的に大規模火災などから避難する『場所(避難場所)』と、一定期間滞在する『避難所』があり、明確に区別する必要があります。
例えば東京大学は『避難場所』に指定されており、通りなどに『地震があったら東京大学へ』みたいなことが書いてありますが、それは大規模火災などが起きたときに一時的に避難してくださいという場所であって、滞在する避難所のように備蓄品があるわけではありません」
その上で、「避難所」に行くことだけが、被災後の生活の選択肢ではないと話す。
「避難所の収容能力は、特に高層マンションが立ち並ぶ地域では全く足りません。仮に入れたとしても、プライバシーの確保が難しく衛生環境も悪化しがちで、平時の生活に比べて著しく質が落ちる可能性があります。そもそも避難とは、危険な状況を避ける"難を逃れる"という行為であり、避難所へ移動することだけが避難ではありません」
災害によって判断基準は変わるが、在宅避難の基本は、自宅が安全かどうかだ。
「地震であれば倒壊や火災、大雨であれば浸水や土砂災害といった危険にさらされていない場合、住み慣れた家で生活を続けるほうが、生活の質を維持できる可能性が高い場合も多い。本来は、ハザードマップの過去の災害情報などを元に、どのような災害を対象にしても、致命的な被害を受けにくい安全な場所を選んで、そこに地震や浸水に強い構造の建物をつくって暮らしてもらうという、災害ごとに判断を変えなくてよい環境整備が望ましいのです」
イマジネーションとフェーズフリー防災
在宅避難を可能にするには、ライフラインが止まっても自立して生活できる備えが不可欠だ。しかし、多くの人にとって、特別な準備を続けるのは難しい。そこで重要になるのが、目黒教授が重視する2つのキーワード、「災害イマジネーション」と「フェーズフリー」だ。
目黒教授は、まず求められる重要な能力は「もし今、災害が起きたらどうなるか」を具体的に想像する力、すなわち「災害イマジネーション」だと強調する。
「人は自分が想像できないことに対して備えることも、適切に対応することもできません。『いつ、どこで、誰といる時に、さらに、季節や天候、曜日などを仮定した上で、災害が起きた状況を考える。発災からの時間経過に伴って、自分のまわりで何が起こるか』を、さまざまなパターンで事前に考えておく思考の訓練が、適切な災害対策の立案と実施において不可欠なのです」
この想像力を働かせれば、必要な備えはおのずと見えてくるという。
「例えば、エレベーターが止まったマンションでどうやって水を運ぶか。『自分で水タンクを持って階段を上がるのが大変な主な理由は、自分の体重を持ち上げているから』とわかれば、『ベランダからロープで引き上げる準備をしておこう』『ベランダに付けられる滑車を買っておこう。カウンターウェイトや輪軸を使えばもっと楽になる』という具体的な対策につながる。想像すること自体が、最も強力な防災対策になるのです」
そして、その備えを無理なく日常に組み込む知恵が「フェーズフリー」という考えだ。今後の災害対策は、めったに起きない災害時のみの利用を前提にするのではなく、平時の生活の質の向上を主目的とし、それがそのまま災害時にも有効活用されるものとする。普段使っているモノやサービスが、いざという時にも役立つという発想である。例えば、日常的に飲んでいるペットボトルの水を多めに買って循環型備蓄とする、週末のキャンプで使うテントやランタンを、そのまま避難生活での居住スペースや明かりとして活用するイメージだ。
「平時の生活に便利で、同時に災害時にも使えるものなら、災害を意識しなくても備えやすくなります」
在宅避難の3大課題「食・水・トイレ」を乗り越える備え
実際に、想像力を働かせ、考えることで、さまざまな対策が見えてくると目黒教授は話す。
例えば、食料。目黒教授らが首都圏の市民を対象に行った調査によると、多くの家庭には、意識していないだけで、必要なエネルギー量の基準から見れば1週間分以上の食料がすでに存在していることがわかった。
加えて、卓上カセットコンロも3分の2くらいの家庭は所有している。なので、通常のカセットボンベを1ダースほど常備しておけば、1週間程度は温かい食事も可能になる。
「災害時に避難所へ向かう前に、まず自宅の冷蔵庫や食品庫を確認し、傷みやすいものから食べたり、焼くなり煮るなりすれば賞味期限や消費期限は長くなる、という考えを持つだけで、特別な備蓄をしていなくてもできることがあります」
一方で、同調査では、家庭での備蓄で最も不足しがちなのが水だという結果も出ている。日頃から、3日から1週間分の飲料水を備蓄することを意識しておくとよい。また、災害時に調理する際にも、知恵を絞ることで水の節約が可能だ。目黒教授が推奨するのは、ジッパー付き耐熱ポリ袋を使って湯煎して料理する方法だ。大きめの鍋に風呂の残り湯を入れ、その鍋に料理の具材を入れたポリ袋を入れて湯煎すれば、一度に何種類もの料理ができるし、ごはんだって炊ける。貴重な飲料水を大幅に節約できる。
また、目黒教授は、携帯トイレは「いざという時にうまく使えないケースが多い」と指摘する。特に高齢者や子どもは慣れないと排尿や排泄が困難になるため、平時に試しておくことが重要だと指摘する。
在宅避難に備えるための公的支援
在宅避難に備えるために、自治体も支援を進める。
都内最多の約92万人の人口を抱える東京都世田谷区では、大規模災害時には避難所の過密な状況が予測されるため、近年、「在宅避難の推進」を重点方針に掲げる。その方針を実現するために、区は在宅避難に向けた備えを後押ししている。
世田谷区危機管理部災害対策課長の竹越学氏によると、世田谷区では住宅の耐震化支援や消火器・住宅用火災警報器のあっせんをしているほか、さまざまな取り組みをしているという。
「例えば、2024令和6年度に実施した『在宅避難支援事業(せたがや防災ギフト)』。約50万世帯に防災用品を選べるカタログを届けたところ、申込率は76.4%に達しました。単に備えを促すだけでなく、この事業ではアンケート結果を分析しました。すると『集合住宅居住者の防災意識が比較的低い』という新たな課題がわかりました」
そこで次に打った手が、2025年度に実施した「マンション防災共助促進事業」だ。個人単位ではなく、マンション向けに防災備品の無償配布をする本事業。どの防災備品を選択肢し、どう活用するかなど、住民同士で防災について話してもらうことをきっかけに、住民が支え合う「防災区民組織」が形成されたりすることを期待する。
とはいえ、公的支援にどこまで頼ることができるのか。
在宅避難者も、避難所で支援物資を受け取ることはできる。しかしリソースが不足する恐れもあり、在宅避難でも避難所でも、満足な公的支援を受けられない可能性もある。
「そうした意味でも、食料・水・携帯トイレなどを、1週間分は備蓄しておいてほしいですね」(目黒教授)
災害対策の「長い物差し」と「短い物差し」
予想される避難所不足に対して、在宅避難や備蓄といった個人、自治体の対策は重要である一方で、より根本的な問題に目を向ける必要があると目黒教授は指摘する。
「在宅避難のような個人の備えは、いわば短期的にできること、『短い物差し』による対策です。もちろんそれは重要ですが、十分ではありません。長期的にできること、『長い物差し』とは、そもそも災害リスクの高い場所に住まないようにする土地利用規制や、安全な場所へ緩やかに暮らす場所を移すような政策です。人口が減少するということは、災害リスクが高い地域から、リスクが低い地域に人々を誘導しやすくなる、ともい言えます。自然現象そのものをなくすことはできませんが、その前提で社会が備えることで、自然現象が『災害』になるのを防ぐことはできると思います」
「発災後の課題」を「発災前の時間」で解決する
災害はいつ、どのような状況で起こるかわからないが、最も避けるべきは、思考停止の状態だと目黒教授は警鐘を鳴らす。
「日頃から考えている人、備えている人のほうが、災害時にベターな行動が取れることは間違いありません。全く同じ条件で災害が起こることはありませんが、事前にいろんなパターンをシミュレーションしておけば、より効率的な対応が可能になります」
重要なのは、災害が起きた後に自分が直面する状況を具体的に想像し、そこにある課題を見つけ出すこと。そして、その課題を解決するために「事前に何をすればいいのか、それに要する時間はどれくらいか」を逆算して考え、バックキャスト的に実施していくことが、備えの第一歩となる。
「例えば、家の耐震補強をするなら、診断と合わせて1年くらいの時間がないとできないかもしれない。家具の転倒防止なら2週間程度あればできる。ガラスの飛散防止なら3日もあれば可能だし、飲食料の買い足しは1日でできる。発災後に起こるであろう課題を、発災前の平時の時間を使って解決しておけば、発災時に直面する困難は大幅に軽減されますし、発災後の行動も効率的になります」


