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夫の転勤で妻は2度の転職を迫られた。転勤の負担をどう減らすのか

会社員にとって、かつては「当たり前」とされてきた「転勤」への抵抗感が高まっている。2025年6月にエン株式会社が実施した調査では、転勤経験を持つ20~30代の6割、40代以上でも4割が「転勤をきっかけに退職を考えたことがある」と回答。終身雇用の「対価」として受け入れられていた転勤が、キャリアの自律性を重んじる現代では「リスク」と捉えられるようになったことが原因の一つと専門家は見ている。

時代とともに価値観が変わりゆくなかで、働く場所を選ぶ「個人の自由」と「経営上のメリット」のバランスをどう考えていくべきだろうか。転勤の当事者2人の声と専門家の話を通じて、転勤のあり方について考えたい。(取材・文:佐々木ののか/編集:友光だんご、Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

伊藤将人

1996年生まれ、長野県出身。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員・講師。2019年長野大学環境ツーリズム学部卒業、2024年一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。戦後日本における地方移住政策史の研究で博士号を取得(社会学、一橋大学)。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、NTT東日本地域循環型ミライ研究所客員研究員。地方移住や関係人口、観光など地域を超える人の移動に関する研究や、持続可能なまちづくりのための研究・実践に長年携わる。著書に『移動と階級』(講談社現代新書)などがある。

転勤は不合理なのか 当事者が感じた"しんどさ"

企業から辞令を受け、実際に転勤を経験した人は、どのように受け止めているのだろうか。

本人だけでなく、その家族にもさまざまな面で負担が生じる
本人だけでなく、その家族にもさまざまな面で負担が生じる

メーカー勤務の夫の転勤に伴い、約10年間で東京から奈良、アメリカ、静岡へと移り住んできたAさん(30代・女性)は、「転勤は本人の適性やキャリア形成をもとに決まる一方、家庭の事情までは十分くみ取られないことが多い」と話す。

とくに負担が大きかったのは、夫の転勤に合わせて自身が退職せざるを得なかったとき。そして第1子出産直前に夫のアメリカ赴任が決まり、日本での出産後、生後6カ月の子どもを連れて渡米したときだ。当時はコロナ禍で、海外で不安の多い子育てとなった。

奈良と静岡への引っ越し時には、2度にわたる転職活動を迫られた。転勤は辞令を受ける本人だけの問題ではない。家族の仕事や暮らし、その後の人生の見通しまで大きく揺らす出来事でもある。

画像:Adobe Stock
画像:Adobe Stock

Bさん(40代・男性)は、転職後まもなく転勤が決まり、単身赴任を経験。「家族と離れて暮らすことの生活面・心理面の負担は大きかった」と振り返る。とくに赴任期間の延長や、転勤への十分な説明がなかったことに、割り切れなさを感じたという。

単身赴任先での一人暮らしのために家具や家電、食器などを購入するなど、新生活の準備にも一定の費用がかかる。また、単身赴任先は家族の住む家まで電車で約3時間半かかる場所で、家族の住む家と行き来する際の交通費月2万円は自己負担。家族との時間を過ごしたくても、経済的な負担は重荷となった。

その後、どうしても家族とともに暮らしたかったBさんは家族への負担を説得材料に、会社に直談判。家族の住む家から通える勤務地へと戻してもらうことができたという。

新しい土地で生活を立ち上げるだけでもエネルギーがいる。そのうえ、勤務地を自分で選べないことや先の見通しが立ちにくいこと、住居をはじめとする経済的な負担などが重なった本人の苦痛は計り知れない。

転勤へのためらいの背景にある「個人主義化」と「不景気」

近年、転勤の是非が問い直されているが、かつては転勤が雇用の「対価」として、ある意味で当たり前のものとして受け止められていた時代もあった。

パーソル総合研究所が2024年に公表した「転勤に関する定量調査」では、「どのような条件であっても転勤は受け入れない」と答えた人は18.2%、「不本意な転勤を受け入れるくらいなら会社を辞める」と答えた人は37.7%にも上るなど、転勤への抵抗感が高まっていることがうかがえる。

パーソル総合研究所が2024年に公表した「転勤に関する定量調査」をもとに作成
パーソル総合研究所が2024年に公表した「転勤に関する定量調査」をもとに作成

世代によっても転勤に対する意識の違いが見て取れる。実際に、転勤を理由に転職した経験がある人の割合を見ると、20代男性は11.9%、30代男性は12.2%であるのに対し、40代男性は8.6%、50代男性は6.3%にとどまる。

パーソル総合研究所が2024年に公表した「転勤に関する定量調査」をもとに作成
パーソル総合研究所が2024年に公表した「転勤に関する定量調査」をもとに作成

ただ、現代日本の転勤制度の歴史は、それほど長いわけではない。地域を越える人の移動を研究してきた社会学者の伊藤将人氏は、その定着の転機として戦後の高度経済成長期を挙げる。

当時の日本では、企業が全国へと拠点を広げていくなか、現地採用だけでは人手をまかないきれず、要員不足を補う仕組みとして転勤制度が活用されていった。急速な経済成長を背景に、企業の都合に個人がある程度合わせることも、比較的受け入れられやすい時代だったのだ。また当時は夫が稼ぎ手、妻は専業主婦という役割分業が前提とされており、家族への影響も今ほどは重視されていなかった。

しかし、高度経済成長期はあくまで特殊な時代だった。経済成長がゆるやかになった今、当時の前提のまま転勤制度を維持しようとすれば、どうしてもズレが生まれる。伊藤氏は、そのミスマッチの背景として「個人主義化」と「不景気」を挙げる。

画像:Adobe Stock
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「高度経済成長期には、"働く人"と"家を守る人"に家庭内での役割分業がなされていたほか、国や企業の発展のため個人がある程度譲歩することが"当たり前"とされてきました。転勤についても、企業は今より個人の自由に介入しやすく、その負担を金銭面で補う余力もあった。

しかし現代は、個人の選択や生活が尊重されるようになり、そうした論理が通用しにくくなっています。加えて、かつての終身雇用制度が衰退。先行きが不透明ななかで、個人が全面的に会社に対して人生の大きな選択を委ねにくくなってきた。不景気のなかで、将来的なキャリア形成の保証や転勤手当など、企業が十分な『対価』を示しにくくなっていることも『転勤離れ』の大きな理由の一つではないでしょうか」

さらに伊藤氏は、転勤へのためらいの背景には「個人として成長し続けなければならない」という空気もあるのではと見る。

「現代は『個人としての成長』を求める無言の圧力が強い時代です。本社のある首都圏を離れて働く間に『このままでいいのか』と焦りやフラストレーションを抱き、転職を考え始める人も少なくありません。

企業は事業所の拠点展開や現地業務への対応に伴う地方での人員確保や中長期的な社員の育成を見据えて転勤を決めることがありますが、現在は終身雇用制度が衰退し、転職もより身近になった。社員が一つの企業に所属し、中長期的なキャリアを形成する前提自体が成り立ちにくくなっていると見ています」

働き方も人生観も大きく変わった今、「会社に合わせて動くのが当然」という前提そのものが揺らいでいる。

「転勤ありき」ではない働き方を模索する企業もある

こうした「転勤離れ」は、人材の定着を図りたい企業にとって悩ましい課題だ。一方で、この流れを逆手に取り、「働く場所の自由」を広げることで人材確保につなげようとする企業も出てきた。

全国に拠点を持つNTTグループは、2022年6月にテレワークを前提とした働き方を打ち出し、同年7月から住む場所を柔軟に選べる制度を実施してきた。コロナ禍をきっかけに一度はテレワークを導入し、再度「出社回帰」に向かう企業が増えつつあるなか、あえてその可能性を深めてきた点は興味深い。

伊藤氏は、これを同グループの事業構造に即した事例だと見る。

画像:Adobe Stock
画像:Adobe Stock

「全国に基地局を持つNTTグループにとって、地方に人が住み続けていること自体が事業の土台です。地方の人口減少は、そのまま事業の縮小にもつながりかねません。だからこそ、社員が住みたい場所で働き続けられる環境を整えることは、ごく自然な判断でもあります。

また人手不足の時代に、優れた人材にいかに残ってもらうかを考えた結果、転勤という慣行を強く維持するより、テレワークを標準化する方向に舵を切った。これは時代を反映した示唆的な判断だと思います」

伊藤氏は、転勤などによって地方で働く社員が焦りや孤立感を抱えることのないような環境を整えることも重要だと話す。

実際、NTT東日本グループでは、会社での業務を超えて地域活動に取り組むグループ社員を「地域エバンジェリスト」と呼び、活動を公式noteなどで紹介するほか、地域エバンジェリスト同士が交流できる場を設置。会社として「地方で働く社員をきちんと見ている、応援している」と感じられるような環境づくりに取り組んでいる。

「地域エバンジェリスト」の取り組みを行うNTTグループ内のシンクタンク「地域循環型ミライ研究所」によると、取り組みの結果、次のような変化も生まれているという。

「社員の地域活動を通じて得た経験や人脈・スキル、社会課題への理解が本業に還元される好循環が生まれ、地域エバンジェリストの75%が本業への好影響を実感しています。社員からは『会社が地域活動を認めてくれることで誇りや満足感が高まった』という声も上がっているほか、職場の理解や支援があることで、会社へのエンゲージメントが向上したという反応も見られます」

「転勤をなくす」のではなく、「負担をどう減らす」か

伊藤将人氏
伊藤将人氏

転勤制度は確かに見直しを迫られている。とはいえ技術の進歩によって、以前より柔軟な選択肢を取りやすくなっているのも事実だ。伊藤氏は語る。

「以前なら現地に住まなければ成り立たなかった仕事でも、今なら週1回の出張と週4回のテレワークで対応できるかもしれません。海外赴任でも、家族とオンラインで顔を合わせることはできる。そう考えると、転勤をめぐる議論は、賛成か反対かの二択ではなく、負担を減らす方法に移ってきているように思います」

さらに伊藤氏は「移動を自分で決められること」は大切だとしつつも、人生においてすべてを自分の意思だけで選べることが、必ずしも最善とは限らないとも語る。

「本人にとっては不本意だった転勤が、結果として新しい土地や価値観との出会いにつながることもあります。大手企業に勤務する私の知人は、大阪での本社勤務から縁もゆかりもない四国に転勤することになりましたが、現地で暮らしてみて子育て環境のよさや住みやすさ、生活コストの違いに気づき、家族で『ここに家を建てて暮らすのもいいね』とも話しているそうです」

冒頭で紹介したAさんも、当初は東京から奈良への引っ越しに抵抗感があったものの、「いざ住んでみると住みよい」と感じ、現地での生活になじんでいった。いま振り返ればアメリカでの生活も貴重な経験だったという。

Bさんも会社に所属しながらの転勤は「いざとなったときに戻れる」という前提があるので、新しい環境や業務にチャレンジしやすく、新たな適性を見つける良い機会だったと語る。現地でコミュニティができたことで「飲み会も多かったから、単身赴任していたときのほうが交際費がかさんだ」とも笑って振り返る。

時代の価値観の変化に合わせて、企業側が転勤のあり方を見直していく流れは必然だろう。そのうえで、従業員の一人ひとりが納得感のあるキャリア選択ができる仕組みをどうつくるかが、これからの企業に問われている。

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