「既存の線引きを一歩引いた視点で見直し、''みんなが使いやすいトイレ''を考えたい」建築デザイナー・サリー楓

特にここ数年、トイレや温泉、更衣室などのさまざまな施設をトランスジェンダーの人たちが利用する権利について、話題に上がることが増えています。

一部の人たちが唱えるのは、「トランスジェンダーの権利保障が進むと、女装した男性が女性用トイレや女湯に入ってくる」、「女装した男性が様々な女性用スペースに入ってくることを拒むことができず、性犯罪が助長される」といった言説。

しかし、前提として、性犯罪を犯す人とトランスジェンダーは別々の人です。

それにも関わらず、主にSNS上で繰り返されるこういった言説は、政府が性的マイノリティへの理解を増進する「LGBT理解増進法」の成立を目指す動きを活発化させ始めた2023年に入った頃から、徐々に増えていきました。

筆者は、この問題に関心を持ち始めてから、「世の中では『女性の権利vsトランスジェンダーの権利』という対立構造で議論され続けているけど、女性が性犯罪から身を守ることも、トランスジェンダーの人たちが社会から差別されずに生活を送ることも当たり前の権利のはず。性のあり方を問わず、みんなが権利を損なうことない施設のあり方を模索していきたい」と、考えるようになりました。

では、どんな人でも利用しやすいトイレや温泉などの施設は、どんな視点を持って考えられていけばいいのか?

特に、すべての人が日常的に必要とする「トイレ」という施設は、どんなふうに見直されていくのがよいのか。

そのヒントを得るために2023年の4月、セクシュアルマイノリティの当事者であり、建築デザインの専門家として、日建設計でトイレを含む様々なスペースを手がけるサリー楓さんに、声をかけました。

サリー楓さんは、「性犯罪の問題」「トランスジェンダーの人たちが使える施設が限定されてしまうという問題」は、議論されるべき論点が異なるため、それぞれの観点ごとに考えを深めていきたいと、その思いを語ります。

そのうえでサリー楓さんに、「みんなが利用しやすいトイレ」をつくるためにどんな考え方があるのかを聞くと、これまで当たり前とされてきた線引きに囚われすぎず、線引き自体を柔軟に見直してみる、というひとつの考え方を教えてもらいました。

女性スペースを巡って議論されるべきは、「どのようにして女性の安全を確保するか」

2023年から主にSNSを中心に増えていった、トランスジェンダーの人たちの権利を守る法律ができると女性の安全が脅かされる、といった言説。こういったことが言われる背景について、まずはサリー楓さんのお考えを聞きました。

「女装した男性が『自分の性自認は女性』という主張で女性用スペースに入ってきて、性犯罪を犯した、といったニュースがSNSで引用されたりしていますよね。
そういったことから、『トランスの人たちが様々な領域に入ってくることによって、これまで保証されていた安全が脅かされる』という議論になっています。

そのような世の中の意見に私は、女性用スペースの安全性を保証する必要があると共感する一方で、トランスジェンダーの排除が安全性の保証になるという感覚が持てないんです。性犯罪の話を見聞きしても、性犯罪を犯す人と自分が知っているトランスジェンダーの人たちは重ならず、性犯罪からトランスの人たちを連想することができません」

前提として、性犯罪を犯そうとする人と、トランスジェンダーは別々の人です。そのため、女性の安全を高めるために議論されるべきは、性犯罪を犯そうとする人への防犯対策の話ではないのでしょうか? そんな筆者の考えを、サリー楓さんに投げかけました。

「世の中ではたとえば、銭湯を例に挙げて、『LGBT理解増進法が法制化されると、女装した男性が女性風呂に入るのが日常になる、末恐ろしい』のようなことも言われたりしていますよね。

ですが、女装した男性が女湯に入ることや、女性と偽って女性用スペースに入って盗撮をしたりすることは、議論の余地なく犯罪です。LGBT理解増進法が、女性と偽っての性犯罪に悪用されることを防ぐのが大切で、どうやって法律の悪用を防ぎ、女性の安全性を高めるのか?という議論が本来されていくべきではないかと思います」

犯罪には防犯、トランスジェンダーのグラデーションには選択肢。「観点ごとに考えを深めていきたい」

サリー楓さんのお話から、トランスジェンダーの人たちを女性スペースから排除しても、女性スペースでの性犯罪がなくなるわけではない、ということが改めてよくわかります。

女性の安全を守るために必要なことは、トランスジェンダーの権利を抑制することではなく、性犯罪への防犯対策へと議論を推し進めていくこと。

では、トランスジェンダーの人たちが、トイレや温泉などを利用するという当たり前の権利を保障するためには、様々な施設についてどのようなことを考えていけばいいのでしょうか。

トランスジェンダーと一括りに言っても、グラデーションがあります。20代になる前に性別移行をして大人になった頃には生まれ持った性を意識されずに生きている人もいますし、見た目はまだ男性的だけど心は女性でこれからホルモン注射を打つことを考えている、という人もいます」

性別移行とは、性自認に合わせて外見や身体を変えること。どんな人でも自認するジェンダーに合わせて、性別移行をする・しないを選ぶ権利があり、性別移行を選んだとしてもその程度は人それぞれです。

「だからこそ、温泉やトイレなど様々な施設を考えるうえでは、既存の男女別に加えて選択肢を増やすことが必要です。

犯罪があるなら防犯が論点、トランスジェンダーにグラデーションがあることについてはグラデーションに合わせた選択肢を用意できるかが論点ではないかと考えます。それぞれの観点ごとに考えを深めていけたらいいなと思っています」

グラデーションに合わせた選択肢をつくる、という観点に立ったとき、どんな選択肢が思い浮かぶでしょう? たとえば温泉なら、既存の男湯、女湯のほかに、混浴や個別風呂......といった選択肢を、筆者は思い浮かべました。

「新たな選択肢が増えると、その選択肢に伴って、誰がどの施設を使うのかという利用ルールがついてくるはずです。そして、私はルールが議論されること自体をポジティブに捉えています。

トランスジェンダーにはグラデーションがあるという話をしました。そのグラデーションを、『あなたは女性、あなたはまだ男性』と誰かの判断で線引きすることはできません。

ですが、『線引きできないから、性自認に任せて様々な施設利用をしていい』とは思いません。様々な施設利用の判断を一人ひとりの主観性に委ねることで、性犯罪者が『心は女性』といった主張を持ち出して性犯罪を犯したり、逮捕から逃れようとするようなリスクにつながってしまうと懸念します。だからこそ、誰がどこを利用できるのかという客観性に基づいたルールが必要なんです」

「誰が使うか」ではなく「どう使うか」の視点で、トイレのバリエーションを増やす

建築デザイナーとしてトイレをはじめとした様々な施設を提案するサリー楓さんは、どのような想いを持ってトイレをデザインしているのでしょうか。

「私が関わっているトイレプロジェクトはジェンダーの課題をメインテーマにしたものではありません。ジェンダーを主としたテーマに掲げてはいないけれども、みんなにとって使いやすいトイレを設計していった結果、トイレを気持ちよく使える人がこれまで以上に増え、ジェンダーの課題の解決策にもつながったらいいなと考えているんです」

みんなにとって使いやすいトイレ。そんなトイレをつくるために、どんな考え方があるのでしょう?

サリー楓さんが紹介したのは、誰が使うのかで線引きするのではなく、どう使うのかという視点でトイレを設計するという、ひとつの考え方でした。

私たちが日常的に目にする既存のトイレは主に、「男性用トイレ」と「女性用トイレ」、それから、車いす利用者や高齢者、子連れの人などのために必要な機能と広いスペースが設けられた「だれでもトイレ(*1)」の3つです。



これらのトイレはすべて、誰が使うのか?という視点で線引きされています。

基本的には、男性は男性用トイレ、女性は女性用トイレを使います。トランスジェンダーの人たちは、だれでもトイレを使っている人もいれば、手術や戸籍上の性別変更を経て既存の男女トイレのどちらを使っている人もいるため、トランスジェンダーだから基本的に〇〇トイレを使っている、と一概には言えません。

「様々な利用者の声を聞く中でわかったのは、たとえば女性同士でも、『会社の上司に会うのが気まずいからだれでもトイレを利用している』『破れたストッキングを履き替えるためにだれでもトイレを利用したら、健常者なのになんで使っているんだ、と小言を言われた』というケースがあったりするということでした。

また過去に、全部個室にしただれでも使えるトイレをユーザーがどう思うかについてヒアリングしたときに、利用した男性から『今まで広いトイレを必要としていても、車いすのマークがついているトイレには入りづらかったのでありがたい』といった声をもらったこともあります。

トランスジェンダーの方は、人によっては普段から、自分が利用したい設備を利用できないということが起こっています。生まれ持った性と性自認が一致している男女にも、毎回ではありませんが、同じような状況が生まれるケースがあることが見えてきました」

女性の中にも男性の中にも、一人ひとりの事情によってトイレに求めることのグラデーションがあるけれども、『誰が使うか』という既存の線引きがそのグラデーションに対応しきれず、利用したい設備を利用できないという状況を生んでいる、ということがヒアリングでわかったんです。

だから私は、様々な人のグラデーションに応えるために『だれでもトイレ』に集まっているニーズを拾うことを目的として、トイレをデザインしています。誰が使うかで線引きするのではなく、どう使うかを考えて、トイレのバリエーションを増やしているということです」

サリー楓さんは、男性トイレ、女性トイレと、ジェンダーで線引きするトイレは、防犯の観点から社会に必要であると語り、その上で、「既存の線引きによって利用したくても利用できない人がいるのなら、線引きのあり方はひとつでなく、社会状況に合わせて柔軟に見直していきたいと試行錯誤しているんです」と想いを口にします。

「トイレって、利用者の主な目的は排泄です。でも排泄だけでなく、リラックスしたり、服装やヘアスタイルを整える場所としても利用されていて、自分のコンディションを整えに行く場所としても求められているというのは、多くの人が思い当たることだと思います。

そういうポジティブな面を突き詰めて、いろんな人が使えるバリエーションを増やしたいと、日建設計の新オフィス内にどう使うかをベースに考えた付加価値のあるトイレ『TOILET』を提案しました。私の企画を元に、設計部の方が図面に落とし込み、チームで検討を重ねながら形にしていきました」

2023年4月に、日建設計の新オフィス3階に展開された『TOILET』。

トイレにおける排泄以外のアクティビティに沿って、瞑想・仮眠などの"リラックス"、歯磨き・ストレッチなどの"リフレッシュ"、着替え・身だしなみを整える"スタイリング"に分けられた、3種類の個室が設けられた設計になっています。

写真提供:日建設計
写真提供:日建設計
写真提供:日建設計

「みんながよりよく利用できるために」と一歩引いてみる視点

性のあり方を問わず、みんなが気持ちよく使えるトイレを考えるために、まずはこれまで当たり前とされてきた線引きのあり方を柔軟に見直してみる。サリー楓さんからは、そんな視点をもらいました。

女性の権利とトランスジェンダーの権利。世の中で対立して語られているそれぞれの権利が対立することなく、どちらの権利も守られ、みんながよりよく利用できるトイレの形を考えたい、と今回の記事を企画した筆者に対して、サリー楓さんが伝えてくれたのはこんな言葉。

「使える施設が限りなく少ないという状況に置かれているトランスジェンダーと、性犯罪が怖いと感じる女性、どちらの気持ちも正しいという前提で、『みんながよりよく利用できるために』と一歩引いた視点を持って、同じ方向を向けたらいいですよね。

世の中で対立しているように見える多くの物事は、どちらかが正しいのではなくどちらも正しいことが多い。それを理解したうえで、そこから何ができるかを議論できるマインドが、コロナ禍を経た私たちには育ってきているとも感じています。

コロナ禍で、感染拡大を抑えるために自粛を呼びかけながら、経済を回すためにGo To キャンペーンをやっていたのも、まさにダブルスタンダードの例です。過渡期の状況においては異なる正解が共存しうるという前提で、何をするのかと考えなければいけないと思っています」

日建設計のTOILETのように、トイレの使い方に合わせてバリエーションを増やすことで、使える人を増やすというアプローチや、トイレの世界観から再構築するという試みは、まさに、既存の線引きを一歩引いて見る視点があってこその発想だと、筆者は感じました。

「やっぱり、利用者も設計に関わる人も、自分のパートだけ考えていては『みんながよりよく使える』という世界へは辿り着けません。

日本のトイレって、音姫やウォシュレットなど、すごい技術が詰まっているじゃないですか。そういった技術が世界でスタンダードになる日が来てほしいなと思っていて。

トイレメーカー、デザイナー、設計者、いろんな人たちがトイレという場をよりよくしたいと試行錯誤していることをよく理解しているうえで、みんなでもう一歩引いた視点を持って考えられると、もっと多くの人にとって使いやすい場が生まれると思います」

世界では近年、どんな性のあり方でも利用できることを目的とした「オールジェンダートイレ」の設置が広がり、日本でも各地方地自体や民間の検討の元、導入され始めています。しかし、オールジェンダートイレを設置さえすれば、トイレにまつわるあらゆる問題が解決し、どんな人でも使いやすさを感じられる、という単純な話ではありません。

「日本って、土地が高く、面積も限られていてビルなどが非常にコンパクトにつくられているので、多様な選択肢を用意するのには逆境なのかもしれません。ですがそれは、日本で解決できるならどこの国でも解決できるということの裏返しでもあるんです。

なので、私としては、オールジェンダートイレなど海外の流行や事例をただ真似しているだけではダメだと思っていて。『日本ではこんなふうにしてみんなが使えるトイレをつくりました』というふうに、日本から輸出していけるトイレの文化を新たにつくっていこうと努力し続けていくことが大切だと思っています」

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