「推し」がいると、なぜ元気になるのか? 事例と専門家の声から探る、推し活と社会のいい関係
ある調査において回答者の約4人に1人が「推しがいる」と答えるなど*、推し活が広く浸透する時代になった。対象はアイドルや俳優にとどまらず、仏像やお菓子のキャラクターにまで広がっている。企業は従業員向けに「推し活手当」を設け、自治体は高齢者の生きがいづくりに「応援」の仕組みを取り入れ始めた。推し活はもはや一部の趣味ではなく、「人生の活力を生み出す習慣」として再定義されつつある。一方で、無理な出費が重なる「推し活破産」や、推しの動向に揺さぶられる「推し疲れ」も無視できない。
なぜ私たちは「推す」と元気になるのか。その仕組みと光と影の両面を、推し活を研究する専門家の見立てと、応援がシニアを元気にする現場の事例から探っていく。
「推し活ロス休暇」も登場。20代OLの人生を支える推しの存在
「推しがいることは、生きがいになっています」
そう話すのは、都内の広告会社で働く20代の女性だ。小学4年生の頃から男性アイドルを応援し続け、対象は移り変わりつつも、今もアイドルを「推し」ている。
彼女の推し活のメインは、ライブに足を運ぶこと。全国を回る遠征はしないが、横浜や有明など関東で開かれるライブには、1つのツアーで3、4回は通う。「1回だと足りないんです」と笑う。無理のない範囲でCDやライブDVDも買い、活動を支えている。推しの存在は、彼女の働く日常に確かな活力を与えている。
「今週はライブがあるから仕事を頑張ろう、というモチベーションに直結しています。昼休みや終業後に配信や5分ほどのパフォーマンス動画を見るだけで、気持ちの切り替えになる。嫌なことがあっても、この先にライブの予定があったり、推しが思いがけず映画に抜擢されたり。そうした予想していなかった活躍を見るのが楽しみで、私の生きがいになっています」
こうした姿は、今や珍しい光景ではない。企業も「好きなことが待っている日は生産性が高まる」と着目し、平日16時以降の推し活に最大2,000円を補助する「推し活ウィークデー」、推しが卒業した際の「ロス休暇」、チケット代を補助する「推し活手当」など、福利厚生として推し活を支える制度が次々と登場している。
なぜ推すと元気になるのか?
「推し活が心に活力をもたらす」という感覚は、データにも裏づけられている。株式会社ジェイアール東日本企画「Cheering AD」の「推し活・応援広告調査2025」によると、推しがいる層は、いない層に比べて新しい挑戦に約2.2倍アクティブ。人生の幸福度(10点満点)も、推しがいない層の5.2点に対し、推しがいる層は6.0点、さらに推しをきっかけに新しい挑戦をした層は6.4点へと段階的に上がっていく。新しい挑戦を経験したファンの73.3%は「自分のことをさらに好きになった」と答えており、推し活が自己肯定感やつながりの実感に寄与していることがうかがえる。
では、推している時、脳では何が起きているのか。NTTデータ経営研究所のニューロ・コグニティブ・イノベーションユニットで「推し活の脳科学的メカニズム」を研究する髙瀬未菜氏は、自身も小学生の頃から韓国俳優、アニメ、K-POP、2.5次元舞台へと形を変えながら推し活を続けてきた当事者だ。研究のきっかけも、実体験への素朴な疑問だった。
「理論的には、こんなにお金を使いすぎてはいけないと分かっていても、その時の感情で、やっぱり今日はこれだけ使っちゃおうということが起きてしまう。自分の予測通りにいかないお金の使い方や行動が、どうして起こるのかと疑問に思っていたんです」
髙瀬氏は、研究領域としてはまだ発展途上だと断ったうえで、自身の仮説として、推し活中の脳や心理においては「複数の要素」が並行して動いていると考えている。
例えば、推しを知った後には、「次にどんな活動をするのだろう」「どんな人なのだろう」といった興味や探索行動が生まれる。このような予測できない要素は脳の報酬系と関係すると考えられており、推し活を続ける動機の一つになっている。また、活動を続けるなかでは、SNSをチェックしたり動画を見たりする行動が日常の習慣として定着していく。
さらに、推し活は個人だけで完結するものではない。ファン同士のつながりやコミュニティへの参加によって所属感や社会的な意味が生まれ、活動そのものの価値が広がっていく。そして時間やお金、経験を積み重ねることで、「ここまで応援してきた」という思いや推し活そのものへの特別な思い入れも形成される。
これら「複数の要素」の重み付けは人によって異なり、それが推し活スタイルの違いを生む。ただし継続性という点では、社会的なつながりが乗らないと、「推しと自分」だけの関係性になってしまうので、活動は先細りやすいという。
髙瀬氏はさらに、この活動が日々の「活力」へと変換される心理的メカニズムとして「自己同一化」や「自己拡張」という心の働きを挙げる。
自己同一化とは、推しの成功や喜び、あるいはひたむきに努力する姿を、まるで自分自身の体験であるかのように重ね合わせて感じる心の動きのことだ。「推しが新しい仕事に挑戦して頑張っているから、私も明日からもっと仕事を頑張ろう」と、前向きな影響を受け、行動やモチベーションが変わっていく。髙瀬氏はその核心を次のように評する。
「推し活は、生活の余白の中で、その時間をどれだけ豊かにするかという活動です。応援やサポートを通じて自己同一化が起こり、誰かのためにやっている(応援している)行動が、結果的に自己肯定感の向上や孤独感の解消として返ってくる。また、人は誰かを応援したり支えたりすることで、自分自身の存在意義や社会とのつながりを感じることがあります。ここが推し活の核心だと考えています」
誰かを純粋に応援しているはずの行動が、めぐりめぐって自己肯定感を高めて毎日のモチベーションを引き出していく。この心の仕組みこそが、推し活が「人生の活力」となる理由だ。
「教えられる側」からの脱却。シニアを元気にする"逆転の推し活"
誰かを応援する熱量が活力を生むのは、若い世代に限らない。その力で高齢者の孤独や役割の喪失を解こうとする現場がある。
株式会社Helte(ヘルテ)が展開するオンライン会話コミュニティ「Sail(セイル)」は、世界197カ国・6万1千人の日本語学習者と、国内1万7千人のシニアを、25分間の1対1のオンライン会話でつなぐ。累計交流回数は58万回を超える。
最初は「日本の言葉や文化を教える」という気軽な気持ちで始めたシニアも、熱心に学ぶ若者と毎週のように顔を合わせるうちに心の距離が縮まっていく。気が合う相手が見つかると「お気に入り」に登録し、何度も会話を重ねるようになる。そうして交流が深まるにつれ、「この子をもっと応援したい!」という強い思いが芽生え、シニア自身の日常にポジティブな変化が生まれ始める。
Helte代表の後藤学氏によると「女性の方などで結構多いのが、人様と会うからと洋服を着てお化粧をして参加されるケースです。日々の生活の中にメリハリができることで、元気を取り戻す一種の刺激剤になっている」と話す。さらに、画面の向こうの若者と会話を重ねることで、シニア側の世界も広がっていくという。
「その国の人と会話をすることで、『じゃあ台湾の料理を食べてみよう』『アメリカの映画を観てみよう』とその国に対する感度が広がっていきます。もっとコミュニケーションを取りたい、相手のことを知りたいという知的好奇心が刺激され、そこから新たに英会話教室やパソコン教室に通い始めるという例も生まれています」
日本語学習者を応援するために動くことが、めぐりめぐって自分の世界を押し広げ、日々に張りをもたらしている。
さらに、この応援の熱量がより大きな実を結んだ象徴的な事例がある。同社が主催するスピーチコンテスト「夢プロジェクト」だ。これは、日本で働きたいと願う海外の若者が日本語で自らの夢を語り、それを日本のシニアたちがサポーターとして応援する取り組みである。ある時、このコンテストへの入賞をきっかけに、新薬を開発する日本の製薬企業への就職を見事叶えた海外の若者がいた。彼の就職活動の裏には、アプリを通じて何度も会話を重ね、面接の練習に伴走し、熱心に励まし続けた日本のシニアたちの存在があった。若者が夢を叶えた瞬間、応援していたシニアたちもまるで我がことのように喜び、大きな活力を得たという。
こうした応援の熱量は、個人の変化にとどまらず、シニア世代の新たな居場所づくりや孤独の解消にも結びついている。特に定年退職などを機に社会との接点が薄れがちな時期において、誰かに必要とされ、自分の経験で貢献できる実感が大きな心の支えになるという。後藤氏は、シニアが抱える内面の課題と、応援という行為がもたらす意義について次のように語る。
「仕事を引退された方は、それまで背負っていた企業の肩書きやラベルがある年齢を境に一気に剥がされることで、一種の喪失感に陥ってしまうことがあります。その中で、自分の培ってきた知識や経験が誰かの役に立ち、必要とされていると感じられることが、非常に大きなプラスの作用をもたらすのです。私たちは『自分が若者を応援し、育てている』というシニア側の自負を大切にしていますが、実はそのプロセスを通じて、シニア自身が孤独を解消して、いきいきしていくという好循環を目指しています」
こうした取り組みは、全国約20の自治体との連携にも広がり、高齢者のいきがい創出や、コミュニティの活性化に活用されている。引退や加齢とともに「教わる側」「ケアされる側」と見られがちな高齢者が、若者を応援する「推す側」にまわる。その役割の逆転こそが、社会との接点と生きがいを取り戻す原動力になっている。
さらに、Helteは関連企業と連携し、会話動画から軽度認知障害(MCI)の兆候を判定する研究も進めているという。
「夢を持つ海外の若者が日本に1人就労した暁には、その裏側で、彼らを応援していたシニアの方が4人、5人と元気になっている。そんな環境を作れれば、日本社会がより豊かになると思っています」
一方で「推し活破産」に「推しロス」問題も──推し活と上手に付き合うには
もっとも、強い情動を伴う活動だからこそ、行き過ぎには注意が必要だ。特に気をつけたいのが金銭面である。
「推しへの愛は金額に比例する」といった思い込みから、自分の生活水準を超えて出費を重ねてしまうケースは少なくない。近年では「推し活で破産」という事例も出てきており、ある民間調査では、推し活経験者の約1割が活動のために借り入れをしたことがあると回答している。生活が立ち行かなくなるような事態を防ぐためにも、自分の家計と冷静に相談しながら、無理のない範囲で楽しむ姿勢が大切だ。
次に精神面。こちらは、お金とは別の消耗だ。推しているグループの解散やメンバーの卒業、不祥事報道のたびに「ショックで食事が喉を通らない」「会社を休んでしまった」といった"推しロス"が話題になる。
その背景にあるのが、先に触れた「自己同一化」だと髙瀬氏は指摘する。自分と推しとの境界線が曖昧になり、相手のメンタルや動向に自分の感情が激しく揺さぶられてしまうのだ。
「推しの悲しいニュースを聞くと、こちらまでショックを受け、相手のメンタルに流されてダメージを受けることがあります。自己同一化は良い面が多い一方で、このようにネガティブに動いてしまうこともなくはないと思っています。ただ、実際には複数の推しを持ったり、ファン同士のつながりを持ったりすることで、自然と気持ちのバランスを取っている方も少なくありません」
では、推し活と上手に付き合うにはどうすればいいのか。髙瀬氏は、推し活そのものを過度に特別視する必要はないとしたうえで、こう助言する。
「推し活を長く楽しむためにも、自分の実生活や人間関係とのバランスを重視しながら推し活を楽しむことが重要です」
金銭面でも精神面でも、共通する鍵は「推しと自分」だけの閉じた関係に閉じこもらないことだ。家族や友人とのつながりを推し活を通して強めたり、ファン仲間と熱量を分かち合ったり、その熱を誰かを応援する行動へと広げてみる。個人の「好き」という情熱を自分だけの殻に閉じ込めず、他者や現実の社会とのつながりへと上手く昇華させていくことこそが、健やかに推し活を続けるための道筋といえる。
推す力を社会の活力に
誰かを推すというささやかな営みは、めぐりめぐって自分を元気にし、ときに社会を動かす力にもなる。今日の推しへの「好き」を、どう自分と社会の活力につなげていくか。その小さな設計が、個人を豊かにすると共に、これからの私たちの暮らしを少しずつ豊かにしていく。








