「ここのナスなら食べられた」森のメカニズムを畑に再現して目指す持続可能で「おいしい」未来 #豊かな未来を創る人
竹や木屑と真菌の力を利用して、土の中に「森のメカニズム」を再現することで、地球にも人にも優しく、そして何より「おいしい」野菜を育てる。そんな挑戦を千葉県で続けているのが、アフリットの代表を務める松本さんです。
かつてブラジルの広大な大地で農業の可能性を追い求めた松本さんが、なぜ日本の耕作放棄地で糸状菌(しじょうきん)と竹材を使った農業に行き着いたのか。そして、建設・不動産業を母体とする強みを活かした独自の6次産業化とはどのようなものなのか。自然の力を最大限に引き出す農業の裏側と、これからの持続可能な食の未来について、お話を伺いました。
松本 洋俊
大学・大学院で農学を学んだ後、環境ビジネスを主に手がける会社で約10年勤務し、自然産業領域やバイオマス関係のコンサルティング、調査研究に従事。その後、ブラジルの大規模農業法人に合流し、環境再生型農業に挑戦する。帰国後、千葉県で建設・不動産業を展開する株式会社ケンソーのアグリ事業部に参画。現在は、株式会社アフリットの代表として、耕作放棄地を再生しながら、糸状菌を活用した環境再生型農業と、農産物の加工・直売所運営を含む6次産業化を推進している。
環境を良くしながら作物を育てる「環境再生型農業」
──松本さんが取り組まれている「環境再生型農業」とは、どのような農業でしょうか?
農業は、私たちの食を支える大切な産業です。その一方で、生産のあり方によっては環境に負荷を与える側面もあります。これまで、収量や品質を安定させるために化学肥料や農薬を活用した農業が広く行われてきましたが、過剰な使用や不適切な管理は、水質の悪化や温室効果ガスの排出、生態系への影響などにつながるおそれがあります。だからこそ今、農業の持続可能性を高めながら、環境負荷をどう減らしていくかが問われています。
環境保全型の農業は「なるべく環境や自然を傷つけない形で行う」という考え方ですが、私たちが目指す「環境再生型」はそこから一歩先に進んで、その場所で農業をやればやるほど、負担をかけるどころか、環境自体が良くなり、それでいて農作物の生産もしっかりと上げていくことを目標としています。
そのアプローチとして、土に森のメカニズムを再現するようなやり方に力を入れています。
──「森のメカニズムを再現する」とは、どのようなことなのでしょうか。
森の中を想像してみてください。自然の森には誰も肥料を与えないのに、巨大な木々が育ち、豊かな生態系が維持されていますよね。長年その理由が不思議だったのですが、森の循環を支える重要な要素の一つが、真菌をはじめとする土壌生物の働きであることがわかりました。
土の中には、細菌だけでなく、真菌や小動物など多様な生物が生息しています。私たちが着目したのは、その中でも「糸状菌」や「キノコ菌」とも呼ばれる真菌です。
森では、落ちた葉や枯れ枝を餌にして真菌が発生します。一部は植物の根と共生し、根の外側に伸ばした菌糸を通じて、水やリン酸などの養分の吸収を助けます。そして、菌糸が根より広い範囲に広がることで、植物が吸収できる水や養分の範囲を広げていると考えられています。一方の植物も、光合成で作った糖分などの栄養を真菌に与える。こうした共生や分解のネットワークが、森の物質循環を支える重要な要素の一つになっています。
これを畑に応用したのが、私たちのやり方です。肥料の代わりに、竹を粉砕したチップや、剪定枝、間伐材などの木屑を土に入れます。よく「本当に肥料を投入しないで育つのか」と驚かれますが、竹チップや剪定枝などの炭素系有機物は、土壌微生物の働きを活発にし、土づくりには役立ちます。土の中に炭素系の有機物をたっぷり入れて真菌を増やし、作物との共生関係を作ってあげる。これが「土の中に森のメカニズムを再現する」ということです。
──その真菌の餌となる竹や木屑は、どのように調達しているのですか?
これらはいずれも森林管理の過程で発生し、普通なら廃棄されてしまう未利用資源です。親会社が不動産業も営んでおり、山林や雑木林を所有しています。里山を再生するために木を伐採し、森に光を入れる取り組みを行っているのですが、そこから大量の竹や間伐材が出ます。
特にこの地域の里山では竹林の拡大が課題になっており、放置すると周辺の植生や景観、生態系に影響が及ぶこともあります。厄介者扱いされ、処分にも多額の費用がかかる竹ですが、私たちの畑では作物の生育に役立つ立派な資源です。人が手を入れて里山を再生し、その副産物が畑の豊かな土になる。農業をやりながら地域の環境改善も同時進行で行う、そんな循環を作っています。
なぜ森では豊かな自然が育つのだろうか?
──松本さんはそもそも、どういった背景で農業や環境分野に関心を持たれたのでしょうか?
農業に興味を持ったきっかけは、今振り返ると小学生の頃の体験ですね。当時開催されたつくば万博で展示されていた巨大なトマトの木が、私の地元の宮崎県にもやってきたんです。水耕栽培(ハイポニカ)で育ち、一本の木から何千、何万個も実をつけたその姿を見て、率直に農業の面白さを感じたのが原体験です。その後、農学部に進学し、卒業後は環境ビジネスの会社で10年ほど、自然エネルギーやバイオマスなど農業周りのコンサルティングや調査研究をしていました。
ただ、学生時代からずっと漠然と不思議に思っていたことがあったんです。それは「自然の森には誰も肥料を与えていないのに、なぜあんなに大きなバイオマスを作り出し、豊かな生態系が育つのか?」という疑問でした。大学の先生に質問しても「自然だからだろう」といった回答しか得られず、ずっと腑に落ちませんでした。
──その謎はどのように解けたのですか?
仕事をしながら、ライフワークで農業の勉強を続けていました。その中で、森の真菌の働きについて書いてある文献を読んで、そのメカニズムが腑に落ちました。そしてこれを畑に応用するにはどうすればいいかと考えて行き着いたのが、土の中に炭素系の有機物を入れて糸状菌を増やし、植物と糸状菌の共生関係を作ってあげるというアプローチでした。「炭素循環農法」や「菌ちゃん農法」など、いくつかの農法もあり、土壌中の有機物と微生物の働きを重視する共通の考え方があると感じています。
──このメカニズムで作られた野菜は、味にも違いが出るのでしょうか。
子どもたちから「他のナスは食べられないけれど、ここのナスなら食べられた」といった声はよく聞きますね。
現代の農業では、作物を育てるために窒素肥料が広く使われています。作物は窒素を積極的に吸収して育ちますが、与えすぎると体内に使い切れなかった窒素成分が「硝酸態窒素」として溜まりやすくなると言われています。この硝酸態窒素は、一部の野菜では、えぐみや苦味の一因になると指摘されています。さらに、窒素成分の過多は、糖分やビタミンCなどの栄養価の低下を招く傾向があるとも言われています。
一方で、私たちのやり方では基本的に窒素肥料を使いません。不足する栄養素はどうしているかというと、土に入れた竹チップなどの有機物を土壌微生物が分解し、その働きの中で植物が養分を利用しやすい環境をつくっていると考えています。菌根菌のように、リン酸などの吸収を助けることが知られている微生物もいます。
過剰な窒素を与えないため、植物の体内に残る硝酸態窒素が少なく抑えられます。そのため、えぐみや苦味が少なく、野菜本来の味わいや栄養価が引き出されやすいと考えています。
自然を相手にするからこその難しさとやりがい
──苦労や大変な点もあるのでしょうか。
大変なこともたくさんあります。まず、良い土が出来上がるまでにどうしても時間がかかります。私たちは後発農家なので、利用する土地も、水はけの悪い休耕田や条件の悪い耕作放棄地などです。慣行農法に比べると、まだまだ生産性が低いのが実情です。
うまく育たない時はただ諦めるのではなく、初期生育を助けるために少量の有機肥料を入れるなど、「真菌と作物の共生関係をつくる」という基本方針を守りつつ、臨機応変に工夫を重ねています。自然相手なので一筋縄ではいきませんが、そうやって植物をよく観察し、試行錯誤しながら実践していくプロセス自体が、農業の大きなやりがいでもありますね。
持続可能な農業に向けた挑戦
──環境再生型農業を持続可能なものにしていくために、どのような工夫をされていますか?
農業をビジネスとして成り立たせ、若いスタッフが魅力を感じて定着するような好循環を生むためには、しっかりと収益構造を作り上げなければなりません。そこで私たちは、農産物の生産だけでなく、加工品の製造販売や直売所の運営を通じた「六次産業化」に力を入れています。六次産業化とは、生産(1次産業)に加工(2次産業)と販売(3次産業)を掛け合わせて一体的に行い、農産物の付加価値を高める仕組みのことです。
建設・不動産会社であるケンソーを母体として、会社を「農地再整備機構」と「アフリット」の2つに分けて事業を展開しています。会社は分かれていますが、目的は一つで、両輪で六次化を推進しています。
一次産業として環境再生型の野菜を生産することに加え、二次産業として「インディアンソース」という商品の製造販売を手がけています。これは、親会社が不動産業をやっているからこそのユニークなストーリーがありまして、20年以上前に廃業した隣町の老舗醤油メーカーの土地と建物をうちの不動産部が購入した際、かつて宮内庁御用達のウスターソースとして使われたこともある商品「インディアンソース」のレシピを偶然譲り受けていたんです。
ある時、廃棄寸前のレーズンの活用を相談されたのをきっかけに自社にそのレシピがあることが判明し、オリジナル版とレーズンを加えたソースを同時に復刻リリースすることができました。現在は、自社の畑で採れたブルーベリーを活用したソースも開発して展開しています。
さらに三次産業として、農産物や加工品を直接お客様にお届けするための直売所の運営も始めました。
私たちは後発で農業に参入したため、最初は水はけの悪い休耕田や耕作放棄地などから始めざるを得ませんでした。しかし、建設会社を母体に持っているため、自社に重機とそれを操るオペレーターがおり、個人農家では難しい大規模な農地の再生や開拓をスムーズに行うことができます。そうやって自ら再生した土地で作物を育て、加工し、直売所で販売する。この一連のサイクルを回すことで、持続可能な農業の基盤を作ろうとしています。
「活炭素」で描く、未来の農業
──最後に、今後の展望や目指す未来を教えてください。
環境再生型農業は、気候変動の緩和にも貢献できると考えています。最近よく「脱炭素」と言われますが、私が提案したいのは「活炭素(かつたんそ)」です。竹や木屑をただ燃やせばCO2として大気中に放出され温暖化の原因になりますが、土に戻すことで、有機物として土壌中の微生物の働きを支え、結果として土づくりや土壌中の炭素蓄積につながる可能性があります。
今後はニーズに応えるため農地を広げつつ、私たちが畑でやっていることを実際に体験していただく機会を作りたいですね。週末などにフィールドをご案内し、一緒に野菜作りを体験していただく。実際に土を掘って、白い真菌が張り巡らされた生命力あふれる畑を見ていただければ、きっと意識も変わるはずです。
この農法を広く世の中に広めていくためには、一番肝心要である1次産業の基盤を科学的に検証し、品質と収量を両立させることが不可欠です。まず私たちがしっかりと成功モデルを作り、「このやり方いいね」と一緒に取り組んでくれる仲間が自然に増え、全国に広がっていく。そんな未来を目指して、これからも植物たちの声に耳を傾け、土と向き合い続けていきたいと思います。


