森は増えているのに、なぜ木は使われない? 日本の木材流通を変える挑戦 #豊かな未来を創る人
近年、私たちが日常を過ごす空間の中で、「木」の温もりを感じる機会が増えているように思いませんか? お気に入りのカフェ、新しくオープンした商業施設、あるいは先進的な企業のオフィスビル。壁面やエントランス、デスクの天板などに美しい木材があしらわれている光景は、今や決して珍しいものではなくなりました。
脱炭素社会の実現に向け、環境負荷の低い素材として「木材」の活用が世界的に再評価されています。一方で、日本の国土の約7割は森林が占めているにもかかわらず、国内の木材自給率は半数にも満たないのが現状です。豊かな森に囲まれた国で、なぜ国産材は十分に使われていないのでしょうか。
林業・木材の課題に取り組む、株式会社森未来(シンミライ)の浅野純平さんにお話を聞きました。
浅野純平
株式会社森未来 代表取締役 CEO
高校卒業後、音楽活動に従事。その後、IT企業に入社し約8年間、営業責任者や仙台支店長として活躍。売上至上主義の環境に疑問を感じ、社会貢献性の高い事業を志す中で林業の課題に出会い、林業での起業を決意。林業の現場を学ぶため東京都の秋川木材協同組合にて1年間修行し、2015年には同組合の事務局長に就任。翌2016年4月、株式会社森未来を設立し、代表取締役に就任。
「木を使いたい」と「木を届けたい」を直接つなぐ
──まずは、どのような事業に取り組んでいるのか教えていただけますか
私たちは「Sustainable Forest 〜私たちは持続可能な森林を次の世代へ繋いでいきます〜」というミッションを掲げ、林業、とくに木材の流通の課題に取り組んでいます。例えば、「自社の建築や内装に木材を使いたい」と考えている企業や設計者と、全国の木材事業者をダイレクトにつなぐ事業を運営しています。過去の事例や、全国のサプライヤーと連携して培われた2万5千点以上の木材データベースを活用し、単なる検索サイトではなく、最適な樹種や加工方法の提案まで、一気通貫でサポートしています。
また、企業向けの森林認証取得のサポート事業や、開発行為などで発生する、伐採される樹木を廃棄せずに家具や内装材として生まれ変わらせるアップサイクル事業なども手がけ、木材の価値を最大化することを目指しています。
需要は伸びている。それでも「使いたくても使えない」のはなぜか
──林業の流通における課題とはどの様なことでしょうか
木材は、建材として使えばCO2を長期間固定できますし、鉄骨や鉄筋コンクリートと比べて製造・加工時のCO2排出量も少ない。適切に植林をすれば50年、100年のサイクルで循環するサステナブルな素材です。地域の木材を使えば地域経済が循環し、世界情勢の影響で資材調達が滞るリスクを避けることができる。こうした背景から、オフィスビルの木造化や内装への木材活用といった「非住宅市場」での需要が急速に伸びています。
ところが、いざ企業が「木を使いたい」と思っても、「誰に問い合わせればいいのか分からない」「樹種や産地によって何がどう違うのか判断できない」という壁にぶつかります。これは個々の企業の知識不足の問題ではなく、業界の構造的な問題です。
──需要が増えているのに、情報が届いていないということですね
その通りです。木材は山から消費者の手元に届くまで、伐採、製材、乾燥、加工と多くの事業者をまたぎます。各工程で分業化が進む一方、工程をまたいで情報を統合する基盤が存在しない。そのため、需要と供給のミスマッチ、不透明な中間コスト、トレーサビリティ(追跡可能性)の欠如が発生しているのです。
これまで木材業界の主な出口は住宅建築で、そこには確立された流通網がありました。しかし住宅市場が縮小し、代わりに非住宅市場という新しい出口が生まれてきた。木材業界はこの市場の変化に、正直、変化しきれなかったところがあるんです。
生活者の目線で言えば、「地元の木材を使っておしゃれな空間を作りたい」というシンプルな願いすら、現在の流通構造では実現のハードルが極めて高い。私たちはこの隙間に入り、需要と供給を直接つなぐ役割を担っています。
そして、見過ごされがちな構造的な矛盾がもう一つあります。日本の森林蓄積量、つまり山に立っている木の量は、実は年々増え続けているんです。使う量よりも成長する量の方が多いからです。ところが、その豊富な森林資源がそのまま木材として供給できるかというと、そうではありません。
分かりやすい例が大阪・関西万博のリングです。約2万立方メートル、住宅にすれば800戸分にあたる木材を使う巨大プロジェクトで、国産材振興の象徴になるはずでした。しかしリングを支える大断面・長尺の集成材を必要量供給できる国内工場は限られていて、「国産材だけでは間に合わない」ことが早い段階で明らかになりました。結果的に、柱材にはフィンランド産のオウシュウアカマツ集成材が多く使われ、最終的に国産材は約7割、外材が約3割という構成に落ち着いています。「山には木があるのに、必要なときに必要な量・サイズを出せない」という構造的な矛盾が、象徴的なプロジェクトで表に出た事例でした。
背景には、建設業と林業の時間軸のずれがあります。林業は5年に1回「森林経営計画」で伐採する量を設定しているため、急に「1年後までに大量に用意してほしい」と言われても、現場としては「そんなに言われても困ります」となってしまう。
一方、海外の輸入材は大規模な工場で生産・在庫されていて、タンカーで大量に入ってくる。結果として「急ぎなら外材で」となってしまうんです。山に木はあるのに使いきれず、使う側も使いたいのに手が届かない。この需給のねじれも、私たちが解きたい課題の一つです。
「世の中にいいことに時間を使いたい」――IT営業から林業へ
──浅野さんご自身は、全くの異業種であるIT業界からのご転身だそうですね。なぜ林業の世界へ飛び込もうと思われたのですか?
2000年代のITバブル後からIT業界で営業職をしていました。当時は非常にハードワークで、朝まで帰れないような時代でした。充実はしていたのですが、「これだけ自分の時間を使って働くなら、単にお金を稼ぐためじゃなくて、世の中にいいことに時間を使いたい」と思うようになりました。起業したいという気持ちもあって、事業そのものが社会に貢献するテーマを探していたんです。
当時、世の中では、農業や水産業でプラットフォームビジネスが立ち上がり始めていました。その中で未開拓の領域として浮かび上がったのが「林業」でした。
もともと、環境問題や地方に関心があり、加えて建築や木材が好きだったこともあり、林業にビジネスチャンスと社会的意義を見出したのです。しかし、業界のネットワークは皆無でした。一人も知り合いがいなかったので、起業前の1年間、木材組合に籍を置き、業界に入り込む決断をしました。
──業界の内側に入ってみて、いかがでしたか
外から行くと警戒されるんですけど、中の人間になると、皆さん本当に優しいんですよ。組合の人間として木材市場や会合に顔を出して、材木屋さんたちと関係を築いていきました。東京だと「木場」あたりに、創業100年、150年という老舗が集まっています。そこに私のようなITベンチャー出身者が入ってくるのは珍しかったので、逆に注目してもらえたところもありました。
そこで確信したのは、やはり業界内に強烈な「情報のミスマッチ」が存在していることでした。各事業者が素晴らしい商品や特徴を持っているのに、その情報がどこにも統合されていない。この課題を解決したいと考え、2016年に森未来を創業しました。
「木材のことなら森未来へ」と言われる存在へ
──情報のミスマッチを解消するために、どのようなアプローチをとられているのでしょうか
創業当初は、全国の木材の規格情報をデータベース化し、使いたい人と供給者をマッチングさせるプラットフォームから始めました。DIYユーザーから設計事務所まで、「検索して選ぶ」仕組みを整えれば需要と供給はつながると考えていたんです。
しかし、事業を動かすうちに気づいたのは、顧客が本当に求めているのは「情報の量」ではないということでした。
DIYユーザーの多くは「自分でつくること」が目的で、木材そのものに深い関心があるわけではない。一方、プロの設計者に膨大なカタログを差し出しても、樹種ごとの特性や加工適性まで読み解いて使いこなせる人はごく一部でした。設計者が最初から「何ミリ厚の杉板が欲しい」と規格で発想しているわけではないんです。私たちに届く相談は、「木で什器を作れますか?」「エントランスの看板を木でやりたいんですけど、できますか?」といった、もっと抽象度の高い相談です。「この中から選んでください」というのは、実はかなりハードルが高いアプローチだったんです。
私たちはよく「スーモカウンターの木材版」と例えています。家を探すときも、マンションが多すぎて自分では選べないから、プロに「あなたのニーズならこの物件ですよ」と提案してもらいますよね。それと同じで、「こういう空間を作りたい」という相談を聞き、蓄積してきた木材データベースの中から最適なものを提案する。この形に事業を切り替えていきました。
情報のミスマッチの本質は、規格や価格が届いていないことではなく、顧客の「実現したいこと」と、それに応えうる木材との間を橋渡しする人がいないことだったのです。業界側の分業構造の問題と、顧客側のニーズの抽象性。この二つが重なり合って、需要と供給がかみ合わない状況を生んでいました。単に木材を売るのではなく、空間づくりのパートナーとして伴走する。この転換が、今の私たちの事業の軸になっています。
ただし、現段階で私たちが担えているのは、すでに「木を使いたい」と考えている顕在層への対応です。「木で作りたい」と思って調べたけれど、めんどくさいから諦めた。内装設計者がゼネコンに「ここは木で」と相談したら「難しいです」と言われて、「じゃあいいです」となってしまう。この取りこぼしを減らす。今はそこに全力で取り組んでいる段階です。
一方で、国産材を使うことには、カーボンニュートラルに貢献する素材であることに加え、地域経済への還元や、資材調達のリスク分散といった価値があります。石油由来の建材の代わりに国産材を選べば、その分のお金は海外ではなく日本の地域に落ちていく。しかし、こうした価値を一般の方や企業に実感として届けきれているかというと、正直まだ届いていません。潜在的な需要を掘り起こしていくのは、長期で取り組むべきテーマだと考えています。
木材を使うことが、本当に森を守ることにつながるために
──今後の展望を教えてください。
大きく二つあります。一つは「木材を使うこと」が本当に森を守ることにつながる仕組みづくり、もう一つはその仕組みを支える業務基盤としてのAIエージェントの開発です。
今、多くの企業が「木材利用は環境に良い」と考え、積極的に木を取り入れています。しかし、日本の人工林における再造林率、つまり伐採後に苗木を植えて森を更新する割合は、採算性の低さや人手不足から30%〜40%程度に留まっているのが現実です。伐採したまま放置された山では、森林が荒廃し、生態系が損なわれ、土砂災害のリスクも高まる。「木材を使うこと」が、場合によっては森林破壊に加担してしまう可能性すらあるのです。
この課題に対して私たちが取り組んでいるのが、独自の木材認証制度の開発です。企業が木材を選ぶ際に、「その木材が本当に持続可能な森づくりに貢献しているか」を正しく評価し、可視化する仕組みです。LCA(ライフサイクルアセスメント)による環境負荷の計測に加え、林業従事者の労働環境や人権、地域経済への貢献度といった「環境・社会・経済」の3側面から評価する基準を設計しています。
特に重視しているのが「経済」の側面です。現状では、国や大手企業が多額の予算を投じて木材を利用しても、複雑な中間流通の中で利益が薄まり、山で木を育て切り出している川上の生産者には十分還元されていません。既存の森林認証は環境や社会への配慮を評価する一方で、利益が生産者に適正に還元されているかまでは見ていない。
だからこそ私たちは、木材の価値を最大化して生まれた利益が、森を育てる人々に確実に戻る「フェアトレード型」の流通商品を作ろうとしています。客観的なエビデンスをもって地域還元を証明し、健全な経済循環を生み出すことが、この認証の目指すところです。
もう一つがAIエージェントの開発と一般公開です。社内ではすでに、蓄積してきた数万点の木材データと過去の見積もり事例を参照・抽出するAIが稼働しています。かつて新入社員が業界知識を身につけるのに1年かかっていたのが、今は社内のAIに聞けば全部教えてくれる。これは育成の面でも非常にいいと感じています。
この仕組みを社外にも開放し、熟練者が経験で培ってきた知見を誰もが使える環境をつくりたい。設計者が「こんな空間に合う木材はある?」と気軽に相談でき、その先に認証された持続可能な木材が並ぶ。そうやって「サステナブルな木材を使いたくても使えない」を解消していきたいと考えています。
──最後に、浅野さんが目指す「日本の林業の未来」について教えてください
目指しているのは、単に木材流通を効率化することではありません。森林と人が共生し、適切な収益分配を通じて地域ごとに多様な林業が営まれる社会。そして何より、林業が社会から尊敬を集め、子どもたちの憧れの職業になることです。
林業が憧れの対象でなくなったのは、収益性が低く、危険で、担い手が報われない産業になってしまったからです。裏を返せば、ITでサプライチェーンを最適化し、認証によって適正な利益を川上に還元する仕組みが機能すれば、林業は十分に創造的で魅力ある産業へと変えていける。森と共に生き、森を育むことが、豊かさと誇りにつながる社会。その未来に向けて、挑戦していきます。
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撮影
荒井勇紀








