パパも育児の主語にする。二児の育休を経て取り組む父親サポート #豊かな未来を創る人

「イクメン」が新語・流行語大賞のトップテン入りをしてから10年以上。育児・介護休業法が改正され、2022年10月からは、育児休業とは別に子どもの出生直後に父親が取得できる「産後パパ育休」が創設されました。

「男性も育児の担い手として期待され、制度も少しずつ整えられてきた今、父親が主体的に育児をするためのサポートが必要です」。そう語るのは、一般社団法人Daddy Support協会の理事・中西信介さん。二児の父親として、それぞれ約1年間ずつ育休を取得し、子育てに取り組んできた当事者です。

産前産後にかけての適切な動き方がわからない。仕事と育児のバランスがうまくとれない。子育てに悩んだときの頼り先がないーー。そんな父親たちにとって、必要な情報や支援を提供するための仕組み作りを行う中西さん。その取り組みが、父親だけでなく、ともに育児を担う母親を支え、家族を守ることにもつながると考えています。

自身が育休期間を過ごす中で感じたこと、そこから必要だと考える父親支援の在り方、そして男女問わず育児に関わる人たちが健やかに生きられる未来をどう創っていくのか、伺いました。

中西信介(なかにし・しんすけ)

一般社団法人Daddy Support協会理事。1987年、埼玉県生まれ。4歳の娘、1歳の息子を持つ父親。早稲田大学政治経済学部を卒業後、2010年に農林水産省に入り、4か月で退職。1年間豆腐屋でアルバイトをした後、再び試験を受けて参議院事務局へ。その後、2014年に「まちの保育園・こども園」を運営する会社に転職。子どもを真ん中に、保護者や園、地域をつなぐコミュニティ・コーディネーターとして勤務しながら、保育士資格を取得。2019年、1人目の育休を1年間取得。復帰後は時短を取得して勤務。2022年から2回目の育休に入り、現在は仕事に復帰したばかり。

父親が適切に起動するためのツール作り

── 子育てをする父親に向けた支援というのは、具体的にどんなことをしているのでしょうか。

今は目下、「父子手帳」を制作するプロジェクトに取り組んでいます。

── いわば「母子手帳」の父親版といったイメージでしょうか。

わかりやすく言うとそうですね。「母子手帳」は母と子の健康を管理するために必要な情報が記載されていて、妊娠届を出す際に役所の窓口で必ずもらえます。

一方、お父さんたちが必要な情報にアクセスできるツールは、これまで身近になかった。それで「父子手帳」を作ることにしました。

女性だけでなく、男性も出産前から知識を身につけるための仕組みが大切。そうすることで、出産後も当事者として、子育ての役割を担うことができると考えています。

── 制作にあたっては、クラウドファンディングをされたとか。

はい。今年3月から約1か月間で404名の方々に賛同していただき、目標だった300万円を大きく上回る支援金が集まりました。それをもとに、実際にいくつかの自治体、そして内容を監修する専門家たちと連携して制作を進めています。

── 具体的にどのような内容となるのでしょう。

実はこれまでも、いくつかの市区町村で「父子手帳」が作られてきましたが、載っているのは出産後の育児にまつわる情報が多かったんです。ですが本来、出産前から父親も知っておくべきことがたくさんあると、僕たちは考えています。

新たに作る「父子手帳」は、妊婦の体と心の変化とサポートの仕方や、出産前に夫婦で話し合っておいた方が良いことをはじめ、子どもが生まれる前から父親に役立つ情報も厚めに入れたいと考えています。

さらに出産後についても、夫婦のメンタルヘルスや、困ったときに頼れる機関やサービスなど、産婦人科医や助産師、精神科医などの専門家に監修してもらいます。

まずは今年度いくつかの自治体と組んで「父子手帳」のプロトタイプを作成・配布し、その後数年にわたって効果測定も行っていく予定です。

自治体における男性の育休取得率や、父母の育児家事・労働時間がどう変わっていくのか。それらのエビデンスを集めてモデルケースを作り、現状の「母子手帳」と同じように、全国での実用化を目指します。

オンラインのプレパパ向け講座に講師として招かれ、1歳の息子とともに参加する中西さん。

父親へのアンコンシャスバイアス

── 中西さんはもともと霞ヶ関で働くキャリア官僚だったとか。そこからどのような経緯で、子育てをするお父さんたちをサポートするようになったのでしょうか。

そうですね。僕は13年前、新卒で農林水産省に入りました。国会答弁を作るために、徹夜で仕事をする毎日。このまま生活を犠牲にして働き続けた先のビジョンが持てず、4か月で退職しました。

その後、まったく違う仕事がしたくて、リヤカーで豆腐を売り歩くアルバイトを1年間していた時期もありましたね。それから再び国家公務員に戻った後、震災復興を始めとした国政の業務に広く関わる中で、地域に根ざした事業を通じて社会課題を解決することに関心を持つように。そんなとき、「まちぐるみで子どもを育てる」を理念に掲げる保育園が、コーディネーター職を募集していたことから現在の企業に転職したんです。

入社して4年半後、第一子となる娘が生まれ、1年間の育休を取得した経験が現在の活動のきっかけとなりました。

── 今でこそ、男性の育休取得に関する制度が徐々に整ってきましたが、当時周囲の反応はどうでしたか。

まず育休を取ることにしたのは、妻が転職後に起業していて産休育休制度が使えなかったこと、そして何より僕自身が子どもの成長を側で見守りたい気持ちがあったからです。妻は「めっちゃ良いじゃん。私が働くね」と賛成してくれました。

また、保育園を運営する企業に勤めていたので、職場においても好意的に背中を押してもらえました。とはいえ、1年間育休を取得する男性社員はまだ珍しかったので、安定期に入る前に直属の上司に報告をして、かなり入念に引き継ぎを行いました。

育休中、妻の地方出張に子どもたちと同行。妻が仕事をしている日中は、子どもたちと地域の公園や子育て支援施設で過ごした。

── 育休の中でどんなことを感じたのですか?

0歳の貴重な時期を、子どもと過ごせたことは想像以上に楽しかったです。でもやはり父親が育児をするにあたって、必要な情報になかなか辿り着けない、相談先がわからない、コミュニティもない。母親に比べて、子育てをする父親への支援環境が乏しいことを実感しました。

今でも覚えているのは、娘の産後間もなく、自治体の制度で自宅に保健師さんが訪問してくださったときのこと。夫婦で対応したのですが、担当の方は「お母さん何か困りごとはないですか?」と妻にだけ話しかけていて。

妻から「子どものお世話をメインでしているのは夫です」と説明しましたが、「お父さん、ちょっと席を外してもらえますか?」と言われ、妻一人への丁寧なヒアリングが始まりました。

母乳など女性特有の悩みもあるでしょうし、家庭内暴力もあるかもしれない。そうしたリスクヘッジも踏まえたヒアリングだったのだともちろん思いますが、父親の困りごとについては一度も尋ねられることなく訪問が終了しました。

── 育児の担い手として、あくまで母親が主体であると。

そうですね。それは他の場面においても同じで。娘の定期健診に僕が行くと、「今日はお母さんどうされましたか?」と尋ねられ、当時はものすごく珍しいケースとして扱われました。

子どもを連れて外出すると、「お父さんなのに偉いわね」と言われることも。声をかけていただいて嬉しい反面、なんだか下駄を履かせてもらっている気分でした。

── 確かに、お母さんたちが同じことをしても、そうした言葉をかけられることはない気がします。

はい。やはり社会における、父親への無意識の偏見や思い込みがあるのではと感じました。近年「イクメン」という言葉が浸透して、男性育休の制度も整えられてきている一方、大黒柱や稼ぎ頭として期待される「男性らしさ」はまだまだ変わっていないような気がして。

僕自身が育児の主体だと思っていても、周囲はそれを期待していない。子育ての主語は、あくまでお母さん。少しずつですが女性の社会進出が推し進められる一方、男性の家庭進出はまだまだ道半ばだなと。

「男性だからこうあるべき」というのではなく、男性だって家族のケアをする側に回っても良いし、子育てを主体的に楽しむ権利があって良い。最初の育休を過ごす中でそんな思いが生まれ、3年前に地元立川市で「パパママ子育て応援部Hiタッチ!!」というコミュニティを立ち上げました。

休日、近くの公園を家族で散歩。

── ここではどんな活動を?

当時は、パパ同士で交流できるコミュニティがTwitterくらいしかなかったので、直接顔の見えるつながりを作ろうと思いました。

特にそれまで仕事に没頭してきた男性が育休をとると、社会との関わりが減り、孤独感を感じる人も少なくない。男性も誰かに「助けて」と言えるような場を作りたくて、出産前のパパ講座や育休復帰講座、親子で参加できる音楽会などのイベントや交流会を開催してきました。

活動を続ける中で、地域で行う"点"としての取り組みを、どうすればより多くのお父さんたちに"面"として広げていけるのか。さらに、育児をする当事者だけでなく、医師や助産師、育児の研究者など、さまざまな専門家の知見を借りて父親をサポートできないか。そう考えていたときに、偶然同じ課題を持つメンバーと出会いました。

それで昨年末、僕を含めた有志3名で、一般社団法人Daddy Support協会を立ち上げたのです。ここでは「育児をする当事者」「企業や自治体」「医師や研究者などの専門家」、僕たちがそれぞれのセクターの橋渡し役となり、子育てをする父親をサポートするプロジェクトを展開しています。

父親にもこんな三重苦が...

── 新たに立ち上げた協会の活動の中で、育児をする父親を取り巻く環境に、どんな課題があると感じましたか。

自分の育休体験を振り返りながら、メンバーと話し合う中で、父親が育児をするにあたって、今の世の中には3つのことが足りていないと改めて感じました。

まず一つ目は「知識」です。女性の場合は、10か月の妊娠期間の間に親として必要な知識を否が応でも習得していきます。役所で妊娠届を出して「母子手帳」を受け取った後は、産前産後で定期的に産科に通い診察を受ける。自らの身体のリアルな変化を体感しながら、医師や助産師、栄養士などの専門家に直接相談する仕組みが設けられています。

一方で父親の場合は、そうした機会が自動的に用意されているわけではない。結果、母親との間に当事者意識や育児スキルの差が生まれていき、両者ともに戸惑いや不満を抱えてしまうことも少なくありません。

── 確かに、父親となった人が情報にキャッチアップできるかどうかは、今のところ個人の関心ややる気の度合いに左右されてしまうのが現状ですね。

そのように思います。そして2つ目は「経験」。核家族化や少子化が進む中で、男女問わず、赤ちゃんを見たりお世話をしたりする機会が身近にあまりない。特に男性の場合、例えば子どもを持つ友人と赤ちゃん連れで会うような機会も、やはり女性に比べると少ないと感じます。

僕も含めて、自分の子どもが生まれて初めて、おっかなびっくり赤ちゃんを抱っこしたという男性は珍しくないのではと思います。

さらに3つ目は、父親への「支援」です。確かに産前には「両親教室」もありますが、あくまで受講対象のメインは母親で、父親はサブ。行政の主催する子育て講座においても、「ママのための○○講座」のようなものが多く、やはり支援の主なターゲットは母親となっているように感じます。

僕が育休中に感じたように、父親が育児に迷ったり悩んだりしたときの相談相手はいない。やはりそこは社会のインフラとして整っていない部分だと思います。

ですが、知識や経験の不足をそれぞれの父親個人の責任にせずに、社会としてどう保証していくかが大事な視点だと思っていて。それが、母親も含めた家族を守っていくことにもつながり、地域社会や企業を変化させる原動力にもなっていくのではと思います。

パパと一緒に弟のお世話をする娘。

半径5mのポジティブな育児体験をつなぐ

── 中西さん自身は育児の体験を通して、どんな変化がありましたか。

もちろん子どもを持つことがすべてでは決してないですし、さまざまな選択肢があることが前提ですが。僕の場合は、育児にコミットする機会を通して、それまで自分の中にあった当たり前をときほぐしてもらえた感覚があります。

それまで僕の人生では、やはり仕事が大きなウエイトを占めていて。そこから一度離れて子育てをする中で、仕事はとても大切な自己表現の一つであると改めて実感できました。

と同時に、仕事は人生の一部でしかないこともきちんと感じられた。この先ライフステージに合わせて、仕事から離れる時期も来る。そのときにも、家庭や地域などさまざまなところで、ちゃんと豊かさを見出せる人でありたいなと。そうやって一人ひとりが豊かさのアンテナを広げていくと、もっと多様性のある生き方が選べる社会になっていくのではと思います。

離乳食作りは中西さんが担当し、その他の家族の食事作りは料理好きの妻が担当。家事分担は、それぞれ得意なこと、やりたいことを行うのが夫婦のスタンス。

── 育児はしんどさや社会への憤りを起点に語られることも多いですが、そうしたポジティブな側面を分かちあっていくことは、社会全体で育児に取り組んでいく上で、一つのサステナブルなアプローチだとも感じました。

はい。社会をより良い方向に動かしたいとき、「国に言われたから」とか「家族のためにこうすべき」と言っても人はなかなか動かないと思うんです。

そうではなくて、身近な人の「これをしたらとても良かったよ」という実感を伴う声が、人の行動変容を促すのではないかなと。

実際に僕自身が育休を最初に1年間取ろうと思ったときも、会社の社長が1年間仕事を離れて、父親として育児をする姿を見たことが大きな後押しとなりました。

そして僕が育休から戻ると、同じ職場の男性たちが育休をとったり、仲の良いパパが「中西さんを見ていると、自分も1〜2か月ぐらいならと、勇気を出して育休をとれました」と言ってくれたりして。

特別な誰かではなく、身近な誰かの変化の一端を見ること。社会を動かす上で一番大事なのは、そんな半径5メートルのポジティブな変化なのではないかと。

そうした意味では、今取り組んでいる「父子手帳」プロジェクトは、あくまで最初のとっかかりであると捉えています。そこから小さな変化を生み出していった先にある大きな目的は、父親母親問わず、すべての育児をする人が適切な支援が受けられる社会を作っていくこと。

性別や年齢、置かれた境遇などに関わらず、誰もがやりたいことにおいて自分が主語となれる。そんな社会を目指して、まずは僕自身が楽しみながら半径5メートルの小さな変化を作っていきたいです。

  • 取材・文木村和歌菜

    撮影Yuki Arai

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