しんどい現実に向き合えなくても。他者を知る手段としてのドキュメンタリー

最近、ニュースを見るのがしんどく感じる時はありませんか?

不意に戦争や災害などのニュースを目にすると、心の準備ができていないこともあってか、自分の中で情報を処理しきれず気持ちが落ち込んでしまうことが私はあります。

また、世界の社会問題を取り上げるドキュメンタリーも、ニュースと同じようにしんどいと感じてしまい、昔と比べて観る機会が減ったように感じます。

そんな中、テレビで久保田徹さんというドキュメンタリー映像作家の方の作品を観る機会がありました。久保田さんは大学在学中の2014年から、ミャンマーで迫害を受けたイスラム教徒の少数派「ロヒンギャ難民」を取材。2021年に国軍がクーデターで実権を握って以降も、内戦が続くミャンマーの現状を伝え続けています。

約10年もの間、先の見えない状況を撮り続けてきた久保田さんは、どのようにして「しんどい現実」と向き合っているのでしょうか?

『現実に向き合う』よりもっと手前に、自分と違う他者の存在を知る、という段階があるはず。ドキュメンタリーも、そのための手段だと思っています」

そう話す久保田さんに、自由を奪われた人々のドキュメンタリーを作る理由や、現実との向き合い方について話を聞きました。


久保田徹

1996年神奈川県生まれ。慶應大法学部在学中よりロヒンギャ難民の撮影を開始し、ドキュメンタリー制作を始める。2020年にNHK BS『東京リトルネロ』でギャラクシー奨励賞など。2022年7月にミャンマーにて国軍に拘束され、111日間の拘束を経験。帰国後、弾圧を逃れた表現者を支援するためのプロジェクトDocu Athan(ドキュ・アッタン)を立ち上げる。2024年7月にNHK BS 『境界の抵抗者たち』を制作する。

大学時代から難民キャンプを訪れ、映像制作を開始

── まず、久保田さんがドキュメンタリー制作を始めたきっかけを教えてください。

大学時代、国際支援などのボランティア活動を行うサークルに入っていたんですけど、そこで群馬県館林市にあるロヒンギャの方たちのコミュニティを訪れる機会があって。実は大学入試の際、たまたまアメリカの高校へ留学中に知ったロヒンギャ問題について小論文を書いたこともあったんです。だけど、高校時代には具体的にアクションを起こすようなこともなくて。

そんな中、日本で住んでいるロヒンギャ難民のつてを頼って、実際にミャンマー国内で迫害されているロヒンギャ避難民の収容区に訪れてみると、「民主化しているはずのミャンマーでなんでこんなことが」と衝撃を受けました。これまでに約100万人が隣国のバングラデシュに逃れ、難民キャンプでも不自由な生活を余儀なくされているんです。


久保田さんが大学在学中に発表した『Light up Rohingya』。ミャンマー国内でのロヒンギャ避難民の現状について描かれている

── 学生時代から現地を訪れて、撮影を行っていたんですね。

そもそも、どうしてミャンマーでロヒンギャの人々に対するヘイトが存在するのか不思議で、その理由を知りたかったんですよね。だけど何より、ロヒンギャ難民が直面している問題をこの目で確かめてみたくて。現地での経験は大きなモチベーションとなり、その後1年間休学し、撮影のため再びミャンマーを訪れました。


── 2021年2月にはミャンマーでクーデターが起き、政権トップのアウンサンスーチー国家顧問(当時)などが拘束されたことで、市民らは抗議活動を始めました。その後も久保田さんはミャンマーに向かったのでしょうか?

クーデター後、僕のミャンマーの友人たちも抗議活動で逮捕され、連絡が取れなくなった人も多くいました。その時「今の友人たちの姿を映すことで、ミャンマーの現状を伝えることができるのではないか?」と思い、2022年7月にミャンマー最大の都市ヤンゴンに入り、国軍への抗議デモの撮影を始めたんです。

だけど、デモの現場で私服と思われる軍人に捕まってしまい、扇動罪などの罪で計10年の禁錮刑が言い渡されました。僕は外国人ということもあり、約3か月半を獄中で過ごしたあと、解放されて帰国することができました。ただ、撮影に協力してくれたミャンマーの友人が、僕の拘束をきっかけに母国を離れざるを得なくなって。

── なんと......。

そんな友人のためにも「帰国したら、ミャンマーのために本気で活動しよう」と思いました。それで、解放された約3か月後にジャーナリストの北角裕樹さんと協力して、国外へ亡命しているミャンマー人のクリエイターを支援するプラットフォーム「Docu Athan(ドキュ・アッタン)」を立ち上げたんです。


「アッタン」とはミャンマー語で「声」。ただ支援するだけでなく、共に声を挙げるという認識で応援してもらえればという思いで名付けられた
「Docu Athan」には英語と日本語訳の字幕を付け、ミャンマー国内で起きている弾圧などについての動画を掲載。視聴者は制作したクリエイターに直接「1アッタン=1,000円」から寄付することができる仕組みになっている

── 「Docu Athan」は映像の視聴を通じて、クリエイターを応援することを目指しているんですね。

僕はよくテニスのYouTubeチャンネルを見るのですが、自分が応援している選手が成長したり、試合に勝ったりすると嬉しいんですよね。そんな風に、視聴者の方もミャンマーのクリエイターたちを「Docu Athan」で追いかけながら、成長を感じとってもらえたらいいなと思っています。

また今後は現地に拠点を置き、よりクリエイター支援に力を入れていきます。最近、タイの国境地帯に「Docu Athan」のアトリエを借りたので、現地の人をフルタイムで雇いながら事務所兼作業場として使っていきます。いずれはアトリエに世界中のジャーナリストの方を呼んで、交流の場にしていきたいですね。


9月にオープンしたDocu Athanのアトリエ。今後、久保田さんは日本とタイの二拠点生活を行いながら、映像制作と現地のクリエイター支援を行っていくそう

ドキュメンタリーとジャーナリズムは別物

── 久保田さんは昨年の夏、取材でウクライナに行かれたそうですね。現地ではどのような活動をしたのでしょうか?

元々、知り合いで出張料理人のソウダルアさんが「ウクライナ避難民の方々に食糧ではなく、おいしいものを届けたい」という思いから、ウクライナでイベントを企画されていたんです。そのイベントと共にキーウ郊外にある破壊された学校を再建している様子を撮ってほしいと声がかかり、約1か月間キーウに滞在しました。

そこで暮らしているウクライナ人は、当初「戦争が終わったら、政府が立て直してくれるだろう」と思っていたそうなんです。だけど、開戦からすでに1年半(当時)が経過している現状に、市民自らが動くと決めて、みんなほぼ毎日、朝から晩まで再建のために働いていました。自分たちの手でなんとか日常を取り戻そうとするウクライナの人々を見ると、その動きが戦争という大きな物語に対する抵抗に感じました。


写真に写っているのはボランティア団体のリーダーと地元の少年

── たとえ戦時中でも、そこで暮らしている人の生活は続いているんですよね。

はい。ウクライナとミャンマーでは全く違う種の武力衝突が起こっているんですけど、そこに生きている人たちの強さと生き様は、どこか重なるものがあって。やっぱり死が近くにあると生がすごく濃厚なんですよ。自分はそんな人たちと一緒に過ごせてよかったなと思いましたね。

それこそ、僕はよく「戦場ジャーナリスト」みたいに言われることがあるんですけど、自分ではそう思っていないんです。


── それはどうしてでしょう?

個人的に、ドキュメンタリーとジャーナリズムは別物だと思っているからです。僕は「この問題をどうにかしたい!」というジャーナリズム精神から映像の世界へ入ったわけではなくて。自分の人生の中でミャンマーやウクライナとの接点があったので、ドキュメンタリーを通して声をあげる義務がある、と思って映像を撮っています。

また、現地で一緒の時間を過ごしながら被写体を撮っていると、彼らが自分の人生に入ってくる感覚もあるんです。それに制作中、「自分はこういう人間だったんだ」と再確認できる時間にもなっていて、ドキュメンタリー制作は自分を見つめ直すきっかけにもなっています。

ドキュメンタリー業界を取り巻く環境の変化

── 近年、不安定な社会情勢も影響して、ニュースやドキュメンタリーなどを観ると人の苦しみを自分のことのように感じてしまって「しんどい」と感じる人が多いように思います。久保田さんはそんな状況に対して、どう感じていますか?

ドキュメンタリーって内容によっては社会問題などが取り上げられているので、観る前から覚悟が必要なものがありますよね。こんなに余裕のない社会なら、なおさら「ドキュメンタリーを観るのがしんどい......」と感じる人は少なくないはず。それに、日本ではドキュメンタリー自体が「勉強するためのもの」と認識されがちなこともあってか、昔と比べて観ることのハードルが高くなっている気がします。

ただ、僕自身はドキュメンタリーをしんどいものだと思っていなくて。ドキュメンタリーを観ていると、そこで描かれている社会問題のテーマ以前に、映像に登場する人と、実際に会って時間を過ごしているような感覚がありませんか?

── 少しわかるかもしれません。人の暮らしや息づかいまで伝わってくるような。

ニュースだと、どちらかというと整理された情報を受け取る映像が多いと思うんです。いっぽうのドキュメンタリーは、もう少し「自分ごと化」できるというか。

── 自分ごと化、ですか?

ドキュメンタリーって、より「体験」に近いような気がするんです。ニュースに比べて当事者をより近く感じるぶん、自分の中にその内容を留めておけるような。

── たしかに、ドキュメンタリーは撮る側と被写体との距離感が作品に出ているからこそ、テーマがとても身近に感じ心にスッと入ってくる気がします。ニュースだと、情報が次から次へ流れていってしまうような感覚があって。

それは、ドキュメンタリー作家が伝えたいメッセージのみを映像に込めているからだと思います。素材としては100時間以上ある動画を使って編集するので、ドキュメンタリーを一本作るのに、すごい時間がかかっているんです。僕も60分の映像作品に編集だけで最低2か月はかかっていて、毎回気が遠くなっています(笑)。

だけど、そのくらい時間を濃く圧縮するからこそ、いいドキュメンタリーを観ると、こちらまでパワーをもらえると思うんですよね。

── 作家さんが取材対象に長時間寄り添って、その時間を観る側が受け取りやすいように圧縮した映像なわけですよね。そう聞くと、「社会課題が〜」というより、もっと純粋に映像として体験してみたい、という気持ちが湧いてくるような。

── ドキュメンタリーをめぐる社会の状況には、何か変化があるんでしょうか?

ドキュメンタリー作家に対する企業による助成金、財団の支援は増えているように感じます。特に社会的なテーマの場合、そうした支援は制作資金の大きな手助けになっていますね。

── 企業などがドキュメンタリー作家を支援する流れになっているんですね。

10年くらい前までのドキュメンタリー現場はカメラマン、音声スタッフなどのチームで制作するのが当たり前だったんです。でも、今は機材の進歩や映像のプラットフォームが増えたことで、ひとりでも作品を世に出せるようになりました。なので、今は企画から興味を持って、制作をサポートしてくれるメディアもあります。

また、「Docu Athan」のアトリエは三井グループの350周年事業「三井みらいチャレンジャーズオーディション」の支援によって運営しています。他の活動も助成金や企業の皆さんの支援によって継続できていて、支援企業の方からは「とりあえず続けるのが大事だから!」と言ってもらっていて、とても心強いです。

ドキュメンタリーを観ると「世界は豊かだな」と感じる

── 日々の生活に精一杯で社会問題に向き合うのがしんどく、ずっとドキュメンタリーってハードルが高いものだと思っていたのですが、まずは「観て知ること」自体に意味があるのだと感じました。

僕は優れたドキュメンタリーを観ると、ただ学んだだけでなく「世界は豊かだな」と感じるんですよ。なので、僕自身も観てくれた人がそんな気持ちになるドキュメンタリーを作るように心がけていて、そこで生きている人たちを肯定できる「お守りみたいな存在」になればいいなと思っています。

もちろんドキュメンタリーの中には怒りや悲しみのような感情もあるのですが、視聴者は必ずしも、その内容すべてを引き受ける必要はないと思っています。ただ知ってもらえるだけでもいいんですよね。

ドキュメンタリーでは、その映像のテーマに向き合うよりも前に、「他者の存在を認識する」という段階があると思っていて。

── 他者の存在を認識する。

まずは知ることからでもいいと思うんです。「こういう人がいるんだ」と知ることは、自分と違う他者を承認することでもある。こんな時代だからこそ、まずはそれがすごく重要なんじゃないかなと思うんですよね。

「現実に向き合う」って、なかなかハードルの高いことですよ。あまり深く考えず、とりあえず観てみる。もし合わなかったら途中で観るのを止めても構わないので。

── まずは自分と違う他者を知ることから。日々のニュースやSNSへの触れ方にも通じる、大事なヒントをいただいたように思います。最後に、久保田さんは今後、日本のドキュメンタリーがどんな風に変化していってほしいですか?

ドキュメンタリーが批評の対象ではなく、「体験するもの」として広がってくれたら嬉しいですね。やっぱりドキュメンタリーの良さって現地に行かずとも体験できて、社会問題を知るきっかけになることなので。その中で、自分の作品が他者の世界を知るきっかけのひとつになってほしいです。

また、個人的に映像の力を信じていますが、万能ではないとも思っているので、より多くの人に観てもらうためにも、こうした取材だったり、全国で自主上映会を開催したりと映像制作以外の活動も積極的に取り組んでいきたいです。


☆久保田さんの作品一覧


久保田徹の記事一覧 - エキスパート - Yahoo!ニュース



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