「正しさを選ばない自由も大事に」悩みと向き合う、靴職人のコミュニケーション

誰かの困難を助ける仕事というものは、世の中にはたくさんあります。ですが、よかれと思ってしたことは「本当にその人の助けになっているのか?」ということを、いままで深く考えたことがありませんでした。

悩みも感情も、どれひとつとして同じものはないはず。そんな中で人の悩みに寄り添うって、言葉で言うほど簡単なことじゃない。そう思わせてくれたきっかけは、整形靴職人・鈴木廉さんのお話です。

整形靴職人とは、歩くのが困難な人を支えるべく彼らの下肢の悩みと向き合い、アドバイスや靴製作を通して快適な歩行運動を叶えることが仕事。鈴木さんも本場・ドイツで整形靴職人として、たくさんの人の悩みに寄り添ってきたひとりです。

「ドイツで業界に6年間いても、障がい者という言葉を聞いた記憶はありません。障がい者手帳を持っている、持っていないも関係なく、ただただお客様と向き合う日々でした」

幼少期から下肢長不等(脚長差)という障がいを抱えている鈴木さん。そんな彼が、自身のコンプレックスとどのように向き合い、ドイツに行く決意をしたのか。そして病気や障がいで人をカテゴライズすることなく、目の前の人と向き合うドイツの整形靴職人たちの中で何を思ったのか、とても気になりました。

自身も歩くことに悩みを抱えながら日常生活を送り、利用者とつくり手の両面を兼ねた存在だからこそ語ることのできる、「本当の意味で他者に寄り添う姿勢」について聞きました。

自分の一番の悩みと向き合う仕事を選んだ

── 鈴木さんは整形靴職人でありつつ、そのユーザーでもあるのですね。

僕自身も、小さい頃から歩くことにハンディを抱えていました。生後2週間でブドウ球菌感染症を患い、二次障害で敗血症にかかりました。左手は腐骨し、左大腿骨頭は変形してしまったんです。手術を繰り返しましたが、今でも下肢は左脚が右より約5cm短く、左膝は外側へ向いている極度の外反(がいはん)状態です。

いま僕が履いている靴は市販のものですが、左の靴は「補高」という調整をしています。高さを補うためにソール部分に切り込みを入れ、サンドイッチするようにその隙間にマテリアルを加えて、また靴底を貼り合わせます。

さらに靴の中も調整をしています。両足に自分で作ったインソールを入れていますが、左足は高さを追加し靴の外と内側で足りない分を補っています。ソール部分だけで高さを足すと不安定で転びやすくなり、内側だけでは靴のスペースの問題で足が脱げやすくなります。

自分が心地よく歩けるあんばいを大切に、靴によって外と内の高さのバランスを変えています。

── そんな中、職人を目指したのは鈴木さんの中で自然な流れだったのでしょうか?

いえ、大学生くらいまでは障がいを抱えていることを周囲に気づかれたくなかったし、医療・福祉に関する仕事には興味がありませんでした。進路も、整形靴とはまったく関係のない美術大学に進学してアートマネジメントなどを学び、広告代理店に就職しています。

── そこまで避けていたものに、向き合おうと思えた理由はなんだったのですか。

きっかけのひとつは、大学の卒業研究で、自分自身が入退院を繰り返していた小児病棟を題材にした企画を手掛けたことです。アーティスト支援を目的とした内容ではありましたが、自分の経験と紐付けた研究に取り組んだことによって、ずっとコンプレックスだった障がいと初めて向き合った機会になりました。

でも最終的にドイツ行きの決断のきっかけになったのは、就職した広告代理店で自分の働き方と向き合ったことです。

── 働き方と向き合ったことが、整形靴職人の道につながった?

広告業は、より多くの人にメッセージを届ける仕事です。でも僕はそこで、もっと目の前にいる人に対して責任を持って最後まで寄り添いたいんだと自覚しました。僕にとって広告は、エンドユーザーとの距離が遠すぎたんだと思います。

そういう働き方ができる仕事を探していたときに、自分の中で芯を持ってやり通せた卒業研究を思い出しました。やっぱり自分の根幹と深く関わるものじゃないと、追求しつづけるのは難しい。であれば、自分の一番の悩みごとである「歩くこと」を仕事にしようと決めました。

── 目の前の人にちゃんと寄り添うために、あえて自分の悩みに向き合うことを選んだのですね。

自分が抱えていた悩みをテーマに、履きやすく、歩きやすく、僕が履きたいと思える靴を作りたい。そしてその知識や技術を、歩くことに悩む人たちへ還元していきたいと思いました。

履きたい靴が履けなくてネガティブに捉えていた自分の障がいですが、それを強みに変えた仕事をしたかったんです。

── そして整形靴職人になるために渡独。どのように靴づくりを学んだのでしょうか。

ドイツには職人を目指すための教育制度があり、国家資格取得者をGeselle(ゲゼレ)と称します。パン、お菓子、木工家具、フローリスト、ビール醸造など、その幅は多様で、僕は整形靴分野で3年半の職人修行に取り組みました。

僕の場合は親方であるマイスターのもとでフルタイムの雇用契約を結び、靴づくりはもちろん、解剖学や運動力学をベースとした症例の処置など、「ものづくり」と「医学知識」の両方をゼロから学びました。

2度の国家試験をパスすると、一人前の職人として資格が与えられます。その後、僕は転職をし、さらに職人としての経験を積みながら6年をドイツで過ごしました。

寄り添うとは、選ばない自由も尊重すること

── 整形靴職人の仕事は、どのようなものなのでしょうか?

仕事の領域は幅広いのですが、大きく4つに分けて紹介します。

1つめは、その人に合った靴を見極めること。サイズだけではなく、歩き方からも「履くべきではない靴」が人それぞれあるので、それを確認して靴の提案をします。

2つめは、歩きやすさを求めて市販の靴を調整することです。僕のように足の長さが左右で違う場合や、歩くたびに痛みを感じる場合に施します。

3つめがインソールの製作です。痛みの緩和や快適さを追求し、ご自身の靴に合わせてインソールを製作します。パフォーマンス向上を目的としたスポーツ用のものもあります。

最後が、オリジナルの靴制作です。事故や病気で足を切断した方、神経麻痺を患っていたり、足の可動域が狭い方など、市販の靴を履くことが難しい場合には、ギプスで採計して足型をつくり、症状に合わせた靴を製作します。

── お仕事をされる過程で、鈴木さんが大切にしていることは?

僕は、目の前にいる人に対して責任を持って最後まで寄り添いたい、お客様が満足できるものを提供したいと思っています。

整形靴職人としてどうお客様に寄り添うべきか、というのはもちろん難しくもあります。「これが正しいから絶対こうしたほうがいい」と強要はしたくないと思っています。

── 正しいと言い切るのは、一見いいようにも思えますが......?

お客様が抱えている病気や痛みに対して、理論的に正しい処置はあります。でも、取り入れる本人がそれを選びたくない場合には、選ばない自由も尊重したいと思っています。

病気や痛みが進行するリスクがある場合にはもちろんお伝えし、説得を図ることもあります。でも、その人にとってのベストな選択は、自ら決断することです。

格好悪い靴は履きたくない、締め付けが強い靴や重い靴は嫌だと感じる、本人の心情を無下にしてはいけないし、自分がユーザーだからこそ、この点は人一倍大切にしたいです。

ひとり一人と対話して、最終的に本人が納得できる方法で悩みを解決していきたいです。

ドイツでは身近な、整形靴の世界

── ドイツでは、どういう患者さんが鈴木さんのところに来ましたか?

大きく2パターンにわかれます。ひとつは病気や怪我により歩くのが困難な方たち。たとえば、糖尿病は合併症で神経障害を招き、足にも症状が現れます。最悪の場合には壊死してしまうので、通常の靴は履けません。

あとは「歩く時に足の一部分が痛い」「外反母趾がひどくて、自分に合う靴が見つからない」といった、市販の靴をベースとした対応が可能な方々です。

ドイツで鈴木さんが働いていたお店。市販の靴を扱う靴屋さんの中に整形靴部門の診察室が併設されており、靴売り場のシューフィッターと話した結果、診察室を訪れるお客さんも。

── なぜ、みんな気軽に整形靴職人のもとを訪れるのでしょうか?

もともと長い時間靴を履く欧米の文化もあり、靴を履くことへの意識が高いのがひとつです。ジムに行くとき、ドレスアップするとき、シーンに合わせて靴を履きこなしている印象です。インソールを使用する人も多く、そんな時には5〜6足の靴をまとめて持ってくるお客様もいるくらいです。

ドイツでは、整形靴やインソールを医者から処方された際に、国民健康保険を適用して購入することができます。これは、市販の靴と同じ価格帯で購入できるようにという背景があると聞きました。

6年間、ドイツで整形靴職人として働いていましたが、「障がい者」という言葉を聞くこともほぼありませんでした。それくらい、ドイツの整形靴は世間と乖離されたものではなく、あえて障がいがフォーカスされることもなかったように思います。

── 日本で整形靴をつくろうと思ったら、どうなるんでしょうか?

基本的にはまず整形外科にて診察をしてもらい、医師が処方箋を出します。多くの場合は各病院で提携している義肢装具会社があるので、そこに靴づくりを依頼するのが一般的です。

一方ドイツでは、どこの会社に製作を依頼するのかを、自分の意志で選択することが可能です。自宅の近所でも、有名な会社でも、自分で選んでお店に出向くことができ、主体的な選択を可能にしている点はドイツの魅力だと思います。

── 日本とドイツでは、整形靴をつくるまでの過程がずいぶんと違うんですね。

ほかにも、支払いフローも違います。ドイツでは整形靴会社が靴の仕様をつくり、それが保険会社で承認されれば、整形靴会社に保険分の代金が直接支払われます。そのため、お客様は差額分を支払うだけですみます。

ですが、日本では保険適用されても後払いなので、場合によっては自分で15万円以上もする整形靴の支払いを一度立て替える必要があります。

日本で、ドイツの「正解」を押し付けない

── 鈴木さんは、ドイツで見てきたことを、今後はどのように活かしていくのでしょうか。

ドイツで学び、経験してきたことが僕のベースになっています。ですが、日本の整形靴会社にも勤めたり日本での独立を考えたりする中で、やっぱり「日本とドイツじゃ違うよな」と思う部分もあったりします。社会の仕組み、文化、人種、ライフスタイルなど、当然ですが根本的にいろんなことが違います。

そういったジレンマなどもあり、一度日本の状況やビジネスの立ち上げを身近に感じられる場に身をおいて、俯瞰した位置から自分ができることを模索したいと思うようになりました。

現在はスタートアップが集うインキュベーションオフィス「SPROUND」でコミュニティーマネジャーという仕事をしながら、製作場所として工房を間借りさせてもらっています。

── 鈴木さんは、ドイツと日本ではそもそも土台が違うという前提をしっかりと念頭に置いて、個人に対しても社会に対しても一面から見た正しさを安易に他者に押しつけない姿勢でい続けようとしているのですね。

古くからの靴文化があるドイツと、そうではない日本。郷に入っては郷に従えではないですけど、やっぱり日本には日本の文化があるので、ドイツの良さをそのまま持ってきてもハマらない部分は大いにあると思っています。

一方で変わらないと感じるのは、人の痛みや悩みは千差万別なので、ひとりひとりと向き合って相手が納得する解決策を導き出さないといけないという働き方のスタンスです。

いろんな方向から模索しながら、整形靴職人としてちょうどいい塩梅を見つけていけたらいいなと考えています。

おわりに

情報があふれる現代において、つい私たちは分かりやすい正解や結論を求めてしまいがちです。

ですが、本当は人の数だけ答えがあるはずで、そこには多様なグラデーションが隠されているはず。

「選ばない自由も尊重されるべき」という言葉を聞いて、私も誰かに押し付けられた「正解っぽいもの」に息苦しさを感じたことがあるな、という思いがふと頭をよぎりました。

同時に、自分も知らないうちに相手に安易な線引きや価値観を押し付けてしまっていたことはなかったか、ひっそりと胸に手を当てて考えてしまいました。

ひとりひとりのベストな答えに辿り着くために、1対1で深く対話し理解を深めていく時間を大切にする鈴木さんの姿勢は、人の多様性を大切にしながらも相手に寄り添う、ひとつのアンサーなのかもしれません。

\ さっそくアクションしよう /

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