絆はゆるくていい? 自殺の少ない町から探る生きやすさのヒント #今つらいあなたへ
徳島県の旧海部町(合併し現在は海陽町)は、自殺のきわめて少ない地域である。コミュニティーの特性と自殺率との関係性を研究する岡檀(まゆみ)さんは、町を調査し、「ここでは強い絆ではなく、ゆるやかな絆が維持されている」と分析した。自殺対策の通説に「絆」「人とのつながり」があるが、絆が強ければ強いほど生きやすさを感じられるという単純な話なのだろうか。現地の人たちや岡さんの話から「"強さ"ではなく"質"のよい絆でつながる」ためのヒントが浮かび上がってきた。
自殺"最"希少地域には「強い連帯」や「緊密な絆」がない
太平洋に面し、海と山に囲まれた温暖な旧海部町が自殺というテーマで取り上げられたのは、1995年9月15日付朝日新聞の地方版でのことだ。
記事の見出しは、「老人の自殺、17年間ゼロ ここが違う徳島・海部町」。
この記事を見つけた岡檀さん(情報システム研究機構 統計数理研究所)は、海部町と全国の市区町村の自殺率を比較。自殺率が低い地域トップ10の中で海部町は唯一、離島でない地域だと知り、ある意味日本で"最も"自殺率が低い地域ではないかと思い至った。海部町は2006年に隣接する海南町、宍喰町と合併して海陽町となったが、隣接する地域と比較してもこの町が突出して自殺率が低いことから、岡さんは旧3町の中でも旧海部町をメインの研究対象に据え、隣町や徳島県内の自殺多発地域と比較しながら調査を開始した。
4年がかりで200人以上の住民にインタビューをし、3300人以上の住民にアンケート調査を実施。そこから、旧海部町の住民同士の間には「緊密な絆」がなく「隣人同士の付き合いが淡白で、人間関係が膠着しておらず、"ゆるやかな絆"が維持されている」と結論づけた。
では、「ゆるやかな絆」は「強い絆」とどんな点で異なるのか。どのような距離感やコミュニケーションから生まれるものなのか──。
強い絆は力関係が生まれ、ブルーになる確率も上がる?
旧海部町エリア在住の保健師・松原文子さんは、徳島県内でも自殺率の高い地域の出身で「旧海部町に比べると地元には強い絆があると感じる」という。
「私の中での『強い絆』のイメージは、たとえば近所の足が悪い隣人に対して『毎朝、自分が代わりにゴミを出します』と働きかけるような、私生活を削りながら互いをサポートし合うイメージです。強い絆は集団を統率しやすい利点がありつつ、助けてもらえないとダメになってしまう依存関係や、助けてもらったんだから何か返さないといけないという力関係が生まれやすい側面があると思っています。それによってかえって弱みを見せづらくなったり、ブルーになったりする確率が高まる気がします」
旧海部町エリアの中でも住宅が密集する鞆浦(ともうら)地区に住む松原さんは、「ここの近所付き合いはベッタリしていない」という。
「たとえばゴミ出しでも、外に出たタイミングで誰かに会ったら『ついでに持っていく?』と促したりする程度。『ついでに』『通りすがりに』というスタンスだから、助けたり助けられたりしても互いにちょっとのことだと思えて、力関係が生まれにくいんだと思います」
また、松原さんがこのエリアのコミュニケーションで「独特に感じる」と語るのが、「他者に興味がある人が多く、それを隠さずに相手に見せていくこと」だという。
「たとえば、『今日東京から取材が来る』と知っていて、町の中で『あの人がそうだ』と認識しても、普通はわざわざ本人には確認しにいかない。でも旧海部町の人は話しかけにいくんですよ。『あんた取材で来たんやろ?』『誰に話聞いたん?』『おもしろかった?』と。以前、徳島市で暮らす夫が土日にこっちに来たときにも近所の方々から、『あんた松原さんとこの旦那さんやろ?』『子どもの面倒見よん?』とやたら声をかけられたらしくて。夫から『お前、なんか悪いことしてないよな?』と本気で心配されました(笑)」
近すぎず遠すぎず「絶妙な距離感」を保ちながら、常に相手を観察している
旧海部町の人は「他人に関心が高い」という話は、海陽町を拠点にカキ養殖をする株式会社リブルの岩本健輔さんからも聞いた。
「僕は静岡県出身で2013年に沖縄から移住してきましたが、地域の人にはよく気にかけてもらっていると感じます。出張が多いので家の草刈りがおろそかになりがちなことが悩みなんですけど、そういうことを会話の中でポロッと口にしただけで60代や70代の方が草刈りをしてくれます。神社にも役員として関わっていることから、祭りで使う米もつくっていますが、近所の方が『出張でいないだろうから水の面倒は見ておくよ』と先回りしてくれることもある。悩みを直接言わなくても日頃のコミュニケーションの中でこちらの状況に気づいて、補ってくれている実感があります」
ただ、「近所付き合いはベッタリじゃない」と松原さんが語ったように、常に他者に関心を寄せながらも絶妙な距離感を維持していると岩本さんも感じている。
「このエリアの人との距離感は、絶妙なんですよね。日本の多くの田舎は、知らない人が家に上がり込んでいるような近すぎる距離感か、あいさつすらしてくれないくらい排他的な距離感かの、どちらかに振り切れていることが多いと思います。でも旧海部町のエリアは、こっちが必要なときには世話を焼いてくれるけど、必要のないときには特に会わなくても何も問題がない。近すぎず遠すぎることもない距離感なんです」
「集団内の年上は君付け、敬語はなし」脈々と受け継がれてきたフラットなコミュニケーション
コミュニケーションにおいて、もうひとつ特異なのはコミュニティーの中で「敬語を使わない」という点だ。
取材に応じてくれた消防団員らは全員が同じ鞆浦地区の出身で近所付き合いも多いが、年齢はバラバラで一番離れている者同士だと10歳差以上ある。それでも互いを「君付け」で呼び、敬語は使わずに会話をしていた。
留意しておきたいのが、誰彼構わず敬語を使わずに話すのではなく、コミュニティーの仲間内のみでその傾向があるという点だ。消防団のひとりが「親もそうだった」と話すように、集団内のコミュニケーションはフラットであるべきだという文化が脈々と受け継がれてきたことがうかがえる。
互いを気にかけ合う精神やフラットに接する精神が根付いているからといって、「仲よしな感じでもなくて、むしろけんかもするんですよ。しかも20代と70代とかで」と岩本さんが言うように、意見がぶつかることもしばしばある。
旧海部町エリアで、一年で一番町が活気づくのが「大里八幡神社秋祭り」の時期だ。江戸時代からの伝統を引き継ぎ、船などの形をした7台のだんじりが4kmにわたる松原海岸を練り回る豪快な祭りである。
その準備や運営に岩本さんや消防団員らも携わるが、祭り当日は、まだ祭りを楽しみたいと残ろうとする参加者たちと、早く撤収をしたい運営側の言い争いが毎年のように起こるという。
「集団の中の人同士が外でもつながることで、人物評価がひとつに偏らない」
集団の中でそれぞれが言いたいことを言い統率が取れないといった話は、旧海部町出身で海陽町の町長である三浦茂貴さんからも聞いた。
「どんなコミュニティーの中にも、年齢差を気にせず言いたいことを忖度(そんたく)せずに言い合う空気が流れています。自分の子どもが小学生だった頃のPTAでは、それぞれが口々に思っていることを言うせいで、よく会議が長引いていました。先生が運動会の種目や時間配分をあらかじめ決めてくるけれど、それを全部ひっくり返して困らせていましたね。しかし最終的に決まったことは前向きに捉え、みんなで力を合わせてやり切るという風潮もあります」
「本心を言い合える空気や安心感」はどのようにして生まれているのだろうか。三浦さんは、町の人たちがそれぞれ小さなコミュニティーに複数所属していることに起因していると考える。
「僕自身は東京からUターンして戻ってきたら、いろんな団体に入れられました。消防団、商工会、青年団、そして朋輩組(ほうばいぐみ)」
朋輩組とは、江戸時代から続く旧海部町の相互扶助組織である。最初は18〜25歳くらいの地元の若者らで「若衆(わかいし)」が構成され、30歳くらいまで祭りや正月の準備、冠婚葬祭の手伝いなど、住民の生活に密接した取り組みを行う。その後、下の世代に役割を渡し、自分たちは朋輩組となって老後まで付き合いを続けていく。
こういった地域に根付く相互扶助組織は、強制加入で一度入ったら抜けることが難しいケースも多いが、朋輩組は入るのも抜けるのも自由で、会費を払うか払わないかも本人の意思で決められるそうだ。リーダーが固定化されず、これといった戒律もなく、とにかく風通しがいいという特徴がある。三浦町長も朋輩組の一員である。
「そういった複数の団体にみんな何かしら関わっているんです。それによって、ひとつの集団の中で『あの人ってこういうところがあるよね』とネガティブな話になっても、周りの人たちが『いやいや、こういういいところがある人だよ』と言ってくれ、人物評価がひとつに偏らない。それに逃げ道がたくさんあるから、人と違うことを言って弾き出されるという心配をする必要もないんだと思います」
「『悩みごと』は深刻になりすぎず、軽く聞く」
岡さんの研究では、本音だけでなく「言いづらい悩みごと」も表に出しやすい空気があることが、データで裏付けられている。
旧海部町エリアの住民と、同じ徳島県内で自殺率の高い町の住民に「悩みを抱えたとき、誰かに相談したり助けを求めたりすることに抵抗があるか」を調査したところ、「抵抗がない」と答えた人の割合は自殺率の高い町が47.3%に対して旧海部町は62.8%だった。
悩みを開示しやすい理由はなんだろうか。そのひとつが「悩みを聞く側のスタンスによるものではないか」と、海陽町のNPO法人あったかいようをはじめ多数のボランティア団体に関わって居場所づくりをしてきた笠原まりさんは言う。
「悩みごとは深刻化する前に早めに相談したほうがいいとわかっていても、本人としては『他の人に話されたらどうしよう』など不安を感じて言えないケースが多い。だからどうやって『この人なら話してもいいかな』と思ってもらうかを考えなくてはいけませんが、旧海部町の人たちはその気持ちをうまく引き出していると思います。『悩みを聞いたからには最後まで責任を持たないといけない』といった過剰な気負いがなくて、『まあ、聞いたるから、ちょっと考えをまとめて話してみ』というテンションで、深刻になりすぎず軽く聞いているように見えるんです」
悩みを口にするハードルの低さは、町並みも関係しているのではないかと笠原さんは続ける。
「旧海部町の町並みは家のドアの高さに屋根と引き戸がついている昔ながらの『みせ造り』になっていて、ちょっと屋根の下で雨宿りをしたり、ベンチに座って涼んだりするついでに、立ち話もしやすい。町の建物全体もキュッと密集しているから、そこを通りかかるだけで人の変化にも気づきやすいのかもしれないですね」
また、旧海部町には「病、市(いち)に出せ」という格言がある。朋輩組の由良さんの話からは、この教えが今も町に根付いていることで悩みごとを表に出すハードルが下がっていることがうかがえる。
「『病、市に出せ』の病っていうのは、足や腹が痛いといった体のことだけじゃなく、ちょっと言いづらいことも含めた『悩みごと』のこと。市というのは町のことで、何か悩んでいることを町の人に言ってみたら知恵を借りることができるからそうしなさいという教えなんです。朋輩組では2人1組で町を回って集金しますが、それはお金を集めているというよりも『元気にしとるか』『家族は困ってないか』と確認しに行くためにやっていることなんです。とにかく会うことが大事。顔を合わせていると、言いにくいことも言いやすくなるでしょう」
「私が助けてあげる」は相手を尊重できているか?
地域社会、家庭、職場、学校など、私たちは誰もが何らかの集団に属している。集団の中の人と人とが質のよい絆でつながるために、自殺希少地域から何を学べばよいか。旧海部町を訪れてから数日後、改めて岡檀さんに話を聞いた。
岡さんは「前提として、『集団というのは黙っていれば均質化していく性質がある』と一人ひとりが知っておくことが大切」と語る。
集団内にいる人のタイプや、価値観がそろっていくなど「均質化」が進めば進むほど、集団の中の「ふつう」からはみ出すことが許されなくなったり、はみ出る行動を起こすことが怖くなったりしていく。そういう状況を「生きやすい」と感じる人は少ないだろうが、現に日本中の多くの集団が均質化していると岡さんは言う。
「では旧海部町の中の集団は何が違うのかというと、『多様性を尊重できている』という点です。多様性を尊重するというのはたとえば、悩み相談を持ちかけられても決断までを請け負わないこと。言い換えると、相手の決断を尊重すること。『悩んでいるなら私が助けてあげる』という親切心も、疑ってかかるような見方をすれば助けようとしている人の価値観で動かそうとしている。旧海部町のコミュニケーションは、『困っていたら私が助けてあげる』ということをしないんですよね」
話は聞くが、何をどうするかの決定は当事者に委ねる。それが自分とは異なる他者を尊重するということだと、岡さんは考える。
「海部町も日本の多くの田舎と同じくうわさ話は大好きで、生活にまつわるプライバシーも筒抜け。地元出身者が東京から戻ってくるという話題になれば、一夜にして町中を駆け巡る。そういう点では多くの日本の田舎と同じように"絆が強い"ように見えるかもしれない。だけどそういった他者に関心が強い側面を『女子高校生でさえウザがっていない』ということが研究の中でわかったとき、絆の上に『相手を尊重する心』が乗っかっている点が他の田舎と分けるポイントだという考えに至りました」
今回の取材では、旧海部町にはUターンのシングルマザーが多いという話も耳にした。「出戻りのシングルマザーが近所の人たちにうわさされて居心地の悪さを感じる、ということが少ないのでは」という話だったが、岡さんの言うように「他人の決断を尊重する心」が町の人たちに備わっていることが、居心地のよさにつながっているのかもしれない。
岡さんは現在、旧海部町での発見をもとに、子ども時代から多様性を尊重する心や思考を育てるための研究を進めながら、町に路地やベンチがあることで自然な交流が生まれている旧海部町のような"仕掛けづくり"についても研究している。
「自殺という大きなテーマに対しての対策はすぐに効果が望めるものではありません。だからこそできることは積極的に取り組んでいくことが大切だと思っています」
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取材・文 小山内彩希
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編集 くいしん
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