メタバース空間で子どもの''好き''を探究。「教育×エンタメ」で学びの常識を変える #豊かな未来を創る人
学び舎はメタバース空間。全国各地のさまざまな年齢の仲間と交流しながら、一人ひとり違うカリキュラムで、"好き"を探究していく。そして、実社会に向けてさまざまな形で学びをアウトプットする。従来の学校とは異なるオンラインスクール「SOZOWスクール」を設立したのは、SOZOW株式会社代表取締役CEOの小助川将さんです。10年前、小学生だった長女の「学校行きたくない」という言葉をきっかけに、日本の教育の課題に目を向け、時代に即した学びの在り方を模索してきました。
一人ひとりの好奇心をとことん伸ばす新たな教育を目指すSOZOWスクールの取り組みとは? 実際のカリキュラムや子どもたちの変化、事業立ち上げに至った子育てにおける原体験について伺いました。
小助川将(こすけがわ・まさし)
1980年生まれ、秋田県出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、経営コンサルティング会社、株式会社リクルート、グリー株式会社を経て、株式会社LITALICOに入社。執行役員として、ITものづくり教育事業LITALICOワンダー事業部長、HR部長を歴任。小学校プログラミング教育必修化の初代有識者委員を務めた。2019年6月にSOZOW株式会社(旧Go Visions株式会社)を創業。子どもの好奇心や創造性が広がるオンライン習い事事業「SOZOWパーク」と、オンラインフリースクール事業「SOZOWスクール小中等部」を展開している。ICCカタパルト・グランプリ2022優勝。18歳の娘と15歳の息子の父。
一人ひとりの好奇心に応じた時間割
── オンラインフリースクールというのは、まだ一般的に知られる存在ではないように思いますが、SOZOWスクールとはどういうところなんでしょうか。
インターネット上のメタバース空間にキャンパスのあるフリースクールです。平日の昼間、約600人の全国の小中学生たちが通っています。今年4月からは、高校生向けの部門として通信制サポート校も開校したところです。
── メタバース空間ということは、子どもたちはアバターで登場するのですか?
はい。みんな思い思いのアバターで集まり、ビデオや音声、チャットを使ってコミュニケーションをとります。もちろん顔出しや発言、コメントの書き込みをするかどうかは自由。人と話すことに不安を感じる状態の子どもも、自分のペースで学びを進められます。
── 具体的にどういうカリキュラムを?
ここでは、一人ひとり違う時間割なんです。一人の子どもに対して一人のメンターがついて、どういう時間割で何を学ぶのか一緒に計画を立てていきます。
学校で教わる5教科の学習はもちろんですが、プログラミングやデザイン、ゲーム、動画制作、ビジネスなど、多岐にわたる分野を学べます。それらのプロを講師として招いて、ライブ配信やトークセッションを行うことも。デジタル作品を作って、スクール内部の発表イベントに出すなど、アウトプットの機会も大切にしてます。
こうした子どもたちの活動についてメタバース上でログをとって講師のコメントを記載した個性レポートを作る仕組みもあり、それを学校に申請をして、出席認定を受けることもできます。
── ちなみに、子どもたちに人気のプログラムは?
マインクラフトというゲームですね。これは3D空間の中で、ブロックを組み立てたり壊したりしながら、自由に建物などを作ることのできる遊び。砂場遊びのように自由度が高く、正解も不正解もない世界で、創造性が育まれるゲームです。
クリエイティブ活動が好きな子どもたちは、このゲームの中で都市を作ったり、地下に道路を作ったりさまざまな創作をしています。それから、プログラミングによってゲームをカスタマイズして、効率的に自動ドアや鉄道を作ったり、世界中のゲームユーザーとサーバー上で交流しながら一緒に活動したりする子どももいます。
── いわゆる教科書による"勉強"だけではなく、それぞれの"好き"を探究していく仕組みづくりをしていると。
そうですね。ベースとして大切にしているのは、"エデュテインメント"の考え方。つまり教育とエンターテインメントの融合です。
やはり誰しも、テストのための勉強というのは、すぐに忘れちゃうじゃないですか。でも、例えばマインクラフトのように好きなことであれば、どんどん自分で調べて考えて試行錯誤を繰り返して、そこから膨大に学ぶことができる。自分の好奇心を全開にして夢中で取り組んだことこそが、本質的な学びとなって定着していくと思うんです。
実際にSOZOWでは、イラストや動画、楽譜販売などを受注してビジネスにしている子、憧れのVチューバーに挑戦する子、プロに引けを取らない絵を描いてSNSでバズっている子など、それぞれの好きを突き詰めて、驚くようなレベルのアウトプットをする子どもたちがたくさんいます。
── デジタルという道具を使って、"好き"を実社会につなげる術をそれぞれに見い出しているところがすごいですね。
そうですね。子どもたちが自分の居場所や仲間を見つけて、自分の可能性に気づいていく。結果として、部屋に引きこもっていた子どもが家の外に出られるようになったり、笑顔で家族と会話ができるようになったり。その姿を見た保護者たちも喜び、なかには刺激を受けて転職やリスキリングなど新たな挑戦を始める保護者もいます。そうして、子どもや子どもを取り巻く大人たちが、明らかに変化していく様子を間近で見られることが、何より嬉しいです。
現在、小中学生の不登校は約30万人といわれ、社会課題の一つとされています。ですが、「不登校」という言葉自体、果たして必要なのかという問いも生じます。学校という場所に行くか行かないかではなく、そもそもそれぞれの子どもに応じた多様な学びの場があることが大切なのではと。
学びはもっと自由で、一人ひとり違うものであって良いと思います。誰もがそれぞれの好奇心に従って学び挑戦できる。それが当たり前にできる教育の仕組みを創っていきたいです。
娘の「学校行きたくない」
── そもそも起業することになったきっかけは、何だったのでしょうか。
起業を志したきっかけは大学時代でした。漠然と将来の安定のために、公認会計士の資格を取ろうと商学部に進学。ある日、たまたま時間があったので、京セラ創業者の稲盛和夫さんの講演会に行ってみたんです。
そこで「会社というのは、社会を良くするための手段なのだ」という言葉を聞いて、ものすごい衝撃を受けました。ITバブル絶頂期で、時価総額を上げようという起業家が多い中、仕事やビジネスに対する捉え方が、がらっと覆された瞬間でした。この先、自分も誰かに貢献できるような生き方がしたい。そのために起業をしたい。この日を境に、そんな思いが心に根づくようになりました。
けれど、どんな社会課題をどんな方法で解決できるのか、知識も経験もなかった。まずは起業家養成スクールに通い、そこで出会った経営者の会社でインターンとして働かせてもらいました。それから、新卒でコンサル会社に就職をして新規事業開発や事業再建に携わった後、リクルートで新規事業の立ち上げ、グリーで複数のプロダクト責任者をしました。
── その後、教育分野に着目するようになったのはなぜでしょう?
私が33歳のときに、当時小学生だった娘が「学校に行きたくない」と言うようになったんです。転校や担任の先生との相性などが原因でした。「年間30日以上欠席」という不登校の定義には当てはまらなかったものの、保健室が娘の居場所になっていた時期もありました。
当時の私はかなりのワーカホリックで、最初は「まさかうちの子が」と戸惑いました。けれどそれをきっかけに今の教育について調べるうちに、学校に行かない子どもが増えている背景には、子どもや先生たちではなく、仕組みそのものに課題があると感じるようになりました。
というのも、日本では1872年に明治政府が「学制」という教育制度を公布し、富国強兵政策のために、言われたことを正確に取り組める人材の育成が重視されてきました。そこから近年はグローバル化やインターネットの普及などにより、多様性や創造性の発揮が重視されるように。教育においてもアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)が提唱されるなどの取り組みが行われてきたわけですが、特に10年前の当時はまだまだ従来の教育からアップデートされていない部分が多くあるように感じたのです。
現状の教育をさらに変えていく必要があるのではと考えるようになり、LITALICOという会社に転職。プログラミング教育事業の責任者として働くことにしました。
── 家族の実体験を経て、教育の課題にアプローチできる場所へ転職されたと。そこからSOZOWを立ち上げるきっかけは?
当時小学生だった息子に、背中を押されたんです。息子はもともと、好きなものに対しては過集中でどんどん探究する一方、単に教えられることはとても嫌う。簡単に言うと、すごくデコボコのある子どもでした。
ですが私は、娘の不登校をきっかけに、学校での勉強だけでなく、子どもが本当に興味を持ったことを応援したいと考えるようになったんです。それである日ものづくりが好きな息子をプログラミング体験会に連れていきました。すると、その日からすっかりハマって、気づけばロボットプログラミングの世界大会で7位の結果を残すまでになっていました。
自分の好きなことでつながった仲間たちとチームを作って、うまくいかないことがあれば詳しい大人に質問をしに行ったり、プロジェクトのためにクラウドファンディングをしてみたり。どんどん自分で考えて行動して学びを得ていく息子の姿を見ていて、好奇心や"好き"がどれほど人を動かす大きな力となるのか、肌で感じました。
そんな時期に、ソフトバンクグループの会長孫正義さんが設立した孫正義育英財団が支援人材を募集していることを知り、息子が応募することに。孫さんの前でプレゼンするために、まずは講演動画や本を買ってきたんです。
するとその中で孫さんが「人生は一度きり。ちゃんと自分の志の旗を立てないと、流されるままに人生が終わってしまうぞ」ということを言っていたんです。これを聞いたとき、「これは自分のことを言われているんじゃないか」と(笑)。ガツンと頭を殴られたような感覚でした。
自分があと何年生きられるかわからないけれど、将来振り返ったときに、ここで起業しないと絶対に一生後悔するんだろうなと思ったんです。39歳のときに今の会社を立ち上げました。
教育のOSそのものを変えたい
── 学生時代に生まれた「起業したい」という思いと、教育に感じた課題が重なって、SOZOW立ち上げに至ったのですね。小助川さんが感じた課題に対して、具体的にSOZOWがどのようにアプローチしていくのか教えてください。
教育を「ソフト」「ハード」「OS」に置き換えて考えてみると、わかりやすいかなと思います。
例えば私の世代が受けてきた従来の教育システムでは、ソフトは教科書による、5教科を中心にした学び。
ハードは、みんなが一斉に集まるリアルな教室。
さらにOSは、同じ地域・年齢の子どもたちと、決められた時間割をこなす。先生から与えられた正解をインプットし、テストの点数や偏差値で評価され続けるなど。これらが一般的だったと思います。
一方、SOZOWではこうしたこれまでの当たり前をアップデートしていきたいんです。
例えばソフトは、5教科以外にも、それぞれの興味にあわせた探究学習やデジタルクリエイティブなど、多様な学びのコンテンツに触れられるようにしたい。
そしてハードは、場所に縛られないメタバース空間。
OSは、さまざまな地域・年齢の子どもや実社会の大人たちとつながりながら、一人ひとりが自分に合った時間割で学ぶ。正解のない問いに対して、アウトプットしていく。点数だけではなく、多角度から学びの成果がわかる仕組みなど。時代に合った教育の在り方を、SOZOWを通して具現化していきたいと考えています。
近年ソフトやハードについては、デジタル技術の進化によって、さまざまなEdTechが普及してきましたが、特にOSについてはまだまだ変化が乏しいように感じます。SOZOWを通して一つひとつ仕組み化して実践していくことで、日本全体の教育のOSをアップデートする足掛かりになればと思っています。
── 最近では、これまでオルタナティブとされてきたフリースクールが、少しずつではありますが選択肢の一つとして浸透してきたように感じます。SOZOWでは、さらに日本の教育の在り方や学びの価値観そのものを変えていきたいと。
そうですね。もちろん、これまでの教育システムが合っている子どもたちもいるので、それはそれで尊重されるべきだとも感じます。ですが、今の若者の自己肯定感の低さや、社会全体の成長が鈍化している背景には、これまでの教育による影響が少なからずあると感じます。
日本財団が世界6か国の17~19歳に向けて行った意識調査では、「自分には誇れる個性がある」と答えた日本の若者は53.5%。「自分の行動で国や社会を変えられると思う」と答えたのは45.8%に留まり、どちらも6か国中最下位でした。
さらに、米ギャラップ社の調査では、仕事への熱意を示すエンゲージメント率が日本の場合5%と、145か国中最下位に。こうした日本人のマインドを醸成してきた教育を変えることが、これからの社会を変えることに必ずつながると思っています。
実社会の大人や企業を巻き込んでいく
── 今の教育の在り方を変えていくために、今後力を入れたいことを教えてください。
私たちのビジョンの実現は、SOZOWという一つの企業だけでは絶対に成しえないと思っています。だからこそ、実社会のさまざまな大人や企業を巻き込みながら、新しい価値創造をしていきたいです。
現在、多様なキャリアを持つ150名以上の大人たちが、副業として子どもたちのメンターを務めています。その職業は、プロのエンジニアやヨガ講師、客室乗務員、猟師、起業家などさまざま。"好き"を突き詰めて社会で活躍するプロたちです。
さらに複数の企業に、プログラムの提供パートナーになっていただいています。例えば、マネーフォワードさんはファイナンシャルプランを考えるプログラム。そしてGame8さんは、ゲームがどのように実社会につながり、どう仕事になっていくのかを知るプログラム。XANAさんは、WEB3.0に必要なデジタル技術を学ぶプログラムなど。
これまで学校という場所は、実社会とのつながりが分断されていましたが、今後はさらに社会で暮らす大人や企業との接点をどんどん作っていきたい。そうやって、新しい教育のうねりを社会全体で創っていけたら嬉しいです。
そして、エデュテインメントをさらに社会に浸透させていきたいです。人生100年時代、日本政府が発表した創造社会に移行していく今、デジタルやAIを道具にして、わくわく心が動くことを学びとして楽しめる社会を創っていきたいです。
── まさに従来型の教育システムのど真ん中世代の小助川さんが、なぜこうした新たな挑戦を続けられるのか、最後に聞いてみたくなりました。
うーん...。楽天家なのか、 謎のポジティブ思考なのか(笑)。といっても、実は私自身、昔は正解不正解の中で生きてきた人間でした。他者評価をずっと気にしながら仕事に打ち込んでいたんです。それで30歳を目前に鬱になった時期もありました。でも、そこからなんとか這い出したときに、人からの評価は関係ない、自分の評価は自分で決めると思えるようになったんです。
外から聞こえる雑音を取りはらって、とにかく行動してみる。そうすると、必ずつまずくのですが、それをどう振り返って次につなげるかで「失敗ってないじゃん」と思えるようにもなった。そうして、正しいか正しくないかという考え方から自由になると、とにかく行動してみよう、自分にならできるんじゃないかという根拠のない自信がわくようになりました。
本来なら大学時代に起業を志していたものの、解決すべき社会課題って何だっけ...? という状態で長く過ごしてきました。そんな中で、わが家がそうだったように、悩んでいる子どもや保護者がたくさんいるという事実を知ってしまったので。もはや挑戦しない理由はなかったんです。ようやく自分なりの志の旗を立てた今、子どもたちとともに、自分の好奇心に従って突き進んでいきたいです。
-
取材・文 木村和歌菜
撮影 荒井勇紀