「従業員、社会・環境にいい企業の印」B Corp認証制度に集まりつつある注目

ビジネスの力で世の中をより良くするには、どうしたら良いのだろう。

SDGsをはじめとしたムーブメントを受けて、企業の経済活動と、社会・環境に対してより良いインパクトを出すこと、そのふたつを両立させたいと考える企業が増えつつあります。しかし、そうした理想はあっても、具体的に何をすれば良いのかわからないといった企業も多いかもしれません。

そんな企業にとって、一つの手掛かりとなるのが、アメリカで2006年に生まれたB Corporation™️ (B Corp™️)という認証制度です。

従業員や関係者、地域住民、社会と環境など全てのステークホルダーの利益(Benefit)の追求をめざすこの認証制度。

審査をクリアするためのあらゆるプロセスが、サステナブルな経営を考えるうえでの自社の強みと弱み、具体的な改善点を知ることに繋がります。認証基準を満たせなかった場合でも、企業自身の状態を知る"健康診断"のような役割を果たすといいます。

海外ではその認証制度への信頼は高く、「B Corp企業に入社する」という基準で就職先・転職先を探すビジネスパーソンも多くいるのだそう。

世界92カ国で約7500社が取得しているB Corp。その中には、Patagoniaやダノンといった大手企業も含まれています。国内で認証を受けた企業は31社(※)と多くはないものの、2023年に入ってから認証企業が14社も増えるなど、日本でも急速に注目を集めています。

B Corp認証を受けることで、企業にとって、あるいは社会にとって、どのようなメリットがあるのか。B Corp認証に関する取り組みを積極的に行う国内企業3社にお話を聞いてみると、会社規模や成長フェーズを問わず、どんな企業にも当てはまる「より良い会社へと変化すること」の糸口が見えてきました。

B Corp認証制度とは? その全体像

そもそも、B Corp認証制度とは、一体どのような制度なのでしょうか。国内の認証企業にお話を聞く前に、まずは認証制度の概要をご説明します。

200項目を超えるアセスメントを通して企業をはかるこの制度。それらを大きく分類すると、「ワーカー(従業員)」「コミュニティ」「エンバイロメント(環境)」「ガバナンス(管理・統制)」「カスタマー(顧客)」の5つに分類されています。これらの基準を一定以上満たせば、B Corp認証企業として認定される仕組みです。


このような認証制度を作ったのは、アメリカのNPO法人「B Lab™︎」。社会を良くする力としてビジネスを役立てるグローバル ムーブメントをリードする非営利団体です。


こうして海外で生まれた「B Corp」。国内でも、手軽に審査をスタートすることができます。


ステップは明確なものの、計測と実践が問われる。さらに、審査に使用される言語はすべて英語。それが多くの日本企業にとってのハードルになっていました。

この言語の問題を解消すれば、申請する企業も増えるのではないか――。

そう考え、日本におけるB Corp認証制度への認知を広めようとしている企業がありました。

日本企業にとって、B Corp認証制度の魅力とは?

最初にお話を伺ったのは、バリューブックス(以下、VB)さん。長野県上田市を拠点に、オンラインでの古本の買取・販売をメインの事業とする会社です。VBさんは、2022年にB Corp認証の日本語版の翻訳書を出版。日本語での情報発信がまだ活発に行われていなかった頃から、「B Corp」の思想をシェアする役割を果たしてきました。自社でも、B Corp認証を申請中だといいます。


2022年に刊行された『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』撮影:平松市聖(Ichisei Hiramatsu)

古本の売買を主事業とするVBさんが、B Corp認証制度にどのような価値を感じているのか。VB・取締役の鳥居希(とりい・のぞみ)さんにお話をお聞きしました。


── なぜ、B Corp認証制度には、これほどまでに注目が集まっているのでしょうか。

鳥居

やはり、自分たちの会社をよりよくするための道標になるからではないでしょうか。

たとえば、従業員が働きやすい環境を整えたいと考えていたとしても、具体的に何をどうすればよいのか、わからない企業もあるかと思います。その段階から一歩進んで「健康と安全に関するプログラムをつくろう」と決めたとしても、何から着手すればいいのかをリサーチするコストがかかりますよね。しかも、自分たちの想定がニーズに応えられているかもわからない。

そうしたときに、B Corp認証制度のアセスメントに応えようとすることで、社内の仕組みを見直すことにつながりますし、改善に向けたアクションを起こしやすくなります。

引用:『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』

会社や社会を「変えていきたい」と思っていた人が「B Corp認証制度を使えば変革を起こしていけるのではないか」という希望を持てる。そう感じさせてくれるものが、B Corp認証制度なのではないかなと私は考えています。


── B Corp認証制度に興味関心を持ったきっかけを教えていただけますか。

鳥居

B Corp認証制度について知ったのは、社会的インパクト投資の文脈でした。その後、弊社がベンチマークとしている「Patagonia」や「Better World Books」もB Corp認証企業であることを知り、アメリカにある「B Lab」のオフィスや認証企業の本社を訪問する中で、そのあり方に強く共感しました。現在は弊社も申請を終えて、審査中の段階です。

── VBさんは「B Corp認証制度」に関する数多くの企画に携わられていますよね。具体的にはどのような関わり方をされているのでしょうか。

鳥居

最初のきっかけとなったのは、バリューブックス・パブリッシングから2022年に刊行した『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』の制作でした。これは、B Corp認証制度の実践法をまとめたもので、英語版の日本語翻訳書です。

この制作にあたって、黒鳥社さんと共同プロジェクトを立ち上げ、B Corp認証制度に関心がある30名程度の方を集めたゼミをオンライン上で開催し、翻訳を分担したり、専門知識や日本語表現、日本の社会課題、海外におけるB Corpのムーブメントなどについて議論を重ねたりして、内容を充実させていきました。

書籍の刊行後は、ゼミで使用していたオンラインコミュニティツール「Discord」をゼミ以外の方にもオープンにして勉強会を開催するなど、B Corp認証制度に関心がある"仲間"を増やす活動に発展しています。

── ガイドブックの制作を始めようと思った理由を教えていただけますか。

鳥居

日本でB Corp認証制度を普及させるには、日本語版の解説書が必要だと感じたからです。

B Corpに関する公式な情報の多くは、オリジナルが英語です。この時点で、英語の読解力がある人が社内にいるかいないかで、情報へのアクセスに差が出てきます。アセスメントや申請後のプロセスを進める時も然りで、英語がわかる人が身近にいるか、外部のコンサルタントに依頼する余裕がある企業でないと、いろんな技術はあるにせよ、ハードルが上がってしまいます。

ただ、300近くあるアセスメント項目を1つずつ見ていくと、働いていると身近に感じる問いかけや、見過ごしていたけど確かに、と思う項目が多いんです。英語という最初のハードルを越えれば、関心を持つ企業が増えるはずだと考えました。

引用:『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』

また、翻訳のプロに一任してしまわずに、みんなで議論することを大切にしたのは、日本ではフォーカスされにくい項目も中にはあるからです。たとえば、「マイノリティ」の項目について、人によってはどんな事例が当てはまるのかが思い浮かびにくい人もいるかもしれません。そういった項目について、日本では具体的にどのような事例に当たるかといった議論を盛り込むことで、より身近に捉えられ、改善に向けてアクションしやすい環境を整えることができます。


引用:『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』

── SDGsも、B Corp認証制度同様に、よりよい社会づくりを目指す指標ですよね。SDGsではカバーできなかった範囲を補うための指標がB Corp認証制度、と考えてよいでしょうか。

鳥居

どちらかといえば、具体的なステップを示し、SDGs達成への道しるべになってくれるのがB Corp認証制度だといえます。さらに重要なのが、基準でありながら"ムーブメント"でもあるのがB Corpならではの特徴の一つです。

── ムーブメント、ですか

「Meet the B」のNet workingタイム。B Corp認定企業が集まり、交流を深めた。撮影:西田香織(Kaori Nishida)

たとえば、2023年3月に開催された、日本で活動するB Corp認証企業や関心のある方たちとともに行った「Meet the B」という参加型イベントもその一つです。参加者の方の中には「歴史的な一日だった」と言ってくれた方が少なくなかったのですが、私の解釈では「ビジネスを使って社会をよくしていこうというB Corpムーブメントの一部になった」と思えたからなんじゃないかと。B Corpを軸にコミュニティとして大きなうねりを起こしていく、それまでの準備を含めてムーブメントは始まっていると思える1日でした。

B Corp認証制度は、今後の組織運営の方向性を示してくれる

自分たちの「変えたい」を叶える、1つのツールとしても機能しているB Corp認証制度。実際に認証を取得した日本の企業は、その価値についてどのように感じているのでしょうか。

中学・高校生向けIT・プログラミング教育サービスの運営をはじめとしたEdTech企業で、国内認定企業の一つでもあるライフイズテックの石川孔明(いしかわ・よしあき)さんにお話を伺いました。


── B Corp認証制度に申請しようと思った理由について教えていただけますか。

石川

B Corp認証制度が発信している「Compete not only to be the best in the world, but the best for the world.」(世界で一番になるだけでなく、「世界にとっての一番」のために競う)と、私たちが中高生に向けて語っているメッセージの親和性を感じたからですね。

ライフイズテックでは、中高生に「誰かと比べて一番になることを目指すのではなく、自分の半径50センチから世界に向かって、波紋を広げていくようにイノベーションを起こそう」というメッセージを伝えています。両者のメッセージには重なる部分が多いと感じました。

── B Corpの基準に合わせて会社を変えるのではなく、元々持っていたビジョンとB Corpが同じ理想の方向を向いていたんですね。

ライフイズテックはプログラミング教育を身近なものにするべく、イベントの開催や学校向け教材製作を行う

そうですね。そして、B Corpの考えに近い目標のもと行っている私たちの実践を、B Corpの基準に照らし合わせたらどのくらいの点数が取れるのか知りたいと思ったんです。もう一歩踏み込んで言うと、さらなる理想に近づくためのTo doを洗い出すために申請した、とも言えるかもしれません。


── 認証申請にあたって、どんなハードルがありましたか。

石川

大変なことはほとんどなく、メリットのほうが多かったと感じています。

僕たちはもともと「子どもたちのために必要な教育環境をつくりたい」という目的のもとに行動している企業で、株主や地域コミュニティの方々、大学生、ビジネスパートナーといったステークホルダーが一丸となって事業に携わっています。

引用:『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』

そうした意識があったからこそ、これまでも株主や従業員に対して最大限ペイしていきたいという想いで、職場の制度・環境を整えてきました。なので、1回目のアセスメントを受けたときには現在の自分たちの点数を測るつもりでとくに準備をせずに臨みました。

初回でも80点を超えていましたが、企業として成長していくフェーズでもあったことから、自社に必要そうだと感じる項目についてはコツコツとアップデートして、満を持して2回目のアセスメントを受けました。


── 具体的には、どのようなメリットがありましたか。

石川

私たちはもともと、社会的な公益を意識して事業を行ってきたので、B Corp認証を取得したからといって何かが大きく変わったというわけではないんです。

ただ、国際的な基準で重視されるポイントがよく理解できたことは、最も大きいメリットでした。これにより、「これから組織をどうつくっていくか」といった組織の施策を考えるうえでのヒントになったと感じています。

各企業の性質やフェーズを鑑みて、現実的にすべての項目を入れることができないにしても、「この項目がなぜ問われてるのか」ということを考えること自体は、企業経営の参考になったのではないかと。

オンラインでつながり、継続的にiPhoneアプリやゲーム開発などのIT・プログラミングを学ぶ部活動の様子

企業の社会的責任が「やるべきこと」としてようやく認められてきた

SDGsといった言葉が世に広まったり、Bcorp認証に関心を持つ企業が増えてきたりと、ビジネスにおいても社会の公益を考える流れが生まれつつある昨今。しかし、そうしたことに殊更に注目が集まっていなかった10年以上前から、CSR活動に精力的に取り組んできた企業があります。


1965年創業の造園会社「石井造園」

それが、2016年にB corp認証を取得した石井造園です。地元密着型の中小企業でありながら、国内でも早い段階でB corp認証を取得した同社は、B Corp認証制度についてどのような印象を抱いているのでしょうか。石井造園代表の石井直樹(いしいなおき)さんにお話を伺いました。


── 石井造園さんはどういった経緯で、B Corp認証を取得することになったのでしょうか。

石川

企業のCSR活動を研究してきた、明治大学兼任講師の雨宮寛先生に勧めてもらったことがきっかけですね。私たちはCSR活動を長いこと続けてきましたし、横浜の社会貢献企業として何度も認定されてきましたから、国際基準に照らし合わせたときに点数がどれだけ付くのかなと興味が湧いて、申請に向けて動き出しました。

── 実際に申請してみて、ハードルになったことはありましたか。

石川

大変なことはほとんどありませんでしたね。私たちは2009年ごろからCSR報告書を定期的に発行し、企業経営によって発生した環境負荷を計測・報告してきたほか、植樹用の苗を無料配布したり、緑化活動に取り組む団体に寄付するための緑化基金を創設したりと、造園業の延長線上でさまざまな活動を行ってきました。

石井造園株式会社が発行を続けてきた、CSR報告書

こうした長年続けてきたCSR活動をB corp認証の審査基準に当てはめていくと、申請時点で基準はすでにクリアしていたんです。国際基準に照らし合わせても、私たちのやってきたことは間違っていなかったんだと確認できました。


引用:『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』

当時は社員10名ほどで、そうした活動を行う企業は珍しかったと思いますが、私たちにとっては当たり前に行う環境配慮であり、社会的責任でした。「企業が社会的責任を果たす」という当然の考えが、ようやく「やるべきこと」として社会に受け入れられるようになってきたことをうれしく思っています。


── 大切にしてきた「企業の社会的責任」が、世の中に共感されるようになってきたと。一般の方にも、この考えがもっと広まっていくといいですね。

おわりに

サステナブルな経営を目指す企業に注目されつつある、B Corp認証制度。その審査基準に自分達の企業を照らし合わせれば、現在の自社の状態を知る"健康診断"ができ、組織として進むべき方向性も見えてきます。

しかし、B Corpが思い描く世界を実現するうえでは、企業だけではなく、B Corpの思想に共感する消費者の存在が不可欠です。


イベント「Meet the B」では、多くの参加者がB Corp認定企業の思想と取り組みに触れる機会に。撮影:西田香織(Kaori Nishida)

お話を伺った認証企業の一つであるライフイズテックの石川さんは、日本においてB Corpが広がっていくには「認証企業を増やすこと」「一般市民への認知を広げること」の2つが大切とし、このように語っていました。

「認証企業を増やすという意味では、認証を取得した企業のB to Bの取引がスムーズに進みやすくなるとか、to C商品の売り上げが上がるといった、ビジネス的なメリットにつながるような社会の仕組みも、ある程度は必要なのかなと思います。

それから、一般市民への認知を広げるには、to C商品を扱うメーカーがB Corp認証を取得・発信していくといった展開が出てくるといいですよね。生活に身近な商品を扱う大手企業がB Corp認証を取得し始めれば、より大きな社会に対するインパクトが出てくるのではないかなと思います」

B Corpの輪を広げ、「企業としての健全な姿」を共有していけるかどうかは、私たち消費者にも委ねられています。


  • 取材・執筆乾隼人

    X(旧Twitter): @inuiiii

    撮影平松市聖(Ichisei Hiramatsu)

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