災害時、トイレがあなたの命を脅かす。もしものための「排泄」への備え

みなさんは「トイレパニック」という言葉をご存知でしょうか?

この言葉が生まれたきっかけは、1995年に起きた阪神・淡路大震災。地震の直後、神戸市内の避難所では水洗トイレが使えなくなってしまったため、便器が排泄物で溢れてしまったといいます。

災害への備えというと「食料・飲料の備蓄」や「避難場所の確認」が真っ先に思い浮かびますが、「トイレ」への対策も決して忘れてはいけません。

2016年に起きた熊本地震でも、トイレは深刻な問題として挙げられています。

出典:「平成28年熊本地震『避難生活におけるトイレに関するアンケート』結果報告」(調査:岡山朋子(大正大学人間学部人間環境学科)、協力:NPO法人日本トイレ研究所)

近年でいえば、2019年に起きた台風19号によって、都内のタワーマンションのトイレが使えなくなったというニュースが記憶に新しい方も多いかもしれません。

もしもトイレが使えなくなったら、私たちはどう対処すればいいのでしょう。

そこで今回は「トイレを通して社会をより良い方向へ変えていく」をコンセプトに活動するNPO法人日本トイレ研究所・代表理事 加藤篤さんに、災害時のトイレ問題と、そのとき私たちが備えるべきことについて話を聞きました。

話を聞いた人:加藤篤(かとう あつし)

1972年愛知県出身。まちづくりのシンクタンクを経て、2009年にNPO法人日本トイレ研究所を立ち上げ代表理事に就任。災害時のトイレ調査や災害時トイレ衛生管理講習会の実施、小学校トイレや街中のトイレ改善活動など、取り組みは多岐にわたる。著書「もしもトイレがなかったら」(少年写真新聞社)ほか多数。

「水洗トイレは、システム」。災害時に水洗トイレが弱いワケ

仮設トイレの洗浄に必要な水(写真:NPO法人日本トイレ研究所)

――どうして地震などの災害が起こると、トイレが使えなくなってしまうのでしょうか。

かいつまんで言えば、我々が普段使っている水洗トイレが、高度化した「システム」だからです。

――トイレがシステム......?

普段自分がトイレで用を足す時のことを思い出してみてください。まずは当然、排泄物を受け止める「便器」がありますよね。でもそれだけでは排泄物を洗い流せません。「給水設備」と「排水設備」も必要ですし、そうなるとそれらを稼働させる「電力」も欠かせないでしょう。

その他にも、建物から排水された汚水は「下水道」を通り「下水処理場」に流れていきます。そして、処理されてきれいになった水は海や川に戻っていく。このように水洗トイレは全てがつながって初めて機能する「システム」といえます。

いずれかの機能がダメージを受けると水洗トイレの「システム」が崩壊する

――全てつながっているからこそ、設備のどれか一つでも欠けると使えなくなってしまうと。

その通りです。そして一見正常に見えて実は使えない、という事が起きるのが問題なんです。災害時に、ある1人がトイレに駆け込む。しかし、断水で水が流れないことに排泄後に気づく。前の人のものが便器に残っていたとしても、排泄は我慢できないので止むを得ず、その上にすることになります。そして、3人目、4人目......と同じことが繰り返され、便器が大小便で満杯になってしまう。

これは阪神・淡路大震災で実際にあったことで、その後も大きな災害のたびに繰り返し起きています。

――話を聞くだけで壮絶ですね......。

熊本地震のときのアンケート調査によると、地震発生から3時間以内に約4割の人がトイレに行きたくなったと答えています。安全な場所に避難して、家族や友人との安否確認をしていたら3時間というタイムリミットはすぐにやってきてしまう。

そう考えると、すぐにトイレが排泄物で満杯になってしまうのは想像に難くありません。私たちが思っている以上に、トイレ問題が起こるスピードは早いんです。

災害時のトイレ問題は、命にも関わる

被災したトイレの様子(写真:NPO法人日本トイレ研究所)

――そのような不衛生な状況が発生すると、どんな問題が起こるのでしょうか。

1つ目は感染症です。排泄物の中には感染性の強い菌やウィルスが含まれている可能性があります。衛生状態が悪化すると、そういった菌等が手を介してヒトからヒトへ感染します。

トイレという場所は、不特定多数の人が同じ箇所を触りますよね。ドアノブ、鍵、洗浄レバー、ペーパーホルダー......そういった箇所から接触感染のリスクが高まってしまうんです。

2つ目は、水分不足による健康被害です。というのも、トイレが不便になったり不衛生になったりすると、多くの人ができるだけトイレに行かなくて済むようにと水分を控える傾向があります。そうした状況が続くと脱水症状やエコノミークラス症候群となり、最悪の場合、命を落とす危険性もあります。

ただでさえ災害時は極度のストレスで免疫力が低下していますので、健康配慮が必要です。

―― トイレが原因で命が......?

「災害関連死」という言葉を聞いたことがある方も多いことでしょう。その中には、こうしたトイレ問題に関係している事例も少なくありません。

そういった状況を踏まえて、近年は「水分を摂りましょう」とアナウンスする避難所も増えました。でも、実際にはトイレが不安で水分を摂りたいけれど摂れないという現状があるのだと考えています。だからこそ「災害時でも安心して使えるトイレ」が求められています。

取り組みが進んでいるイタリアではトイレ、キッチン、ベッドという生活視点が重視されています。災害が起こると、真っ先にトイレがやってくる。その後にキッチンカーが来て温かい食事を出し、ベッドが用意されていく。とにかく日常の生活を守ることに全力を費やします。

イタリアのコンテナ型トイレカー(写真:水谷嘉浩氏)
イタリアの車椅子用トイレ(写真:水谷嘉浩氏)

――日本って「ウォシュレットを生んだ国」ですよね。トイレ事情は世界的に見て進んでいるのでは?

たしかに、日本は『清潔で快適なトイレシステム』という観点で見れば世界トップクラスの水準だと思います。でもそこが落とし穴なんです。

――どういうことですか?

ニュースなどで避難所での生活を見ていると、コロナ禍になるまでは体育館などにみんながぎゅうぎゅうに集まり、雑魚寝している様子がよく映し出されていますよね。

加えて従来の仮設トイレの多くは、建設現場で使用するため輸送効率や堅牢性が優先されており、快適性は二の次。普段の生活が快適であればあるほどギャップが生じるため、心身へのダメージが大きくなってしまうんです。

平成28年に国土交通省は、男女ともに快適に使用できる仮設トイレを「快適トイレ」と名付け標準仕様を発表し、普及に向けて取り組んでいますが、全国的な普及はまだまだこれから。より一層の啓発活動が求められています。

快適トイレの内部の例。洋式便器で、鏡付き洗面台、サニタリーボックスなども設置されている。その他、空間の拡張や照明の設置など快適になる工夫が施されている

携帯トイレはいくつ必要?災害時に備えて今からできること

さまざまな携帯トイレ(詳細:災害用トイレガイド https://www.toilet.or.jp/toilet-guide/)

――昨今は首都直下型地震の発生が懸念されています。もし実際に起きた場合、東京はどんな状況になると思いますか?

一概には言えませんが、人口が多いため、仮設トイレの数は圧倒的に足りなくなるでしょう。断水、そして地盤沈下や液状化等によって排水設備が壊れて何日間も水洗トイレが使えなくなると思います。

東京はアスファルトで舗装されているため、自然浄化能力も期待できません。あちこちに排泄物が溜まり、非常に不衛生な状況が発生することは容易に想像がつきます。

――そういった災害に備えて、どういった対策が考えられますか?

便器に取り付けて使う「携帯トイレ」を常備しておくこと、そして停電や断水、排水管の破損を確認することが大切です。

自宅で被災した場合、トイレの機能が停止している可能性もあるため、まずは真っ先に携帯トイレを便器に取り付けます。その後、目視で給排水設備の大きな損傷がないか点検し、異常がなければ水だけ流してみます。例えば、便器内の水位が上がったり、便器に溜まっている水から空気がボコボコと出る、といった現象が起きたら直ぐに使用を中止してください。

もし万が一水が使えなかったとしても、携帯トイレに排泄すれば吸収シートや凝固剤で固められるため、可燃ごみとして回収することができます。ただし、自治体によって対応が異なるため確認することが必要です。

凝固剤や吸収シートで排泄物を固めて処理するタイプが一般的

――どれくらいの量が備蓄の目安になりますか?

1人あたり1日5回を目安に最低3日分、できれば7日分用意しておくことを推奨しています。トイレットペーパーも、自分が1回で使う長さを一度測っておけば、1週間あたりに必要なロール数も見えてくるでしょう。

――自分の適正量が分かっていれば、焦って買い占める必要もなくなりますね。

次に避難所にいる場合、年齢も性別もさまざまな方が身を寄せ合っているので、屋内で安心して使えるトイレの確保が大切です。ここでも先ほどの携帯トイレが役に立ちます。

その他に仮設トイレの使用も考えられますが、外部から運搬されるため道路事情や所有棟数によっては到着が遅れることもあります。

調査:名古屋大学エコトピア科学研究所 岡山朋子 協力:NPO法人日本トイレ研究所

災害時に出来るだけ早く対応するために、マンホールのふたを外して便器とトイレ室を取り付け、排泄物を下水道に直接流すことのできる「マンホールトイレ」を整備している自治体もあります。

仮設トイレやマンホールトイレの整備状況については、お住まいの市町村に確認をしておくとよいでしょう。

困っている人の声を「なかったこと」にしない

日本トイレ研究所では、トイレや排泄の大切さを伝えるため、出前授業を行っている

――災害対策というと食料や避難場所の確保などがすぐ頭に浮かびますが、トイレは盲点でした。こんなに重要なことだったんですね。

トイレって人を不幸にも、幸せにもする力を持っているんですよ。災害時には命に関わる大きな問題を引き起こす一方で、家のトイレにはその家庭の生活感が凝縮されていますし、公共トイレであればその街の品格が表れると思うんです。

――トイレの在り方一つが暮らしや街にも影響すると。

ただ、トイレの困りごとはとてもデリケートなので、なかなか声に出しづらいという現状があります。特に障害のある方や高齢者、女性、子供といった弱い立場にいる人は、助けを求めることができないまま悩みを抱え込みがちです。そうなると問題が放置され、やがてなかったことになってしまいます。

ネガティブなイメージを持たれやすいトイレですが、人間にとっては欠かせないもの。少しでも多くの人がトイレ対策の重要性を認識し、いつ起きてもおかしくない災害に備えていただければと思います。

\ さっそくアクションしよう /

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