世界中で「虫」が減って、食糧不足に!? 養蜂家に聞く、人と自然のこれから
みなさんは日々どのくらいのハチミツを食べていますか?
ハチミツを含むヨーグルトや菓子、サプリメントなどは食べているけれど、ハチミツそのものについて考えたことはない......そんな人も多いかもしれません。
ハチミツは200種類以上の栄養素から成る効能があるといわれています。古くから胃腸薬や塗り薬などの生薬としても使われ、インド亜大陸の伝統的な医学「アーユルヴェーダ」では眼に垂らすことも。
また、エベレストに登頂した登山家たちの携行食としても重宝されていました。古代から現在まで、ハチミツは人にやさしい食べものとして、私たちのすぐそばで健康を支え続けています。
なぜ、これほどハチミツは人の体にやさしいのか? その理由は、良質な糖質にあります。
人は運動をした時の疲労回復に糖を必要とし、食物から摂取した炭水化物に含まれる多糖類や二糖類を単糖類へと分解し、吸収しています。ところがハチミツでは、ミツバチによって既に二糖類が単糖に分解されているので、食べてすぐ良質なエネルギー源として吸収できるのです。
そして、そんなハチミツをつくるハチは、自然にもやさしい存在。ミツバチは半径2km圏内を飛び回り、果物や花などの受粉を助けています。たとえばリンゴが赤い実を実らせるのも、ミツバチなしには成り得ません。このことから"ハチを見れば、周辺の自然環境がわかる"といわれ、広義な意味で「環境指標生物」と表現されることもあります(※)。
ところが今、世界中でミツバチは減少。国連食糧農業機関(FAO)の発表によると、ミツバチや鳥など受粉を助ける存在「ポリネーター」の減少が進めば、世界で生産される75%以上の主要作物の生育に影響が出て、世界的な食糧不足にもつながるといわれています。
そんななか、ミツバチの世界に丹念に向き合い、天然・非加熱・完熟・無農薬のハチミツを長野県信濃町を拠点につくっている人がいます。スノーボーダーで養蜂家の美谷島豪さんです。
農作物に欠かせないミツバチの働きについて紐解きながら、農薬を用いた大量生産で生じる不自然について教えてくれた美谷島さん。スノーボーダーであり養蜂家だからこそ実感してきた"自然の強さ"。それに敬意を表す姿勢には、ミツバチから学ぶ持続可能な営みや、自然とのより良い関係を知るヒントがあふれていました。
美谷島 豪(びやじま ごう)
国立長野工業高等専門学校 環境都市工学科を卒業。兄とスノーボード旅行で訪れたニュージーランドで出合ったマヌカハニーやクローバーハニーの美味しさに感動し、はちみつの虜に。それをきっかけに友人の紹介で地元の養蜂園に勤務し、冬はスノーボード、夏は養蜂というライフスタイルを夢見て、8シーズンを過ごす。2020年に「BIYAJIMA BEE FARM」をオープン。北信州という大自然の栄養がたっぷり詰まった環境でつくられた、完全自家製のハチミツ製品づくりと販売を続けている。
ハチの巣を見れば、自然環境がわかる
──「美谷島養蜂」のハチミツを食べてみましたが、花の種類でこんなにも味が変わるんだと驚きました。
ありがとうございます。ハチミツは花みつからつくられるので、花の種類によって色も味も香りも変わります。
5月上旬に開花する飯綱町のリンゴの花みつ、初夏のアカシアの花みつ、山桜やクローバーほか多種多様な花みつからとれる百花みつなど、それぞれまったく異なる味がします。
──「美谷島養蜂」のハチミツに、「戸隠」という商品名があるように、エリアによってハチミツの種類も変わるんですね。
ミツバチは半径2km圏内を飛び回って花々の受粉を助けています。ハチの巣を見れば、「そろそろクローバーが咲いている」とか「あの辺りの山桜の花みつだな」とか、周辺の自然環境がよくわかるんです。
自分の場合は、長野県長野市と飯綱町、戸隠、信濃町と隣接する県北部エリアで、気候やリンゴの受粉時期に合わせて転々とします。「標高差養蜂」というとわかりやすいですかね。
およそ80万匹のミツバチを連れて、長野市のリンゴ畑の花から始まって、次に飯綱町のリンゴ畑の花が咲いたら移動。そのあとは戸隠、信濃町へと少しずつ標高の高いエリアへ移動していくんですよ。
──サーカス団の巡業みたいですね。
そうそう、ミツバチの団員を引き連れてるかんじです(笑)。
リンゴが実をつけるには受粉が欠かせないので、時季になるとリンゴ農家さんに頼まれて、ミツバチのレンタルもしています。長野県のマスコットキャラクターのモチーフはリンゴだけど、ミツバチも加えてほしいくらいですよ。
──もともと長野県は養蜂がさかんだったんですか?
今でも蜜蜂飼育戸数が全国1位で、生産量も日本全国TOP3です。さまざまな養蜂場や養蜂家が県内にいますね。
ただ、もとを辿ると、わざわざ養蜂家に頼らずとも、リンゴは自然に受粉して生育できていました。それが、こうして人の手が必要になったのは、不自然なことではありますよね。
──自然を維持するために不自然が必要だった、のでしょうか?
一概に良い/悪いとは判断できないですけど、世界的にはミツバチは減少しています。そんななかで「飼いやすい・引っ越ししない・ミツも大量に集めてくる」ような"養蜂のためのミツバチ"の研究が進んでいたり、凶暴なミツバチが日本に輸入されてきたり。ようするに、混沌とした状態なんですよね。それもある意味、生物の多様性ではあるんですけど。
──そこは矛盾しつつも、難しいところですよね。より多くの人に食物を安定供給するという目的や、生産者の高齢化などの問題に対しては解決策のひとつにもなり得ますし......。
仕事の省力化のために開発されているというか、工業化しているというか。その方法に慣れちゃうと戻れなくなるんです。水道から水が出るのと同じで、僕らはそれを当たり前だと思ってしまう。
なので、昔の方法に戻すのは大変でしょうし、無理があると個人的には思っています。けれど、自分はなるべく自然のまま、農薬も除草剤も防腐剤も使わない養蜂をやっていこうと決めて、実践しています。
農薬と害虫のジレンマ
──養蜂において、農薬の影響はどんなところに出てくるのでしょうか?
ミツバチの巣を見れば、周辺の環境の様子を捉えられるんです。環境の変化や大気汚染、農薬によってもすぐに影響が出ます。農薬を浴びたミツバチは、フラフラになって、狂ったようにクラクラ走り回って死ぬ。また、農薬を浴びたミツバチが世話をした子バチも死んでしまいます。
あと、蚊を駆除しようとして農薬を使えば、当然ミツバチにも効いてしまうんですよ。ミツバチだけではなく、受粉を助けている昆虫や動物は「ポリネーター」と呼ばれていて。農業で害虫・害獣とみなされる蚊やカメムシ、スズメバチ、鳥も本当は大切な存在なんですよね。
──ごく一部の昆虫にだけ効く農薬はないのでしょうか?
たとえば「カメムシだけに効く農薬」というのは、まだないんです。なのでカメムシを駆除する目的で農薬を使えば、いわゆる節足動物と分類される昆虫にも影響を及ぼします。あくまで感覚ではありますけど、そういう農薬の使い方によって年々里の虫が減ったなぁと思いますし、山の多様性は失われ続けているのではないでしょうか。
たしかに単一作物を効率よく大量に生産するために、農薬は効果的です。しかし、生物と人と農作物の自然な多様性を考える人は、畑で年間を通して花が咲くように植木やハーブを育てたり、溜池をつくって昆虫の活動を助けるなどの工夫をしています。
自分の場合は、ハチミツの巣箱に防腐剤を使ったり、雑草を減らすために除草剤を撒いたりも、やらないことにしています。仕事の効率だけを考えたらやった方が良いんでしょうけど。自然環境との持続可能性を求める代わりに、管理できる範囲が狭まり、数を増やせない。だから、今は冬のスノーボードもあるので一年中とにかく忙しくなっちゃいました(笑)。
大半の方が農薬を使う理由というのは近年、世界中の養蜂家を悩ませているダニがいて。それが、「ミツバチヘギイタダニ」です。ミツバチの背中に乗るんですけど、サイズ感でいうと人間の背中にうさぎが乗っているくらいデカい。
──それは大きい!
あまりにデカいから、ハチ自身で気付けると思うんですけど(笑)。「ミツバチヘギイタダニ」は、ミツバチの寄生虫で、ウイルス感染や免疫力低下を引き起こします。冬でも繁殖を続けるので、駆除するのが大変なんですよ。そして、これを駆除するためには、農薬を使わざるを得ないという問題が出てきているんです。
ただ、駆除する農薬はハチミツに影響がないということになっていますが、採蜜の時期には使用ができないことになっていることも確かです。日本と海外で残留農薬の基準値が異なったりもするので、世界の情報をよく調べないとまだ食の安全については、なんとも言えないのが現状ですね。
生物を扱うからこそ、自然の循環に目を向け続ける
──ミツバチヘギイタダニのようなハチの寄生虫は、何百年も前からいたんですか?
昔は少なかったようです。駆除するためには農薬を使わないといけないけれど、農薬を使えばダニにも耐性ができるので、イタチごっこなんです。
──難しいですね......。農薬に頼らず、自然を自然のままに活かしていくには、相当の労力がかかりますし、原始的な営みに戻すことも難しい。
だから、一概に「農薬反対!」とも言えないです。地域によっては「もうミツバチが死ぬし、商売あがったりだ」という状況ですので、その先に何があるかを考えると、簡単に追及できない。農薬を使っている会社が潰れ、その会社に勤めている人たちの将来まで想像すると、短絡的に反対しても意味ないなと思いますし。
ただ、養蜂家は自然と人の間にいる立場。なので、まずは養蜂家から農薬をやめることで、ロールモデルになっていけたらいいなと思っています。また、ミツバチを通して自然の変化に敏感でいられるのだから、それを元にリサーチしてデータを集めて伝えていくようなアクションは 、もっと考えていきたいですね。
──農薬と耐性、自然と不自然......断ち切ることのできない相互関係があるなかで、どのようにより良い循環を目指していけるといいのでしょう?
近年では良い事例も出てきていて、ドローンを使って、適切に必要な箇所へ農薬を撒ける技術が研究されています。最初はおそろしいなと感じていたんですが、散布量を必要最低限に抑えられるので、結果的に農薬を減らすことにつながることがわかった。現在の農作物の生産量を保ちつつ、原始的なやり方に戻すのは無理です。けれど、減農薬をAIと一緒に整えていけるかもしれない。
──最新の技術を活かしながら、自然を自然のままに保つやり方を模索していけそうですね。
今の時代だからできる新しいやり方を模索していくことが現実的かなと。生産量を増やそうと思うと無理が生じてしまいますが、自分の場合はできる限りで、無農薬養蜂を続けていきたいと考えています。
あと、そもそも人は、ハチが越冬するために蓄えられたハチミツをお裾分けしてもらっている状態。だから、欲をかいてとりすぎちゃいけないんです。来年もよく実るようにと、木に一つ二つ取り残しておいたりする"木守(きまもり)"の考え方にも似てますね。
自然には、自然に戻れる強さがある
──そもそも美谷島さんが養蜂に出合ったきっかけは何だったんですか?
スノーボードをするためにニュージーランドへ行って、マヌカハニーを食べたら、あまりのおいしさに衝撃を受けたんです。当時18歳で、初めての海外渡航でした。
それから、日本に帰ってきて、さて何をやるかと考えたら、やっぱり死ぬまでスノーボードを続けたくて。「何を職業にしたらスノーボードを続けられるか」と考えていたら、たまたま地元の養蜂場で勤めていたことのある先輩に勧められたんですよ。
──スノーボードと農業、ふたつの軸があったんですね。
6歳上の兄がプロスノーボーダーとしてやっていたり、地元の先輩たちも冬以外は植木屋や庭師、茶摘み、ガイドなどの仕事をしていたりで。スノーボード以外で、生涯を貫く仕事を持つことが必要だと考えていたので、そういうライフスタイルを模索しましたね。外の仕事が向いていることも分かっていたので、力仕事ですし気持ちいいや!と感じて始めました。
養蜂をやってみると、楽しいからどんどん調べて聞いて、自ずと勉強していくようになって。いつか独立して自分でやれたらいいなと思って続けていました。
──スノーボードも養蜂も、自然と隣り合わせで、気持ちいいし楽しいから続けた。シンプルでいいですね。
父親がアウトドア好き、ものづくり好き、新しいもの好きで、まだスノーボーダーもあまりいない時代からスノーボードを始めたような人で。小さい頃から、兄と一緒にスキーとかクロスカントリーとかにも連れて行ってもらって。自然のなかで遊ぶのが好きでした。
冬になると雪山に行って家族でカップラーメンとか食べて。寒すぎて手がかじかむし、何ならカップラーメンも熱くないみたいな(笑)。そういう環境にいたから、「手がかじかむってこれかぁ」と体感したし、「自然の強さに人は負けるし、耐えられない」みたいな感覚も身体に染み込んでますよね。無意識にではありますが、自然からいろんなことを学んで生きてきた。
──自然の強さかぁ。いいですね、すごく。
まわりの畑を見てると、実際に農薬をやめた畑には、農薬が撒かれたエリアの虫が集まってくることもあって。まだ捨てたもんじゃないと感じる。農薬をやめていけば、里の虫の多様性も復活できる。自然は強いんですよ。
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取材徳谷柿次郎
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取材・執筆新貝隆史
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編集ヤマグチナナコ
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撮影小林直博