年齢差別をなくす。若者とシニアが共に創る、何歳になっても明日にワクワクできる社会 #豊かな未来を創る人

超高齢社会のトップランナーである日本。多くの人が長寿を享受できるようになった一方で、「家族や社会に迷惑をかけてまで生きていたくない」「100歳まで生きたいと思わない」といった声も少なくありません。そんな現代日本において、株式会社AgeWellJapanは、挑戦と発見を通じてポジティブに歳を重ねる「Age-Well(エイジウェル)」という旗印を掲げ、誰もがいくつになっても明日を楽しみに思える社会を目指しています。
同社代表取締役CEOの赤木円香さんは、自身の祖母の言葉をきっかけに、シニア世代が抱える課題と社会に潜む「エイジズム(年齢差別)」に強い問題意識を抱き、起業を決意しました。シニアの身体的なサポートにとどまらず、一人ひとりの「生きがい」や「挑戦」に寄り添い、ポジティブな人生設計を伴走する「Age-Well Designer(エイジウェルデザイナー)」という新しい職業を創出。シニアと若者世代が交流するコミュニティ運営や、企業とのアライアンスを通じて、「 Age-Well 」な価値観を社会に実装しようとしています。赤木さんが見据える未来、そしてその根底にある熱い思いを伺いました。
赤木円香(あかぎ・まどか)
株式会社AgeWellJapan代表取締役 CEO。1993年、東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。2020年に「Age-Well社会の創造」を掲げ、株式会社MIHARU(現株式会社AgeWellJapan)を創業。シニア世代のウェルビーイングを実現する孫世代の相棒サービス「もっとメイト」や多世代コミュニティスペース「モットバ!」を運営。法人や自治体向けに、シニアDXやシニアWell-being事業の企画・運営を支援。超高齢社会のAge-Wellをテーマにしたカンファレンスイベントを主催。2023年にAge-Wellな生き方をデザインする研究所「Age-Well Design Lab」を設立。IMPACT STARTUP SUMMIT 2024」のピッチコンテストにて大賞を含む4冠受賞。Forbes JAPAN「世界を救う希望NEXT100」選出。メディア出演も多数。
「ごめんなさい」と謝る祖母を見て生まれた憤り
── 赤木さんがこの事業に取り組むことになったきっかけは何だったのでしょうか?
17歳の時、たまたま読んだ本がきっかけで、社会起業家という生き方に憧れました。バングラデシュでバッグや小物などを生産する「マザーハウス」の創業者・山口絵理子さんの本で、「ボランティアは魚を与えること、ソーシャルビジネスは魚の釣り方を教えること」といったような言葉に出会い、強く惹かれたんです。単なるビジネスでも、単なるボランティアでもない、社会課題を解決しながら持続可能な仕組みを作る、そういう生き方がしたいと思いました。親が経営者だったこともあり、ビジネスへの関心はありましたが、同時に手話や点字を学ぶなどボランティア活動もしていました。ビジネスと社会のためになること、その両方を満たすのがソーシャルビジネスだと感じたんです。
ただ、大学で起業について学んだものの「人生をかけられるミッション」が見つからず、卒業後は一度大手食品メーカーに就職しました。転機が訪れたのは、いつもアクティブだった祖母が、86歳で骨折をした時です。家にこもりがちになった祖母が「迷惑ばかりかけて、ごめんなさいね」と繰り返す姿を見て、強い衝撃と憤りを感じました。なんで、家族や社会のために頑張ってきた世代が、人生の最後にこんなに肩身の狭い思いをして、謝りながら生きなきゃいけないんだと。その時、祖母のためなら、この問題になら人生をかけられると確信し、起業を決意しました。本当に雷に打たれたような感覚でしたね。ずっと「人生をかけられる旗」を探してアンテナを立てていたからこそ、その雷が落ちたのだと思います。

── その時の「社会への憤り」が、現在のビジネスの原動力になっているのですね。
はい。「ごめんなさい」が口癖になってしまった祖母を見て、本当に悔しかった。何も悪くないのに、なぜ謝らなければいけないのか。
男性の場合、歳を重ねると怒りっぽくなって「頑固親父」といわれることもあります。ですが、何にでも怒鳴り散らす態度の根底には、実は悲しみや寂しさが潜んでいるのではないかと。謝るのも、怒るのも、アウトプットの形が違うだけで、どちらも根っこにある感情は同じ。そうした感情を抱かせてしまうのは、本人のせいではなく、社会の在り方に課題があると感じます。

「Age-Well」を社会の当たり前に
── AgeWellJapanの取り組みを教えてください。
AgeWellJapan は、シニア世代のウェルビーイングを実現することをミッションにした会社です。「挑戦と発見を通じてポジティブに歳を重ねる」という「Age-Well(エイジウェル)」の概念を提唱し、いくつになっても明日を生きることが楽しみに思えるような社会づくりを目指しています。
2020 年に会社を立ち上げた後、私たちはこの5年間で、約10万人ものシニアの方々とお会いし、対話やインタビューを重ねてきました。その中で痛感したのは、「認知症になるのが怖い」「介護で周囲に迷惑をかけてまで生きていたくない」といった不安を抱えている方が非常に多いという現実です。ある保険会社の調査では、100歳まで生きたいと答えた方はわずか21%だったそうです。医療や介護の進歩で長生きは可能になったけれど、心から長生きを望む人は少ない。これが、世界一の高齢社会である日本の、本質的な課題だと捉えています。
だからこそ、日本が先陣を切って、新しい高齢期の生き方を提唱し、グローバルな価値観のスタンダードを作っていく必要がある。私たちは、社会問題をビジネスで解決するインパクトスタートアップとして、この課題に取り組んでいます。

── 具体的にはどのような事業を展開されているのでしょうか。
大きく分けて、個人向けと法人向けのサービスがあります。その両方に共通するのが、「 Age-Well Designer 」という存在です。彼らは介護士や看護師のような身体的サポートでなく、シニアの方々がこれから先の人生をポジティブにデザインしていくことをお手伝いする、新しい形のサポーターです。
個人向けには、 Age-Well Designer がシニアのご自宅を訪問するサービスを行っています。例えば、スマートフォンの個別レクチャーやお出かけのお供、話したいテーマでのディスカッションなど、シニアの方々の要望に合わせたサポートをしています。また、自治体や企業と連携したコミュニティスペースの運営を通して、シニアの生きがいづくりを支援するサービスも提供しています。
これらの活動を通じて得られた、累計9,000時間を超えるシニアの方々との対話は、全て記録・ AI 解析し、シニアのインサイトを深く理解するためのデータとして蓄積しています。ここから得たシニアへの深い理解と、シニアに伴走する Age-Well Designer という独自の強みを活かして、企業向けの事業も展開しています。例えば、鉄道会社と「Age-Well ツアー」を企画したり、商業施設運営会社とともにシニアが楽しめる新しい店舗づくりに挑戦したりと、様々な企業と協業し、シニア向けの新しい価値創造を目指しています。

── Age-Well Designerはどのような方が担っているのですか。
AgeWellJapan に所属する Age-Well Designer は、Z世代と呼ばれる若者を中心に累計で150名ほどおり、その約8割が大学生です。彼らがこの活動を始める理由は、人の役に立ちたいという利他的な精神が大きいですね。「ありがとう」と言われることに働きがいを感じる傾向が強いんです。もちろん、プロとして活動してもらうので、しっかりとお給料もお支払いしています。
また、彼らが続ける理由としては、私たちが費用を負担して提供する研修を通じて、傾聴対話力や顧客理解力といったコミュニケーション能力が磨かれ、自己研鑽の機会になること。そして何より、訪問先でシニアの方から「あなたが生きがいなのよ」と日々感謝されることで、彼ら自身の自己肯定感が高まり、ポジティブになっていく。シニアだけでなく、関わるZ世代にとっても Age-Well な体験になっていると感じています。

── 企業研修も行っているとのことですが。
はい、銀行の新入社員研修や、携帯電話キャリアの店舗スタッフ研修、介護施設などにも、 Age-Well Designer の研修プログラムと資格認定を提供しています。そこで資格を取得した方は、すでに1000人を超えました。
私たちの目標は、2030年までに Age-Well Designer を3.5万人に増やすことです。 Age-Well Designer が増えれば、それだけ多くのシニアと接点を持つことができます。将来的には、コンビニなど街の至る所に Age-Well Designer が常駐し、気軽にシニアに働きかけができる状態を作りたい。彼らの数を増やすこと、そして彼らが活躍できる拠点を増やすことが、私たちの重要な目標です。
── コミュニティスペースも各地に展開されていますね。地方では、どのような反応がありますか。
現在は神奈川の二俣川の他に、東京の稲城市や千葉の柏の葉でも準備を進めています。また、広島や名古屋といった地方都市でも展開を進めているところです。正直、もっと早く地方に着目すべきだったと感じています。東京で生まれ育ったこともあり、当初は一都三県中心でしたが、地方を回る中で、シニアの孤独や世代間交流、共生社会、過疎化といった課題に対して、私たちの取り組みが非常に強く求められていることを実感しました。地方の自治体はもちろん、地元の未来を真剣に考える銀行や電鉄といった地域に根づいている企業との連携も進んでいます。彼らの持つ店舗や遊休地を活用したコミュニティづくりは、大きな可能性を秘めていると感じています。

「終活」ではなく「Age-Wel」な人生設計を
── 「Age-Well Designer」という言葉に込めた思いを教えてください。「サポーター」ではなく「デザイナー」である理由は?
サポーターというと、個人的には、できないことをできるようにするマイナスからゼロへという印象があります。もちろんそれも大きな意義がある一方で、最低限の生活を送れることが、「今日一日幸せだった」と言える生活を送れることと、必ずしもイコールとは限らないと思います。
そうした意味でAge-Well Designerの役割は、ゼロからプラスへ、つまりメンタル面へのアプローチです。「会いたい人に会えた」「新しいことを知れた」「褒められた」「ありがとうと言われた」。そういった、自分が存在していていいんだという実感、ポジティブな感情を育むお手伝いをすること。人生100年時代を見据えて、これから何をしたいか、どんなことに挑戦したいかを一緒に考え、デザインしていく伴走者です。
これは、終活とは全く逆の発想です。終活は、「死ぬから」「病気になるから」「怪我したくないから」という不安を起点に「じゃあ今何をすべきか」を考えることが多い。私たちは「今、毎年富士山に登っている人が、20年後も高尾山には登れたらいいね。そのために今から歩きましょう、こうした食生活をしましょう」というように、ポジティブな目標から逆算して今を考える。シニアを一人の人間としてリスペクトし、その人らしく人生をデザインすることを応援する。それが Age-Well Designer の仕事です。

── Age-Well Designを体現している具体的なエピソードがあれば教えてください。
例えば、孤独死を身近に感じていた方が、デザイナーとの対話を通して、自分には努力を続ける才能があると気づき、70代のうちにイギリス留学に行くという夢を見つけ、英語の勉強を始めたケース。あるいは、普段は喫茶店にしか行かなかった88歳の方が、「実はマックシェイクが飲んでみたかった」とデザイナーに打ち明け、一緒にマクドナルドへ行き、ハイチェアに座れた喜びを噛み締めた話。その方は、その経験をきっかけに「何でもできる気がする!」と、人生で初めて一人でケンタッキーにも行ったそうです。杖をつきながらフライドチキンとドリンクをこぼさないように持ち帰る大変さも、楽しい発見だったと。さらに、それまで邪魔だと感じていたフードデリバリー配達員の方を見て「こぼさず運べてすごいわ」と視点が変わった。後日、フードデリバリーでタピオカジュースを注文し、15分で届いた時には、人生で初めて回転寿司を見た時と同じくらいの衝撃を受けたと語っていました。90歳を前にして、新たな驚きやときめきを感じられる。そして、それが地域コミュニティでの自慢話にもなる。こうした小さな挑戦と発見の積み重ねが、生きがいやウェルビーイングに繋がっていくのだと信じています。

── そうしたポジティブな変化を阻む、社会的な要因は何だと考えていますか?
根本にあるのはエイジズム、つまり年齢に対する差別や偏見、固定観念だと思います。これは世界においても、人種差別や性差別と並ぶ三大差別の一つともいわれていますが、あまり認識されていません。80歳だから耳が聞こえないだろうと大声で話しかける、70歳だからピンクの服はみっともない、といった無意識の決めつけが蔓延しています。「もう年なんだから」「年相応に」という考え方もエイジズムです。
こうしたエイジズムは、シニアの自己肯定感を低下させ、自分には社会的価値がないと感じさせてしまう。定年退職が社会からの卒業のように扱われ、孤立感を深める。その結果、人に迷惑をかけてまで生きていても仕方がないという考えに至ってしまうのです。
だから私たちは、エイジズムのない社会こそが Age-Well な社会だと考えています。これは健康状態とは関係なく、価値観や文化の問題です。シニア事業というと、すぐに介護や医療と結びつけられがちですが、私たちはそうではない。たとえ寝たきりであっても「肉まんが食べたい」「あの人に会いたい」と思える、その人らしい尊厳が保たれることが大切だと考えています。健康状態という軸だけでシニアを捉えるのではなく、一人ひとりの Age-Well を追求したいのです。
日本発の「Age-Well」を世界のスタンダードへ
── エイジズムをなくし、Age-Wellな社会を実現するために、今後どのようなことにチャレンジしていきたいですか?
エイジズムをなくすには、価値観を変える必要があり、それには制度と文化の両面からのアプローチが不可欠です。例えば、画一的な定年退職制度は見直すべきですし、何十年も変わっていない介護保険制度も時代に合わせてアップデートが必要です。
文化の面では、例えば還暦に赤いちゃんちゃんこを着て祝う慣習。これは、本当に今の時代にフィットする慣習でしょうか。昔と比べて今の60歳は見た目もまだまだ若い。シニアのイメージが大きく変化しているのに、それに紐づく文化や制度が追いついていない気がしていて。こうしたギャップを埋めていく必要があります。
私たちは、サービス提供や事業共創を通じて、この価値観・制度・文化の変革を後押ししていきたい。例えば、結婚式場と連携して、平日にシニア向けの金婚式を行い、家族の前で、これからの30年でこんな挑戦をしますと宣言してもらうような企画も考えています。そうやって、子どもや孫世代が「おじいちゃん、おばあちゃん、かっこいいね!」と思えるような文化を創りたい。「イケばあ」なんて言葉が生まれるような、ポジティブな世代間関係を築いていきたいですね。

── 最後に、赤木さんが思い描く「豊かな未来」とはどのようなものでしょうか?
究極の目標は、3650万人 ほどいる日本のシニアの誰もが、「明日起きるのが楽しみだ」と思える社会を実現することです。そして、日本での成功モデルを確立し、これから高齢化が進む世界中の国々にとってのロールモデルとなることです。
その未来を実現するためには、 Age-Well Designer のような、人生経験豊かなシニアに伴走する仕事が、社会からリスペクトされ、若者が誇りを持って就ける職業になっている必要があると考えています。
よく年金問題などで、若者が高齢者を支える負担ばかりが強調され、シニアが「お荷物」のように扱われる風潮がありますが、それは違う。シニアは、決して社会のお荷物などではなく、新しい価値や希望を生み出す存在であり、意欲のある方は貴重な労働力にもなり得ます。シニアが、年齢に関係なく、その人らしく輝き続けられる。そんな「 Age-Well 」な世界観を、日本から創り上げていきたいです。

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取材・編集木村和歌菜
撮影西田優太