「僕は、空気をデザインしてるんです」環境設備エンジニアに聞く「いい空気」の価値

「僕は、空気をデザインしているんです」

北欧の国、デンマーク・コペンハーゲンで環境設備エンジニアとして活躍する蒔田智則さんのインタビューは、そんな一言から始まりました。

「私たちは1日に1kgの食べ物を食べ、2kgの水を飲み、空気は20kgも吸っています。日本では、みんな健康のために食べ物や水に気を使うけれど、生活や仕事の質への影響が大きい空気には、なぜか気を使わないですよね」

一方、ヒュッゲの国・デンマークでは「いい空気」の価値を誰もが知っていて、こだわりを持っています。蒔田さんは建物の室内環境を整えるエンジニアとして、デンマーク人の空気のこだわりと向き合いながら、いい空気を作り出すために空間設計を手がけてきました。


そんな蒔田さんが「空気」に行き着いたのは意外なことに東日本大震災、そしてエネルギーや環境問題がきっかけでした。

いい空気とはどのようなものか。それは、私たちの暮らしにどのような影響をもたらし、自然環境を守ることにつながるのでしょうか。

蒔田さんは、「自然の力を借りていい空気を作れば、がんばってエネルギーを生み出さなくても、人はもちろん環境にも優しいWin-Winな形がつくれる」というサステナブルな社会にもつながるヒントを、授けてくれました。


蒔田 智則(まきた・とものり)

エネルギーデザインの視点からさまざまな建築プロジェクトに携わる環境設備エンジニア・空気のエンジニア。ロンドンの歴史的な街並みに魅了されて渡英し、歴史的建築物の保存や改修について仕事を通じて学ぶ。その後、デンマークに移住。デンマーク工科大学大学院で建築工学修士号修了。2017年より現在の職場であるhenrik-innovationに加わる。デンマークを中心に多くの建築プロジェクトに携わる。

web:https://www.henrik-innovation.dk/?lang=ja

Instagram:@makita_engineering

幸せな暮らしをつくる「いい空気」とは

── 蒔田さんは「空気のエンジニア」と名乗っていますが、なぜ空気に注目しているのでしょうか?

空気って目に見えないけれど、じつはその影響はとても大きいんです。

私たちは1日に1kgの食べ物を食べ、2kgの水を飲み、空気は20kgも吸っています。日本では、みんな健康のために食べ物や水に気を使うけれど、空気の質にはなぜか気を使わないですよね。

── たしかに空気の質を意識したことってあまりないかもしれません......。空気の質はどのように人に影響するのでしょうか?

たとえば、空気中に二酸化炭素が増えると頭が重くなったり、気分が悪くなったります。逆に、いい空気は人間の作業効率を15%アップさせると言われているので、その結果仕事がうまくいき達成感も生まれます。

── 仕事がうまくいけば職場の雰囲気もよくなるし、業績も上がりそうですね。

空気がいいとみんなハッピーになれるし、いい循環のきっかけがつくれると思います。だからいい空気をつくることは、いい暮らしをつくることなんです。

そして空気のデザインとは、みんながより幸せに暮らしていけるように、室内空間を設計することです。僕が暮らしているデンマークでは、昔から「いい空気」の価値をみんなが理解し、大切にしてきました。

── なぜデンマークでは「いい空気」の価値をみんながわかっているんでしょうか。

やっぱり「ヒュッゲ(Hygge)」の国だからだと思います。ヒュッゲとは、豊かな時間の過ごし方のような心の持ち方だったり、心地よい時間や空間、体験を通して得られる幸福感を表すデンマーク語です。

そもそも、デンマーク人がヒュッゲを大切にしてきた理由は、北欧の冬にあります。屋内を快適にしないと寒くて暗い冬をやり過ごせない、そういう環境で生きてきた歴史があります。

── 部屋の環境の良し悪しは、暗く寒い冬を乗り越えなくちゃいけないデンマーク人にとって、死活問題だったんですね。

そこには居心地のよいインテリアだけではなく、もちろん空気も含まれています。しっかり断熱されて暖かい空間、重くない空気、そして日照時間の短い冬でも光を取り入れやすいような工夫によって快適な住環境を生み出してきました。

だからデンマーク人は、空気の質にすごくうるさいです。いい空気じゃないとすぐ「ここは空気が重い」とか「すきま風が来る」とか文句を言われます。

── きっとデンマークでは、誰もが小さい頃から育んできた感覚なんですね。

いいワインを飲んではじめて本当のワインの美味しさが分かるように、いい空気で育ってきたからこそ培われたものがあると思います。

空気にこだわると、環境にも優しくなる

コペンハーゲン市内の蒔田さんの事務所。デンマークらしいシンプルですっきりとしたオフィスは、常に窓が開け放たれて空気が流れているのが印象的だった

── 蒔田さんはなぜ、環境設備エンジニアという仕事にたどり着いたのでしょうか。

僕の環境設備エンジニアとしてのモチベーションはエネルギー問題です。そして、そのきっかけは東日本大震災でした。

僕は、当時働いていた東京のオフィスビルで地震にあいました。翌日になんとか帰宅しパートナーと会い、ようやくご飯を食べながらテレビの映像を見たときは、世界の終わりなんじゃないかと思ったのをよく覚えています。

これをきっかけに「エネルギー問題は絶対に変えていかなきゃいけない」と強く意識するようになりました。

でもエネルギー問題や、エネルギーと切っても切れない環境問題って、僕が子どもの頃から言われていました。社会科の教科書に環境問題のページがあって、熱帯雨林の減少やオゾン層の破壊について触れられていたのを覚えています。当時、僕たちは教科書を見ながら「これはいつか誰かが解決するんだろうな」ってなんとなく思っていたはずです。

そして大人になってみたら、何も変わっていない。むしろもっと酷くなっているし、今人類が最も直面している問題に膨れ上がってきている。大人たちは何にもしていなかったんだなと気づきました。でも僕は、そういう世界を子どもに残すのは嫌なんです。

だったら何かアクションをしなきゃいけないし、エンジニアとしてはそのアクションをきっちり数字として表していくことに貢献したいと思いました。

── 数字で可視化することによって、ふんわりとしがちな「環境問題への取り組み」はより推し進めやすくなっていきそうですね。

日本のSANUのプロジェクトは、まさに数値で二酸化炭素の削減量を可視化できたプロジェクトです。

株式会社Sanuの運営する「SANU 2nd Home」は、「自然の中にあるもう一つの家」というコンセプトのサブスク型サマーハウスなどを展開するサービスで、「泊まれば泊まるほど森が増えていく」という循環の形をつくっています。最初に木を植えて育て、その木からキャビンができ、さらにそこに人が泊まりに来てお金を落とし、そのお金でまた植林をして森が増えるというサイクルです。

でも、それが実際にどれくらい環境に優しいのかは、今まで誰も数字で出していませんでした。僕たちはこの建物が、どれだけ地球の環境負荷を削減するのに貢献してるのかを、数値で表せるよう解析しました。

結果としてSANU CABINは、一部使用される鉄やガラスなどの製造のために1棟あたり13t程のCO2を排出しますが、木材の炭素固定効果(*1)を含めると1棟あたり11tのCO2を吸収・固定化しているという結論が出ました。

── SANUのようなサーキュラーな建築は日本ではまだまだ新しい形のように思えますが、デンマークでは環境配慮した建築に対する人々の意識はどのようなものなのでしょうか。

そもそもデンマークでは、空気や自分たちの生活環境にこだわることが、環境配慮やサステナブルな社会をつくることにも繋がるという意識が強いです。

── 環境への配慮って、なにかを我慢しながらすることだと思われがちですが、そういった感覚ではないんですね。

たとえばコペンハーゲン市内の家は、冬の間も24時間シャツ1枚で過ごせるくらいあたたかいです。お風呂上がりに体が冷えることも、冷え性になることもないので健康にもいい。寒くて動くのが億劫になってしまうこともなく、仕事の効率も上がります。

これを実現しているのが、断熱によってエネルギーを無駄にしない建物にしていることと、「地域熱供給システム」と呼ばれる仕組みです。後者は、ゴミ焼却場でうまれる熱を生かして温水をつくり、市内の各家庭に引き込むシステムです。

── 地域熱供給システムは過去にYahoo! JAPAN SDGsでも取材しましたが、ガスではなく捨てるはずのゴミを活用し、効率化できているからこそ快適な暮らしが実現しているのは、まさにサステナブルですね。

北欧の人は日本が羨ましい? デンマークのすごい「自然のプール」が教えてくれたこと

https://sdgs.yahoo.co.jp/originals/90.html

紹介リンクの画像

こういった取り組みはどれも最初にお金がかかるかもしれませんが、長い目で見るとコスパもいいし幸福度もあがるのでデンマークでは「サステナブルな建築はお金がかかるから削りましょう」という話はあまり出てきません。

── 快適な空間やいい空気はみんなに優しいということを、デンマークの人はちゃんとわかっている。だからこそ、こういった社会が実現できているような気がしました。

サステナビリティって人にとっても楽しいし、嬉しいことです。サステナビリティを通して人の生活はよくなるし、街も建物も生き生きしてくるんだと思います。

「いい空気」は自然の力を借りてつくる

── 実際、蒔田さんはどのようにして空気をデザインしているのでしょうか。

自然の力を活かして、「室内の空気」を構成する光、換気、温度などを調整するパッシブデザインという手法をベースに室内環境を整えています。

僕がやっている環境設備エンジニアという仕事は、もともと空調やライトなどを使って室内環境をつくることが主流でした。でもじつは、太陽の光を取り込んで照明の代わりにするとか、風をうまく取り込んで空気を循環させて温度調整をするほうが省エネにもなるし、人にも優しい。

パッシブデザインは大きくわけると、日光、風、そしてマテリアルの蓄熱という3つの力を借りています。

日光は、うまく取り込んで明るさや温度の調節をします。あとは人間って、朝に太陽の光で目が覚め、夕方には夕日の光によって眠くなるようにできています。同じ照明の光を見て暮らすよりも、自然光をうまく取り込むことで生活の質が上がります。

風は、うまく換気をして空気を流してあげることによって温度、匂い、空気の新鮮度、二酸化炭素の量などが調整できます。そよ風が流れるのって気持ちがいいです。

── 最後のマテリアルの蓄熱は、どういったものなのでしょうか。

室内にある物質が持つ熱をうまく生かして温度を調整するものです。たとえば石やコンクリートは熱を蓄熱する性質を持っていたり、人や機械は熱を発していたり。そういうものを無駄にせず取り込んでいきます。

こういった自然の要素を取り込んで総合的に「いい空気」をつくると、人の体にも環境にもいい空間が生まれます。

── 日本にも、このパッシブデザインを体感できる建築はあるのでしょうか?

僕が環境設備エンジニアとして携わった三重県いなべ市の「Hygge Circles Ugakei」は、まさにパッシブデザインの考え方が盛り込まれています。2023年春にオープンする予定の施設です。

このプロジェクトは、いなべ市内の観光資源である豊富な自然を活かして、キャンプやコテージでの宿泊が楽しめるアウトドアフィールドをつくるもので、お題はまさに「ヒュッゲ」でした。

このテーマを受けて、本場デンマークのヒュッゲを絵や言葉ではなく、実際に体感できる場としてつくりあげています。まずもって、この豊かな自然が醸し出すぬくもりや音、香りを感じる体験自体がヒュッゲです。

そんな自然の中につくられた新しい建物にはパッシブデザインを取り入れ、まさに「いい空気」を体感できる場になっていると思います。屋根は、夏の日差しをうまく避けながらも、冬の低い光なら室内に入ってくるような角度にしています。

高さのある空間で、空気にはたらく重力の差を使うことによって、窓から入った風が自然と天窓から流れていく構造。この空気は、人の背丈のあたりは快適な温度で、高いところにいくにつれ熱気が溜まるようにも計算されている

── 自然を満喫しながら、ヒュッゲを大切にするデンマーク人がこだわる「いい空気」を実際に感じることができるんですね。

「Hygge Circles Ugakei」には、こういった空間の設計以外にもヒュッゲな空間や、デンマークらしいサステナビリティへの考え方を体感してもらえる要素が散りばめられています。

たとえば、こういったヒュッゲな空間を実現するための軸として「サークル」というキーワードを採用しました。円というのは調和や循環の形でもあり、昔から様々なシーンで使われている、世界で最も美しい形のひとつです。

それに「輪」は誰も置き去りにしない形でもあります。北欧のヴァイキングも、ご飯を食べる時はみんなイコールであるという意味を込めて、輪になってご飯を食べていました。繰り返し消費されるようなものではなく、輪になって集まり、語り合い、いろんなモノやコトが循環する場を目指しています。

地元の人はもちろん、旅行で来た人も参加していけるようなコミュニティを形成していくことで、いなべ市の自然をみんなに楽しんでもらって、その体験を日常に持ち帰ってくれたらと思います。それを象徴する形として建物の形も円形で構成されています。

ポストコロナの今こそ、「いい空気」から暮らしと社会を考える

── いい空気やヒュッゲな感覚を知るためには、まず体感するということが大切だとわかりました。その中で、私たちが日常の中で「いい空気」の価値を知るためにできることってあるのでしょうか。

とりあえず、窓を開けることだと思います。

誰にでもすぐにできる簡単なことですが窓を開ければ、まず自分が置かれた状況を知ることができます。「あー、気持ちいいな」でもいいし、「音がうるさい」「風が入ったらもっと気持ちいいのにな」でもいいし。

── まず自分で感じるところが、最初の一歩ですね。

その一歩が踏み出せたら、もう少し快適な空間をつくるためにはどうしたらいいんだろう、と意識が向くと思うんです。大切なのは、きっかけなんじゃないでしょうか。

コロナで僕たちも分かったことがたくさんあると思います。東京なんかでは、今まで1日中窓を開けないような生活が当たり前の人もたくさんいたと思います。でも、コロナによって、換気がだいじだと促されたことで、窓を開けて空気を入れ替えることを意識するようになったはずです。

── 窓を開けることが人の体にいいんだってことは、もうみんな知っているのかもしれません。

そういうことを乗り越えて今があるわけだから、この数年で感じたこと、学んだことを活かしていけばいいんだと思います。

── 少しずつでも意識を向ける人が増えれば、建物や街も変わってくるはず。「いい空気」は、私たちの暮らしや社会を考えるきっかけになるのかもしれません。

小さなきっかけが、だんだん大きく広がっていけばいいと思います。最初から理想にたどり着けることはないですし、小さなことの積み重ねによって人の生活はいい方向に向いて行くんじゃないでしょうか。



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