とはいえ、不景気でSDGs活動は持続できるの? 改めて問い直す、持続可能な目標設定の意味

2015年の国連総会で、2030年までに持続可能な開発目標(SDGS)が採択されてから、日本でも「SDGs(エスディージーズ:Sustainable Development Goals)」という言葉が浸透してきました。2020年にレジ袋有料化がスタートし、大企業がカーボンニュートラルやプラスチック使用量の削減に取り組むことを表明したりと、SDGsに関する変化が日常的に増えています。

しかしここ数年は新型コロナウイルス禍、世界的なインフレーションの加速やウクライナ侵攻の影響による物価の高騰で、経済的な苦しさを抱える個人や企業が増えています。

経営の苦しい企業は環境負荷の少ない商品の開発やカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量を抑え、吸収や除去をすること)に取り組むことが難しくなります。一般の消費者も、少し高いお金を出してエシカル(倫理的に社会や環境に貢献する)な商品を購入したり、環境問題について学ぶ余裕を持つことがなかなかできません。

そんな中で、SDGsは本当に達成するべき目標なのでしょうか?また、日本社会には目標を達成するための資源(リソース)はあるのでしょうか?

サステナビリティ経営に詳しい戦略・金融コンサルタントであり、環境省、農林水産省、厚生労働省のESG(長期的に配慮するべき環境、社会、統制)領域の委員会委員でもある夫馬賢治さんは、

「ヨーロッパは新型コロナウイルス禍やウクライナ侵攻を契機に、中長期的な課題解決に向けた動きを加速させています。日本がここで足踏みをすると、世界から更に遅れをとってしまうことになるでしょう

と指摘します。世界ではなぜ危機的な状況がSDGsに取り組む動きを加速させているのでしょうか。また、不景気に苦しむ日本がこれからSDGsに取り組むべき価値があるのか、夫馬さんに聞きました。

ESGの専門家であり、プライム上場企業やプロの機関投資家、官公庁にもアドバイザーとして関わっている夫馬さん

現実の危機が、欧米のSDGsを加速させている

国連で達成するべきSDGsの目標が採択されてから8年、世界の状況は大きく変わっています。それを受けて、世界のSDGsを巡る局面はどう変化しているのでしょうか?

「ヨーロッパではウクライナ侵攻の影響でロシアから天然ガス(化石燃料)の調達が難しくなり、化石燃料依存を回避しようとする動きが加速しています。SDGsだけではなく、エネルギー自給率を高め自国を守るという観点からも再生可能エネルギーの拡大が急務となっているのです。

もう1つ、2022年以降大きく進んでいるのが資源をリサイクルやリユースをするサーキュラーエコノミー(循環経済)です。2023年のG7会合では、環境・エネルギー相会合だけでなく、財相会合でもサーキュラーエコノミーの促進が盛り込まれました。日本では3月に経済産業省が「成長志向型の資源自律経済戦略」を策定し、プラスチックだけでなく、電化製品、衣類、自動車部品でもサーキュラーエコノミーの規制を強化する政策を発表しました。

日本では、サーキュラーエコノミーは、まだ「エコ」の文脈でしか注目されていません。しかしヨーロッパではウクライナ侵攻以降、紛争によって原料が輸入できずモノづくりができなくなることを危惧し、原料調達のために経済のサーキュラーエコノミー化を実現しようとしています

実際に危機を経験したからこそ、よりスピード感を持って取り組めるようになっていると夫馬さんはいいます。

「日本でも気候変動について大きく報道され始めたのは2018年の西日本豪雨や2019年の台風15号、19号があったからです。具体的な事象がなければ未来への想像力は働きにくいのかもしれません。その意味でウクライナ侵攻は社会や環境への中長期的な課題解決をさらに加速させる大きな契機となっています」

日本では世界的な原材料価格の高騰や円安の影響を受け、価格の高騰が続いています。この状況でもSDGsに取り組むべきなのでしょうか。

「私達が価格高騰をどう捉えるのかが重要だと思います。今を凌ぐために未来を捨てるのか、未来に危機感を持って今動くのかで社会の向かう方向が大きく変わります。

今の幸せを最大化しようとすると必ず未来が犠牲になります。例えば漁業などで今好きなだけ魚を獲ると10年後に漁獲量が減ってしまうのと同じです。未来のために、どんな資源をどれだけ使うのかバランスをとることが大切だと思います」

今の日本が取り組むべき食料問題

SDGs活動には、一般の消費者の理解が必要です。戦略・金融コンサルタントとして10年以上前から大企業や官公庁にSDGsの必要性を伝えてきた夫馬さんは「SDGsの必要性を世間一般に伝えるためにはタイミングが重要」だといいます。

「希望のない状態で危機感だけを伝えると、絶望を招き、混乱を引き起こしてしまう恐れがあります。もし『毎年どんどん漁獲量が減っていて将来は魚が食べられなくなります』とだけ聞かされたら『じゃあ今のうちに好きなだけ食べよう』と思う人がいるかもしれません。でも『毎年これだけの漁獲量に抑えれば将来的に漁業は持続可能です』と希望をセットで伝えることで協力する人が増えると思います。人は危機感だけでは動けません、希望が生まれてきた段階で伝えることが大切なのです」

では、SDGsの目標の中ではどんな分野で希望が見出されているのでしょうか。

エネルギーについてはかなりはっきりとした将来展望がみえてきています。先進国だけではなく途上国からも化石燃料依存を減らすための動きが出ています。

今は自動車の燃料についてEVかガス合成燃料なのかが議論されていますが、ディーゼル車やガソリン車を将来的には使わないということに関しては、いつの間にか社会全体の合意が形成されていると感じませんか?10年前は『カーボンニュートラル(脱炭素)はコストが高すぎるよね』と言われていましたが、今では技術が進化しコストが大幅に下がって『頑張ればやれるんだ』ということが見えているからです」

次に希望が見え始めているのは「食料」だといいます。

「極端にいえば、世界中の森林を切り拓いて農地を作り、環境に配慮せず肥料や農薬を撒けば増産することはできます。しかしそれでは環境破壊に向かってしまいます。今ある農地を増やさずに生産量を増やすことが求められているのです。

そして現在は減肥農法※や、土の中の微生物を活用して収穫量を増やす新農法など、自然農法が急速に進化しています。夢物語だったことが、実現の一歩手前まできているんです。農林水産省が主導し、生産者に対してより持続性の高い農法への転換を推進しています。

宮崎市で開催された4月のG7農相会合では、『短期的な課題への対処が、よりレジリエントで持続可能な農業・⾷料システムの達成に向けた⻑期的な⽬標に注⼒することを妨げてはならない』という言葉が共同声明に入りました。ここでも長期的な課題に向け今から動くことが強調されています。」

産業を枯渇させないためにSDGsが重要

経済的に苦しい社会状況でもSDGsに取り組む必要性について、夫馬さんは経済的な視点から「日本の産業をこれ以上衰退させないためにも取り組むことが重要」だといいます。

「日本の企業の多くは2021年に、2030年や2050年を見据えた社会・課題のサステナビリティに関する長期目標達成計画を発表しました。しかし欧米のグローバル企業はそれを2010年に既にやっています。その意味で10年遅れをとっているのです。私は2010年から2年ほどアメリカのビジネススクールに留学してたのですが、現地の大企業では当時から経営戦略にサステナビリティを統合することが当たり前に話されていました」

ESG投資とは、環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう投資のこと。Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字をとった言葉

夫馬さんは、「日本企業は、再生可能エネルギーなどの新しい技術に関しては『フォロワー(後続)になったほうが失敗した時のリスクを負わずに済むから効率的だ』という見方が多かった」と振り返ります。

「2015年以降、先行して動いてきた国で再生可能エネルギーやEVの技術の花が咲き始めました。すると先行者に有利な規制が作られてしまうことが多かった。フォロワー戦略は功を奏さず、実際には日本企業は参入が難しくなってしまいました。

今の日本では、太陽光発電パネルも風力発電装置も作る大手メーカーがありません。リサイクル技術も、高性能のEVバッテリーを作ることもできず、危機的状況になっています。これは日本の大きな失敗だったと思います」

エネルギーの分野で出遅れてしまったからこそ「食料を二の舞にしてはいけない」と夫馬さんはいいます。

食料の分野で海外に先行されてしまうと、いま以上に輸入が増えるかもしれません。持続可能な農業を目指すことは、日本にとって安全保障の問題でもあるのです。農水省は、全省庁の中で最も早くカーボンニュートラルに動き始めました。今すぐ企業や自治体、農業団体が一丸となって全力を上げれば日本はまだ頑張れると思います」

日本が食料を持続的に生産していくためには何が必要なのでしょうか。

「島国だからこそ、国内での地産地消を考えなくてはなりません。しかし、増産して地域で消費するだけではなく、農業や水産業のやり方を改めて検証する必要があります。例えば、肥料を海外製に依存していないか、持続可能な農法なのかなどです。

なぜなら、土壌の劣化や生物多様性の喪失など日本の生態系を破壊してきた最大の要因は農業だからです。それは日本以外でも同じです。世界的にも気候変動や生態系の再生の問題において第一次産業が注目されています。今こそ日本の農林水産業を作り直さなければなりません。G7農相会合でも『変革』という大きなキーワードが使われています」

農林水産省は、農法の見直しについて取り組みを進めているといいます。

「昨年、『みどりの食料システム法』が成立・施行され、農業や漁業、林業などの環境負荷を減らす事業活動計画を減税措置や補助金で支援しています

地域の農業政策は、実際には都道府県単位ではなく市町村が担っています。つまり日本の農業政策を変えるためには、市町村単位で農法を変える意志を持ってもらう必要があるのです。そのため今回の法律では、都道府県が『基本計画』を策定し、農林水産省が承認すれば、都道府県下の農家や漁師には特例で減税等が受けられるようにしました。但し、都道府県内の全市町村に合意を取り付けないと、『基本計画』を農林水産省に提出できないという条件が付けられています。

2023年3月末までに、47全都道府県が実際に合意を取り付けて自発的に基本計画を提出しました。非常にいいペースで農法転換が進むかもしれません。もちろん農業も漁業も高齢者が多い。食料バリューチェーンに関わる大企業も農家や漁師を積極的に支えていく必要があります。」

また、次世代にSDGsについて伝えることも1つの課題です。

「学校の先生達がSDGsを教えると、農業は大切で素晴らしいという話で終わってしまうことがほとんどです。それも大事ですが、一方で肥料や農薬の使い方によっては生態系を破壊してしまうことも伝える必要があります。それについて現在、農林水産省と環境省がタッグを組んで今年3月に閣議決定された『生物多様性国家戦略2023-2030』でも農法転換が大きく位置づけられています。今後、政府も、教育や啓発について動こうとしています」

未来のコストを抑えるために、今が踏ん張りどころ

将来の持続可能性を考えた時、私達はSDGsについてどんなことに取り組むべきなのでしょうか。

「これから人口が減少し経済規模が縮小することを踏まえて、各地域の地域資源を見出していかなくてはなりません。産業や農産物だけでなく、歴史や文化など全てが地域資源です。そこに目を向けなければ産業がなくなってしまいます。エネルギーに関しても、巨大な火力発電所が電気を送ってくれる時代ではなくなっていきます。一人ひとりが自分達で生み出せるエネルギーは何かを考えなくてはいけないと思います」

地域資源の発展のキーとなるのが、地域金融機関だといいます。

「地方銀行、信用金庫、信用組合、JAバンクなどの地域金融機関は地元の経済に向き合っているため、彼らが地域資源を重要視することが地域経済の発展に欠かせません。2021年から環境省の『ESG地域金融促進事業』がスタートし、地域の金融機関が主体性を発揮し、地域資源について最もよく知る存在となることをゴールとして掲げています」

日本経済が低迷しているからこそ「SDGsどころじゃない」と投げ出すのではなく、地域資源を見直し、エネルギーや食料問題について「日本に暮らす一人ひとりが実感して動かなければいけない」と夫馬さんは訴えます。

「新しいことをするためには短期的には必ず高いコストがかかるため、『農法やエネルギー電源を変えるために政府はなぜ余計なお金を使うの?』と感じるかもしれません。しかし、今のままのやり方を続けると長期的にコストが上がってしまうことがシミュレーションされているので、将来のコストを抑制するために今から投資をしているのです。

エネルギーでは遅れをとってしまいましたが、食料では新しい技術が実用化されようとしており、日本が世界の中で頑張ることがまだ可能です。食は日本人の原点です。今こそ踏ん張りどころだと、知っていただきたいと思います

終わりに

SDGsの項目について考えると、自分とはかけ離れた壮大な話のように感じてしまい、つい目の前の生活に考えが向かってしまいます。しかし夫馬さんのお話を伺ったことで5年、10年単位で技術が大きく進歩し、希望が見えている分野があることが分かりました。

また、持続可能性を実現する技術への投資は、日本の産業の発展にも大きく関わっています。自分や身の回りの人達の幸せのために、少しだけ先の生活に目を向けて行動することで、未来は大きく変わるのかもしれません。

\ さっそくアクションしよう /

ひとりでも多くの人に、地球環境や持続可能性について知ってもらうことが、豊かな未来をつくることにつながります。

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