法律を変えれば、日本のエンタメはもっと世界で戦える!? 挑戦を後押しするルール作りを #豊かな未来を創る人
「豊かな未来を創る人」では、これまで政治の担い手を取り上げてきました。今回は、LINEヤフー株式会社代表取締役会長の川邊健太郎が聞き手となって、衆議院議員の三谷英弘さん(神奈川8区)にインタビューをします。
三谷さんは、日本のアニメや漫画をこよなく愛する、政界きっての"オタク議員"。国際競争力の高い日本のエンタメコンテンツが世界でさらに羽ばたけるよう、法整備に力を入れています。既存のルールを変えるためにぶつかる壁を、どのように乗り越えていくのか。さらに政治の可能性や、政治と企業の連携の在り方について、対談を通して考えます。
三谷英弘(みたに・ひでひろ)
自由民主党
1976年、神奈川県出身。東京大学法学部卒業。ワシントン大学ロースクール卒業。弁護士。TMI総合法律事務所勤務(第二東京弁護士会所属)。2012年衆議院総選挙に出馬し、初当選。出馬にあたって妻を説得するため、大切にしていたフィギュア約100体を捨てて選挙に臨んだ。次の選挙では落選。3年間の浪人生活を経て、2017年及び2021年の総選挙にて当選、現在3期目。2020年菅内閣では、文部科学大臣政務官兼東京オリンピック・パラリンピック大会担当大臣政務官兼復興大臣政務官を担当。自由民主党遊説局長、文化立国調査会事務局長代理、衆議院厚生労働委員会理事、文部科学委員会委員、東日本大震災復興特別委員会委員。
川邊健太郎(かわべ・けんたろう)
LINEヤフー株式会社代表取締役会長
1974年、東京都出身。青山学院大学法学部卒業。大学在学中にベンチャー企業電脳隊を設立。2000年にヤフーへ入社し、「Yahoo!モバイル」担当プロデューサーや社会貢献事業担当プロデューサーなどを歴任。2006年にYahoo! JAPAN 10周年記念非営利事業として「Yahoo!みんなの政治」を立ち上げた後、「Yahoo!ニュース」などの責任者に就任。2018年ヤフーの代表取締役社長CEOに就任。LINEとの経営統合を行い、2021年Zホールディングス代表取締役社長Co-CEOに就任。同年6月にソフトバンクグループの取締役に就任。2023年4月Zホールディングス代表取締役会長に就任。同年10月グループ内再編に伴いLINEヤフー代表取締役会長。日本IT団体連盟会長。
法律は「一度作ったら終わり」ではない
── はじめに、三谷さんは政治のどのようなところに可能性を感じて、政治家となったのか教えてください。
川邊
もともと政治家になる前は、弁護士をされていたんですよね。
三谷
そうなんです。専門分野は、ITやエンターテインメントでした。企業から新しいビジネスを立ち上げるときに相談を受けるのですが、我々の基本的な仕事はリーガルリスクを提言することなんですね。「法律を踏まえると、やめた方が良いですね」と。
それで何が起きるかというと、海外では拡大しているビジネスも、日本では法律の制限があるから差し控えようという流れが生まれてしまうんです。つまり、せっかく新しい取り組みをしようとしても、法律の存在がそれを阻害してしまう。そこに忸怩たる思いを持っていました。
三谷
そんな中で、アメリカに2年間留学したんです。1年目はロースクールで知的財産権について学び、アメリカと日本のゲーム規制の比較について論文を書きました。研究材料にしたのは、「グランド・セフト・オートシリーズ」というゲームです。アメリカで発売後、暴力的だという理由で、販売を規制する法律ができたんです。でもその後、表現の自由に抵触するという理由で、法律が無効化された。アメリカでは新しい法律が作られる一方で、廃止されることもあり、法律の在り方がとても臨機応変なんです。
一方、日本では社会に不利益や不都合が生じても、一度できた法律は金科玉条のごとく守らなくてはいけない。そんな価値観が当たり前でした。論文を書く中で、法律というのは社会の求めに応じて作っていくものであり、社会が変われば法律も変わっていくべきだと考えるようになりました。法律家として、日本に足りないものはこれだと。
それから留学2年目は、『ONE PIECE』や『ポケットモンスター』などのコンテンツをアメリカで販売する出版社の法務部で働きました。当時僕がいた西海岸は、しがらみに囚われず自分が正しいと思ったことにチャレンジして、社会を変えようという気風があったんです。そんな環境でいろいろな人と交流する中で、法律が足を引っ張るのであれば、法律そのものを変える仕事をしようという思いが芽生えました。それで、政治家へ転身しようと心に決めたんです。
川邊
なるほど、法律を駆使する側から、法律を作って社会を前進させる側へ。そこに政治の可能性を感じられたと。今のお話にあった法律の在り方については、まったくその通りだと思います。私も今、内閣府の規制改革推進会議に入って、経済社会の構造改革を進める上で必要な規制の在り方について議論をしていますが、一度できたルールを変えるのは、やはりなかなか時間がかかると実感しています。
三谷
そうなんですよね。法律を変えようとすると「何か生じたら、責任取れるの?」と、必ず言われるんです。でも問題が起きたときは、更に法律を改善すれば良い。つまり、法律は一度作ったら終わりではなくて、常に調整をしてより良いものを作っていく。そうした不断の努力が必要なのだと強く思います。
企業も立法府に働きかけて社会を発展させる
── 川邊さんは規制改革推進会議をはじめ、近年は政治の領域にも関わる機会が増えたと思います。法律を作る政治と、その法律のもとにビジネスを展開していく企業は、どのように連携していくべきだと考えますか?
川邊
やっぱり企業側も、立法府に対して、必要に応じてルールを変えるように働きかけていくべきだと思います。そうやってビジネスや社会を発展させていくための動きをするべきだし、国際競争において不利になっているところは是正する。政府に任せきりにせずに、それを企業も意識しなきゃならないということに尽きると思います。
特にグローバル経済が到来して、ビジネスの変化が激しい昨今。他国の制度が変わっても、日本の制度が変わっていないがゆえに、企業が不利益を被るということも往々にしてあるわけですよね。企業も、これまでの制度の範囲内で自分たちの限界を定めてしまうのではなくて、現状に応じたあるべきルールを政治に提言していくべきだなと。
── 政治の立場からすると、企業からの提言というのは、具体的にどうやって行うのが有効なのでしょうか。
三谷
そうですね。まずはぜひ、業界内の複数の企業で横のつながりを作っていただくのが良いと思います。私たち国会議員としても、ビジネスのニーズがどこにあるのかを常に把握しようとしています。その際に心がけているのは、特定の企業だけが利益を享受できるような法律にしないこと。その上で最終的に、きちんと国益につながるかどうか、日本という国が良い方向に向かっていくのかがやはり重要です。
ですから、複数の企業で連携して協議会を設けるなど、その業界全体で広く求められていることがわかれば、法改正に向けて一緒に動いていく流れを生み出しやすいと思います。
エンタメコンテンツは日本の大切な輸出資源
── ここからは、持続可能で豊かな未来を創っていくために、今後日本が注力すべきだと考えている分野について教えてください。
川邊
やはり三谷さんといえば、弁護士時代から日本のコンテンツの産業育成に尽力されていますよね。今日はぜひそこを伺いたいなと。そもそも、なぜこの分野に力を入れることになったんですか?
三谷
それはもう、好きだからです!(笑)司法試験の勉強中、深夜にアニメを観ている時間が、心のオアシスだったんです。そこからアニメやゲーム、さらには当時流行していたメイド喫茶にハマって、秋葉原に引っ越した時期もありました。もともと僕が弁護士になったのも、ときめきメモリアル事件の訴訟を知ったことがきっかけなんですよ。
川邊
弁護士になったきっかけが、ときメモ!(笑)。
三谷
はい。僕も大好きだった『ときめきメモリアル』という美少女ゲームの、いわゆるチートツールが販売され、著作者人格権をめぐる訴訟が起きたんです。最終的にはツールの販売者が負けたんですが、この最高裁判決が、いちゲームユーザーとして腑に落ちなかったんです。ゲームをどうやって遊ぼうが個人の自由だろうって(笑)。
司法試験に受かって、裁判官になるか弁護士になるか迷っていた当時。裁判官は関わる案件を選べませんが、弁護士になればこの事件のように自分が問題意識を持つ分野に関わって世の中に貢献できる。そう思って、弁護士の道を選んだんです。そこから、コンテンツなどの分野を扱える法律事務所に所属し、さまざまな案件に携わりました。
三谷
政治家になった今も、コンテンツにまつわる仕事は、自分の大切な軸の一つだと考えています。ですから2020年に文部科学大臣政務官に就任してからは、著作権法の改正に取り組みました。インターネットの時代に応じて、コンテンツを生み出すクリエイターにしっかりと利益を還元して、創作活動を持続可能なものにする。日本は資源の少ない国だからこそ、それはとても大事なことですし、そのためのルールを整備していくことは、日本のコンテンツをこよなく愛するファンでもあり、弁護士として知的財産権を専門としてきた自分の使命だと考えています。
川邊
私も三谷さんと年齢が近くて、日本のアニメや漫画に育ててもらった一人です。今や日本のコンテンツは、国際競争力を持つものだということを、最近改めて知って驚きました。
というのも私は今、岸田内閣の「新しい資本主義実現会議」のメンバーとして、日本の成長戦略について議論しているんです。そこで直近取り扱ったテーマが、まさにコンテンツの産業育成および海外輸出の強化でした。
その中でびっくりしたのは、日本発のコンテンツの海外売り上げは今、鉄鋼の輸出額よりも上だということ。もはや半導体に迫る勢いで、日本の輸出材としては10本の指に入っているんですよね。身近なコンテンツが、これほど世界で勝負できる資源になっているのって、嬉しいじゃないですか(笑)。そうしたら、数多いる国会議員の中でも、特に三谷さんがこのテーマに力を入れておられると知って。日本のコンテンツ産業というものを、ここからどうやってさらに大きな輸出材にしようとされているのか伺ってみたかったんです。
三谷
本当に今、日本のコンテンツというのはものすごい勢いがありますよね。それらの海外輸出にあたって今必要なのは、予算よりも制度だと僕は考えています。というのも、現状の法律では非常に不利なんですよ。
例えば『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』などのコンテンツが世界で人気が出ている一方、そうしたアニメの主題歌は、K-POPなどに比べると、まだまだ勢いが小さい。その原因の一つとして、法律の壁があると考えています。
これはあまり知られていないかもしれませんが、例えばK-POPが海外の店舗などで流れた場合には、当たり前のようにK-POPのアーティストなどにお金が支払われます。したがって、どんどんK-POPを世界に広めていこうとなりやすいんです。他方で、日本の歌が店舗などで流れたとしても、お金が払われるのは作詞家や作曲家だけで、実はアーティストやレコード会社にお金は入らないんです。相互主義といって、ヨーロッパや韓国など世界においては当たり前に認められているレコード演奏権・伝達権が、日本において認められていないため、いくらその曲が流されても、歌い手やレコード会社に使用料が払われることはありません。
つまり、日本はコンテンツを世界にもっと輸出すべきだと言いながら、実は歌を世界にもっていくインセンティブをアーティストに与えていない。その結果、せっかく世界で戦える強い武器があっても、十分に活かせていないのです。
川邊
ということは、『推しの子』の「アイドル」が海外の店舗で流れたとしても、YOASOBIにはお金が支払われない?
三谷
いえ、あの歌は、たしかグループのメンバーが作詞作曲していましたよね(笑)。でも、曲を作らずに演奏だけするアーティストの場合には、お金が支払われない。ここに対して、きちんと報酬が支払われる仕組みを作ることができれば、レコード会社もマーケティングにおける世界戦略をもっと打ち出せるはずなんです。ですから、今はそうした古い制度を変えるべく動いているところです。
既得権益とのせめぎ合いを乗り越えていく
── この法改正の実現に向けて、壁となっているのは何でしょうか。
三谷
やはり難しいのは、制度を変えるときには、必ず利害関係の対立が生まれることですね。今回の場合、例えば国内の飲食店やホテルなど、楽曲を館内で流すようなところにとっては、レコード演奏権・伝達権を導入すると、追加でお金を払わなくてはいけなくなる。ですから、そこで起こるであろう反発をどう乗り越えるか。それを今、業界に強い専門家の意見を聞きながら、検討しています。
川邊
既得権益とのせめぎ合い。これは、私も今ライドシェアを推進している立場で感じることです。その際「落としどころを見つけよう」ということがよく言われるのですが、私個人としては、守るばかりではなく、健全に競争することも大事だと考えています。それが社会をより良い方向に前進させていくと信じています。
実際我々の会社も、一生懸命苦労をしてビジネスを作ってきたので、それを遮るものが現れたときに、既得権益が抵抗勢力に変わってしまう力学は、よく理解しています。ですが、それこそGAFAと猛烈な競争を繰り広げながら、なんとか工夫をして我々なりにビジネスを発展させてきたわけです。
やはり日本はありとあらゆるものが既得権で守られていて、それを絶対に侵しちゃいけないという価値観や、それに寄り添いすぎる政治の側面もあるように感じます。ですが、特に世界における自由競争の観点でいうと、もう少しスタンダードを変えないといけない。
三谷
本当にその通りなんですよね。やはりここで、最初に申し上げたことに立ち戻っていくわけですが、一度ルールを作ったら、それで終わりじゃない。既得権を持つとされる方々に本当に弊害が生じるのであれば、さらにまた法律を変えれば良いわけで。その時々のあるべき姿、あるべき法制度というのを見据えて、そこをぶれさせてはいけないのだと思います。
それから、弊害が生じて法律を作り変えたとしても、それを立法の失敗だと捉えてはいけないとも、僕は考えています。日本ではリスクを過大評価するところがありますが、リスクがあってもそれを超えるベネフィットがあるのであれば、まず実現していく。その上で、許容できないリスクが顕在化したら、さらに変えていくことを当たり前にしたい。そのためには、法律を作った後の、次の立法作業までのサイクルを短くしていくことが大切です。そうすることでリスクを最小限に減らせるわけで、大事なのは我々立法サイドのフットワークだと思っています。
── 立法サイドのフットワークを上げるためには、どんなことが必要でしょうか?
三谷
僕たち立法者の一つの課題として言えるのは、実はまだまだ法律を変えるという作業が属人的なノウハウになってしまっていることです。どのタイミングで、誰に働きかければ物事が動いていくのか。どのようなスケジュールで進めていくのか。もう少しマニュアル化していく必要があります。
僕の場合、いろいろな議員の先生方と一緒に仕事をさせていただく中で、例えば議論すべきことは「骨太の方針」に入れることが重要だと知り、そこに向かって結論を出したり、組織を立ち上げたりするタイミングの逆算ができるようになりました。また、トピックごとのキーマンや、反対意見が出た場合に押さえておくべきポイントを知っておくことも大切です。そうした立法におけるナレッジを横展開していけば、より法律がアクティブに動かせるようになるのではと感じます。
変わらないことは最大のリスク
── 最後に、次の世代にどのような未来を残していきたいかについて教えてください。
三谷
次の時代を担う子どもたちには、恐れずにリスクを取ってチャレンジしてもらいたいと思っています。とにかく今ある社会だけにすがっていると、残念ながら現在どんどん日本は世界の中で地盤沈下をしています。次第に経済的にも立ち行かなくなっていく。
変わることは確かに怖いことかもしれないけれど、変わらない方がリスクが大きいという価値観をみんなで共有していきたいです。その上で、自分たちが社会を作っていくんだと、一人ひとりが思える世の中にしていきたいですね。
川邊
その通りですよね。やっぱり、政治や法律が変わる必要があるのと同時に、我々国民ももっと変化に慣れるべきだとも思います。仰るように、今や変わらないことが最大のリスクになる時代に入ってきてしまっている。いち早く変わった方が、実は安全だという世の中のモードへと切り替わっていくべきです。だけど、そういう思いを持つ人が増えていく感じが全然しないのも事実。
今はインターネット環境の中で、スタートアップの若い人たちが先手必勝で成功するケースもたくさん出てきましたが、まだごく一部です。それをどう日本全体に広げていけるのか。私も今ここで答えを持ち合わせているわけではないのですが、社会全体の共通の課題として向き合わなければなりません。
三谷
やはり2000年前後のITバブルといわれた時代、ホリエモンさんや金子勇さんなど、尖ったことをしている人たちが潰されましたよね。それによって、大人しくしていた方が得なんだなと思った人も少なくなかったのではと思うんです。
それと同じことが、政治でも言えます。私自身、今年政治刷新本部のメンバーに入れていただき、政治改革大綱ができてからの35年間の歩みを改めて勉強してみたんです。すると、改革を進めようと一生懸命取り組む政治の担い手ほど、追い出されていった歴史が実はあるんです。尖ったことをすると馬鹿を見るというのは、どの分野でも同じようにある話ですよね。
その結果"キジも鳴かずば撃たれまい" というか、本当の自分を表現しにくい雰囲気が、社会全体に充満している。その中で新しいことをするというのは、なかなかしんどいことだとも思います。でも、それが決して善い姿ではないという認識を、みんなで共有するところから始めなくてはと思っています。この大きな課題を前に、僕自身もがいているところです。
川邊
もうこの対談は、もがいている感じで終わっても良いんじゃないですか(笑)。事実、それくらい難しい課題だと思います。でもやっぱり言いたいのは、それでも、変わることですよね。例え潰されても、変化すれば何らかの形でさらに強くなれる。それは、社会も組織も人も一緒。だから、「それでも」変わっていくということだと思います。
三谷
盛大にもがきながら取り組みます。
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取材・文木村和歌菜
撮影Yuki Arai