「寄付したほうが得」な仕組みを。音楽プロデューサー今井了介が「こどもごちめし」で挑む食のインフラづくり
日本を代表する音楽プロデューサーであり、安室奈美恵さんの『Hero』をはじめ、数々のヒット曲を生み出してきた今井了介さん。しかし今、彼の活動の軸は「食のインフラ」の構築にある。そのひとつが、今や日本各地で広がりを見せる「こどもごちめし」。
「こどもごちめし」とは、地域の飲食店と連携し、子どもたちに無料の食事を提供する仕組みだ。吉野家、はなまるうどんなど大手飲食店も参加し、今年の夏休み期間に合わせ、30万食の支援を目標に掲げている。
こうした今井さんの活動の背景には、子どもをめぐる深刻な「食の貧困」がある。
厚生労働省の調査(※)によると、2021年には日本の子どもの約9人に1人、ひとり親家庭では約2人に1人が貧困状態となっている。また共働き世帯・ひとり親家庭の増加にともなう孤食や栄養の偏りも進む中、近年の物価高騰による食費の増加も追い打ちをかける形だ。特に夏休みのような長期休暇には学校給食が提供されず、子どもへの食の支援は一層必要となる。
華やかな音楽業界で成功を収めていた彼が、なぜ全く異なる「食」の領域に飛び込んだのか。そして、彼が目指す「持続可能な支援の仕組み」とはどのようなものなのか。今井さんの生の声を通して、その核心に迫る。
今井 了介(いまい・りょうすけ)
作曲家・音楽プロデューサー。起業家。安室奈美恵『Hero』や、TEE/シェネル『ベイビー・アイラブユー』などを手がける。作家・プロデューサーのエージェンシー「タイニーボイスプロダクション」を創業・主宰。2018年、WEBギフトサービス「ごちめし」でGigi株式会社を創業。地域の飲食店を社員食堂化する「社食ごちめし」、地域の飲食店を子ども食堂化する「こどもごちめし」
音楽業界の仕組みにヒントを得て、食の仕組みを整える
── あらためて「ごちめし」について、始まった経緯から詳しく伺えますか?
今井
まず遡ること2010年、僕がTEEに提供した楽曲「ベイビー・アイラブユー」がかなりヒットしまして、「来年からは音楽を通じてどんな事業を展開していこうか」と夢見ながら2011年を迎えました。ところがそんなときに起きたのが、東日本大震災です。
僕を含むエンタメ業界の人間はすぐに「自分たちも被災地の方々の力になりたい」と声をあげました。でも同時に、エンタメというのはなんと無力なのだろうとも思ったのです。
なぜなら被災地の方々がその瞬間に必要しているのは、衣食住を中心とした、人間が生きていくために必要なエッセンシャルなことだから。それを強く実感しました。その中でも一番、人の生死に関わってくるのが「食」です。
だからこそ「音楽以外で人々を直接的に支援できるインフラを作りたい」という気持ちが高まり、「ごちめし」というサービスの原型を考え始めたというわけです。
── なぜそこで、「食のインフラ」に着目したのでしょうか。
今井
音楽業界にはJASRACのような、中央集権的にお金が集まって権利者に分配される強固な仕組みがあります。賛否両論ありますが、「仕組みがある」ということ自体がまず優れていると思うんです。
たとえば僕が音楽の仕事をするとき、クライアントから制作費をいただいて楽曲を制作します。でも実は、楽曲がヒットした場合、世に出たあとJASRACを通じて分配される印税のほうが制作費よりも大きな金額になるんです。自分でいうと、生涯年収の6割以上がおそらく印税になると思います。つまりクライアントだけでなく、音楽を聴いてくださる方々にも生活の多くを支えていただいているわけです。
一方、日本の飲食産業というのは世界的に見てもかなりの発展を極めているにもかかわらず、その「食」を本当に必要としている人々に届けるための仕組みが、意外と整ってこなかったんですね。
だから音楽業界にヒントを得て仕組みを整えられたら、食にまつわるさまざまな課題を解決していけるのではないか。そう考えるようになりました。
── そうしてまず「ごちめし」を始められたわけですが、その後「こどもごちめし」を展開されていったのは、どのような理由からですか?
今井
2019年に「ごちめし」をローンチしたときは「オンラインで飲食店のメニューを贈れる」というシンプルなギフティングサービスでした(※現在もサービス提供中)。ただ、事業計画書の時点で、飲食店が社食になる福利厚生サービス「社食ごちめし™︎」や「こどもごちめし」の展開も盛り込んでいました。
僕が代表を務める「タイニーボイス」は音楽作家が集まる事務所として、若手クリエイターをフックアップして世に出すことを重視しています。次世代をどう育てるかというのは、自分の中でずっと大きなテーマになっているんです。
というのも、子どもの頃から「自分が良いと信じているものがなぜもっと世の中に広まらないのか」「もっと報われる人がいないとおかしい」という気持ちが強くて。ただ強く思うだけでなく、自分の手で不満を解決したい、世の中を変えていきたいと考えてきたんです。
だからこそ、これからの時代を生きていく次世代を支援する、次世代を育てる親御さんを支援する、「こどもごちめし」を始めたいと思ったわけです。
善意に頼り切りにせず、サステナブルな仕組みを実現する
── 子供の食の支援というと、すでに「こども食堂」が存在しています。「こどもごちめし」はどのような違いがあるのでしょうか?
今井
まず大前提として、僕は決して「こども食堂」を否定するつもりも、対立するつもりもありません。ただ、「こども食堂」はボランティアの方々の善意で成り立っている面があり、開催日が限られたり、スタッフの方々の体力的な限界だったりという構造的な難しさがあると思います。
実際、「こども食堂」の名付け親である近藤博子さんが東洋経済オンラインのインタビューで「こども食堂は行政の下請けではありません」と発言されたように、黎明期から続けてこられた方も、いわば"ボランティア依存"の状況に限界を感じています。
今井
正直なところ「こどもごちめし」を始めたばかりの頃は「こども食堂があるのだから、それでいいじゃないか」といった声もいただきました。でも、先ほどの近藤さんの発言から世の中の風潮が少しずつ変わり始め、子どもの食に関するインフラの必要性についても言及されるようになってきました。
「こどもごちめし」は、電子決済をするように電子チケットを提示すれば食事ができますし、飲食店であれば365日どこかのお店は営業している。つまり、お子さんや親御さんが利用される際の心理的障壁が限りなく低く、かつ食べたいお店やメニューを選ぶ自由もあります。
「こども食堂」と「こどもごちめし」は、それぞれのメリットがあり、それぞれに必要としてくださる方々がいると思います。だからこそ、これからも補完し合う存在であれたらと考えています。
── 「こどもごちめし」を2023年7月からスタートされて、3年が経ちました。これまで利用者の方々からはどのような声が届いてますか?
今井
たとえば、吉野家さんで食事をした中学生が「高校生になったら吉野家でアルバイトをしたい」と言ってくれたり、モスバーガーさんであれば「今までは価格的に躊躇してきたけれど、やっと子どもに食べさせることができました」というお声を親御さんからいただいたり、いろんな嬉しい反響があります。
なかでも面白いのが、はなまるうどんさんのケースです。電子チケットの金額は決まっているので、その中でメインのうどんとサイドの天ぷらなどをうまく組み合わせるために、お子さんがじっくり計算をするそうなんですよ。すると算数の勉強にもなるし、自分だけの一皿を作る楽しさも感じられる。そんな生の声をいただくと、実質的な支援だけでなく「体験の提供」もできているという実感を得られます。
── そういった声は、どのように運営側に届いているのですか?
今井
電子チケットの利用状況から得られるデータと、匿名アンケートの実施によって届いています。このシステムは我々で開発していまして、お客様の承諾をいただいた上で、データをご協力いただいた企業にお渡しするだけでなく、システム自体を自治体などにお貸しすることもしています。
私たちが開発したシステムでは、いつ、どのお店で、どのような食事をしたかというデータが可視化できます。個人情報を保護しつつ、どのエリアでニーズが高いかといったデータを企業に還元することで、企業のマーケティングリソースとしても活用いただいているんです。
ここが「こどもごちめし」最大のポイントでして、個人や企業の善意にただ頼っているだけでは、サステナブルな仕組みは実現できないと思うんです。なので、「こどもごちめし」では「寄付をしたほうが得だ」と感じられる仕組みを目指しました。
今井
昨年の夏休みには、パートナー企業の皆さまのご協力のもと、5.4万食の支援を実現しました。その取り組みは地上波すべての情報番組に取材していただいて、我々のアピールになっただけでなく、各企業にとっては社会貢献活動を通じたブランディングにもなっています。
ご支援いただく個人の方々にとっても「得」になることは意識しています。支援を考えてくださる方からよく言われるのが、「寄付したお金がどのように使われているのかわからない」ということですが、我々は寄付金を1円単位でトークン化して、利用状況を追跡できる仕組みを実装しています。
日本の寄付経済の規模は2兆円程度と言われていて、アメリカの約59兆円に対し、人口を考慮しても国民一人当たり約10倍の開きがあります(※)。税控除の仕組みなどさまざまな違いはありますが、そのように寄付文化がなかなか根付かないと言われる日本で、支援規模を拡大するためのサステナブルなモデルだと考えています。関係人口全員が喜んでくれる仕組みを設計できるものこそが、インフラとして残っていくのではないでしょうか。
「福祉のDX」を実現する、次の一手
── 今後の計画としては、どんなものがありますか?
今井
現在、「こどもごちめし」を利用されているご家庭の情報と許諾いただいた方のマイナポータルを接続して食の支援をする計画を、デジタル庁と一緒に進めています。
ひと言で「ひとり親家庭」といっても、実際のところは、生活に困窮しているご家庭とそうでないご家庭があります。細かな状況を把握せずに全世帯を支援すると、本当に必要とするご家庭に対してじゅうぶんに行き渡らない可能性がある。それは支援される側、支援する側、どちらにとっても納得のできる状態ではないと思います。
つまり、いただいた寄付が公正かつ効率的に使われるような仕組みを実現し、皆さまの納得度を向上し、寄付に対する意識を変えていきたいということです。これを僕らは、福祉のDXだと考えています。
── 今年の夏休みには「30万食支援」という大きな目標を掲げられていますね。
今井
昨年の5.4万食に比べてかなりジャンプする目標になりますが、大きな数字を掲げ、社会に強烈なインパクトを与えることが大事だと思っています。
いまの日本で子どもの食支援を実際に行っている事業者の支援数を試算したところ、大体10万食ほどの規模なんです。20万食が目標だと、我々が達成する前に超えられてしまうかもしれない。ここで30万食という数字を達成できれば、「日本最大の食支援プラットフォーム」として確固たる地位を築ける。そうすれば、国や自治体、企業の皆さまが、無視できないインフラとして私たちの仕組みを見てくれるようになるはずです。
これまで飲食事業者の皆さまだけでなく、JR東日本さんなど、あらゆるパートナー企業と実証実験を重ね、データも揃ってきました。私たちの仕組みは、一気に社会実装のフェーズへ移ることを目指す段階に来ていると確信しています。
── 最後に、サステナブルや社会課題に関心を持つ読者へメッセージをお願いします。
今井
この記事を読んでくださった時点で、あなたは社会の未来や次世代に対して、高い感性と関心をお持ちです。まずは、その興味を持ち続けていただくことがすべての始まりです。
もちろん、ご自身の生活で精一杯という方も多いでしょう。それでも、この記事を読んでいるという行動自体、将来に対する意識が一つ抜きん出ている証拠です。ボランティアでも、寄付でも、あるいは他者の活動を知ることでもいい。自分が社会とどう関われるかというタッチポイントを、一つでもいいから増やしてみてください。
僕自身、音楽プロデューサーとして「目の前の人とその先にいるファンの喜び」を追求することと、社会起業家として「関係人口すべての人が喜ぶインフラ」を設計すること、どちらも「喜んでくれる人が多い最大公約数を狙う」という点では同じです。僕がやっていることが、みなさんのアクションのきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
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取材・執筆鈴木梢
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撮影飯本貴子
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編集友光だんご
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