どこで暮らし、どこで死ぬのか。R65不動産と考える、これからの住まい
経済も社会情勢も明るいとはいえず、一寸先の未来ですら想像が難しい現代。そんな時代を生きる中でふと「50年後、高齢化した自分はどう暮らしているんだろう?」と考えて、不安になることはありませんか?
とりあえず暮らしの礎になる住まいさえあれば...と思っても、そもそも今ですらフリーランスや低所得の女性は賃貸物件の審査が通りにくい。ということは高齢者になり仕事を辞めたら、さらに部屋を借りることが難しくなるのでは...?と新たな不安も芽生えます。そして、そのときに自分をサポートしてくれる家族や友人がいるかどうかも、正直分かりません。
「正社員として定年まで働き、結婚して家族をもち、住宅を買う」のが当たり前のように言われていた頃から比べると、働き方も、家族や住まいのあり方も、選択肢が広がっています。しかし、その社会の変化に、制度や整備は追いついているのでしょうか。
例えば個人事業主は住宅ローンの審査が通りにくいとか、同性カップルでは物件の選択肢が限られてしまうとか、65歳以上の高齢者は賃貸物件を貸りにくいとか。働き方やセクシャリティ、年齢によって制限されてしまうことがまだまだあるのが現状です。
そうした課題に向き合うサービスのひとつが、65歳以上の高齢者向け賃貸物件紹介サイト「R65不動産」。いくつかのインタビュー記事を読むと、代表の山本遼さんは、賃貸物件を探していた高齢女性が、不動産会社に門前払いされている現実を目にして、このサービスを立ち上げたそうです。
人々の暮らしと切り離すことのできない「住宅」。老いていくなかで、住まいの選択肢を広く持っておくことは高望みなのでしょうか。その不安から解放されるには、家を買う以外の方法はないのでしょうか。50年後も自分が快適だと思う空間で暮らすことは、どうしたら実現できるのでしょうか。次々に現れる不安と疑問を両手いっぱいに抱えながら、R65不動産代表・山本遼さんにお話を伺いました。
不動産業界では高齢者の賃貸を断るのが"常識"だった
── 山本さんがR65不動産を立ち上げたのは、賃貸物件を探す高齢女性が不動産会社に断られてしまう現実を目にしたのがきっかけだったそうですね。
はい。当時は不動産会社に勤めていたのですが、高齢の女性がやってきて、開口一番に「不動産会社はここで5軒目です」と言われました。何がショックだったかって、その女性が入店されたとき、僕もまさに断ろうとしていたんですよ。
いざ物件探しをお手伝いしたところ、大家さんへの交渉のために200件も電話をかけることになりました。僕ら不動産会社は高齢者が物件を借りにくいのが常識だと思って、はなから断っていましたが、その"常識"から外れた先に、こんなに困っている人がいたんだと知るきっかけとなる出来事でした。
── 当時は高齢の方の物件探しを断るのが「常識だった」というのは、どんな背景があるんですか?
不動産業界で、高齢者が賃貸物件を借りるのはめずらしい例だったんですよ。「老人ホームに入るのがいいよね」「賃貸に住まないよね」という認識で、そこに対してあまり疑いがなかったんです。
具体的な理由としては、孤独死や認知症のリスク、家賃の支払いが不安などがあるんですけど、そもそもの前提として「高齢者が借りるのって一般的ではないよね」という業界での共通認識がありました。でも、自分たちが断っていることで、こんなに傷ついている人がいるというのが見えていなかったんですね。
それが2014年くらいの話です。これは大変だなと思って、2015年に個人事業主としてR65不動産を立ち上げ、2016年に法人化しました。
── R65不動産を立ち上げて8年の間で、高齢者への賃貸についての認識は変わってきているんでしょうか?
結構変わってきたと思います。以前は高齢者に物件を賃貸することについて、大家さんの拒否感が目に見えていました。だけど先日、僕が高齢者の賃貸について講演したときは、入場者がパンパンになるくらい埋まっていて......。
「今までは断っていたけど、これからはそういう時代じゃないよね」という大家さん、不動産会社さんが増えています。問題の解決とまではいっていませんが、風向きが変わり始めていると感じます。
── 業界の方たちの意識が向き始めたのは、高齢者の住宅問題が8年間で社会的になってきたということでしょうか?
いろんな理由があると思いますが、2018年に新たな住宅セーフティネット制度が施行されたことも大きいでしょうね。これにより、高齢者、シングルマザーやシングルファザー、低所得者、外国籍の方の入居を拒まない賃貸物件の登録制度などができたんです。
また、それまでは「家で入居者が自然死した場合」が事故物件になるかどうかの定義がなく、不動産会社によって見解がバラバラでした。でも、2021年に国交省から初めて「自然死の場合は告知義務がない」※と定義づけられたんです。
── 長いスパンで考えると、歴史上で人が死んでいない場所のほうがきっと少ないですもんね。また、家族や持ち家をもたない人は都市部に多いイメージがあります。都市部以外の地方では、まだ高齢者の住宅問題への意識に時差があるのでは?
都市部と田舎の違いで考えると、都市部は部屋を探している高齢者が多いので、問題が顕在化しやすく、受け入れてもらいやすくなっています。しかし、実は田舎でも同じことは起こっていて、数が少ないからこそ深刻です。
家族がいるかどうかでいうと、実は高齢だというだけで、家族がいても物件を借りられない状況はまだまだあります。年収数千万で資産があり、家を持つのが煩わしいからと賃貸を探されていた65歳以上の方でも、部屋を見つけるのに3か月かかったんですよ。
── 家族がいて、蓄えもあれば高齢者の住宅問題は関係ないと思っていたんですが、そもそも65歳以上だというだけで、そんなに状況が悪くなるんですね。高齢になっていった先に、自分のセクシャリティや、家族をもてるかどうかによって、さらに借りられる可能性は低くなるんでしょうか......。
そうですね。働き方やセクシャリティ、保証人の有無は不動産の審査に影響するとされています。社員はローンが組めるのに社長は審査に通りにくいという話もありますが、これってつまり、その向こうに"人"がいるんです。不動産会社がどう思うか、その先の大家さんがどう思うか。
ですので、賃貸物件の場合は理解のある大家さんとマッチングできるように選んでいくのがいいと思います。
賃貸物件に住む高齢者は大学生よりも多い
── これからさらに高齢化社会になっていきますよね。高齢化の加速度に対して、物件の受け皿が間に合うかどうかが気になっています。
それをなんとか間に合わせたいと思っているのが、僕らR65不動産ですね。実は、3年くらい前にデータを調べて驚いたことがあって。
賃貸物件に住んでいる高齢者って400万世帯ぐらいいらっしゃるんですよね。一方、大学生の数は291万世帯らしいんです。
── 高齢者の賃貸市場が大学生の2倍近くあるとなると、貸す側にとっては、その市場は無視できないですよね。
そうですね。高齢者の方への賃貸は、大家さんにとってのメリットもあるんです。賃貸の住み替えって、単身の社会人で平均2〜3年、ファミリーだと6年程度なんですが、65歳以上の単身高齢者の方って平均で13年くらい住むんですね。空室になっている期間は家賃が入ってきませんから、長く住んでもらうこと自体がメリットですよね。定期的に更新料も得られますし、リフォームをしなくてもいい。
また、若い方には築浅や2階以上、駅近などが人気ですが、高齢の方は階段の上がり下りが億劫だからと1階の人気が意外と高かったり、築古や駅からの遠さも気にしないという場合が多い。なので、ずっと空いている物件を借りてもらえた、といったパターンもあるんです。
── ただ、やはり貸す側にとって気になるのは孤独死などのリスクでしょうか。
もちろん、リスクを知った上で対策しておくことが必要です。亡くなること自体を防ぐことはできませんが、事故物件になることは99%防げるんです。例えば、「見守りサービス」にも訪問型や通報型、センサー、カメラなど、いろいろな種類があって、課題に対してどのような見守りをつけるかが選べるようになっています。
特殊清掃費用や家賃の損失に備える「孤独死保険」などもあるので、みなさんがイメージされているほどリスクはないと強調したいです。
── これからは、不動産会社や大家さんが見守りをすることが義務になっていく......?
事故物件になって困るのは貸す側なので、大家さんや管理会社が準備できていればいいのではないかと。私たちは見守りサービスを提供している200社くらいと打ち合わせしたのですが、電力の使用量で見守りをする会社と共同開発しました。電力使用量の変化がまったくなくなったときに「異常です」と連絡がくるというものです。
── 最近では見守り家電なども増えていますよね。
僕らが使っている見守りサービスは、あくまでも「家で何をしているかはわからないけれど、今日電力を使ったかどうかはわかる」というものです。家族が安否確認する場合は、見守り家電をいつ使ったかまでわかると思うんですが、住んでいる様子を他人に知られるというのは、気持ち悪さがあるじゃないですか。
なので、「存命のときに見つけるサービスではないですよ」というのは繰り返しお伝えしています。「亡くなられたとしても、きれいな状態で見つけられる」のを前提にしているので。
── あらためて言葉にされると、なかなか衝撃的ですね......。年老いていくと、最終的に自分がどこで死ぬのかを意識せざるを得ないのだなと。
部屋探しのときに、「ここで死にたいんです」って言われたりもしますよ。庭つきの賃貸住宅にこだわっている80代の女性がいたんですが、「庭のロッキングチェアで揺られながら死ぬのが理想です」と。不動産会社にしてみれば「ここで死ぬんですか」とぎょっとするんですが、「見守りサービスを入れているので、きれいな状態で見つけてあげることはできると思います」と言っていますね。
── 一方で、その女性のように、自分の理想の終の住まいを選択できるのは、ある程度お金がある人なのかな? と思ってしまうんですが。
どうなんでしょう。その方は年金ギリギリで生きていて、ただし同じくらい出費も多くないと話していました。「裕福ではないけれど、最後はこう迎えられたらいいな」という感じで。
個人的な意見なんですけど、賃貸ってこれから余っていくので、そんなに市場とニーズが乖離しないと思っています。住む人よりも建物が多いので、貸す側も住む人を選り好みできなくなっていくんじゃないでしょうか。空き家が余って、それこそタダで手に入るような時代になる可能性もある。なので、家を持つか借りるか、といった問題はもっとフレキシブルになる気がしています。
引きこもりでも、性格が悪くても、借りられるのが当たり前に
── 単身の高齢者は集まって住んで、コミュニティをつくっておいたほうがリスクヘッジになるのかなと思うのですが、高齢者向けのシェアハウスって増えているんでしょうか。
増えていると思いますよ。僕らもR65不動産の他にシェアハウスも運営しているので、「65歳以上向けのシェアハウスをやらないんですか」とよく言われます。ただ、コミュニティが手段やサービスになるのには違和感があるので、現時点では考えていないです。
シェアハウスに住んでいる人は、もちろん金銭面が理由の方もいると思いますが、シンプルに楽しいからという方も多いはず。人と一緒にいることはあくまで結果なので、利用し合う関係になるのは嫌だなというか。
── なるほど。シェアハウスに向いている人も、そうでない人もいますしね。
他人と折り合いをつけるのが難しい人は単身のアパートのほうが気楽でしょうし。それに、たとえ性格がよくなくても、誰かと繋がっていなくても好きな場所に好きに住みたいじゃないですか。
僕は将来、ずっと動画配信サイトを見ていたり、ゲームしていたりする引きこもりのおじいちゃんになる可能性だってありますけど、それでも楽しく暮らしたいっていう欲があるんですよね。そのときに家がないのが一番困ると思うし、自分が高齢者になってからも家を選びたいので、R65不動産をやっているようなところがあります。
ただ同時に僕としては、R65不動産が30年後になくなっていると幸せなんです。今はまだ高齢者が借りにくいから「R65」と区別していますが、当たり前に借りられるなら区別しなくてもいいですから。
80歳の人がまちの不動産会社に行っても追い返すことなく、「はい、物件をお探ししますね」っていう世の中になっていたらいいですよね。
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取材・執筆栗本千尋
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