米高騰の中、「時給10円」を訴える米農家、1000万円以上の所得の事業者も。収益の差はどこに #生活危機

2025年、米の価格は前年比2倍以上になり、高騰は収まりを見せない。一方で、高騰による恩恵はほとんどなく、厳しい経営状況を訴える農家は少なくない。3月末には「時給10円」の改善を訴えたデモもあった。そこで、米農家を取りまく状況を調べてみると、規模によって収入に大きな差があることがわかった。一方、山形県では昨今若い新規就農者が増えてもいる。米農家はどうなっていくのか。山形県の米農家を中心に取材した。(文・写真:科学ライター・荒舩良孝/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
青山をトラクターで行進「令和の百姓一揆」
桜の満開が発表された3月末、東京都心の青山から代々木公園までの道路にトラクターが姿を現した。その数、約30台。街ゆく人々も、ふだん街中で目にすることのないトラクターを珍しそうに眺めていた。
トラクターには「未来の子どもたちにも国産の食を味わってもらうために」「すべての農民に所得補償を」といったのぼりが掲げられていた。デモ行進「令和の百姓一揆」だ。
埼玉、千葉、茨城、福島、新潟など、各地からやってきた農家や賛同した人など、3000人以上が列をなして歩き、道行く人々に訴えかけた。新潟県・佐渡から来た60代の米農家は「危機感を持ったたくさんの人たちと一緒に歩けてよかった」と晴れやかな表情で語った。
主催者である「令和の百姓一揆実行委員会」の発表によると、この日は、東京の他、沖縄、山口、富山、奈良など、全国10カ所以上で同様のデモや集会が行われたという。
「ここから始まる。これが終わりじゃない」

実行委員会代表の菅野芳秀さん(75)はそう話す。菅野さんは山形県長井市で5ヘクタールの田んぼで米をつくり、1000羽のニワトリを飼う農家だ。今回、菅野さんたちが「令和の百姓一揆」を企画したのは、「このままでは日本の農業がつぶれる」という危機感からだったという。
「米農家は時給10円。農家をやめろ、農地から出ていけと言われているようなものです」
「時給10円」とは、農林水産省が発表した農業経営統計調査がもとになっている。2022年の米農家(水田作経営)の年間平均農業所得は1万円。これを労働時間1003時間で割ると時給が約10円となる。この数字はインパクトが大きく、国会の質疑でも取り上げられた。
一方、昨夏から主食用米の小売価格は跳ね上がり、現在は前年の2倍以上になっている。この高騰の中、米の生産者の収益はどうなっているのだろうか。
減少する農家と「時給10円」問題

「農民が田んぼに苗を植え続けてきたのは、先代までの思いを受け継いできたから。職業としてではなく、生き方として植え続けてきたんですよ」
そう語る菅野さんは、有機農法で米をつくる。春、その始まりは種もみの消毒からだという。一般的に消毒は農薬を使うが、菅野さんは温湯法という60度のお湯に種もみを10分間漬ける方法を用いる。消毒を終えると、苗箱に種もみをまき、ビニールハウスで育てる。

同時に、田んぼに発酵鶏糞肥料と生ゴミ堆肥をまき、一手間かける。その後、耕うん(土起こし)、田んぼへの水入れ、代掻き(水田の土を細かく砕き、ならす)などの作業を経て、苗を植える。菅野さんはこう著書に記している。
<ある程度、機械化はできているが、まだまだ肉体労働の世界。筋肉がきしみ、腰が痛くなる作業だ>(『生きるための農業 地域をつくる農業』)
「都会の人たちは食べものがあって当たり前だと思うかもしれない。けれど、食料生産の現場である農村は崩壊しつつあります。今、しっかりと対応しておかないと、たいへんなことになるのが目に見えています」
菅野さんは大学卒業後、26歳で父親から引き継ぎ、米農家となった。化学肥料や農薬を使えば、効率化できるが、「食の安全と環境を大切にしたい」という思いから手間がかかる有機農法に取り組み、堆肥などの肥料も自分でつくっている。

だが、周囲の農家は年々減っている。菅野さんの集落では37軒あった米農家が、この20年で9軒まで減少した。2006年に2ヘクタールだった菅野さんの田んぼは、現在は5ヘクタールに増えた。
「『俺はもうできないから頼むよ』と言われて、引き受けた田んぼがあります。規模拡大には積極的ではないんですが、責任感もあり引き受けました」
米農家の減少は全国的なものだ。2024年3月発表の「米の消費及び生産の近年の動向について」(農水省)によると、米農家の個人経営体は2005年が140万2318経営体だったのに対し、2020年は69万8543経営体と、15年間で半分以下に減った。稲作単一経営農家の平均年齢は71.1歳(2020年)と高齢化も進んでいる。
2023年の農業経営統計調査によると、水田作経営の農業粗収益は約404万円。ここから人件費、肥料代など諸経費を引いた所得は9万7000円。「時給10円」と表現するまでもなく、厳しい金額だ。
ただ、そこには見えにくい実情もある。規模の小さな個人経営の農家は、多くが兼業だ。農業だけでは赤字だが、他の収入源でその穴埋めをしている。また、販売による収益を目的とせず、自分たちの食べる米を手に入れることを目的としている農家もいる。
そもそも米は耕作面積の規模が収益に大きく影響する農作物だ。そこで近年では法人が規模拡大に乗り出している。
赤字で高齢者の多い小規模農家
近年、米を生産する農業法人は大幅に増えている。2005年に3443経営体だった法人は2020年には1万2013経営体と3倍以上だ。その狙いは規模の拡大だ。
個人の農業従事者数は76%(64万8617人)が作付面積2ヘクタール未満の小規模農家で、15ヘクタール以上の大規模な作付面積の農業従事者はわずか1.8%(1万5734人)しかいない。一方、法人では15ヘクタール以上が52%(2万8135人)を占める。
米農家の所得を作付面積で比較すると、0.5ヘクタール未満の場合、11万7000円の赤字なのに対し、15ヘクタールを超えると所得は500万円を超え、50ヘクタール以上の大規模経営体は1471万円という高額所得に達している。
また主に米を作る経営体では、個人での農業従事者は70歳以上が58.9%(32.1万人)と大勢を占めるが、法人での農業就業者は50代以下が44.6%(1.53万人)と若い世代も多い。個人で田んぼを入手して米農家を始めるのは難しいが、法人に入れば米生産は若い世代でも参入しやすい。
大づかみにまとめると、作付面積の規模が小さい個人農家は高齢者が多く、所得が少ない。一方で、法人など作付面積の規模が大きいところは若い人が多く、所得が多い。
規模の差は、農業機械など生産コストの差にも関わっている。50ヘクタール以上の経営体のコストは1俵(60キロ)あたり9040円だが、0.5ヘクタール未満では2万6903円と約3倍の開きがある。
山形県川西町で山形川西産直センターを営み、米の生産、集荷、販売を手がける平田勝越さん(59)は、米は規模によるコストの差が出やすいと説明する。
「稲作は、田植機、稲刈り機など、農業機械の稼働期間が短い。たとえば、稲刈り機は作付面積が小さいと1年間で3日くらいしか使用しない。でも、規模が拡大すれば、稼働日数も増え、コストパフォーマンスはよくなります」
機械化の進展は、個人農家の離農を促す要因にもなる。田植機は新品で50万〜800万円。刈り取りや脱穀などを行うコンバインは新品で500万〜2000万円。導入費の負担は重い。小規模農家では農業機械の故障をきっかけにやめる人も少なくないと平田さんは言う。
「また、ゼロから米農家を始めるのであれば、最低限の機械をそろえるだけで3000万円くらいはかかる。それが新規就農を阻む要素にもなります」
こうした差が米農家の格差につながっている。そもそも米を扱うのは簡単ではない。米は複雑な仕組みの中で取引される農産物だからだ。
山形では1985年以来最多の新規就農者
政府が米の流通を管理する食糧管理法は1995年に廃止された。それに代わる食糧法も2004年に改正され、流通は自由化された。ただ、生産について米は国の政策の影響を受ける。米の需要減少から長く実施されてきた減反政策は2018年に廃止されたが、食料安全保障の観点から都道府県ごとに生産目標が決定されているのだ。
今回の米の価格高騰で供給不足を指摘された農水省は、2025年産米は12万トンの収穫増となる見通しを発表した。収穫を増やせるのは大規模化した農家のほうだろう。
こうした大規模化は若い世代にとって明るい要素でもある。農水省の資料によると、5ヘクタール未満の経営体では40代以下が10%ほどしかいないが、10ヘクタール以上になると20%ほどに増える。安定した収入があれば農業に取り組みたい若者も一定数いる証拠だ。
実際、山形県では変化が出ている。同県では2024年度の調査で、1985年に調査を始めて以来最多の383人の新規就農者を記録した。そのうち、117人が米づくりの仕事に就いているという。山形県農林水産部農業経営・所得向上推進課の後藤克典課長補佐(取材当時)はその理由を語る。
「県内では、水稲農家の規模拡大が進み、雇用で水稲部門に就農する方が増えました。農業を始めたい人たちは、大規模な農家に雇われるほうが働きやすい。収入も安定しますしね」
酒田市の農業法人、与五郎ライスサポートでは、平均年齢29.4歳の若い従業員5人が働いている。報道によれば、耕作放棄された田んぼを借り受け、2024年は約40ヘクタールまで拡大、200トン超出荷しているという。ITを駆使し、効率化にも強みがある。
こうした変化は米農家の姿を変える可能性があると、農業経済学を専門とする宇都宮大学の小川真如助教は指摘する。
「北海道、秋田、新潟など、平地が多く、規模拡大しやすい場所での米の生産量が増える。大規模化で、生産コストが下がり、農家も儲けを出していけるし、米の自給も維持できる。その反面、このままでは山の斜面などにつくられた小さな田んぼは今後担い手がいなくなると思います」
そうなると、日本でよく見られた田んぼのある風景は減っていく。前出の農家、菅野さんもそうした日本の農業の変化に懸念を示す。
「平地で近代的な機械を使った工業的農業生産は可能かもしれませんが、圧倒的多数の中山間地ではそれはできません。家族農家が隅々まで植えてきた田んぼはなくなりつつあります。これで国民の米需要に応えられるとは思わない」
経済的な合理性を考えると、米づくりは大規模化するほうが利益を得やすく、持続的に思える。だが、それだけの理由で小規模農家をなくしてよいのだろうか。小規模な農家は長年、日本の食料を支えるだけでなく、国土の保全などの役割も担ってきた。小規模農家をなくしてしまった先に、日本の繁栄はあるのだろうか。日本の農業の方向性が問われている。
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荒舩良孝(あらふね・よしたか)
1973年、埼玉県生まれ。科学ライター/ジャーナリスト。おもな著書に『ぴかりか 月に移住!? 宇宙開発物語』『生き物がいるかもしれない星の図鑑』『重力波発見の物語』など。
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