ソフトボール金メダリスト・上野由岐子「頑張る姿はかっこいい」と伝えたい #豊かな未来を創る人

2024年7月、イタリアで行なわれたワールドカップにてソフトボール女子日本代表が世界ランキング1位のアメリカを下し、今大会10年ぶりに世界一を勝ち取りました。

そこで投手として活躍したのが、チーム最年長選手である上野由岐子さんです。上野さんは社会人24年目のシーズン。40歳を超えてなお現役でプレーを続け、ワールドカップのMVPにも選ばれました。世界一に輝く女性アスリートとして、スポーツに関わる人たちだけでなく、多くの女性にも勇気や活力を与えてくれる存在です。

2028年のロサンゼルスオリンピックで競技としての復活を控える中、上野さんはソフトボールにどのような思いで向き合っているのか。上野さんがこれまでソフトボールを続けてこられた理由や、選手人生の中で乗り越えたこと、そしてソフトボールやスポーツ界の未来への思いを伺いました。

上野由岐子

1982年生まれ。福岡出身。ソフトボール選手・ビックカメラ女子ソフトボール高崎所属。日本の絶対的なエースとして、2004年のアテネ五輪での銅メダル、2008年の北京五輪の金メダル、2021年の東京五輪の金メダルに導く。日本代表最年長選手として、2024年のワールドカップ優勝にも貢献する。

今の自分の全てをソフトボールが作ってくれた

── 最年長選手として活躍する上野さんですが、世界の第一線で活躍し続けるには困難もあったことと思います。その中で、現役でソフトボールを続ける源泉にはどのような思いがあるのでしょうか。

若い頃は「オリンピックで金メダルを取りたい」という目標に向けてひたすら頑張り続けていたのですが、2008年に北京オリンピックで金メダルを獲得してからは、「ソフトボールへ恩返ししたい」という思いに変わりました。

それからさらに年齢を重ねた今は、「頑張っている」というよりも「楽しんでいる」ような感覚ですね。好きで始めたソフトボールを、仕事としてここまで続けてこられたことにすごく感謝していて。この環境を大事にしたいという思いが強くなってきているので、選手でいられる限りはこの環境を守ろうという思いで、今は続けています。

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── 「恩返し」という言葉が出てきましたが、ソフトボールにどのような恩を感じていますか?

「上野由岐子」という自分自身を作ってくれたことへの恩ですね。ソフトボールを始めて、夢に出会えて、夢を達成することができて、指導者や仲間に出会えて。もしソフトボールをしていなかったら、経験できなかっただろうと思います。

それに、選手や人として大事なことも沢山学ばせてもらってきたので、今の「上野由岐子」の全てが、ソフトボールを通じて作ってもらった人格だと思っています。ソフトボールに育ててもらって、ソフトボールと一緒に成長してきたような、そんな感覚なんですよ。

そうして受けてきた恩を、これからはソフトボール界に貢献することで返していきたいと思っています。そのために、選手である以上は背中を見せていかなければいけないし、若い選手の育成や指導者としても受け継いできたものを伝承していかなければならない。それがこれからの自分の仕事になっていくと感じています。

「辞めてしまいたい」続ける理由をくれた言葉

── これまでの選手生活において、ターニングポイントとなった出来事を教えてください。

北京オリンピックで金メダルを取って燃え尽き症候群のような状態になっていた時、宇津木麗華監督から「やる気がなくてもいい。続けることに意味があるから、ソフトボールに恩返しをするつもりで今は続けなさい。やる気がなくても、私が守ってあげるから」という言葉をかけてもらったことです。

当時、何のためにソフトボールを続けたらいいかが分からなくなり、モチベーションも上がらず、辞めてしまいたいと思っていました。今思うと、ネガティブすぎて思い出したくないくらいの暗黒時代ですね。

ソフトボールはチームでするスポーツなので、私のやる気のない仕草や行動一つでチームに悪影響を与えていることは重々分かっていました。でも、そうでもしないとやっていられない自分もいて。色々な葛藤があった中で、チームに迷惑をかけてしまうなら辞めた方がいいのではないかと思っていたんです。

ただ、やっぱりソフトボールが好きなんですよね。好きで始めて、もっと上手くなりたいという思いで頑張り続け、金メダルまで取ることができたのに、ソフトボールを嫌いになって終わりたくない。これまで頑張ってきた自分を裏切りたくない。そんな思いもありました。それに、好きなことを仕事にできていること自体も、こんなに幸せな環境はないと感じていたんです。

「辞めたい」と「辞めたくない」というどちらも自分の気持ちだったからこそ、この葛藤が晴れるまでにすごく時間がかかったんですよね。その中で、麗華監督の言葉はソフトボールを続ける理由となり、今の自分がいる大きなターニングポイントだったと思います。

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── 麗華監督からの言葉をきっかけに、どのようにその苦しさを乗り越えたのですか?

そもそも、その苦しさから逃げる方法が、ソフトボール選手をやめるという選択肢しかなかったんですよ。ただ、その時にきちんと自分の気持ちと向き合って、辞めたいと心の底から思っているわけではないと気づけたから、乗り越えられたんだと思います。

辞めてでもこの苦しさから逃げたいと思っていたら、多分その時やめていたと思うんですね。でも、すごく苦しくてモチベーションも上がらなくて、逃げたいと思っていても、本気で考えていたわけじゃなかったんですよ。ただ、その苦しさに共感してもらったり、手を差し伸べたりしてほしかっただけで。

そこで、麗華監督から言葉をもらって「このままでいい」と思えたし、気持ちが晴れるまで仲間や麗華監督が待っていてくれたので、苦しい中でもちゃんと自分に向き合うことができました。

── そうした苦しい経験が今にどう繋がっていますか。

苦しい経験が苦しいほど、乗り越えた時の達成感や見返りはすごく大きいと思います。それに、その苦しさを乗り越えたことが自信になりますし、「あの時の苦しさに比べたらこのくらい我慢できる」と思えるようなある種の指標にもなります。そのおかげで、次も乗り越えられると自分に期待を持てるようになりました。

ロス五輪での復活へ。ソフトボールの未来を築く

── 引き継ぐ立場として、次世代を育成する機会も増えてきていることと思います。今後、指導者としてどうありたいですか?

技術的なことも、人やチームとして大事なことも、伝えたいことが沢山あります。そのくらい自分も沢山教えられてきたので。

その中でも、「昔はこうだったから今もそうであるべき」ではなく、今の時代だからこそ変えていかなければいけないことがあると理解して、自分が感じたことを自分の言葉で伝えていけるようになりたいですね。

「今の子たちは」「今の時代は」とよく言われますが、今も昔も変わらないこともあれば、変わらなければいけないこともあると思うんです。特に、今の若い世代はコロナ禍でインターハイがなかったり、やりたいことができなかったり、声を出すなと言われたりするような時代を経験してきています。

自分たちとは全く違う時代を経験しているからこそ、若い選手たちの指導においては、昔と同じでは通じないものをどれだけ把握して言葉にしていけるかが重要だと思うんです。自分の過去に囚われず、"今"感じるものを言葉で伝えることで、上手く歯車を合わせていきたいですね。

── 2028年のロサンゼルスオリンピックではソフトボールが復活します。それに向けてこれからソフトボールをどのように盛り上げていきたいと考えますか?

やっぱり、毎回開催されるオリンピックの正式種目にしたいですね。オリンピック競技であるからこそ、子どもたちが夢を持てると思うんです。私自身「オリンピックに出たい」という夢があったから頑張れてきたし、苦しいことを乗り越えられてきました。だから、オリンピックの正式種目にすることで、明確な目標を持てるようになることには大きな意味があると思います。

ただ、正式種目にするには、ソフトボールを知っている人を世界中でもっと増やし、オリンピックという大きな舞台で認めてもらわなければなりません。そのためにはまだまだ発信が足りていないと感じているので、どんどんアピールしていきたいです。

それに、今私自身のネームバリューが大きくなってきたからこそできることや、私にしかできないことも少しずつ増えてきています。これからは選手業だけでなく、発信などの活動にも積極的に取り組んでいきたいです。

スポーツで活躍し続けられる未来へ

── 上野さんが考える「豊かな未来」とはどのようなものですか?

スポーツという観点では、子どもたちがいつでものびのびとスポーツができる環境がある社会が豊かな未来だと思います。

私が小中学生の頃は公園でキャッチボールをしたり、校庭でドッジボールをしたりと、外で遊ぶ環境が色々なところにありました。でも、今はそういう環境がどんどん少なくなっていて、公園でキャッチボールはできないし、騒がしければ怒られるし、真夏の炎天下に外で遊べないし。子どもたちのスポーツ離れが年々加速しています。実際、ソフトボール教室などで子どもたちと接する中で私自身もそれを実感しているんです。

また、今の日本はオリンピックでメダルを沢山取ることができる国です。でも、このままスポーツをできる環境やスポーツをする人が減っていったら、今の世代の子どもたちがオリンピックに出る頃にはメダルが取れない国になっているかもしれません。メダルを取れなくなってからでは手遅れなので、そうしないためにも、いつでもスポーツができるような環境を守っていきたいと思っています。

── 最後に、次世代へのメッセージをお聞かせください。

「頑張る姿はかっこいい」ということを忘れないでほしいです。

人は、人の一生懸命な姿に心を動かされると思うんです。オリンピックや甲子園などのスポーツを観て、日本以外の国の選手を応援したり、母校でもない高校を応援したり、選手が負けて涙を流す姿に共感して涙を流したりするのは、自分の全てをかけて取り組んでいる姿がかっこいいからだと思います。これはスポーツに限らず、会社も学校も同じです。やっていることが違うだけで、本質は変わりません。

また、今は順位を決めずにみんなが1番であることや、みんなが平等であることが求められがちです。昔、「2位じゃダメなんでしょうか」という言葉が流行った時にこんなことを思いました。日本で1番高い山は、1番長い川は、1番大きな湖は、と聞かれたら、多くの人が答えられるんですね。じゃあ、2番目に高い山は、2番目に大きい湖は、2番目に長い川は? どのくらいの人が答えられるでしょうか。私はそこに1番と2番の差があると思うんです。1番だからこそみんなに知ってもらえる、認めてもらえる。

だからこそみんな歯を食いしばって必死に努力するし、涙を流してでも頑張るわけです。そういう姿を見て人は心を動かされることを忘れないでほしいと思います。

人は順位がつくことで頑張れたり、劣等感を感じるから頑張れたり、逆に優越感を感じるから頑張れたりします。それがプレッシャーになってしまう子もいるかもしれません。でも、そこで背中を押すのがそれを乗り越えてきた私たち大人の役目なんです。私はそちら側の立場になった一人として誰かの背中を押したいし、「頑張る姿はかっこいい」と伝えていける人間でありたいと思っています。

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  • 取材・文・撮影 安藤ショウカ

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