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「自宅で最期を」は叶えられるか──長野県松本市が取り組む終末期医療とリビングウィル #老いる社会

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年間死者数が160万人超と増加が続き、最期を迎えたい場所として約6割の人が「自宅」を希望する一方、政府の調査によると6割以上が「病院」で亡くなるなど希望と実態でギャップがある。命の危険が迫っているときに、どのような治療やケアを受けたいか。それを話し合うことを「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」といい、その希望をあらかじめ書いた文書を「リビングウィル(事前指示書)」と呼ぶが、作成率は人口の3〜5%程度だ。

そんな中、長野県松本市では、市独自のリビングウィルを活用して本人の望む終末期医療を提供する事例が増えつつある。自分や家族が望む医療を受けるには、どんな準備が必要だろうか。(取材・文:小山内彩希/編集:大川卓也、Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

最期を過ごしたい場所は「自宅」にチェック。「家に帰る」の希望を叶えて在宅医療を受ける男性

松本市が、2019年5月1日から発行する「わたしのリビングウィル(事前指示書)」。

一番上には、「治療をしても回復が見込めない状態になったときの『延命治療』について」という設問があり、「心肺蘇生法」や「延命のための人工呼吸器」「鼻チューブ/胃ろうによる栄養補給」「点滴による水分の補給」を希望するか・しないか、本人がチェックを入れるようになっている。

そのほか「最期を過ごしたい場所」や「痛みに対する対処方法」についても欄があり、やりたいことや避けたいことなどを記す「自由記入欄」も設けられている。

松本市の発行する「わたしのリビングウィル(事前指示書)」。本人が記載する欄のほかに、代理判断者、かかりつけ医の署名と連絡先を記載する欄がある

松本市在住の80代の男性は、持病のために通院する日々を送っていたが、数年前、持病が悪化して入院。その際、病院の医師に勧められ、松本市版リビングウィルに記入した。

自分の人生をノートなどに書いてまとめる目的があり、入院する以前から自宅で作業に取り組んできた。リビングウィルの「最期を過ごしたい場所」の欄には、自宅、病院、入居施設と3つの項目があるが、自宅にチェックを入れたそうだ。

リビングウィルについては、「なぜ自分に勧めてくれたのかはわからないけど、先生が特別に自分のことを考えてくださっている」とありがたく感じたという。

その後、回復に向かい退院。退院時には、「どこかに出かけたいという希望はなく、ただ自分のことをいろいろとまとめている途中なので、それを自宅で続けたい。そのために家に帰りたい」と希望した。

退院にあたり、男性のリビングウィルは、治療方針などを定める会議で医療関係者らに共有された。階段など段差の昇降に不便はあったが、本人の希望した「自宅」が尊重され、現在は訪問診療・訪問看護・訪問介護を受けながらデイサービスで体力維持を心がけ、生活している。

担当看護師は、「今も目標を持ち続けながら、ご近所の方のサポートも受けつつ、生活や人間関係を大きく変えることなく生活できています」と笑顔で明かした。

人生の最終段階では意思表示できない人のほうが多い。望んだ医療を最期まで受けるために

杉山外科医院院長の杉山敦さん

松本市版リビングウィル制作の旗を振ってきたのは、市の医師会だ。

当時の会長だった杉山敦さんの話からは、市独自のリビングウィルが誕生した背景に、救急隊を含む医療従事者と当事者とのギャップがあったことが見えてくる。

「もしもの状況になったときに119番をすれば、駆けつけた救急隊によって救命措置を受け、病院に搬送されるのが一般的です。しかし終末期の現場では、自宅や介護施設に駆けつけた救急隊員が、家族から蘇生処置を拒まれて困惑したり、搬送された医療機関で本人や家族が望んではいなかった人工呼吸器が装着されたりする事例が、多く見られていました」

搬送を担当した救急救命士からも「自宅や施設で最期を迎えることを望んでいる方を、搬送せずに看取ることはできないのだろうか?」という声が聞かれたという。

「このようなことから、『人生の最期に病院で医療を受けることを望んでいない方を、どうやったら自宅や施設で看取れるか』といったことが、松本広域消防局と医療者らの検討会で繰り返し話されてきました。それを叶える形で全国に先駆けてつくられたのが、『「松本市版リビングウィル(事前指示書)」に伴う救急隊の活動について』という、リビングウィルを活用した対応方針です」

リビングウィルに本人が蘇生処置を望まないことを書いており、かつ、周囲もそれに同意していて救急隊が現場に駆けつけたときに家族らが胸骨圧迫(心臓マッサージ)などの蘇生処置をしておらず、リビングウィルに記入されたかかりつけ医に引き継ぐ確認が取れたら、「不搬送とする(救急搬送しない)」ことができる方針になっている。

松本広域消防局の不搬送事例は、運用開始から現在(2026年2月時点)までで10件ある。杉山さんによれば、「2026年度には、リビングウィルならびにDNAR(本人や代理人の意思に基づいて心肺蘇生を行わないこと)に対応する県統一のプロトコルを作成することが検討されている」という。

松本市が配布する「救急医療情報キット」。キットには、処方されている薬など、救急隊員にとって必要な情報を記載した「救急情報カード」を入れて冷蔵庫にしまっておくことになっており、リビングウィルを一緒に入れている人もいる

医師会の地域医療コーディネーターとして普及に尽力してきた岡村律子さんも、「病院に搬送される前の判断が、いざというとき本人の希望する最期に向かっていけるかどうかを分けるポイント」と話す。

「病院としては、搬送された患者さんは延命を望むものと判断し、そのために治療を尽くすのが一般的です。しかし終末期の状況にいるすべての方が、その対応を望んでいるわけではありません。ご本人が『自宅で最期を迎えたい』と思っていても救急車の中で亡くなられるケースもありますし、ご家族が良かれと思って救急隊を呼んだけれど、心臓マッサージで胸の骨が折れるのを見て、『最期にかわいそうなことをした』と後悔してしまうこともある」(岡村さん)

さらに、「人生の最終段階では、自分で意思表示できない人のほうが多い」と岡村さん。60歳以上で亡くなった人の代理人(家族など)への調査データを用いた米国の研究によると、終末期に何らかの意思決定を必要としていた患者のうち、70%以上が意思決定能力を失っていたとある。

「意思表示できない状況で周囲が頼りにするのは、それまでの会話やその記録です。もしも『回復が見込めないときに、救急車を呼ばないでほしい』と考えている場合は、リビングウィルにその意思を書いて、家族や医療者に共有しておく。それによって周囲も、いざとなったときには救急車ではなくかかりつけ医を呼んで看取りをするという動きに切り替えることができます」(同)

人生の最期について語り合うことをタブー視しない文化に

リビングウィルは、松本市のように居住する自治体や地域の医療機関のサイトからダウンロードできる場合もある。日本尊厳死協会などの団体が発行する事前指示書をダウンロードし、コピーをかかりつけ医に渡しておいて活用することも可能

普及には何が必要だろうか。

松本市版リビングウィルは、医師会や行政だけでなく、消防や警察、弁護士も制作に関わった。3年にわたって検討会や勉強会を重ね、40パターン以上を作成しながら完成に至ったが、運用開始当初は地域の高齢者から「縁起でもないことを言うな」と反発の声もあった。

そのたびに岡村さんは、「私たちは誰もが死ぬことを避けられない。それまでの間にどういうふうに生きたいかを考えて、それを実現させるために大切なこと」と説き、歩き回った。

「こういった取り組みは国がトップダウンで進めても、状況によっては高齢者の切り捨てのような話として受け取られてしまって、本来やりたいことが伝わらないまま止まっちゃう。看護師や介護福祉士、地域包括支援センターの職員など、日頃から地域の方とコミュニケーションを取れる存在が、草の根的に理解を広めていくしかないと思います」(岡村さん)

現場の活動を、行政も仕組みづくりで後押ししている。

松本市高齢福祉課の寺澤由香さんによると、運用初年度から、市内にある100軒を超える薬局、約200軒の病院・診療所のすべてにリビングウィルが置かれているという。

「松本市は、時間をかけて多職種の方々が連携できる体制にしていったことが、現場で活用されている一番の理由だと思います。市役所としても、高齢福祉課だけでなく、保健センターでお渡しするなどして周知活動を続けています。やはり行政は数年で担当が変わりますし、松本にも新しい先生がいらっしゃるなど、医療現場も日々入れ替わりがあります。そうした『人の入れ替わり』に対応していくには、行政も周知し続けていくことと、引き継ぎなど縦の連携も重要です」(寺澤さん)

杉山さんは、まずは人生の最終段階に受けたい医療について考え、周囲と話し合うことが大切だと言う。

「人生の最期に受けたい医療について話し合うことをアドバンス・ケア・プランニング(ACP)、愛称として『人生会議』と言いますが、リビングウィルもそのプロセスの中で作成してほしいものです。人間の気持ちはその時の状況で変わるものですから、一度書いたものを何度でも書き直していいですし、人生の節目で見直されることを勧めています。どんな人生の最期を迎えたいかを語り合うことをタブー視しない文化を醸成していくことが、最期まで尊厳ある生き方ができることにつながると考えています。また、在宅か病院か、延命か看取りかなどの二者択一で医療の是非を語るのではなく、その方にとっての最善の医療を提供することが医師の使命です。安心で尊厳ある医療と介護を受けるためにも、ぜひ元気なうちから話し合ってほしい」(杉山さん)

リビングウィルが、患者と医療従事者の質の高いコミュニケーションにつながっている

「在宅看取り語りの場」の様子

人生の最期について語り合うことをタブー視しない文化。それを日々の現場で育むのが、公益社団法人長野県看護協会 南松本訪問看護ステーションの所長で、訪問看護を行う丸山美由生さんだ。

市内で「在宅看取り語りの場」を開いており、看取り体験者や高齢の家族がいる人、医療者などが集まり、看取りの体験を共有し合っている。看取りの場で看護師が利用者やその家族とどのように関わっているのか、その体験を語ることで看取りをイメージしてもらえるようにと、ステーションの母体である長野県看護協会の方針を受け、2022年から始まった。

「自分や家族が、どういうふうに最期を迎えるのがよいのか考えるときに、実際のケースを知らないとイメージが湧かず、準備するのも難しいものです。看取りがより具体的に自分ごとになる場があればいいなと、看護協会の意向に賛同し、始めました。また、すでにご家族などの看取りを経験された方の中にも、心残りがあって誰かに聞いてもらいたいという方もいる。そういった方のためにも、この場があると思っています」

南松本訪問看護ステーション所長の丸山美由生さん

在宅看取り語りの場では、松本市版リビングウィルの紹介もしており、丸山さんが訪問看護の新規契約に行く際にも、自宅や施設に持っていくという。

「やっぱり、いざ『人生最期に受けたい医療を話してください』と言われても、何から始めればいいんだろうと困惑してしまいます。そんなときに具体的な医療行為が書かれたリビングウィルを見せることで、利用者さんにとっては自分の希望に沿った医療がどういったものかわかりやすくなりますし、私たちとしても、『この治療を受けるとこういった状態になる』と説明しやすくなる。リビングウィルはすべての欄が埋まっているのが理想ではありますが、まずは知って、書かれている内容について会話するだけでも、その後のいいコミュニケーションやケアにつながっていくと思います」

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