ヒートアイランド現象から学ぶ、酷暑をサバイブする知恵

夏といえば、夏祭り、水泳、ひまわり、お盆、かき氷......。思い起こされるキーワードはさまざま、長期休みを取る方も多い時期です。楽しいこともたくさんある夏ですが、ここ数年は熱中症や命に関わる暑さのために、活動が限られてしまうことも。特に都市部は、歩くだけでクラクラしてしまうこともあります。

実は、この暑さの原因には、いろいろな種類があると考えられています。その一つは喫緊の課題でもある気候変動。地球全体の温度が上がり、産業革命以前からの気温上昇を1.5度に抑えなければ、生態系や日常生活に大きな影響があると言われています。

もう一つは、ヒートアイランド現象。この現象は、特に都市部の暑さと深い関わりがあります。

気温が上がるという点では、気候変動の現象の一つのように思えますが、実は同じ暑さでも、これらは違うタイプの暑熱。

気候変動とヒートアイランド現象、このふたつは何が、どう違うのでしょうか。酷暑を乗り切るため、私たちにできることとは? ヒートアイランド現象の研究の第一人者である、一ノ瀬俊明さんにお話を伺います。


一ノ瀬俊明さん

一ノ瀬俊明さん

国立研究開発法人国立環境研究所 シニアリサーチアドミニストレーター、名古屋大学 大学院環境学研究科 都市環境学専攻客員教授、華東師範大学顧問教授。1963年長野県生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了。工学博士。1998年度にフライブルク大学客員研究員として在独。1997年(平成8年度)土木学会論文奨励賞。2014年(平成26年度)環境科学会論文賞。2016年(平成28年度)環境科学会学術賞。

ヒートアイランド現象は悪者?

── 最初に、ヒートアイランド現象とはどんな現象を指すのか、基本的な定義を教えてください。

人為的な熱によって、都市の気温が都市以外の気温よりも高くなる現象をヒートアイランド現象と呼びます。「アイランド」と呼ぶのは、都市で人が集住しているエリアが丸く分布し、気温の高い部分が島のように見えることに由来しています。

ただ最近は、主に夏に発生する都市部の健康被害──例えば熱中症などと関連付けて使われることも多いです。

── 本来の意味と、最近の解釈とでは違いがあるのでしょうか。

「人口の少ない田舎より、人口密集地域の方が気温が高い」という事実は、数値化されたのは近世ですが、古代ローマの人もすでに知っていたような事実です。本来は、都市が高温化する現象のみを差す言葉でしたが、最近は、ヒートアイランド現象=人間にとってよからぬ現象だという意味で使われていると思います。

── なるほど。本来は悪い現象を差すわけではなかったけれど、都市部と田舎の気温差が人間に負荷をかけるものとして認識されるようになっているんですね。ただ、確かに夏の都市部は暑くて、長く外にいられない状況があるのも事実だと思います。それはヒートアイランド現象が原因と言っていいんでしょうか。

暑いエリアを、どの範囲で考えるかにもよります。例えば関東地方全体の気温の変化を分析すると、その原因は気候変動の影響と言えるでしょう。

しかし、渋谷のスクランブル交差点だけの気温の変化を計測・分析する場合は、人為的な影響が大きい可能性もあります。つまり、ヒートアイランド現象によって、渋谷のスクランブル交差点が暑くなっていると言えるかもしれません。

── 人為的な影響というのは、具体的にどんなことでしょうか。

わかりやすいのは「アスファルト」です。アスファルトは太陽の熱を日中に吸収して、夜になると排熱します。そのためアスファルトの敷地面積が多ければ、芝生や土の地面に比べて夜も暑くなり、昼夜問わず全体的に気温は上がります。土地を覆う素材が、ヒートアイランド現象を起こす原因の一つと言えるわけです。

あとは車です。今は燃費のいい自動車がほとんどですが、車が使ったエネルギーは最後に、すべて「熱」になります。例えばブレーキを踏むと、タイヤと道路の間に摩擦熱が発生します。また、排気や車体からも熱が発生している。だから、たくさん車が走っていること自体が、ヒートアイランド現象を誘発しているんですね。

また、エアコンも分かりやすい例の一つです。マンションや住宅のベランダには室外機がついていますよね。その前を通ると、ムワッと暖かい空気が排出されているのが分かります。住宅用のエアコンは、一般的には「空冷式」のものが多いです。この場合、エアコンにおける熱交換過程の結果、室内の空気から冷媒(フロンガスなど)へと奪われた熱が、室外機において空気に戻される、つまり、熱気として放出されているんです。

一方、高層ビルだと水冷式の空調設備を備えているため状況が違います。水冷式の場合、建物内部の熱を蒸気として外部に捨てているため、高層ビルでは、都市に対する加湿器のような働きをしているイメージです。直接、排熱しているわけではないけれど、湿度には影響しているので、汗が乾きにくいとか、ジメジメするという印象が強まると思います。


── なるほど。ヒートアイランド現象において、地球温暖化はどのように関係しているんでしょうか?

地球温暖化とヒートアイランド現象は、まったく無関係ではないけれど、メカニズムは違います。お互いがお互いの原因になっているという認識ですね。

例えば夏のビルの空調は、先ほど説明したように熱を蒸気に変換させています。住宅にある空冷式のエアコン室外機のように熱気を放出していないため、建物周辺の気温は上昇しません。

一方、アパートやマンションの空調は、室内の気温を一定にキープするため、外部から室内へ侵入する熱をそのまま外へ汲み出しています。つまり排出している熱量は、エアコンを稼働させる電気エネルギー由来のもの。室外機の前を通りかかって、生暖かい風を浴びると「これがヒートアイランド現象を引き起こしているのか」という気持ちになりますよね。ただし、室外機から出る熱気自体が気温を上昇させているわけではないんです。

さらに夏は都会や田舎関係なく暑いので、必然的にエアコンを使う時間が長くなる。そうするとエネルギー消費も増えて、結果ヒートアイランド現象も起きるし、温暖化にも影響するということです。

── 都市部は気候変動とヒートアイランド現象の相互作用で、気温が上がっているんですね。

「風の道」からまちづくりを発想せよ

ただ、一概に「大都市だからヒートアイランド現象が起きて、人体に害悪」とも言えないと思います。よくニュースで報道される、気温のきわめて高い都市は、山梨や群馬、埼玉あたりが多くはないですか?

── 確かに、内陸の街の方が名前が上がっている気がします。

現状、全国の最高気温ランキング上位5つのうち、1位の浜松市以外は内陸の市町村か、内陸に入り組んだ市町村となっている(※浜松は海に近い地域だが、大小様々な要素が重なり、最高気温が高くなっている)気象庁HPより

海から離れている上に開発が進んでいる地域は、海からの風が入って来にくいため、自然の環境冷却効果を感じにくいんです。小規模なエリアで見ると、空気は気温の低い方から高い方へ流れます。東京の場合は、日中に地面が温められると東京湾の方から冷たい空気が流れてくるため、そこで都市部の気温上昇は一旦止まります。

ただ、内陸の場合はその空気の流れがありません。東京くらいのスケールの都市が甲府盆地にあったら、夏は気温が下がらなくて地獄だと思いますね......。そういう意味で、大都市だから危なくて、郊外だから安全という意味ではありません。むしろ私は、内陸側の中規模都市の方が夏の暑さには気を付けた方がいいと思います。

── なるほど。盲点でした。

新宿のようにビルの空調が整備されていて、なおかつ地下街が発達していると、日陰も多かったり、逃げ場所があったりするので、真夏に外を歩かずにすみます。むしろ左右をブロック塀で覆われて日陰のない道ばかりだったり、バスしか走っていなかったりするエリアの方が、高齢者や子どもたちにとってリスクが高いと言えるのではないでしょうか。

ただ、気をつけなければいけないのは、人が住む地域の全体感です。建物の構造もどんどん進化していますが、夜に外が涼しい街を目指すのか、昼に気温の上昇を防ぐ街を目指すのかで、建物の仕組みは変わります。

── 例えばどのように変わるのでしょうか。

建物の断熱ひとつとっても、「内断熱」か「外断熱」かで外気温が変わります。内断熱だと熱がコンクリートの中にどんどん入ってきて、建物全体がじんわり温まります。夜になると、建物が溜めた熱が外に出ていくので、夜でも建物の周りの気温がとても下がるというわけではありません。

一方、外断熱だと建物の外壁の薄い層で熱を処理するので、外壁の温度だけがカーッと熱くなります。その代わり、夜に建物のそばを歩いた時の暑さは内断熱の壁より感じにくいと思います。どちらの環境を目指すかというところです。

── 建物の構造を考える上で、地域全体の住みやすさを考慮すべきというということですね。そういう考え方自体、日本の自治体には反映されているのでしょうか?

最近は住宅街区を設計する段階で、ディベロッパーやデザイナーが考慮しているように感じます。また、ドイツ発祥の「風の道」という概念も、住宅街区の開発には重要な視点だと思いますね。



以前、私が訪問したドイツのシュトゥットガルト市は、市街地が丘陵地帯で囲まれていて、すり鉢の底のような地域に人が集まっていました。周りが丘陵だと、昼間は空気が谷から山の斜面を登っていく流れになって、夜は逆になり、自然と空気の循環が起きるんですね。この街に限らず、ドイツでは、その現象を妨げるような建築を作らないようなルールがあります。

日本の場合は大都市が沿岸地帯にあるので、海からの風を遮らないように設計をするのが、日本版の風の道にあたります。 ヨーロッパのやり方は、内陸の長野や甲府に応用できると思います。

── 他にも住宅街区の設計で工夫できることはあるんでしょうか?

街路樹を植えて緑陰を作るとか、 雨が降った後に一時的に土壌に雨水が溜まって、雨が止んだらジワジワと地面から蒸発が起きるような浸透型の舗装をするのもいいですね。本来すごく暑くなりそうな所の気温を抑えるための計画は、立てられる時代になってきています。

あとは、高齢者や子どもたちが日常生活で長い時間、炎天下を歩かなくていい環境を作ること。暑さから逃げられる工夫をすることが重要なんですね。

高齢化が進めば、暑さによるリスクも年々高まります。 そのリスクを想定して、都市の構造や機能の「更新」を考えるべきだと思います。例えば、病院に行くほどでもないけど気になる症状を相談できるような薬局を、あちこちに展開する。ある程度広く、冷房が効いていて、相談できる店員さんもいるドラッグストアのようなイメージですね。そうした場所は、暑い日に外出先で休めるポイントにもなるし、住みやすさの向上にも繋がりますよね。

── 地域医療の視点でもありますね。住宅をどういう建物にして、どういう風に配置するかという計画だけでなく、人の動線や自然の摂理を生かした設計が暮らしやすさにつながると。

ライフスタイルを考慮することも含めて、まちづくりなはず。そういう意味でも、一人一人が健康的な生活を送ることが、めぐりめぐってヒートアイランド現象への適応策につながると思います。今すぐ暑さを下げることはできなくても、まだ取り入れられるセーフティーネット的な取り組みはあるんじゃないでしょうか。

酷暑の夏をサバイブするため、個人ができること

── 今後、ヒートアイランド現象の影響も含めて平均気温は上がり、暮らす環境の変換を余儀なくされる人も増えるかもしれません。そういう意味で、これから日本の人口分布や暮らし方はどう変わると思いますか?

日本全体の人口は減っていきますし、新型コロナウイルスの影響で大都市を避ける動きもありましたね。ただ同時に、都心回帰する動きもある。地方や海外から移住してくる人が増えて学校不足な都内のエリアもあるようです。各地で状況が違うため、さまざまな課題に対応するタイミングを、街を更新し、発展するチャンスとしてうまく活かすべきだと思います。

僕らの世代は、就職や進学のために当たり前に都会へ出ていきましたが、都会のコストは上がり続けています。とはいえ、私の故郷は長野県の山奥ですが人口はどんどん減っていますし、衰退していく地域は少なくないと思います。

一方で、 地方の中小都市に人口や産業が集まって、都会に行かなくても一定の教育の機会や仕事を得ることができれば、独特の発展を遂げる可能性もある。ドイツはまさに、そんなふうにあちこちの街が発展していきました。

── 現時点で都市に住んでる人からしたら、都市が住みやすくなるのがやっぱり理想だと思います。ヒートアイランド現象を抑えたり、住みやすくなるようにしたりするには個人レベルだと何ができるんでしょうか。

健康リスクについては、 自分の行動変容によって対策を打てます。一番小さいスケールでできることだと、服の色に気をつけること。暑い日は白やグレー、黄色を選ぶと体感気温が低いという実験結果があります。


ポロシャツを日向に並べた実験の様子。画像の下半分は、約5分後の表面温度(提供:国立環境研究所 Ichinose, T., Y. Pan, Y. Yoshida (2024): Clothing color effect as a target of the smallest scale climate change adaptation.International Journal of Biometeorology, 68.https://doi.org/10.1007/s00484-024-02726-1

あとはエアコンの効率を上げることも重要です。 古い機種だと燃費が悪いので、適宜バージョンアップが必要です。これは地球温暖化防止のためにできることでもあります。

── なるほど。最近だと、日傘を持ち歩く男性も増えていますね。

そうですね。ただ、日傘も選び方が重要です。もし暑さや紫外線対策で日傘を持つなら、外側が白か銀色で、内側が黒の日傘がいいと思います。


イメージだけで選ぶより、どういう効果があるのかを知った上で使うものを選ぶだけでも、健康リスクの低減に繋がりますね。

我々ヒートアイランド現象を研究してきた学者は、ずっと適応策を考え、提案してきました。だから、気温は上がるという前提で、どう対処するか、対処できる選択肢を増やすかということが重要です。

── その適応策に、ライフスタイルの変容も含まれているということでしょうか?

そういうことです。地球温暖化の防止策についても、個人でできることは限られているし、長い目で見る必要があります。

街区の設計も、お金と意思と、場合によっては法整備などの時間がかかります。だから一人ひとりが今すぐできることは、日傘選びのような、暑熱リスクの回避と適応なんです。気温が上がる時間に出勤しなくてもいい働き方に変えるとか、健康リスクの高いものを食べないなども一つですね。一見、関係ないように見えますが、衣食住を気候変動に対して適応しながら、酷暑の時代を乗り切っていってほしいです。

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