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減り続けるスズメ。生活への影響は見えづらくても、失われるものも

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photoACより

日本で最も身近な野鳥、スズメ。その数が、26年で半分になるペースで減り続けている。原因のひとつは、意外にも私たちの「家」だ。高気密で快適になった現代の住宅から、スズメが巣を作れる「すき間」が消えた。しかし、すき間を失ったのは、家やスズメだけではないかもしれない。暮らしが変化する中で、私たちは何を手放しつつあるのか。長年スズメを追いかけてきた、北海道教育大学教授で鳥類学者の三上修氏に話を伺いながら、考えていく。

三上 修(みかみ・おさむ)

北海道教育大学教育学部函館校 教授。鳥類学者。日本のスズメ研究の第一人者として知られ、都市に生息する鳥類の生態と人間との関わりについて長年研究している。著書に『スズメ──つかず・はなれず・二千年』(岩波書店)、『スズメの謎──身近な野鳥が減っている!?』(誠文堂新光社)、『電柱鳥類学』(岩波書店)など。

当たり前が消えていく。26年で半減するスズメの危機

道ばたの低木からひょっこり出てきたり、公園で地面をついばんでいたり、電線の上で列を作っていたり。スズメは、私たちの日常の風景にいつも当たり前のようにいる存在だ。

しかし、最近いつ見かけただろうか。「そういえば、しばらく見ていないかも」「なんだか前より少ない気がする」──そう感じたことはないだろうか。

実は、スズメは少しずつ、私たちの街から姿を消しつつある。

鳥類学者である北海道教育大学の三上教授は、全国鳥類繁殖分布調査の第2回(1997〜2002年)と第3回(2016〜2021年)のデータをもとに、「18年間で個体数は 62.1%になったと推測される。つまり毎年、前年の2.61%の個体数が減少し、おおよそ26年間で半減することになる」と述べている。

とはいえ、スズメが近い将来に絶滅するというわけではない。日本にはいまもおよそ数千万羽が生息していると推定されており、三上教授は「仮にこの減少ペースが続いたとしても、100年後に絶滅するような状況にはない」と見ている。

しかし、スズメが減り続けている事実は変わらない。数が減り続ければ、スズメはやがて都市や住宅地では見かけなくなり、「農村でほそぼそと暮らす存在へと変わっていくかもしれない」と三上教授は言う。種としては残っても、私たちの暮らしのそばからはいなくなる。スズメがいる風景は、いつしか当たり前ではなくなっていくのかもしれない。

なぜ消えた?「完璧な家」が奪った居場所

では、なぜスズメは減っているのだろうか。明確な原因はまだ特定されていないが、有力な要因の一つとして挙げられているのが、私たち人間が住む「家」の変化だ。

そもそもスズメは、人の暮らしとともに生きてきた鳥である。日本で記録されている鳥の多くは山や草原などに生息しているが、スズメは人がいる街に暮らしている。むしろ、人のいない野山にはほとんどいない。人の気配がタカやヘビといった天敵を遠ざけてくれること、そして人の暮らしの中にスズメが巣を作りやすい場所がたくさんあったことが、その理由だと考えられている。

ところが近年、人の暮らしや住まいが大きく変化してきた中で、この関係が揺らぎはじめている。三上教授はこう説明する。

「例外はありますが、スズメは木の上には巣を作りません。スズメが巣を作るのは、瓦屋根の下や換気扇のすき間、鉄骨のつなぎ目や建物のもともと空いているところ。あるいは本来空いていなくとも、劣化してすき間が生まれたところです。しかし現代の家は、空調をよく効かせるために高気密に家を作るようになったので、そういうすき間がほとんどなくなってしまいました」

現代の家は大きく進化した。窓はぴたりと閉まり、壁には断熱材が詰まり、継ぎ目はシーリングで埋められてすき間風ひとつ入らない。光熱費は下がり、室温は安定し、虫も雨も入ってこない。人間にとっては嬉しい進化を遂げてきた。

しかし、スズメが巣を作るためのすき間は失われてしまった。私たちにとっての「暮らしやすい家」は、スズメたちにとって暮らしにくい場所となったのだ。

実際に、三上教授らが岩手県と埼玉県で行った調査でも、それを裏付ける結果が出ている。岩手では、1970年ごろにできた古い住宅地の巣の密度が、2000年ごろにできた新しい住宅地の3.8倍。埼玉でも、古い住宅地が新しい住宅地の4.8倍であった。住まいの進化によって、スズメが巣を作る場所がなくなってしまったのだ。

photoACより
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"害鳥"が消えて、人間の生活は良くなったのか?

スズメが減ったことで、私たちの生活にはどんな影響があるのだろうか。そもそも、何か困ることはあるのだろうか。

スズメは、田や畑の作物を食い荒らす虫を食べる益鳥であると同時に、イネやムギなどの穀物の種や苗を好んで食べるために農家にとっては害鳥でもある。特に収穫前のイネは狙われやすく、巣立ったばかりのスズメが群れで押し寄せて被害が広がることもあった。被害が大きかった1980年代後半には、最大で年間約8万ヘクタールに被害をもたらしている。また、農家以外にとっても、建物に巣を作られてフンによる衛生被害に悩まされることもあった。

そう聞くと、「害鳥が減るなら、人間にとっては好都合では」と思うかもしれない。しかし、害をもたらす"厄介者"が減ればうまくいくかというと、そうではない。

ここで重要なのが「生態系サービス」という考え方だ。これは、多様な生物が関わりあう生態系が、人間の暮らしにもたらす恩恵のことを指す。たとえば、森や水辺がきれいな水や空気をつくり出したり、虫や鳥が農作物の受粉や害虫の駆除を助けたりと、私たちは知らず知らずのうちに自然の働きから多くの恵みを受け取っている。普段は意識しにくいが、こうした生き物どうしのつながりが、めぐりめぐって人間の生活を支えているのだ。

実は、スズメも生態系サービスの担い手として、私たちの暮らしを陰で支えている存在だ。スズメは具体的にどんな役割を果たしているのか、そしてもし失われたらどうなるのか。三上教授はこう指摘する。

「スズメは街の中で虫や雑草の種などを食べており、その中には毒を持つガや、農作物を食べてしまう害虫もいます。つまり、人間が巣づくりの場所を提供し、スズメがその効果をもたらしてくれるという、持ちつ持たれつの関係が成り立っているのです。しかしスズメがいなくなると、こうした恩恵は丸ごと失われます。となると、それまでスズメがしてくれていた役割を薬剤散布や除草などに頼らなければならなくなり、その分のコストが増える可能性が考えられます」

生態系や社会の中でバランスを保ってきた何かの存在が失われると、その影響は巡り巡って私たちの暮らしに返ってくる。バランスが失われた街では、すべてを人間の手で管理しなければならず、高いコストや脆弱性に悩まされることになるだろう。人間がいまの暮らしを続けていくためには、生態系がもたらすこうした働きは決して欠かすことができないのだ。

photoACより
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「すき間」がない街が失う豊かさ

失われるのは、単に生態系の観点から見た「機能」だけではない。三上教授は、文化的な損失についても警鐘を鳴らす。

「古い俳句に『フクロウ』が出てきたり、童話に『ガン』が出てきたり。近代文学で『ヒバリ』、日本画で『ツル』など、文化の中にはさまざまな鳥が登場します。でも、今は身近でない鳥も多く、見聞きしてもあまりイメージがわかないことがあると思います。今は『スズメ』と聞けばほとんどの人がすぐに思い浮かべられますよね。でも、スズメもそんな生き物になるかもしれません」

スズメは「日本書紀」や「枕草子」「舌切り雀」などにも登場してきたほか、家紋にも使われてきた鳥だ。それだけ多くの場所に登場するのは「身近なところにいた」からだろう。前述したフクロウやヒバリなども、かつてはそうだったかもしれない。しかし、時代の変化のなかで遠いものになってしまった。

スズメもそうなる可能性があるのだ。ドラマやアニメの朝のシーンで「チュンチュン」と聞こえても何の音か分からない。国語の教科書で「スズメ」と出てきても、それがどんな生き物かわからない。スズメが身近にいるから感じられること、わかることが、そうでなくなってしまうのは、心や感性の豊かさを損なってしまうのではないだろうか。ひいては、「朝にスズメの鳴き声を聞いて幸せを感じる」といった精神的な豊かささえも失われようとしているのかもしれない。

暮らしに「すき間」を取り戻す。この先もスズメとともに

スズメを失わないために、私たちに何ができるのだろうか。三上教授が私たちに伝えたいことは、とてもシンプルだ。

「スズメを見たら『あれがスズメだよ』と子どもに教えて、子どもがスズメを見てスズメだと分かる状態を維持しておくことです。知らないものを失っても、人は痛みを感じられませんから。知っているからこそ楽しめるし、失われることに危機を感じられます。

スズメを知らないと、減っていると聞いても『そうなんですね』で終わってしまう。でも、スズメを知っていたら、『ちょっと何か考えてみようかな』と思えるかもしれません。だから、知っているということがこれから先の社会の動きにつながっていくと思っています」

特別な保護活動も、専門的な知識もいらない。スズメを「知っている存在」のままにし続けること。まずは、それだけでいいのだ。そして「スズメが身近にいることを楽しむ人が増えてほしい」と三上教授は続ける。日々のちょっとした"すき間"で、スズメのことを考えてみる。スズメがいる豊かさを思い出してみる。そんな「他の何かを想う余白」がどれだけ残っているかを、スズメが生きる社会は映し出しているのではないだろうか。

photoACより
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三上教授は「スズメがいたら困るところでは追っ払ってしまっていいと思いますし、いてもいいところであればいさせてあげる。それでいいと思うんです」と話す。排除するのでも、過度に保護するのでもない。そういう余白のあるゆるやかな共存こそが、スズメと人が長い歴史の中で築いてきた関係なのかもしれない。

長い間、スズメは私たちとともに生きてきた。スズメが生きられなくなった街で、人間はその先もずっと生きていけるのだろうか。不都合なものをなくそうとする思考から、少しだけ離れてみる。暮らしの中に、ほんの少しだけ他者のための"すき間"を取り戻す。それだけで、この街の風景はもう少し豊かなまま、次の世代に手渡せるのかもしれない。

  • 取材・文

    安藤ショウカ

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