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女性はいつまでトイレに並ばなければいけないのか。空間設計から読み解く、都市のインクルーシブ・デザイン

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劇場、空港、ショッピングモール、あるいは音楽フェス。外出先でトイレに向かうとき、私たちは見慣れた光景を目にする。男性たちはスムーズに出入りしているのに、女性トイレの前には長蛇の列ができているという風景だ。

これまでしばしば、「女性は化粧直しをするから」など、利用者側の行動に原因があると説明されることがあった。しかし、本当にそうだろうか。問題の本質は利用者の行動ではなく、空間の「設計」そのものにあるのではないか。

「デフォルトの身体」

アイルランドの公共放送RTEに掲載された、シェフィールド・ハラム大学のベレン・マルティネス氏の分析は、この問題に鋭いメスを入れている(※1)。

ほとんどの公共施設において、トイレのスペースは「床面積」によって男女平等に分割されている。一見すると公平に思えるが、マルティネス氏は「面積の平等は、アクセスの平等を意味しない」と指摘する。なぜなら、男性用トイレには省スペースで素早く利用できる「小便器」が設置できるため、同じ面積でも男性用の方が圧倒的に多くの便器を確保できるからだ。

さらに、時間の問題もある。女性は座って用を足す必要があり、生理や妊娠、あるいは尿路感染症などの健康上の理由から、男性よりも時間がかかることが多い。

しかし、多くの公共トイレの設計基準は、立って素早く用を足せる「デフォルトの男性の身体」を標準として作られている。空間が男性の身体とルーティンを中心に組織されているにもかかわらず、遅延が発生すると「女性は時間がかかりすぎる」と個人の行動に責任が転嫁されてしまうのだ。

トイレの格差は、経済と健康の格差である

多くの女性にとって、トイレの行列は「日常のちょっとしたイライラ」として処理されがちだ。しかし、マルティネス氏がスペインの女性タクシードライバーを対象に行った調査(※2)は、これが単なる不便さにとどまらないことを明らかにしている。

彼女たちにとって、仕事中にトイレを探すことは「死活問題」だ。男性の同僚が数分で用を済ませて仕事に戻る一方で、女性ドライバーはトイレの場所を計算してルートを組み、長い列に並ばなければならない。これはそのまま「稼げない時間」、つまり経済的損失に直結する。

また、トイレに行く回数を減らすために水分摂取を控えたり、長時間我慢したりすることで、膀胱炎などの健康被害を訴える女性ドライバーも多かった。特に生理中は、この問題がさらに深刻化する。

男性であれば、公衆トイレがない場所でも道路脇などで用を足すことが(解剖学的にも、社会的にも)比較的容易に許容されてしまう側面があるだろう。マルティネス氏の「女性のプライバシーは慎重に設計されているが、彼女たちの『時間』は設計されていない」という言葉は、都市インフラが誰を優遇しているかを端的に表している。

日本の「快適すぎるトイレ」と、ジェンダーニュートラルの落とし穴

ひるがえって、日本の現状はどうだろうか。行政書士の百瀬まなみ氏の調査(※3)によれば、国内1,261カ所の公共トイレのうち、女性用便器の数の方が多い施設はわずか7.1%にとどまり、全体では「女性1に対して男性1.69」という圧倒的な便器数の格差が存在している。

さらに日本特有の問題として、「トイレの快適さ」が挙げられる。読売新聞のコラムでドイツ出身のコラムニストサンドラ・ヘフェリン氏が指摘するように、ドイツの公衆トイレは有料で居心地が悪いため回転率が高い。一方、日本のトイレは清潔で、温水洗浄便座や「音姫」が完備されている。この快適さゆえに、個室がスマホを見たり休憩したりする「第三の空間」と化し、本来の目的である回転率を下げてしまっているという皮肉な現実もある(※4)。

では、男女の区別をなくす「ジェンダーニュートラルトイレ」にすれば解決するのだろうか。キャロライン・クリアド=ペレス氏の著書『存在しない女たち:男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』には、英BBCの女性ジャーナリストが体験した失敗例が記されている。ロンドンの文化施設でジェンダーニュートラルトイレが導入された際、小便器と個室が混在して設置された結果、女性は小便器を使えないため待ち時間は変わらず、あろうことかサニタリーボックスの多くが撤去されていたという。

ジェンダーニュートラルトイレの標識|Image via Shutterstock
ジェンダーニュートラルトイレの標識|Image via Shutterstock

「誰にでも使いやすい」を謳うデザインも、利用者の実際の身体的ニーズ(生理など)を無視すれば、結果的に「強者(マジョリティ)にさらに使いやすい」空間へと変質してしまうのだ。

「個室が必要な身体」は女性だけではない

長らく放置されてきたこの問題だが、日本でもようやく変化の兆しが見え始めている。2026年3月、国土交通省は「利用者数が男女でほぼ同じならば、女性用トイレの便器の数は男性以上とする」という初の指針案を取りまとめた(※5)。ようやく面積の平等から実質的なアクセスの平等へと舵が切られた形だ。

そして興味深いことに、この課題は女性に限らず、加齢や健康状態の変化などを通じて、より多くの人に関わる問題として顕在化しつつある。近年、たとえばクラシックコンサートの会場などでは「男性用トイレの個室」に長蛇の列ができる現象が起きているそうだ。観客の高齢化に伴い、尿漏れパッドの交換などで個室を必要とする男性が増加しているためだ。

この事実は、極めて重要な示唆を与えてくれる。「健康で、立って素早く排泄できるデフォルトの身体」など、実はどこにも存在しないのだ。病気、加齢、育児、あるいは障害など、誰もがいつかその「標準」から外れるときが来る。男性もまた、自身の身体の変化によって初めて「個室が足りないことの不便さ」に直面しているのである。

トイレの行列は、「空間が誰のために作られているか」を示す、強力な指標だ。女性トイレの行列解消は、決して女性への優遇措置ではない。それは、多様な身体が都市を対等に生きるための、インクルーシブ・デザインの第一歩なのである。

Megumi

Megumi

Megumi。京都生まれ、東京育ち。大学院では都市社会学を学び、シンガポールを対象としたフィールドワークを通じて、大都市における人々の暮らしと都市の緑との関係を探究。現在はロンドンを拠点に、イギリスをはじめとする欧州のサーキュラーエコノミーに関する情報発信、レポート執筆、講演などを行っている。関心テーマは、まちづくり、ジェンダー、新しい経済や働き方。認定ファシリティマネージャー、CSRリーダー。(この人が書いた記事の一覧)

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