海藻の養殖が、海の変化を食い止める。シーベジタブルが目指す海の生物多様性

日本の食卓に欠かせないアオノリやワカメ、ヒジキなどの海藻が減少していることをご存じでしょうか? 現在、世界中で「藻場(もば)」と呼ばれる、海藻が茂る場所が次々と姿を消しています。

「近年、天然アオノリの収穫量は激減してゼロに近くなり、養殖アオノリも年間60t前後だった収穫量が15〜30t程度まで減ってしまうようになりました。同様に、コンブやカジメ(コンブ科の海藻)も急激に減っています」

そう語るのは、「合同会社シーベジタブル」代表の蜂谷潤(はちや・じゅん)さん。友廣裕一(ともひろ・ゆういち)さんとともに海藻を巡る新しいビジネスにいち早く着目し、2016年にシーベジタブルを設立しました。


左・友廣裕一さん/右・蜂谷潤さん

「1980年頃には全国に20万ヘクタールあった藻場が、現在は10万ヘクタールくらいまで減っているんです。これは単に、海藻が食べられなくなってしまう、という人間にとっての問題だけではありません。

藻場はいわば、海の森。水生生物の産卵・繁殖の場所として海の多様性を支え、また海中への酸素供給を担っています。そのため、海藻の減少が地球環境に与える影響も少なくないんです」

大学在学時から海藻に興味を抱き、画期的な海藻栽培の技術を発明した蜂谷さん。現在ではシーベジタブルとして全国各地に拠点を持ち、海藻の陸上栽培・海面栽培をおこなっています。

いま、日本の海藻に何が起こっているのか。そして、シーベジタブルは海藻の栽培を通じて、どんな未来を創出しようとしているのか。蜂谷さんに話を聞きました。

藻場が海の栄養をつくる

「藻場は魚の隠れ場所になるだけでなく、生物ピラミッドの底辺となる海藻植物プランクトンの産まれる場所でもあります。数ミリ単位のヨコエビやワレカラといった小さな生き物がいて、それを食べる小魚がいて、大きい魚がいて......のような生態系があるんですね。

だから、藻場がなくなればプランクトンや小魚が減ることで海中の栄養分も減少し、そこに支えられている生物多様性も消えてしまうんです。なのに、生物ピラミッドの底辺が痩せ細っていることは、まだまだ世の中で軽視されているように感じます。そんな背景を飛ばして、『大型魚がいなくなったぞ!マグロが減ってる!』みたいな報道ばかりがされるから、不思議ですよね」


「僕が海藻をめぐる生物多様性に最初に気づいたのは、大学生のときでした。高知県の大学に進学し、高知県をはじめとするさまざまな海で潜るうち、魚が多い海と少ない海があることがわかってきて。海藻の多い海は魚の量が格段に多く、海藻が枯れてしまっている場所では魚が見られませんでした。『子どもの頃に潜った海も、海藻が少ないところは魚がいなかったな』と、過去の経験と大学での知識が繋がっていったんです」


気象庁 海面水温の長期変化傾向(全球平均)から引用

「海藻が消える理由は一つではありませんが、基本的には海水温の上昇がトリガーになっています。多くの海藻は冷たい水温でないと大きく育ちません。また、水温が上がると多くの魚は活性化するんですよね。その結果、海藻を食べるアイゴやブダイ、ウニが活動的になって、全国各地で食害が大きく発生し、藻場の減少を引き起こしている。

水際対策として、増えすぎたウニを漁師さんたちが駆除しているエリアもあるんですが、そうした対処療法だけではなかなか追いついていないのが現状なんです」

海藻を増やすヒントは、深海の水

蜂谷さんが現在の形に繋がる栽培モデルを見つけたのは、大学院生のとき。藻場造成に興味を持ち、高知県内の室戸岬で行われていた海藻栽培を手伝い始めたのがきっかけでした。

「僕の通っていた研究室は室戸岬で海洋深層水を使った海藻の陸上栽培に関わっていて、僕も手伝っていたんです。海洋深層水とは、水深200mより深いところの海水。深海では日光が届かないため、光合成されずに残った窒素やリンなどのの栄養がたっぷりと海水に含まれています。それを汲み上げてアオノリなどの栽培に使うと、非常に海藻が良く育ったんです」

その結果を受けて蜂谷さんが考案したのが、海藻を育てた海洋深層水の排水を使ってアワビ類を養殖する、複合養殖モデルでした。室戸に恩返ししたい、という気持ちで始めたプロジェクトは、のちのシーベジタブル発足にもつながったといいます。

「もともとは漁協のアオノリ養殖から出る排水を利用して、室戸の特産だったアワビを養殖し、名産品として売り出すビジネスモデルを実用化しようとしていました。

ただ想定外だったのは、アワビの成長が計算値よりおそかった。一方で餌用だったアオノリの成長は想定通りでした。どれくらいの成長率かというと、平均すると1週間で10倍ぐらい。これって、陸上で育てる大根やニンジンとかだとありえないじゃないですか。大根が1週間で10本、2週間だと100本......くらいの勢いってことなので」


シーベジタブルでつくられたスジアオノリ

時期を同じくして国内のアオノリ生産量は、急激なスピードで下り坂を迎えていました。日本各地で海水温が上がった結果、もはや天然では生育することが不可能な状況になっていたのです。

「2015年ごろには『もう国内のアオノリが足りない』みたいな状況でした。昔から名産として有名な四万十川の天然アオノリは最盛期で年間50tほどとれていたんですが、2005年から年間3〜5tに推移し、数年のうちについに0tになりました(※)。

これまでは秋から冬にかけて水温の低かった四万十川でよく育っていたものの、冬場の水温が20度以上になったのが要因と考えられています。四万十川に代わる養殖場として発展していた徳島県の吉野川も、やはり年間の平均生産量が60tから15〜30tほどまで落ち込んでいました」



ほどなくして、お好み焼きに欠かせないアオノリが確保できない、と慌てたある食品メーカーから、蜂谷さんへと連絡が。「もしアオノリがあるなら全部買いたい。安定供給できるようにしてほしい」。同様の声は、他の食品メーカーからも相次いだそうです。

「僕たちの考案したアオノリ栽培のネックは、海洋深層水の入手先でした。海洋深層水の汲み上げは行政の管轄だったので、栽培を実用化するため大量に汲み上げることは難しかった。そこで代わりを探すうちに、室戸港には"地下海水"もあることを知ったんです。

地下海水は地中で濾過されているため透明度が高く、水温が1年中安定しています。高知県にある埋立地なら、元は海だから地下海水が出るだろうと目星を付けました。そこからさらに2年ほどかけて試験を繰り返し、2016年に世界初の地下海水を使った陸上海藻栽培モデルを完成させ、シーベジタブルを設立しました」

どう消費するかの「出口」がないと、生産の研究も活きない

その後、高知以外にも海藻栽培の拠点を拡大してきたシーベジタブル。現在では海藻を生産・販売すると同時に、海藻の新しい食べ方の提案も行っています。

いま日本で日常的に食べられている海藻は10種類未満、一方で日本の海域には、海藻がなんと1500種類もあるといいます。食べられている種類が少ないことに驚きますが、たしかに海藻の調理方法と聞いてばっと思い浮かぶのは、ひじきの煮物、わかめの味噌汁、昆布巻......といった、昔ながらの献立と、ごくごく限られた海藻ばかり。


トサカノリと春雨ナムル。シーベジタブルの オンラインストアには、自社で提案する各海藻のレシピも充実している

「僕自身、まだまだ100種類ほどの海藻しか食べたことがないんですが、こうしたごく一部の海藻しか食べられていない状態がもったいない、と感じていて。食用される海藻が増えれば、そのぶん生産される海藻の種類も増えますから。そのためには、"おいしく食べる方法"ももっと拓いていかなきゃいけないと思っています。

それに、農業や畜産は、たくさん作るほどにどうしてもCO2の排出量が増えたり、プランテーションのために森が切り開かれたりして、環境負荷が高まってしまう。それに比べて、海藻の栽培のほうが環境負荷は低い。むしろ育てるほどに、減少しつつある海藻を増やすことになり、海の豊かさを取り戻せるんです」

より海藻を増やしていくためには、これまでの食文化を保存すると同時に、新しい食文化が必要。その研究拠点として、2021年から東京にシーベジタブルのテストキッチンが設けられました。日々、全国から送られる海藻の食材としての可能性を見出す活動を行い、これまで向き合ってきた海藻は100種類以上。料理業界でもほとんど知られてこなかった海藻の活用方法を発信しています。

「立ち上げから関わってくれていたのは、 「noma」のDNAを受け継ぎミシュラン二つ星をも獲得したレストラン「INUA」で活躍していた石坂秀威。現在は彼とともにINUAで働いていたメンバーが加わり計3名の料理人が在籍しています。

全国の漁港から送っていただいたさまざまな海藻を、調理方法だけでなく、デザートやドリンク、発酵調味料などのさまざまな食べ方・加工を試行錯誤し、開発・発信をしていて、僕も毎回驚いています」


©Nathalie Cantacuzino

「例えば、今年の1月に伊勢丹新宿店で行われる世界最大級のチョコレートの祭典『サロン・デュ・ショコラ2024』では、大きな反響を呼んだ昨年の出店に引き続き、カカオと海藻を掛け合わせたスイーツを提供します。また、生のすじ青のりを発酵させて仕上げる、大豆不使用の海藻発酵調味料『青のりしょうゆ』もリリースしました」


「海藻を食べるという切り口において、食のプロではない僕たちは『渋みがない』とか『固くない』とかいう評価になってしまいがち。けれど、ちゃんとした一流の料理人に食べてもらうと『この苦味がいいんだ』とか、海藻ごとの特徴が食材としての長所に変わっていく。例えばスジアオノリは香気成分が非常に高く、nomaのシェフも『海のトリュフ』だと絶賛していたほど。海藻はとても可能性がある食材なんです。

僕らが行っているのは生産なので、どう持続的に消費するのかという出口となる話がないと、せっかくの研究も生きてこない。『この海藻は食材としてこんな風に使えるから面白い』となって初めて、研究・開発の力が生きてくると僕らは考えています」

刻一刻と迫るタイムリミットと、水産研究の停滞

海藻が生産されるところから食卓に並ぶまでを考えている、シーベジタブルの事業。ここ数年で生産環境も安定し、軌道に乗る一方、蜂谷さんは「日本の海をもっと豊かにしたい」という初心に立ち返っていったといいます,

「事業を立ち上げて4年ほど経ったころ、現在の海がどうなっているのか、改めて知りたいと思うようになったんです。そこで、日本中の海に潜って海藻の調査や分類をされている海藻研究所の所長である新井章吾さんにお願いして、日本中の海に潜って現状を学びつつ、日本中の海藻研究者を紹介してもらいました」

新井さんは日本だけでなく、世界における海藻研究の第一人者。学生のときに海藻研究所を起業したというバックボーンにも、蜂谷さんは親近感を覚えたといいます。日本だけでなく、世界の海藻の分布を知り尽くす人物とともに、全国の藻場を巡る旅が始まりました。

「2020年頃から、新井・友廣・蜂谷で北海道から沖縄まで日本の海へ潜ってまわりました。でも、新井さんが『ここは海藻が茂っていて素晴らしいんだ』『ここは見どころだぞ』『ここは素晴らしい箱庭なんだ』と紹介してくれる場所にいざ潜ってみたら、海藻が1本も生えていないことが何度もあって

全国の海藻分布を調査する新井さんの活動を追い越すかのように、次々と消えていく藻場。国内の海藻の研究者達は藻場の減少を把握している一方で、それを巻き返すための藻場造成には消極的だといいます。

「そもそも、近年は海藻の研究者は減少していますね。海に潜水して研究活動を行っている研究者は数える程度で10名もいないと思います。そもそも国内の研究機関は、研究場所においてのテリトリーのようなものがあって、例えばそれが長崎の施設だったら、長崎の海にだけ潜る、というようなケースが多い。だから、日本の海全体を俯瞰して見れる研究者はほとんどいないというのが現状だと思います。」


海の最新の情報はフィールドワークの中にあり、「海藻の知識を持って現場に行くと、次の展開が見えてくる」と蜂谷さんは言います。

「ここ数年は特に海の変化が早いように感じています。2、3年前は海藻が茂っていたと思って改めて海に入ると、そこには海藻がなくなっているような状況さえ少なくありません。藻場造成に対して的確なアプローチをするためには変化の激しい海の現状を理解し、細分化されている原因を正しく理解していく必要があると思っています。」

日本の海に海藻を復活させることで生まれる未来

現在、シーベジタブルが栽培可能な海藻は30種類ほど。また、これまでのデータを元に、その海域に合った海藻を割り出し、海面栽培することも可能になっています。

日本の海において、いまだ磯焼けを食い止める画期的方法は見つからず、海水温の上昇も止まりません。この瞬間にも各地の海藻が消え、そこで育まれていた生物多様性が失われています。だからこそ、一度は海藻が消えた海に、シーベジタブルの進める海面栽培で、最適な種類を生産できれば......日本の海にもう一度海藻が戻り、海の多様性が再生しうる大きな鍵となります。

「海藻の栽培によって生物が戻ってくるというエビデンスを確かなものにするべく、今年から海面栽培をおこなう藻場での生物多様性を調査するプロジェクトもはじまりました。これまでは天然の藻場でしか調査が行われていなかったので、このデータは本当に貴重なもの。しっかりと調査が行えれば、養殖をさらに推し進めるきっかけになるかなと思っています。

僕が一番やりたいのは、『海が豊かな状態で維持されている状態』を実現し続けること。海藻の栽培や小売を行う企業として、水産会社と競合することではないんです。それは僕が研究できる人間であるからこそ、新しい海藻を増やす技術を開発することで、既存のパイを奪わずに新たな事業を生み出すことができると思っています。海にとって良い状態を維持し続けるために、これからも必要な研究や事業を続け、日本の海に海藻を増やし、海の多様性を守っていきたいです」



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