シラカバがなくなるとアイスが食べられなくなる? 国内唯一の''木のヘラ''工場から考えるシラカバと人の未来

暑い時はもちろんのこと、寒い日も一年を通して食べられるアイスクリーム。そのアイスに欠かせないのが「木のヘラ」です。コンビニなどでアイスを購入すると付いてくるため、誰もが一度は見たことがあるのではないでしょうか。
アイスを食べ終われば、お役御免の木のヘラ。そのため、このヘラが実は国内ではたった一つの工場で作られていることはあまり知られていません。

人口は約4000人(2024年11月末時点)で、総面積の約86%が森林という北海道津別町。その中心部から車で20分ほど離れたところにある相富木材加工株式会社(以下、相富木材)。
この小さな町工場では地域で自生しているシラカバを使い、昭和19年から木製のスティックスプーンからマドラー、バターナイフ、フォークや医療用のヘラまでを製造。私たちがアイスを食べる時に使う木のヘラも、ここで作られているのです。


その素材となるシラカバは冷涼な気候を好む樹木。主に北海道や長野県の高地などで多く自生しています。また、北欧のフィンランドでは国樹としても有名で、真っ白な幹が高原を明るく爽やかな印象にしてくれることから「高原の白い貴公子」とも呼ばれているんです。
しかし、木のヘラなどの原材料となるシラカバは近年の気候変動に伴う環境や、需要と供給のバランスの変化などが重なり確保が難しくなっているといいます。それでもシラカバにこだわる理由と素材としてのシラカバの魅力について、相富木材5代目社長の土田京一さんに伺いました。

土田京一さん
津別町出身。相富木材加工株式会社・代表取締役社長。趣味は体を動かすことで、モットーは「丁寧に生きること」
日本でたった一つの木のヘラ製造工場
── 相富木材ではどうしてシラカバを利用するようになったのでしょうか?
土田
創業当時はほとんど誰もシラカバを利用していなかったため、素材として安く手に入ったのが大きな理由です。あとはシラカバの色と、におい。口に入れるものを製造する上でシラカバの白は抵抗なく利用できる色で、においも強くありません。それから適度に硬く、加工したときの表面の滑らかさが良い。いろいろな樹種を試した中で、シラカバが一番滑らかなんです。

── シラカバが他の樹種に比べて加工しやすいということでしょうか?
土田
いえ、一概にそうとは言えません。針葉樹に比べて広葉樹のシラカバは硬く、一度煮て柔らかくする必要があります。北海道だと冬はマイナス20度くらいに冷え込むこともありますから、煮込んで釜からあげて、すぐ加工を始めないと冷えて硬くなってしまうんです。
柔らかくしたシラカバを大根のかつらむきのように樹皮を剥いていきますが、木の表面は平らではないため、刃の角度や力加減の微調整が大切です。製品の表面の滑らかさは刃の研ぎ方で決まるんですよ。

── 加工に手間がかかる上、もともとあまり活用されていなかった樹種なんですね。
土田
そうですね。でも最近は、合板の原材料になったり、牛の飼料にも使われたりし始めたので手に入りづらくなっているんです。そのため、シラカバと同じくらい流通量が確保できるハンノキとシナの木という別の広葉樹も試してみましたが、シナの木はシラカバより白くてきれいなので値段が少し高く、加工しづらい。
その上、他の企業さんも同じようにハンノキやシナの木を集め始めているので、どちらにしろ必要量の確保が大変なのが現状です。また、シラカバを搬出して工場まで運ぶトラックの運転手さんも不足していますね。

── どうしてここまでシラカバの需要が高まっているのでしょうか?
土田
一つは国産材への信頼です。特に私たちが作っているものは、食事や医療現場で使われるため衛生的であるかがとても大切です。そういう視点で、外国産より国産材を選びたいという方が増えているのかなと感じます。
また、何か不備が起きた時に、産地へすぐ問い合わせたり対応できたりするのも国産の利点だと思います。

── 土田社長が感じるシラカバの魅力を教えてください。
土田
先ほどお話した用材としての素晴らしさはもちろん、見ていて気持ちがいい木なことですかね。日当たりが良いところで育つのが「陽樹」、日当たりが悪くても育つ木を「陰樹」と呼びますが、シラカバは陽樹。陽が差すところに立っている姿を見ると、自然と気持ちが明るくなるんですよ。

── 今後、相富木材で挑戦してみたいことがあれば教えてください。
土田
何をやっている会社なのか、町内の方でも知らない方もいたほど、うちは町の外れにある工場です。ですが、2024年に地元のニュースで取り上げていただいたことで、仕事の問い合わせが増えてきました。
最近は先代社長が導入したレーザーを使って事業のPRグッズ商品もつくっています。この技術を使って、もっといろんな用途に使われるように製品開発をしていきたいですね。
創業当時は10社ほどあった競合他社は外国産の安い木のヘラに押され、現在残っているのは日本で我々だけ。国内で唯一木のヘラを製造している工場として、今後も多くのことにチャレンジし続けたいです。

使い道が少なかったシラカバの需要が増えている理由とは?
土田社長のお話にも出てきたように、長らく活用法が見出されていなかったシラカバ。新たな素材として注目され始めているのには、国産材への安心感の他にも何か理由があるのでしょうか?
記事後半では、北海道でシラカバの利用促進と生態系の維持を研究する吉田俊也教授のお話から、シラカバと人との関わりを紐解いていきます。

吉田俊也
新潟大学大学院農学研究科卒業。北海道大学北方生物圏フィールド科学センター教授。1999年より北海道大学で研究を始め、現職。研究テーマは「生態系の保全を考慮した森林施業方法に関する研究」を中心に、森林管理や生物多様性保全など。
── 四国や九州の人にとってあまり馴染みのないシラカバですが、どんな特徴を持つ樹木なのでしょうか?
吉田
シラカバはカバノキ科カバノキ属の落葉樹です。見た目が特徴的で、例えば桜は花が咲いていたら誰でも「桜の木」だと分かりますが、葉だけだと認識がむずかしい。でもシラカバは樹皮が白いため、多くの人が「これはシラカバだ!」と気づくことができる。そういった意味では「日本で一番有名な木」と言えるのではないでしょうか。

吉田
一方で、最近まで用材としては長らく注目されていませんでした。というのも、他の広葉樹と比べてシラカバの寿命は短く、太くなりづらい。また、他の広葉樹と比べると材が少し柔らかく、スギやヒノキ、北海道ではトドマツやカラマツといった針葉樹のようにまっすぐ育たないことも、使い道を少なくしていました。
そのため今までは伐り出しても大半はパルプやチップにしか使用されませんでした。
── 吉田教授は長年シラカバを研究されていますが、シラカバに焦点を当てられたのはなぜですか?
吉田
北海道に来てから、「人工林で木を植えるのではなく、自然に種が飛んで生えてくる木々によって、どのように林をつくっていくのか?」という視点で造林学を研究していました。その時に「シラカバが最も育てやすい樹種」だと気づいたんです。
当初は利用目的が少ないので、シラカバ以外の樹種が生える方法を調査していましたが、研究を進めていくうちにシラカバの育成に関する知見も増えていったんです。
そんな経緯の中で、2015年以降に自治体や企業から「技術開発などによってシラカバをもっと活用できないか?」という相談をいただくようになりました。

吉田
そこで2017年から林業の現場から森林と生活者を結びつけ、シラカバ資源の無駄のない活用を目指す一般社団法人「白樺プロジェクト」に参画し、シラカバを効率よく育てる活用方法について提案するようになりました。

── これまであまり注目されてこなかったシラカバが、近年注目されるようになった背景には何か理由はあるのでしょうか?
吉田
シラカバの持続可能性に価値を見出して、活用したい方が増えてきたのが理由の一つだと思います。例えば家具を作る場合、ミズナラやヤチダモといった広葉樹が主流の素材でした。これらは家具の素材としては申し分ありませんが、一度伐り出して同じ場所にミズナラやヤチダモが再び生えるかというと難しく、育てる技術開発も足りていません。
その一方で、シラカバは他の広葉樹に比べて成長が早く、周辺の笹を刈って地面を少し耕してあげるとすぐ新しい木が生えてきます。つまり、人間が植樹しなくても持続可能に育てられる。
さらに出来上がった家具も、先入観と異なり、他の広葉樹に負けないくらい繊細な木目や色の透明感が素晴らしいまた、樹皮や樹液、葉なども生活に活用できる。そういった点に着目して、シラカバを使用する作り手さんが増えているのではないでしょうか。

── シラカバは素材として独特の魅力だけでなく、再生サイクルが早いのもメリットだったんですね。
吉田
はい。また広葉樹資源の枯渇ももう一つの理由だと思いますね。
針葉樹と違って、育つのに長い時間がかかる広葉樹を人工的に増やすのは、中々コスト面で割に合いません。現在、今の日本の林業の仕組みは針葉樹の人工林が中心になっているため、広葉樹の育成は日本の林業のメインストリームからは外れているのです。
けれど太い広葉樹はほとんど伐り尽くして、資源量が減ってきている。そのため、長年使い道はなかったものの、自然に生えて成長も早いシラカバが注目されるようになったと考えられます。
「たった35年で育つ」のか「35年もかかる」か
── 今後、シラカバの利用が増えることで生まれる新たな問題はありますか?
吉田
一つは「シラカバ花粉症」ですね。北海道ではスギやヒノキによる花粉症は少ないのですが、4月中旬から6月初旬にかけてシラカバ花粉症を発症する人が増えています。
── スギやヒノキの花粉症は、戦後の高度経済成長時に大量に植えられた針葉樹の間伐や消費が間に合わないことが原因の一つ(*1)で、深刻化していると考えられていますが、シラカバ花粉症も人為的に生まれたものなのでしょうか。
吉田
シラカバの場合、間接的に人間の影響で増えたと言えると思います。人が森を開発し、重機などを使って整地したり間伐したりすることで、シラカバが生えやすい環境が増えたと言えます。スギやヒノキは花粉が少ない樹種に置き換えていく技術が開発されていますが、シラカバは植栽しなくても自然に生えてしまうので、有効な対策は立てづらいのが現状です。
ただ、シラカバの利用については、これからシラカバ林ばかりをどんどん増やしていこうとしているわけではなく、今ある資源をうまく使って行こうとする取り組みであることを理解していただければと思います。

── 花粉症以外にも、吉田教授が懸念されていることはありますか?
吉田
シラカバに対する需要が増えてきた結果、供給が間に合わないミスマッチが起きています。先ほどもお伝えしたとおり、高度経済成長時に北海道の天然林は強い伐採の影響を受けました。その影響で現在のミズナラやヤチダモは細い木々が多く、すぐに使える木が少なくなってしまっています。
そういった背景もあり、2017年頃から「シラカバを活用しよう」という動きが活発になってきたのですが、今からシラカバを太く育てるには10年から20年はかかります。長年使い道がほとんどなかったため意図して育てることがなされず、今すぐ採れるのは細いシラカバが多いのです。

── 細いシラカバでは活用方法が限られてしまうんですよね。
吉田
そうなんです。研究者や林業関係者はミズナラやヤチダモは100年単位で成長の見通しを立てますが、シラカバは「わずか35年で育つ」と表現します。けれど用材として使いたい企業や職人さんからすると「35年もかかるのか......」と感じるはず。そうしたタイムラグが需要と供給のアンバランスを引き起こしていると言えます。
ちなみに、シラカバの植生は気候変動に多少影響を受ける可能性があるんです。まだ研究途中ですが、北方の針葉樹であるトドマツやカラマツが温暖化の影響で減っており、シラカバもその影響を受けるのではないかと言われており、今後の新しい研究テーマになるのではないかと注目されています。
まとめ

林業・林産業の現状と、密接に関わっているシラカバ。私たちの日々のどのような行動が、シラカバに影響をもたらすのかを吉田教授に伺ったところ「シラカバでできた物を作ったり使ったりすることで、他の広葉樹が育つ時間を与えることができます。それが日本の森の持続可能性や豊かさにつながっているのではないでしょうか」とのことでした。
相富木材さんの堅実なものづくりによって、私たちは安心してアイスのスプーンやマドラーを利用することができます。たった一つの木製スプーンにも、ふだんは見えない森と人の関わりが存在します。次回、木製のスプーンやスティックを目にした時は、すぐ使い捨てする前に少しだけシラカバの森に想いを馳せてみてください。
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取材・執筆立花実咲
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撮影大竹駿二
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