料金の大幅な値上げも? 災害に弱く劣化も進む。どうする日本の水道 #災害に備える
8月8日に発生した宮崎県日向灘を震源とする地震では、宮崎県内で水道管の破損や断水が報告された。翌日の神奈川県西部を震源とする地震でも、一部の地域で断水した。年明けに震災に見舞われた能登では、多くの水道管が破損し断水が長期化している。相次ぐ地震で水道の問題が浮き彫りになったが、水道管の劣化や、進まない耐震化など、日本全土における水道の脆弱性はこれまでも指摘されてきた。しかし水道管の耐震化を進めるにしても、人口減により水道収入も減少しており、多くの自治体で水道料金の値上げが必要とされている。これから日本の水道の安全性をどう担保するのか。現状と、未来へ向けた取り組みを取材した。(取材・文:安藤ショウカ・島田龍男/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
多くの水道管が経年劣化でボロボロに
能登半島地震発生から約半年。能登半島の最北端に位置する石川県珠洲市では上下水道の被害が著しい。半年経った今でも、様々な場所に仮設トイレが設置されている光景が目に留まる(6月末時点)。懸命な復旧作業が行われ、5月31日に断水解消が発表されたが、あくまでも珠洲市と輪島市の早期復旧困難地区の1471戸(6月24日時点)を除いての復旧だ。倒壊した建物や土砂崩れの痕がまだ残っている中、水道の復旧作業まで手が回らず、復旧のめどが立っていない。
2023年7月に珠洲市にコワーキングスペース兼ビジネス交流拠点を開設した伊藤紗恵氏は、水道の完全復旧には「まだまだ時間がかかりそうだ」と話す。
「震災前に私たちが運営していた珠洲市の拠点は取り壊す予定です。町には避難所から戻ってきている人も少しずつ増えていますが、家の中の水道管が切れてしまっているという話をよく聞きます。5月末時点では、近所の方からも配水管が切れているため井戸水を使っているとか、飲食店を再開したいものの水道が直っていないので営業許可が下りないといった話を耳にしました。特に下水の復旧がまだと聞いていて、仮設トイレを設置している場所も多くあります。そもそも、取り壊そうとしている家が多いので、水の復旧だけが問題ではありませんが」
今回の地震では、珠洲市の9割の世帯に水の供給を行う宝立浄水場が被災した。取水管が破断したことに加え、総延長243キロメートルに及ぶパイプの多くの箇所で破損があった。家屋の倒壊や土砂崩れにより寸断された道路の復旧が遅れた影響で、水道管の修繕が進まなかったといわれる。清水浄水場は、土砂崩れの影響でたどり着くのが難しく、6月末時点では復旧していない。また、水道管が復旧した地域でも、家屋内のパイプ破損で実際に水道が使える家庭は半分ほどともいわれる。
また、市民の約半数が公共下水道が整備された地域で暮らしていたが、地震により市内の下水管の94%が被害を受けた。東日本大震災や熊本地震では約30%の被害といわれており、被害の大きさがうかがえる。さらに浄化槽でも亀裂が入るなど、排水処理の問題は大きい。
これは能登半島だけの問題ではない。水ジャーナリストの橋本淳司氏は水道管の劣化や、進まない耐震化による、日本全土における水道の脆弱性を指摘する。
「多くの水道管が経年劣化でボロボロになってきています。法定耐用年数を超えた管路は2021年度時点で22.1%。そして、上水道の漏水・破損は年間2万件以上、下水道の破損に起因する道路陥没は年間2600件も発生している状況です。お金と人手が足りず、対応が進んでいないのです。
また、耐震化も進んでおらず、送水管や配水本管(給水管を分岐しない配水管)といった、水道を支える重要な基幹管路の耐震化状況は2022年度末時点の全国平均で42.3%。地震の揺れに強い耐震管の普及率が低いうえ、土砂災害警戒区域内に位置しながらも土砂災害対策が実施されていない水道施設もまだ多くあります。全国にある水道施設のうち、土砂災害発生時に1日平均給水量以上の給水が確保できない水道施設は2068施設と、全体の10%を占めている(※2019年時点)のです。2024年1月の能登半島地震でも、断水は解消したものの、長期で水道が復旧しないとされている地域も一部あります。その中には、液状化によって到達できなくなっている浄水場なども含まれているのです。自分が住んでいる地域で今は断水していないだけで、いつどこで能登のような状況になってもおかしくない状況にあるといえます」
料金の大幅値上げも? 水道維持管理のコスト
日本の上水道普及率は2022年3月末時点で約98%(簡易水道、専用水道を含む)、下水道普及率は約80%と広範囲でカバーされている。一方で、今回の震災で露呈したように、災害に強いとは言い難い一面もあり、災害に備えて設備を更新するのにも膨大な費用が必要となる。
2024年4月24日に発表された、コンサルティング企業EY Japanと水の安全保障戦略機構の最新の共同研究結果「人口減少時代の水道料金はどうなるのか?(2024版)」によると、2046年度までに水道料金の値上げが必要と推測されるのは、全体の約96%となる1199事業体。また、約4割は今後3年以内(2026年度まで)に値上げが必要と考えられている。
橋本氏「水道料金は、水道設備の維持や施設の運営にかかるコストを、利用者(人口)で割って計算されるので、事業者(主に自治体)によって異なります。つまり、コストの増加と利用者数の減少が料金値上げの主な原因なのです。水道管を新しいものに交換すればそのぶん水道料金も値上げされます。工事のしやすさにもよりますが、目安として、1キロメートルの水道管を直すのに1億〜2億円かかると言われています。さらに、人口減少も相まって、水道料金の値上げは避けられません。水道料金の自治体間格差は、現在の8倍から、20年後には20.4倍になると言われています」
水ジャーナリストに聞く、未来の水インフラ
災害、老朽化、維持費用の高騰。様々な要因から日本の「水のインフラ」は現状を踏まえて再構築すべき段階にきているのかもしれない。では、これからの水インフラはどうあるべきなのだろうか。
橋本氏「日本は水に恵まれていると思われがちですが、実はそうではありません。降水量は世界平均の約2倍ですが、それを人口で割ると世界平均の3分の1程度になってしまいます。ですから、限りある水資源をみんなで使っていくためには、インフラをみんなで支えることが非常に重要なのです」
社会全体で水のインフラを支える。もちろん、そこには水道設備や施設、農地などで働いていなくとも、水の恵みを受けている私たち市民も含まれる。では、どのように水のインフラについて考え、行動すべきか。
橋本氏「2024年1月の能登半島地震で改めて感じたのが、水道のことを意識する時代がやってきたということです。これまで水道について、"無意識"になるような政策がとられてきました。『365日24時間、安全な水が送られてくるので、水道のことは心配しないでくださいね』と。しかし、これからは水道のことを意識して、どういう水インフラを整備すべきか市民自ら声を上げ、選択することが重要な時代になってきていると考えています。
水インフラには、浄水場や下水処理場などの水処理施設と水道管によって成り立つ従来の『大規模集中型』と、集落や集合住宅、家庭ごとに水を処理する『小規模分散型』の仕組みがあります。『大規模集中型』は様々なところにつながっているので、浄水場や水道管など、どこかに不具合が生じると全体に影響を及ぼす可能性があります。
一方で『小規模分散型』は、なにかあっても範囲が限定的で、復旧も比較的早い。その上、様々な手段があります。たとえば、従来の水インフラの原水は、河川水や湧水、地下水ですが、小規模システムでは、雨水や排水を利用する技術もあります。原水だけでなく、浄水方法や配水方法、管理方法など、水を利用できるまでのプロセスごとに、様々な選択肢があり、その組み合わせ次第で、従来の水インフラよりもコストを下げられる可能性もあります。こうした選択肢を知り、ライフスタイルや防災の観点から、自分たちにとって最適な手段や組み合わせを選ぶことも可能なのではないでしょうか」
地域ごとに最適な手段を選ぶことで、水道料金の値上がりを抑制できる可能性もあるということだ。
災害対策だけでなく、水道財政の改善の一手へ。日常給水も期待される小規模分散型水循環システム
大規模な水道インフラに頼らない暮らしを実現する、小規模分散型の仕組みにはどのようなものがあるのか。今回の能登半島地震において活躍した水システムの一つに、WOTA株式会社の水循環型シャワー「WOTA BOX」と水循環型手洗いスタンド「WOSH」がある。排水を再生・循環利用するシステムで、提供した数は合計で300台以上にものぼると同社執行役員の越智浩樹氏は語る。
越智氏「『WOTA BOX』も『WOSH』も、使った水をフィルターや紫外線、塩素などにより安全な水質基準まで処理することで、98%以上の水を再生し、循環利用できるシステムです。
能登半島支援の特徴の一つは、すべての設置場所で自律運用型の仕組みを展開したこと。断水が広域かつ長期化することが予想される中、避難所の利用者に自ら運用していただくことで、各避難所への展開スピードを上げ、持続可能な支援につながると考えました。フィルター交換などのメンテナンスは専門的な能力や知識を必要とせず簡単に行うことができ、設置避難所で生活している中学生が自ら運用に協力してくれるなど、多くの方々の協力を得て支援を続けています」
1月4日から現地での提供を始め(協力会社含む)、同月末には能登半島全域をカバーしたというWOTA。断水地域でいち早く生活用水の基盤を構築した。災害時に必要となる水と聞くと、まず飲み水をイメージするのではないだろうか。実は、長期の避難において最も大きな課題となるのは、シャワーやトイレ、手洗い、洗濯等に必要な生活用水だという。
越智氏「飲用水は物資として迅速に十分な量が届いていましたが、生活用水が圧倒的に足りない。例えばシャワーは1回あたり50リットル使うと言われています。100人の避難者がいれば、シャワーだけでも1日5000リットルの水が必要になる計算です。使った水を再生循環利用できるシャワーは、100リットルの水で約100人がシャワーを浴びられるため、限られた水量でも多くの方に入浴を提供することができました。
また、生活用水は日々の生活や衛生だけでなく、精神面でも重要な役割を果たします。シャワーを浴びたり手を洗ったりできないことは大きなストレスとなり、手洗いスタンドを設置するだけでも避難所の方々から拍手が起きるほどでした。自衛隊が提供する集団風呂は非常に重要ですが、生理中の方や要介護者には利用が難しい場合があります。そのため、各避難所ごとに設置が可能で、プライベート空間となる個室シャワーは、被災地の方々にとって必要であり、衛生面だけでなく精神面でも安心をご提供できると考えています」
暮らしや衛生、精神面でも大きな支えとなる生活用水。どこでも水がある日常がどれほど私たちに欠かせないものか、改めて思い知らされる。一方で、断水時にはただ水さえ用意できればいいというわけではない。
越智氏「断水時に生活用水をすぐに使うためには、十分な水量、利用設備、排水処理がそろっていなければなりません。飲み水の数十倍にもなる量を用意できるか、小学校などの避難所でも利用できるか、利用した後の排水を処理できるか。この全ての要素を備えて初めて、生活用水を供給することができます」
WOTAでは、災害時だけでなく、日常給水における水道財政改善策として住宅向け「小規模分散型水循環システム」の展開を複数の自治体で始めている。人口減少が加速し、老朽化した水道の更新投資が困難になってくる過疎地域や、水資源に乏しく給水コストが非常に高くなる島嶼地域を中心に、愛媛県や東京都で水循環システムを実際に設置し、一般の住民が生活する社会実証を2023年から行っており、2024年度は広島県や他の自治体でも展開を拡張させる予定だ。使った水をその場で再生循環利用することで、大規模な水処理設備や水道管などの建設費用を抑制し、水道事業における赤字の改善が期待されている。
小規模分散型の仕組みの活用の重要性が増す今、こうした生活用水システムは様々なものがあり、既に日常的に利用している地域もある。その一例が、ヤマハ発動機株式会社の小型浄水装置「ヤマハクリーンウォーターシステム(以下、YCW)」を導入した長崎県五島市福江島半泊地区だ。
YCWは川や湖などの水を砂で物理的にろ過し、さらに水中の微生物の働きによってより細かな物質を浄化する「緩速ろ過」という自然界の仕組みを応用した浄水装置だ。専門家によるオペレーションや大きな電力、特別な薬品等を必要としないため、住民らがメンテナンスをすることができる。
同地区では、宿泊施設「Philosophers in Residence GOTO(フィロソファーズ・イン・レジデンス・ゴトウ)めぐりめぐらす」で実証事業として2022年10月にYCWが設置された。2024年4月の実証事業の完了にあたって寄付され、引き続き宿泊施設と近隣の住民に利用されている。五島市役所地域協働課によれば、同システムの導入によって単に水を得る手段が増えただけでなく、水道未普及地域での新たな産業が可能になったという。
「福江島半泊地区は水道未普及地域で自治体が管理する上下水道施設がなく、民間の方が山の湧水をろ過して管理してきました。生活には基本的に困ってはいなかったのですが、廃校を活用して宿泊施設をつくるプロジェクトが始まり、浄水設備が必要となったため、YCWを導入したのです。現在は宿の方が管理されていて、住民の方も何かあればそこの水を使えるようにしています。2022年12月にはジンを製造する『五島つばき蒸溜所』もできたのですが、水道未普及地域でありながらそうした産業ができ、おかげさまで『GOTOGIN(ゴトジン)』は人気商品となり、地域活性化にもつながっています」
私たちが生きるためにも、より豊かな生活を送るためにも欠かせない水資源。蛇口をひねればいつでも出てくるのが当たり前だが、実はその「当たり前」はいつ崩れてもおかしくないのだ。しかし、その「当たり前」が「当たり前」であり続けるための手段はある。これからも水の恵みを享受し続けるため、その手段を知り、水道を意識して選択していくことが私たちに求められている。