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豊かな未来のきっかけを届ける

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園児が料理をし、お金も稼ぐ。想像の斜め上を行く子が育つ保育園

Yahoo! JAPAN SDGs編集部

魚の三枚おろし、できますか?

揚げ物、自宅でつくってますか?

スーパーに行けば切り身魚もお惣菜も並ぶ今の時代、人生で一度も魚まるごと一匹を調理したことがないという人も多いかもしれません。ましてや、子ども時代からひとりで魚をおろしたり高温の油を扱ったりする経験をした人は少ないのではないでしょうか。

魚をさばけなくても生きていける世の中ですが、鹿児島県のとある保育園では子どもが魚を三枚におろし、自らの手で揚げ物までつくるといいます。

その保育園の名は「ひより保育園」と「そらのまちほいくえん」。料理のできる子を増やしたいのかと思えば、そうではなく。園を経営する古川理沙さんは「料理を通して、様々なものの解像度をあげたり、ものごとの全体を想像する力を身に着けてほしい」と語ります。

その背景には、「食べることは生きることそのもの」であると掲げ、明るい未来のためには、0歳から食を通して生きるための教育をしていく必要があると考えてきた古川さんの想いがありました。

ふたつの保育園で育った子どもたちは、そんな古川さんの想いを体現するかのように生きることを学び、地域社会に小さな波を起こしています。

園児の活動に大人はなるべく介入しない

── 「ひより保育園」と「そらのまちほいくえん」では、子どもが料理をすると聞いて驚きました!

園では0歳児の頃から園児に料理や給食の下ごしらえをさせています。私たちは、食べることは生きることそのものだと考えているし、食を特別なイベントではなく、日常的な活動として捉えてほしいと思ってやっています。

── 魚をおろせるようになるまでに、具体的にはどのような段階を踏むのでしょうか。

0~1歳で食材に触れ、2歳では大人の補助のもとで茹でる、蒸すといった調理を始めて、3歳くらいになると工程の少ない料理を自力で行えるようになります。そして、4歳ごろからは料理ごとに適した食材の切り方や調理法があることを学んで、工程の多い料理にチャレンジします。

5~6歳になると季節の手仕事や食材の旬など知識を増やすとともに、友だちと役割分担や工程を相談し合って"料理を完成させる"というゴールへの道筋を組み立てられるようになります。

こうして卒園する頃には三枚おろしができるようになっているし、揚げ物だってひとりでこなせます。

── 2歳児に包丁を持たせるのは大人にとっても勇気がいることのように思えます。

大切なのはスパッと切れる"本物の包丁"を使うことです。切れ味の悪い包丁は力任せに扱ってしまうので、逆に危険性が高い。あらかじめ手本を見せておけば子どもは意外と上手に使えるものです。

── 子どもを必要以上に守りすぎないように意識されているんですね。

私たちは「園児の活動に対して大人はなるべく介入しない」という考え方を大切にしています。「子どもだからできないだろう」「子どもならこの程度が限界かな」と大人が線引きをしてしまわずに、さまざまなことに自らチャレンジできる環境を整えてあげるのが職員の大切な仕事のひとつかもしれません。

今、ひより保育園のすぐ隣で米づくりを始めているのですが、3日に1回、稲を踏むことでより強く根を張るということを知りました。これは、大人の補助輪があるうちに、倒れる練習をたくさんしておいてほしいという、まさに私たちがやろうとしていることだと思いました。

── 過保護に囲いすぎると、人も稲もストレスに弱くなってしまうんですね。

最初からすべてがうまくいくことはないとわかっていて、どうやったらいいか考える力がある、すごく強い子たちだなと感じます。

魚の三枚おろしも、単に料理上手な子どもを育てたいのではありません。料理を通して、様々なものの解像度をあげたり、ものごとの全体を想像する力を身に着けてほしいと思っています。ものごとはすべて循環しているけれど、私たちはその一部分にしか目を向けないことが多いので。

そして、そうやって成長した子どもが持つ可能性は、大人の想像の斜め上を行くと思います。

── 大人は、自覚のないうちに子どもの可能性を制限しているのかもしれません。

以前、園児たちが「大学イモをつくりたい」と言ったことがありました。職員が「いいよ!」と言うと、自分たちで大学イモの味を思い出しながら必要な材料や調理工程を考え、足りないものは給食室から借りて調理を始めました。何度かの失敗を経て成功にたどりつくだろうと長い目で見ていたら、一発で大学イモを完全に再現したんです。

── すごい! レシピに依存せずとも料理を再現できるんですね。

私たちも、あれは本当に驚きました。自分たちの味覚をたよりに、それを解像度高く分析して、全体の工程を組み立てることができているのだと思います。ほかにも、みんなで遠足に行くお金をつくるために、園内にレストランをオープンしたこともあります。

── えっ、保育園児がレストランを......?

メニュー考案から価格設定、当日の調理、配膳、接客まで見事に自分たちでこなし、45食分を完売させました。他にも玉ねぎの皮やブルーベリーなどで布を染め縫製をして作ったランチョンマットやヘアゴム、季節の果物作ったシロップなどを販売して10万円以上を調達しています。園児たちは自力で稼いだお金で遠足へ行きました。

さらに驚いたのが、遠足に行くためのお金をレストランで稼ぐために、たし算ひき算や、字の練習を自発的にはじめた子がいたことです。家に帰って、「自分が計算を間違えて利益が減ると困るから、家でもお金の計算を一緒に練習してほしい」と言うんですって。

── 本来ならどうやって勉強させようか悩むところを、レストランをきっかけに自ら積極的に勉強するようになったんですね......!

ほかにも、家に帰ったらもう自分たちでご飯をつくっていたという話もあります。単純に親が帰ってくるのが遅いからやっておこうという感じで、褒められたくてやっているわけではないと思います。

自分の居場所って、自分がどれだけ貢献してるかによって感じることができると思うのですが、彼らはそのやり方を知っているんです。ゴールに向かうためにいくつもの選択肢をもつ力や、やりたいことを表現して仲間をつくっていく力がある。それは最終的に本人の力になるし、生きやすさになると思っています。

はじまりは「生と食のつながりの希薄さ」への危機感

── そもそも、なぜ古川さんは保育園の経営を始められたのですか。

私は海外で大学教員をしたあとに帰国して、子どもを生んだあとも大学や高専で留学生向けの教師をしてきました。その中で「日本ってこのままで大丈夫なのかな」という思いが浮かんできたんです。

── どうして、そう思うように?

長女を出産したあと、この子が幸せに生きて、幸せに人生を閉じることを考えたときに、私を含むコミュニティが幸せで、自走できている状態じゃないといけないと思いました。でも、さまざまな国を見てきた中で、今の日本でそれは実現できるのだろうか?と疑問に思うようになりました。

たとえば、日本は食料自給率がどんどん下がっているし、2040年には食事の70%がレディメイドフード(出来合いの食品)になるとも言われています。

そうやって生と食のつながりがどんどん薄くなり、自走できない状態になっていることに私は危機感を抱きました。自分が国を変えようとは思わないけれど、せめてわが子が幸せに生きていけるように、できることはしてあげたい。

── 最初に古川さんがおっしゃっていた「食べることは生きること」という価値観を守っていこうとしたんですね。

この感覚をどうやったら世の中に、そして人の価値観の中に取り戻せるのか考えたときに大学や会社に入ってからの食育ではもう遅いというのは、教員時代の経験から感じていました。ですが、小学校教師に話を聞くと、小学1年生でも遅いと言います。

── 小学生ですら生と食に向き合うには、すでに手遅れ!?

さかのぼっていった結果、時間はかかるけど0歳の頃から一緒に向き合っていくのが、もしかしたら最短距離かもしれないと思いました。子どもが変われば大人も変わり、世界が変わるはずだと考え、2017年に霧島市でひより保育園を開園し、保育事業をスタートしました。

どこでも理想の保育園がつくれることを証明する

── 開園への反響はいかがでしたか?

開園前から、全国から多くの視察がありました。ところが、来た方たちは口々に「広い園庭があっていいですね」「田畑に囲まれた環境がうらやましいです」と言うのです。恵まれた環境だから理想の保育が実現できるのだと言われたようで、それはそれはもどかしくて。

ならば、と自然豊かなひより保育園とは正反対の環境に、ふたつめの事業所であるそらのまちほいくえんをつくることにしました。そらのまちほいくえんの立地に選んだのは鹿児島市中心部の商店街・天文館です。

天文館には十数個の通りがあり、その中でも他の通りに比べると、当時あまり元気のなかったテンパーク通りに決めました。商店街の中の空きビルなので園庭は作れないし豊かな自然に囲まれてもいません。また、駐車場もないので車社会の鹿児島の子育て世代には便利とは言えない環境です。

── 一般的には保育園をつくろうと考えもしない環境ですね。

だけど、あえてその環境に保育施設をつくることで、全国のどんな場所でだって理想の保育ができると証明したかったんです。

幼少期にいかに親以外のたくさんの大人と触れ合うことができたかで、子どものそのあとの人格形成や社会での生きやすさが変わってくるんじゃないかと考えている私たちにとっては、様々な働く大人の姿に日常的に触れることのできるこの環境は、子どもを育てていく上で素晴らしい場所になると思いました。

とはいえ本当に園児が集まるだろうかと怖かったし、私にとっても大きなチャレンジでしたが、「まあ、とにかくやってみよう!」と突き進むことにしました(笑)。

── そらのまちほいくえんは開園にあたって、惣菜店を併設するなどユニークな仕掛けをされたようですね。

5階建てビルの1~3階をリノベーションして、1階の一角に園の給食と同じコンセプトの総菜店を併設、3階の一部を地域交流スペースとして地域の方たちにひらきました。園児の保護者だけでなく地域の方にも利用してもらえるスペースをつくって、園と商店街をつなぐ起点にしたかったんです。

── 園と商店街をつないだ結果、商店街の雰囲気なども変化がありましたか?

まず、保育園ができたことによって、数十組の親子が毎日商店街を徒歩で2往復します。商店街に活気をもたらすようになりました。開園当時、テンパーク通りには10店舗分くらい空きテナントがあったのですが、2年後にはほぼすべてが埋まりました。

── 10店舗の空きテナントが埋まれば、商店街の風景はガラリと変わりますね。

また、園庭がないから園児たちにとっては商店街が庭のようなものです。そらのまちほいくえんには園庭がないので、散歩の時間は園児たちのその日のやりたいことに合わせて、公園や広場、イルカの見える水路などに出かけていったりしています。

定期的に通りの清掃活動や草花の管理をさせてもらったり、たとえば年末には園の前の通りで餅をついてご挨拶に回ったり。そういった毎日顔を合わせる生活を通して、園児と商店街のみなさんの関係性も変わってきています。

── 園児と地域の方の間に、強い関係性が育まれたんですね。

この園では、何をするにも地域の方たちとのコミュニケーションが必要になってきます。でもそれこそが、今の日本の教育からすっぽり抜け落ちた部分じゃないかと思っています。コミュニケーションを取らないと何も進まないのはすごく大変だけど、それによって質の高い教育が実現できるんじゃないかという思いがあります。

そらのまちほいくえんで幼児期をすごした子どもたちは、きっと天文館を地元のように大切に思うはずです。地方の後継ぎ問題も、卒園児の中から天文館での事業継承者が出てきて解決するかも......なんて期待もしています。

自立したコミュニティが持続可能な社会をつくる

── 保育園での活動によって、地域まで変わりはじめているのを感じます。

どちらの保育園にしても、やっていきたいのは「ずっと食べていける社会をつくる」ことです。そこには必ず自分を起点にした、小さなコミュニティがあります。その中で、身近な人が育ててくれた食材を選んでいくことで、食を軸にコミュニティを自立させることが持続可能な社会をつくることになるのではないでしょうか。

だから給食の食材を購入させていただく先からは相見積もりを取らず、いつも決まったところから言い値で買うと決めていますし、天文館で買えるものは天文館で買うようにしています。

── 保育園の食事ひとつとっても、食を軸にしたコミュニティがすでにあるのですね。

もっと言うと、天文館での買い物はできるだけ、子どもたちに行ってもらいます。そうすると町のおじちゃん、おばちゃんたちと、子どもたちが友だちになれるんです。するとお迎えに来た親御さんたちはそのお店で買い物したことがなくても、子どもが声をかけてもらったら「ちょっと買い物でもしていこうかな」という流れができてきます。

そんなふうに地産地消や循環のサイクルが増えていけば、地域の食生活が変わって、生産されてから食卓にのぼるまでどれだけ食品が移動しているかを示すフードマイレージも低くしていくことができるのではないでしょうか。

── 幸せで自走できるコミュニティづくりをすることは、SDGs的な社会をつくることにもつながっていくんですね。

自分たちが暮らす経済圏の半径をいかに小さくできるか、またその適切なサイズ感はどのくらいかということを模索しているところです。このくらいのサイズなら心地よい暮らしが成立するということが分かれば、他の街でも再現していきやすいんじゃないかと思います。

── 他の街でも再現していくのに、どのくらいの年月がかかるのでしょうか。

今すぐにできますよ! 保育事業では少しずつ広がりが出てきています。

私たちはひより保育園の立ち上げ時から「コピペの"もと"になれたらいいな」と思っていて、園の視察も積極的に受け入れてきました。そして実際に当園をモデルとして「さとのやま保育園」が2018年に京都で、今年6月には兵庫県に「かわのまちほいくえん」がオープンしています。

私たちが日々積み重ねている活動は、園を中心に手の届く範囲のコミュニティ内のものです。それ自体は小さな活動ですが、同じ小さな動きが広がっていけば、子どもたちの未来は少し変わるかもしれません。

\ さっそくアクションしよう /

ひとりでも多くの人に、地球環境や持続可能性について知ってもらうことが、豊かな未来をつくることにつながります。

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