学校で九九や漢字の暗記は不要に!? AI時代に育てるべき力とは #豊かな未来を創る人

LINEヤフー株式会社代表取締役会長の川邊健太郎が聞き手となって、政治の担い手にインタビューをするシリーズ。今回は、衆議院議員(北海道3区)の荒井優さんに話を聞きました。

政治家となる前は、民間企業を経て、北海道の私立高校の校長を務めていた荒井さん。学校運営を通して「教育を変えれば、必ず世の中は変わる」と確信し、2年半前に国会議員へ転身。リアルな学校現場をつぶさに見てきた議員として、日本の教育における制度作りに力を注いでいます。

地球の持続可能な未来に向けて、AIの活用がますます増えていくこれからの時代。学校で育むべき力、そしてビジネスにおいても求められる力とは何なのか、二人の対話から考えます。


荒井優(あらい・ゆたか)

立憲民主党
1975年、北海道出身。早稲田大学政治経済学部卒業。新卒で株式会社リクルートに入社。留学、ベンチャー企業勤務を経て2008年にソフトバンク株式会社に入社し、社長室に配属。通信・教育事業に携わる。グループ会社のSBプレイヤーズ株式会社、株式会社エデュアス、株式会社さとふるの取締役を歴任し、2011年より公益財団法人東日本大震災復興支援財団の専務理事を兼務。ソフトバンクおよび孫正義社長が行う復興支援活動の責任者となる。2016年より、祖父が設立した学校法人札幌慈恵学園札幌新陽高等学校の校長に就任し学校改革に取り組む。定員割れしていた志望者数を、就任翌年にV字回復させる。「本気で挑戦する人の母校」をキャッチフレーズに、新しい教育のあり方を推進。2019年より佐賀県の学校法人東明館学園の理事長も務める。2020年より愛媛県の学校法人今治明徳学園の理事も務める。2021年に5年間務めた新陽高校の校長を退任し、4月より学校法人札幌慈恵学園の副理事長・法人本部長に着任。同年より衆議院議員となる。

川邊健太郎(かわべ・けんたろう)

LINEヤフー株式会社代表取締役会長
1974年、東京都出身。青山学院大学法学部卒業。大学在学中にベンチャー企業電脳隊を設立。2000年にヤフーへ入社し、「Yahoo!モバイル」担当プロデューサーや社会貢献事業担当プロデューサーなどを歴任。2006年にYahoo! JAPAN 10周年記念非営利事業として「Yahoo!みんなの政治」を立ち上げた後、「Yahoo!ニュース」などの責任者に就任。2018年ヤフーの代表取締役社長CEOに就任。LINEとの経営統合を行い、2021年Zホールディングス代表取締役社長Co-CEOに就任。同年6月にソフトバンクグループの取締役に就任。2023年4月Zホールディングス代表取締役会長に就任。同年10月グループ内再編に伴いLINEヤフー代表取締役会長。日本IT団体連盟会長。

時代とともに変化する教育の役割

── 荒井さんは政治家となる前、学校法人の校長や理事長を務めてこられました。そもそも教育に携わることになったきっかけを教えてください。

川邊

荒井さんとは、もともと校長になられる前のビジネスマン時代から面識がありましたよね。

荒井

そうですね。川邊さんとは私がソフトバンクに勤めていた時代からのお付き合いです。そこから教育機関に携わるようになったきっかけは、東日本大震災でした。当時、ソフトバンクや孫さんが行う復興支援活動の責任者となって働くことになったんです。そんな中、福島県の被災地で、ふたば未来学園高等学校という学校が新たに開校することとなり、私は唯一の民間委員として携わることになりました。

子どもたちの未来を真剣に考えて学校を創る大人たち、その学校を通して明らかに変わっていく子どもたち、その姿に元気づけられていく地域の人たち。人や社会を変えていく学校や教育の可能性を初めて目の当たりにして、胸が震えました。

そんなタイミングで、札幌新陽高等学校の校長にならないかと打診されたんです。ここは、もともと祖父が70年近く前に作った私立の学校だったのですが、当時深刻な経営難に陥っていて、私に声がかかったのです。

素人の自分が、教育の現場を担えるのか。非常に迷いましたが、被災地であった福島県の教育現場の先輩方にも背中を押してもらい、40歳のときに校長になりました。

川邊

実際に教育現場に身を置いてみて、何を感じましたか?

荒井

やはり肌で感じたのは、時代の変化に伴い、教育に求められるものも大きく変わろうとしていることでしたね。

そもそも日本の教育は、極端に言ってしまえば、戦前は富国強兵のために、右へ倣えで動かすことのできる人たちを育てる役割があった。そして戦後は、経済発展のために工場などで効率良く働く、あるいはそのための改善を主体的にできる人たちを画一的に増やしていくことを、教育が担ってきたと思うんです。だから学校では、言われたことをきちんとできる力を育ててきた。

それに対して近年は、産業の発達の中で、気候変動やエネルギー問題をはじめ、地球の持続可能性をどう担保するのか。答えのない複雑な問いに対して、自分で考えて動く力を育てる必要が出てきたわけです。

こうした中、私が校長に就任した翌年の2017年に改訂された学習指導要領でも、持続可能な開発のための教育(ESD)の推進が盛り込まれました。そしてその実践にあたっては、一方的な講義形式ではなく子どもが能動的に学ぶアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)や、子どもが自ら課題を設定して解決に向けた道筋を立てていく探究学習の手法などが重視されるようになりました。

川邊

荒井さんの学校では具体的にどんなことを?

荒井

私が校長をした札幌新陽高等学校では、2018年にプロジェクト・ベースド・ラーニング主体の探究コースを設置しました。ここで行っていたのは、大学受験のための勉強ではなく、一人ひとりが持つ課題に基づく、対話や体験を重視した教育です。例えば、学生が企業の課題をヒアリングして、新商品を共同開発するなど。与えられた宿題をこなしたり、ペーパーテストのための暗記をしたりといった従来の学びとは異なる教育を目指していました。

川邊

高校生が実用化に向けて企業とプロジェクトを進めるというのは、なかなかハイレベルですね。時代にいち早く対応した、アクティブ・ラーニングや探究学習をまさに実践されていたと。

荒井

そうですね。そうした学びの在り方とともに、もう一つ私が重要だと考えていたテーマは、働く先生たちの心理的安全性を高める学校経営です。

子どもたちにより良い教育を提供するためには、まずは先生たちが安心して本質的な意見の交換ができる環境にしておくことが大切です。だから、私は一人ひとりの先生が何を感じ考えているのか、1on1で対話する機会を設けながら、会議の効率化や働き方・給与規定の改善などを行っていきました。

そしてできる限り権限移譲していくうちに、先生たちが次々と授業や学校を良くするための提言をするようになりました。実際、新型コロナウィルスの緊急事態宣言が初めて発出されたときも、先生たちの提案で翌日からいち早くオンライン授業を開始することができたんです。主体的に挑戦する子どもたちを育てるには、教育の担い手である大人がそれを体現していくべきであって、そのための仕組みづくりがとても大事だと改めて感じました。

全国の学校を変えれば日本はもっと良くなる

── 教育現場で取り組んできた荒井さんが政治の道を志されたのは、どのような背景があったのか教えてください。

荒井

私は2021年に衆議院議員になるまで、北海道札幌市、佐賀県基山町、愛媛県今治市の3つの学校経営に携わっていました。ハンズオンで取り組めば、学校を変えられることも分かり、大きなやりがいを感じていました。他方で、日本全国には小中高を合わせると3万以上の学校があります。それら全体を変えることができれば、もっと日本は良くなり、ソーシャルインパクトとしても大きいと感じていたんです。

ちょうどそのタイミングで、当時衆議院議員だった父が引退することとなり、立候補しないかと打診されました。せっかくならチャレンジしたいと思ったのです。

川邊

政治の現場に移ってみて、率直にどうでしたか?

荒井

国会議員となって2年半、なかなか簡単な仕事ではないというのが正直な感想です。政治の現場においても、みなさん教育への関心は高いのですが、メインイシューにはなりにくい。当たり前ではありますが、一足飛びに課題を解決できるわけではないのだなと。昨年まで文部科学委員会に所属していた中で、国の教育政策については大きく2つの課題を感じています。

一つは、やはり大前提として、教育に関する予算があまりにも少ないこと。2024年の文科省の予算は約5兆円ですが、OECD加盟国において見ると、日本の政府総支出に占める教育支出の割合は最低レベル。けれど、それをたとえ文部科学大臣が課題だと認識していたとしても、総理が同じように認識しなければやはり予算は増やせないわけで。現状を変えるための発信や働きかけを、さらに私自身行っていかなければと考えています。

それからもう一つは、先ほども言った先生たちの働き方改革です。これはルールというより、マインドセットの問題でもあるわけですが、現場にいたときと違い、自分が直接関わることなく、どうより良く仕組み化できるのか模索する必要があります。それこそ今注目されているライドシェアの取り組みのように、さまざまなセクターの人たちを巻き込みながら、大きな渦を作っていきたいです。

川邊

ところで10年ごとに改訂されている学習指導要領が次に改訂されるのは、確か2027年ですよね。今回は、どんなことが目玉となりそうでしょうか。

荒井

やはりAIについては、必ず入ってくると思いますね。先ほどお話した持続可能な社会の実現に向けて、もはやAIの力は欠かすことができない。危うさも考慮した上で、どのようにポジティブに活用していくのか。教育分野の政策はどうしても保守的になりがちですが、しっかり議論して攻めの方針を立てていくべきだと思います。

ビジネス視点で見た教育の課題

── 経営者である川邊さんの立場から見て、日本の教育には今どんなことが必要だと感じますか。

川邊

学習指導要領の改訂でAIというキーワードが出てきましたが、それってわれわれ企業側との接点においても、ものすごく重要ですよね。

これからはいわゆる「作業」は、AIやロボティクスでできるようになる。それを踏まえると、AIやロボットに何をさせれば付加価値が生まれるかを考えて実現させていく力を教育で教えることが、ものすごく重要になってくると思うんですよね。

そしてこれまでの探究学習で考えたことを、さらにどうエグゼキューション、つまり執行するかがより大事になってくると思います。その仕掛けを教育の中にどんどん埋め込んでいく。すると、それすなわち企業でも必要とされるスキルになっていくわけで、そこに公共教育と企業との接点が出てくるのだと思います。

荒井

まさにエグゼキューション力は、とても重要だと思います。実際、学校で探究学習を取り入れても、思いついたアイデアをもとに調査してプレゼンしてなんとなく終わる、というケースもあるわけで。でも、そこから大人になって仕事に応用すると、そこにリソースやお金の話もついてきて、「それ、本当にできるの?」「どうやって実現するの?」というところまで問われるわけですよね。

持続可能な未来を実現していくために、AIを使って、その実現可能性の角度をどう高めていくのか。それをやっぱり学生たちも失敗して学びながら、どんどんスキルを磨いていく必要があると思います。

川邊

作業する人を量産するための教育から脱するのは、急務ですよね。だから、九九を覚えるとか漢字を覚えるとか。そうしたこともプロセスとして大切ですが、今はAIに「4×2は?」と尋ねれば、「8」とすぐに返ってくるわけで。極端に言うと、九九を全部覚えることは不要になってくると思うんですよね。漢字も然り。

だから、そうした暗記はせいぜい小学1~2年生くらいで習い終えて、小学3~4年生ぐらいでAIを使いこなすリテラシーを覚える。そして小学5~6年生から高校を卒業するまでは、ひたすら実践を繰り返して、エグゼキューション力を鍛えるとか。それくらい教育の中身を大胆に変えていかなくてはいけないのではと思います。

真のエグゼキューション力とは?

── 「エグゼキューション力」と、先ほどから話に出てきている「決められたことをやる力」との違いは何でしょうか。作業することも、問いに対して実行する力とも言える気がするのですが。

川邊

エグゼキューションを分解して考えたときに、作業そのものをやるのか、作業の目的や工程を考えてやるのか、というところに、大きな違いがあると思います。こういう作業をすれば、こういうものが生まれるんだということを考えられる人を育てなくちゃいけないのだと思いますね。

例えば九九を習うときって、それをどういうシーンで使うのかを習う前にとにかく暗記するじゃないですか。それを逆にした方が良いのではと。まずは、九九をどういうことに活用するのかを理解してから覚えることが、大事だと思うんですよね。

荒井

川邊さんたちのようなITの会社で働く人たちは、まさにエグゼキューション力を常に問われてきた人たちですよね。そういう人たちって、言われたことを必ずしもやってこなかったと思うんです。意味のないことには反発するけれど、意味のあることは、周りにやめろと言われても自分で考えて推し進めていく。そういう人が評価されて、どんどん仕事を任されていく。

一方、昔ながらの経営文化を持つ企業の中には、そうでないところもまだまだありますよね。優秀な人たちが、言われたことをとにかく実行していった結果、組織全体で道を逸れてしまうことだってある。「何のためにやるのか」という問いが欠落したまま実行することは、やっぱり作業にしかすぎず、エグゼキューションとは言えないのだと思いますね。

川邊

そうですよね。企業や政治家が起こす隠蔽やコンプライアンスの問題の根本には、従来の教育の影響が少なからずあるのかもしれませんね。

荒井

いわゆる良い大学を出て、将来を嘱望された人たちであっても、「おかしい」という個人の思いより、「会社が潰れてしまうかも」「上司に忖度をせねば」といった組織の都合を優先してしまう。その結果、思考停止になってしまう。これって戦前のいわゆる軍事教育とよく似ている気もします。明らかに負け筋だけれど、軍の超エリートたちが、戦艦大和で敵に突っ込んでいくといったような。

川邊

日本は戦後新しい教育を展開してきたつもりでも、やはり従来の教育から未だ脱却できていない部分があると。

荒井

そうなんですよね。一方で、最近の教育現場では、いわばそれとは反対の動きも生まれているんです。それは髪型やスカート丈をはじめ、既存の校則に対して、生徒たち自身が、先生や保護者と対話を重ねながら、納得解を作っていくという取り組みです。これまで300校以上の学校で実践されていて、全国に少しずつ広がっているといいます。

こうした教育を受けてきた若者たちがこれから社会に出ていけば、会社のルールに「ノー」と言える人や、憲法がどうあるべきかを自分ごととして発言する人、あるいは自らが政治の担い手として立候補しようとする人も、出てくると思うんです。それって僕はすごく良いことだと思っている。

川邊

ルールに盲従するのではなく、ルールを疑って、新しい価値観や仕組みをデザインできる人が増えていくと。

荒井

はい。私たちが教育を通して目指すのは、やはりそこなんじゃないかと思いますね。これまでの教育は、組織のために機能しているところが大きかった。個人の思いや考えを蔑ろにしてきた結果、学校や会社で心を病んだり自ら命を絶ったりしてしまうような、社会の生きづらさにもつながっている気がします。だけど本当はもっと、自分が何を感じ考えるのか、一人ひとりが自分の尊厳を大事にして生きられる社会にすべきであって、教育はそのためのものだと私は思います。

自分の子どもや孫をはじめ、一つひとつの命がこの先の未来を豊かに幸せに生きていってほしい。教育というのは、そんな願いそのものだと思います。

今教育によって撒かれた種が、社会で花開くのはきっと何十年も先のことです。でも、確実に大勢の未来に影響を与え、社会を動かす大きな力となっていく。その可能性と責任を自覚しながら、これからもこの国の教育に向き合っていきたいです。

  • 取材 島田龍男
    木村和歌菜
    撮影 荒井勇紀

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