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放置森林は燃やして稼ぐ。西伊豆発循環モデル、次なるピースは「うまい」薪火レストラン

    

サストモ編集部

奇岩が突き出した海辺の景色を横目に、曲がりくねった山あいの国道を車でひた走る。カーナビの案内は住宅街へ。程なくして異国情緒あふれる黄色の外壁の建物が目に飛び込んできた。今回の取材旅の目的地、西伊豆の宿「LODGE MONDO -聞土-」(以下、ロッジモンド)だ。

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写真提供:ロッジモンド

オーナーの松本潤一郎さんは、17歳から世界中をバックパックとギターを担いで周った生粋の旅人。ヒマラヤ、カラコラム、アンデスをトレッキングし、南米大陸23,000キロをオフロードバイクで走破する壮大な旅を終えて、25歳の時にこの西伊豆に移り住んだ。

次なる旅への構想を練りながら調理師として働いていた松本さんは、2012年に西伊豆の山中で炭焼きの古道を発見。道の再生と森林整備を同時に始め、翌年にはマウンテンバイクツアーとして事業化。これまで「山の観光がなかった」西伊豆に、地域資源を活用した新たなビジネスを生み出した。

2018年には廃業したペンションを買い取り、地元の間伐材でリノベーションした宿「ロッジモンド」をオープン。ウッドボイラーを導入し、森林整備で発生する未利用木材の活用に積極的に取り組んでいる。2022年には環境省のグッドライフアワードにて「実行委員会特別賞 森里川海賞」を受賞した。

さらに今年は未利用木材だけでエネルギーを自給する「薪火レストラン」も開業予定。地域資源を無駄なく使って稼ぐ、自身の循環型ビジネスの新境地に挑み続けている。

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さまざまなメディアからも取材を受ける「時の人」。しかし彼には、既存のシステムに馴染めず、抗った時代もあった。最終学歴は自称"幼稚園中退"。その後もほとんど学校には通っていない。意志の強そうな表情の裏にどんな思想が潜んでいるのかと、少し身構えてもいた僕らに、彼は悠然と自らの歩みを語り始めた。

その言葉には、自分の「道」を自分の足で歩み、広い世界を見てきた人の確かな強さがあった。彼はきっと、自らの「自然」に身を任せて、旅をするように生きているだけなのだ。

松本潤一郎(まつもと・じゅんいちろう)

1982年生まれ。BASE TRES代表取締役。自伐木材リノベーションの宿「LODGE MONDO -聞土-」オーナー。再生「古道」を活用した「YAMABUSHI TRAIL TOUR」、西伊豆の海の魅力を伝える「カヤックフィッシングツアー」を展開中。2022年、環境省グッドライフアワード森里川海賞を受賞。4児の父。

曲がった木しか使いたくない

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── いろんな取り組みをされていると思うのですが、まずは潤一郎さんが運営しているこの宿、ロッジモンドについて教えてください。

ロッジモンドは廃業したペンションをセルフリノベーションして立ち上げた宿です。僕は西伊豆の森林整備もしてるので、内装に使っている木材はそのほとんどが仲間たちと伐採した広葉樹。このダイニングルームに張り合わせてある木を見てもらえば分かるんですが、曲がった木しか使いたくないんです。だからランダムに切って、耳を揃えずにそのまま使っていて。

── なんで曲がった木しか使いたくないんですか?

そういう木に囲まれている方が落ち着くんです。僕自身が曲がった木みたいなものだから。

僕、幼稚園を入園して数ヶ月で中退しているんですよね。幼稚園にはお昼寝の時間があるじゃないですか。でも、「なんで眠くもないのにみんなで寝なくちゃいけないだろう」って。何かにつけて、揃えて、一つの方向に向かわせようとすることに、幼いながらに違和感があったんです。

日本の公教育は、人工林だと感じています。出来損ないは間伐されるし、枝打ちされる。「曲がったもの」をよしとせず、せっかくある木の動きを無視して均一な板に加工する。本来あるはずの個性を平気で平準化する......そういうのってどうなんですかね。

こういう性格もあって、人と群れなくても生きていける力を身につけたいと思っていきました。

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── 「多様性」のテーマにもつながる示唆的なお話ですね......。

僕の祖父母は熊本の阿蘇・外輪山に住んでいて、彼らはまさしく自立して生きている人たちでした。周囲数キロくらい何もない場所をクワ一つで開墾して、家を建て、牛飼いをやりながら、うまい米と野菜をつくって、自分の土地で育てた木を燃料にしていた。ほんとにすげえじいちゃんばあちゃんで、小さい頃から憧れの存在でした。

2年前ロッジモンドに、ウッドボイラーと太陽光集熱器のハイブリッドシステムを構築したのは、そういう生活を見ていたことも影響していると思います。ちょうどウクライナの戦争が始まってガス代が高騰していたときですね。

── ウッドボイラーと太陽光集熱器。あまり聞き慣れないものですが、どういうものなんですか?

ウッドボイラーは、薪を燃料とする給湯・暖房システムのこと。燃焼室で薪を燃やし、その熱を利用して、貯湯タンクの水を調熱したり、暖房器具にエネルギーを送るような仕組みになっています。

太陽光集熱器はその名の通り、太陽光を集めて熱として利用するための装置です。この集熱器を建屋に設置し、日中は太陽光、夕方からはウッドボイラーと熱源を切り替えることで、効率的にエネルギーを使えるようになりました。

ウッドボイラーに使っている薪は、森林整備で出た未利用木材なので、ほとんど原価はかかっていません。以前はガス代が毎月15〜20万円程かかっていたんですが、今では最大8000円くらいになりましたね。

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ウッドボイラー。開口部が広く、奥行きがあるので大きな丸太や曲がった木などもすべて燃料に使用できる
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スペインのメーカー「FUJISOL」の太陽光集熱器(写真提供:ロッジモンド)

せっせと化石燃料を運んでこなくてもいい

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── 未利用木材というのはそんなにたくさんあるものなんですか?

伊豆の全家庭がウッドボイラーを導入してもまかなえるくらいの量はあると思います。伊豆半島は、古くから広葉樹林帯が豊富な土地で、江戸時代から昭和初期にかけては、炭焼き(木炭づくり)が地域経済を支えていました。

しかし、石油や電力へのエネルギー転換を期に木炭の需要が減り、山に木が放置されるようになったんです。

── それがどう問題になるのでしょうか?

森林を放置すると、木が大きくなりすぎて日光が地面に届かなくなります。これによって山は保水力を失い、生き物の多様性にも影響が出る。それに加えて、間伐などで切られた木も放置されると腐り、その過程でCO2やメタンガスを排出します。

木を燃やしてもCO2は出ますが、これは木が成長する過程で吸収したもの。放置して腐らせるより断然環境にいい。山を健康的に循環させるためには、定期的に木を間引く必要があり、ウッドボイラーはそうした間伐材を利活用できるんです。

── ありのままの自然を残すことが、今の地球環境にとって必ずしもいいわけではないと。

西伊豆は暖かくて雨が少なく、雪もほとんど降らないので、木が育ちやすい環境です。こういった場所では特に、人が適切に森林を管理する必要があります。

明治時代の西伊豆は、のちの国鉄総裁や国会議員を輩出するほど教育水準が高く、経済的にも豊かな地域でした。岩盤が分厚く電車も通せない辺鄙なところでも発展できたのは、炭焼きの産業があったから。元を辿ればすべてはあの広葉樹のおかげと言ってもいいでしょう。

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でもそれが今はまったく生かされていない。時代の流れとはいえ、先人たちの営みを無視するかのように、アクセスの悪いこの土地に海外からせっせと化石燃料を運んでいる。そのエネルギーは、正直無駄が多すぎます。

そんなことをしなくても、近くの山には大量に使われていない森林資源があります。燃やした方が良いものは燃やして、地域内で資源を消費し、しっかりと経済を「まわす」。そういう自立的なあり方を今こそ実践すべきなのではないかと思っているんです。

海と山のつながりを知る

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── 地域経済を「まわす」観点では、潤一郎さんは古道を使ったマウンテンバイクツアーやカヤックフィッシングなど、山と海のアクティビティを事業として精力的に展開されています。これらはどのような思いで始められたものなのでしょうか?

まずマウンテンバイクのツアーですが、移住してすぐ地元の方から、西伊豆には炭焼きの炭を運び出すための「古道」がたくさんあったという話を聞いたんです。文献を当たったり、専門家に話を聞いたところ、この道は1200年前から存在していることが分かりました。

── そういった道は珍しいのでしょうか?

これまで東南アジアや南米を中心に、世界中あちこちの山を訪れてきましたが、このような道は見たことありませんでしたね。同じ道でも、ヒマラヤのトレイルは年間数十万人も訪れる観光資源。この道だって直したら面白いことになる可能性はあると思ったんです。

とはいえ、整備をする最初の動機は、僕自身がこの珍しい道でマウンテンバイクを楽しみたかったから。地元の林業事業体に参加して木を切る技術を学びながら、少しずつ整備を進めていきました。そのうち森の中に日が入るようになり、ウサギやネズミなどが棲みつき、それを狙う猛禽類も来るようになりました。

切り出した木を使って宿をつくったり、それを燃料に利用したりといった循環的な考え方は、西伊豆の自然とさまざまなかたちで接続しているうちに、進んでいった気がします。

── ご自身が遊ぶために着目された地域資源だったというのは意外でした。

カヤックフィッシングも似たようなところがあります。もともとは2020年に、コロナの影響で収入が0になったのを期に、家族で自給自足を目指して始めたものでした。

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写真提供:植田徹

そもそもカヤックは極北の先住民が、狩猟や漁労のために使っていた乗り物。先人たちもきっとこんな感じで釣りをしてたんだろうなんて思いながら、毎日海に繰り出していたら、あるときにふと、これを事業化するアイディアが浮かんできて。

伊豆にはこんなに豊かな海がある。でも、一般的なカヤックツアーって景色を楽しませるものばかり。釣りという原始的で奥深い営みを通じて、海と山のつながりも伝えていけるんじゃないかと。

── 「海と山のつながり」というのは、具体的にどういうことなんでしょうか?

海には河川を通じて山の養分が流れ込んでいます。そうするとプランクトンが発生し、魚たちが群がる。雨の後に魚がよく釣れるのはこのためです。では、この養分はどこで作られるのか。それは山の地表です。養分を海に届けられるくらいしっかりと生成させるためには、十分な量の太陽光を地表に届けないといけない。だから、適切な森林整備が必要なんです。

── 海の豊かさは山に始まると。非常に連環的で面白いですね。

僕は西伊豆の豊かな自然の恵みを享受しながら生きてます。これからも伊豆の海で魚を釣りたいですし、山の中でマウンテンバイクも楽しみたい。それを次世代につなぐためにも、自分にできることをやっていきたいと思ってます。

薪火レストランで「丸」を完成させる

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写真提供:松本潤一郎

── 潤一郎さんの活動はご自身のあり方が、この地域の自然とシームレスにつながっているのが印象的です。ここから潤一郎さんの活動はどう進化していくのでしょうか?

実はこれから、地域の山で得られる広葉樹の木だけでエネルギーを自給する「薪火レストラン」をやろうと思っているんです。

きっかけは、とある立ち飲み屋に寄ったときのこと。厨房でお湯が使われるたび、目の前にあるガス給湯器のスイッチがピカピカ光っていたんです。それを見て、ふと飲食店でもウッドボイラーを導入できないだろうかってひらめいて。

ウッドボイラーなら暖房機能を担保しつつ、そのままオーブンとしても使えるし、熾火(おきび)を取り出して薪グリルで調理もできる。炭焼きが行われなくなり、切られなくなった広葉樹のストックは山に大量にあるし、それを今以上に有効活用できて最高じゃん、と。

── 薪火料理は炭火のBBQとは違うのでしょうか?

大きな違いは温度ですね。炭火は燃焼温度が1000度を超える高温なのに対し、薪火は切った木を薪に加工してそのまま燃やすので、400〜800度とやや低め。

だから薪火ならじっくり火を通せますし、薪の中の水分が蒸発しながら燃えるので、しっとりしているのにクリスピーだし、さらに少し燻されながら薫香が付いて......。この違いは食べた瞬間に分かるはずです。

── 話を聞いてるだけでもおいしそうです。

薪火は人類最古の熱源ですから、僕ら人間にはその良さがDNAレベルで刻まれてるんだと思います。食べた瞬間に脊髄反射で「うまい!」ってなりますよ。こういったことも宿にウッドボイラーを入れて、自分たちが切ってきた木で薪火料理を提供したことで気付きました。

── ガス火に慣れた現代人には新鮮な驚きがありそうですね。

先日ブルガリアのバンスコという地方都市に行ってきたんですが、向こうでは当たり前のように炭や薪で料理をしていました。隣国トルコのイスタンブールのような大きな都市でもそうでしたね。

でも日本のレストランではほとんど薪火は使われてません。薪火料理を謳っているレストランもなくはないのですが、大抵が割り箸のような小さな薪をちまちまと焚べていて、僕からしてみれば、それは薪火料理の本質とはかけ離れています。

── ある程度の量がないと成立しないものなんですね。

そうですね。分厚いスキレットで焼くと目玉焼きでさえもおいしくなるように、たくさんの熾火で熱源たっぷりの方がやっぱりうまいんです。それには薪が多く必要になるけど、逆に言えば、日本中であふれている放置森林を活用するチャンスとも言えるんじゃないですかね。日本は世界的に見ても森林資源が豊かな国のはずなのに、それが国内で生かされていないのは、やっぱり何かがおかしいなと思います。

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ロッジモンドの薪火料理は「薪火の力を食材に移す」ことがテーマ。ただ焼いただけの枝豆も驚くほど香ばしい

── エネルギーは海外に依存しているし、食料自給率も低い。一次産業の人たちが食えないとかもよく聞く話ですね。

自立的なあり方とは程遠くて、国として相当ヤバいんじゃないか?って思うことがあります。じゃあどうしたら解決できるかって、難しい話は何もなくて、ただその土地の自然環境にあったものを、自分たちが生きるために使えばいいだけ。そのモデル的なあり方をつくって広げたいと思っています。

── もう具体的に動き出してるんですか?

薪火レストランは、オープンに向けて絶賛進行中です。レストランにはツアーの受付も設置して、自分たちがこれまでやってきたことのすべてを集約させるつもりです。

これがうまく軌道に乗れば、他のすべての活動も含めて、循環の「丸」ががっちりとホールドされるイメージがあります。ゆくゆくは、この「丸」を全国にも展開してみたい。地域資源を無駄なく使って、しっかりと稼いでいくつもりです。

自然に生きれば、自然とまわる

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ネパールを旅していた頃の潤一郎さん(写真提供:松本潤一郎)

── 潤一郎さんはサステナブルなあり方を体現しつつも、あくまで既存のシステムに則りながら、「まわそう」としているように見えました。半ば興味本意でお聞きしたいのですが、反資本主義的な思想についてはどう思われますか?

ちゃんとやっている人はやっていると思うし、それ自体が悪いとは思わないです。僕の父親もストイックな旅人で、どちらかと言えばそういった思想を持っている人でしたから。ただ、何も行動しないで世の中に文句ばかり言っているような人たちは好きではないですね。なぜなら、彼らには責任感がないから。

── 責任感。大事なキーワードのように思います。

現実に不満があるのなら、口を動かす前に手足を動かした方がいい。僕自身、行動していくことで循環型の考え方が深まっていったし、現実も変化していきました。

最初の方にも言ったけれど、僕は阿蘇のじいちゃんばあちゃんのように、自立してやりたいだけなんです。自分の足で歩いて、自分の手を動かして、見たことのない景色を見てみたい。だから僕は旅でも、あえて人があまり通らないような道を行きます。

若い頃に旅したヒマラヤでは、ヤクのキャラバンが物資を岩塩と交換するために往来していた道を歩きました。行商人たちが眺めたであろう景色に思いを馳せながら、小さな村を発見したり、家畜の放牧地に迷い込んだりしたことは、自分にとって掛け替えのない体験でした。

── 道は潤一郎さんにとって、ロマンのようなものでもあるのでしょうか?

深く考えたりはしないのですが、道は何かしらの「理由」があって発生しているものだから好きなんです。その「理由」が、その土地の暮らしに深く根差したものであるときに僕は親しみを感じるんです。

── 潤一郎さんのあり方は、道なき道を進む、というのともまた違う感じがしますね。人類の営みに敬意を払いつつ、自分らしい道を健やかに歩まれているような。

僕はただ、僕にとって自然な方向に進んでいるだけです。自分の気持ちに嘘をつかない。変なことをしない。ただそれだけで、いろんなことは、自然と「まわっていく」んじゃないでしょうか。

今の悩みは、仕事が忙しくなりすぎてしばらく旅に出られなくなるかもしれないこと。いつか子どもたちをパタゴニアに連れて行きたいから、そのためにも今は頑張り時だなって思うんです。

  • 取材・執筆根岸達朗
    X(旧Twitter):@taturonegi

    取材長谷川琢也
    X(旧Twitter):@hasetaku
    Facebook:hasetaku

    編集・撮影日向コイケ
    X(旧Twitter):@hygkik

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