サストモ by LINEヤフー

知る、つながる、はじまる。

知る、つながる、はじまる。

LINE公式アカウント『サストモ』

弱い立場に置かれた人が、自分の人生を取り戻すには。『マジカル・シークレット・ツアー』天野監督と考える

TOP

有村架純さん演じる主人公・和歌子は、2人の子どもを持つ専業主婦。ある日、夫の横領と解雇を知り、借金返済のために行き着いたのは、シンガポールでの闇バイト「金の密輸」だった。そこで偶然出会った、非正規雇用の研究員と、未婚で妊婦のキャバ嬢。やがて3人は自分たちで密輸を始め、人生が輝き始めるのだが──。

『マジカル・シークレット・ツアー』のワンシーン

天野千尋監督が描く映画『マジカル・シークレット・ツアー』。2017年に中部国際空港で主婦たちが逮捕された、実際の金密輸事件に着想を得て生まれた痛快で違法なエンタテインメント作品だ。

映画には、監督自身が専業主婦だった時期に悩んだ「自分の足で立っている感じが持てなかった」という感覚なども随所に散りばめられ、社会的に立場が弱くなりがちな人たちの生きづらさも際立つ。

努力しても埋まらない経済的格差や、消えない差別、理不尽が、職場や家庭の中にたしかに存在する。そういう社会の中で弱い立場にいる人たちが、抑圧された現状から抜け出し、自立して生きていくためには──。

そんなテーマで天野監督に話を聞いた。

天野千尋監督
天野千尋監督

「まともに話を聞いてもらえない問題」は、社会も家庭も同じ構造で生まれる

写真左から、有村架純さん演じる夫の横領を知った2児の母・和歌子、南沙良さん演じる未婚で妊婦のキャバ嬢・麻由、黒木華さん演じる非正規雇用の研究員・清恵
写真左から、有村架純さん演じる夫の横領を知った2児の母・和歌子、南沙良さん演じる未婚で妊婦のキャバ嬢・麻由、黒木華さん演じる非正規雇用の研究員・清恵

── 映画で描かれる女性3人の姿から「専業主婦や妊婦など弱い立場にいる人ほど、『この属性の人はこうである』と人格や状況に先入観を持たれやすく、当人の声が封じ込められがち」と伝わってきて、それは「現実でもよく見る光景」と思いました。

妊婦とか専業主婦とか、個人としてではなくラベリングされて扱われることで、本人としては「その勝手な見られ方が嫌だ、苦しい」と思っていても「でしゃばっていいのかな」という気持ちになってしまうというのは、現実の社会でも多くありますよね。

── 女性がまともに話を聞いてもらえない、あるいは、話すのを躊躇ってしまう状況は、なぜ生まれると考えますか?

映画業界で考えてみると、やっぱり意思決定者、詰まるところ「ものを言いやすい立場」にまだまだ男性が多いことは、女性の切実な声が通りづらい理由として大きいと思います。

私たちの業界は特に、各部署のトップの多くが男性です。すると自ずと、その下にいる女性たちの声は聞かれにくいし、そもそも発言しにくい空気が生まれてしまう。

撮影中の天野監督

── 家庭の場合はどうでしょうか。

家庭でも社会に出ている時と同じ構造で、意思決定のしづらさが生まれると思います。まず、社会でどういう立場の人が意思決定者になるかというと、たいていは集団の中でよりお金を稼いでいる人。稼いでいるってことは、何か力を持っていると見られやすい。

家庭内でも、男女間の賃金格差が示すように、男性のほうが比較的稼げていますよね。それによって妻が引け目みたいなものを感じて、発言しにくい、あるいは発言してもまともに聞いてもらえない状況になってしまうのだと思います。

また、(統計的にも)女性のほうが家事・育児をする時間が長いですが、「仕事は大事なことで、家事・育児は誰でもできる些細なこと」みたいな意識が、女性にとっても暗黙の前提になってしまっている。それが、何か悩みを抱えたときの「こんなことで大ごとみたいに言うのってどうなんだろう......」と相談できない状況にもつながると思うんです。

ケンカしながらも、言葉を尽くした。家庭内格差を崩すための対話

天野監督

── 監督も過去のインタビューで、出産を機に仕事がなくなったのに加え、家事・育児の全部を担い始めたために、現場に復帰したくてもできなかった時期があったことを明かされていました。

そうですね。出産してからは、家にいる私はどんどん家事・育児が上手くなっていき、夫はずっと家事・育児のことがわからないまま。逆に、夫はどんどん社会でできることが増えていき、私はずっと映画が撮れない......。

そういうふうにいつまで経っても、慣性の法則みたいに状況がそのまま続いて差が埋まらない。埋まらないどころか、その差がどんどん開いていきました。

── 復帰するために、どのように夫の理解を得ていったのでしょうか?

このまま進んでいってもずっとこの状況から抜け出せないことを確信して、「絶対になんとかしなきゃダメだ」と決意を固めたんです。そこから、「面倒臭いけれど私が家の中でやっていることを全部、夫にもやってもらえるようにしよう」と動き始めました。

── 外で稼いでいる夫側からすれば、「今のままで回っているから変わらなくていい」と思うケースもあると思います。ケンカなどはなかったのでしょうか?

いやいや、たくさんケンカしました(笑)。最初はやっぱり「家の中で家事・育児をやる人」「外で働いて稼ぐ人」で立場が分かれていたから、理解し合えないことだらけでした。

それでも、自分の状況や切実な気持ちを丁寧に、できる限りの言葉を尽くして話していくうちに、だんだんとわかってくれるようになって。映画監督として復帰できるかどうかは私にとって死活問題だったので、自分の人生のターニングポイントだという思いで全力でできることをやりました。夫が、そういう声に耳を傾けてくれる人だったのも大きかったと思います。

自立の本質は「自分で自分のことを決定できること」

金の密輸をする和歌子

── 今作においては、ただ自分らしく生きたい人たちが悪事によってそれを掴み取っていくのが、切なくて。それと同時に、悪事に手を染めてまでも変えたい現状があったのだと突きつけられました。

たしかに題材は金の密輸だけど、今作でやりたかったのは犯罪を取り巻くサスペンスよりも、「社会の中で追い詰められた人たちが、どういうふうに自分の人生を見つけていくか」という人間ドラマを描くことだったので、そう感じていただけたのはうれしいです。

シンガポールで撮影中の天野監督

── 和歌子たちのように経済的に、あるいは精神的に抑圧されている人たちが、自分の人生を見つけ、歩んでいくために、どんな意識を持つことが大切だと考えますか?

単純にはまとめられないですが、自分で自分のことを決定できる状態になったり、そういう気持ちを持てるようになることかもしれません。

私自身の経験を振り返ってみると、子どもを産んで仕事を失った時期、養ってもらっていることにすごく不安を感じていたんですよね。何か、「自分の足で立っている感じ」が持てなくて、この状況から脱したいと強く思っていました。

それって、自由に使えるお金がなかったのがストレスだったということではなくて、私がストレスを感じていたのは、「自分で決定できないこと」だったと思うんです。「自分で稼いでいないのにこんなこと言っていいのかな」とか、「こんなもの買ってもいいのかな」とか。そうやって自分で自分のことを決められない状況を、すごく不安に感じていました。

専業主婦の和歌子も最初は、自分で物事を決定することができない状況なんですよね。それを、手段としては悪事だけれど、自分の力で稼ぐようになって、自分で人生を選べるようになっていくのが大きな変化としてある。だから、経済的に自立するというのは大切な手段でありつつ、本質は自分で自分のことを決められることなのかな、と。でも、本当は「稼いでいないと決められない」と思い込んでしまう構造にこそ、問題があるはずなんですよね。

追い詰められた人を断罪するのではなく、ルールの歪みに目を向けてほしい

作中での、清恵と麻由のワンシーン

── 自立のために、衝突を恐れず気持ちを伝え続けることや稼ぐ力をつけるなど、いろんな手段がありそうですが、そこに手を伸ばせないほど追い詰められている人も存在する中、周囲はどんな視点を持つことが大切でしょうか。

そもそも、犯罪に手を染めるなど「そこまで追い詰められる」という状況が、往々にしてあって、だから社会の仕組みやルールの歪みに目を向けることが、大切だと思っています。

一般的にルール違反とされることがあっても、背景にあるものを無視して、悪をひとりの人間に押し付けて断罪することはしたくない。SNSやショート動画で切り取られた情報だけを見て悪だと断じる風潮が強まっている社会だからこそ、映画という120分の表現媒体で、白黒はっきりつけられないものごとを描くことにチャレンジしていきたいと思っています。

── 映画を観た人たちに、どんなアクションを期待していますか?

映画を観て感じることって、本当に立場によって異なるものですけど、今作は特にそういう作品だと思っています。公開前にスタッフで観ていたときも、たとえば男性陣と女性陣とでは、見方や感じ取り方がかなり違っていました。

特に、塩野瑛久さん演じる和歌子の夫・高志は、横領し、解雇されたことを隠しているわけですが、男性陣はけっこう「悪いヤツのはずなのに意外と真っ当なことを言っているように見える」と言っていて、それに対して女性陣は「いやいや、何を言っている」というような感じになって。

塩野瑛久さん演じる、和歌子の夫・高志

さらに、女性陣の中でも、世代差によって高志に対する怒りの温度差がだいぶ違ったんです。私なんかは、人間らしくておもしろみがあるという意味で「バカだなあ(笑)」って感じなんですけど、もっと若い女性は「本当に高志のことが許せない‼︎」ってくらいの感情を向けていたりして。

なので、近しい人たちと観て、その観終わった感想から何かコミュニケーションが生まれたらいいなという思いは、すごくあります。家事、育児、仕事......いろんなことに対する自分と相手との見方の違いが、ハッキリするかもしれない。そんなことを期待しています。

映画『マジカル・シークレット・ツアー』公式サイト


塩野瑛久さん演じる、和歌子の夫・高志

\ さっそくアクションしよう /

ひとりでも多くの人に、地球環境や持続可能性について知ってもらうことが、豊かな未来をつくることにつながります。

  • facebookでシェアする
  • X(旧Twitter)でポストする
  • LINEで送る
  • noteに書く

ABOUT US

サストモは、未来に関心を持つすべての人へ、サステナビリティに関するニュースやアイデアを届けるプロジェクトです。メディア、ビジネス、テクノロジーなどを通じて、だれかの声を社会の力に変えていきます。

TOP