ダムと高速道路が海を変えた? 小田原の海と魚を見守ってきた老舗かまぼこ店の女将の言葉

神奈川県小田原市には、10軒以上のかまぼこ店があり、中でも全国的に有名なのが「鈴廣かまぼこ」。

かまぼこは基本的に、魚と水と塩だけでつくられるシンプルでヘルシーな食べ物。鈴廣のかまぼこは、保存料や化学調味料を使わないのが特徴です

さらに鈴廣は、「かながわプラごみゼロ宣言」への賛同や、再生可能エネルギーへの取り組みなど、環境活動やSDGsに関連した活動も積極的に行っています。

そういった環境活動を行うきっかけのひとつは、ダムや高速道路の開発によってもたらされた、小田原の海や漁業の変化でした。

人々がより便利で豊かな暮らしを求めた結果、海はどう変わったのか? その変化によって、鈴廣は何を考えて、何をしているのか。会長である鈴木智恵子さんにお聞きしました。

大きなブリが獲れなくなったふたつの理由

── 長年、小田原を見守ってきた智恵子さんから見て、小田原はどんな町でしたか?

私が生まれたところは幸町(さいわいちょう・小田原駅からほど近い地域)なんです。昔の魚市場から走って1分のところです。魚が獲れたら、市場がホラ貝を吹くんですよ。それを聞いて、お魚屋さんはみんな、市場に駆け込んでいました。小田原はね、生臭いところでしたよ(笑)。

── 魚の匂いが(笑)。

昔は、小田原ではブリがたくさん獲れたんです。漁師はもちろん今よりもたくさんいて、ものすごく賑やかでした。小田原は魚の町だったと言ってもいいんじゃないですか。町の賑わいも変わりましたけど、一番変わったのは、ブリが獲れなくなったことです。

── ブリですか。

小さい頃は、毎日ブリを食べさせられましたよ。ブリは今だと、少し獲れただけでも騒ぎになります。昔は、ブリ箱でどんどん東京に出していたのに。東京からもブリが買いたくて魚屋さんがたくさん来ていたんです。

── (※写真を見せてもらう)この大きな魚が、ブリですか!?

そう。これは今から60年くらい前の写真、小田原の浜です。小田原は江戸時代から定置網をしていて。これも定置網で獲っているんですけど、今では考えられないほど大きなブリです。

出典元:小田原ブリプロジェクト 森の再生からブリの来る街へ

── すごい。こんなサイズのブリが大漁。

当時は、だいたい年間に50万匹ほど獲れていました。それが今は数千匹程度しか獲れません。たとえばこれが人だとして、「50万人いた人口が、半世紀で数千に減ってしまった」と考えたら、すごいですよね。それだけ海に大きな環境変化があったということです。

なぜブリが獲れなくなったのか調べた先生がいらっしゃいました。1960年代の後半から、70年代にかけて、すーっと漁獲量が減っていくわけです。高度経済成長に合わせるように。

調べた結果、どうやらブリ自体の資源が減ったわけではなくて、小田原の浜に寄らなくなったらしいんですよ。それには、大きくふたつの理由があるだろうと。結論から言うと、ひとつは真水、ひとつは砂です。

── 真水と砂......。というのは、どういうことなんでしょう?

まず真水というのは、高度経済成長期に、酒匂川(さかわがわ・小田原にある川)の上流にダムを造ったことで、相模湾の水質が変わったお話です。ダムと合わせて下流に取水堰(しゅすいせき)を作って、真水を抜くようになったんですね。それは、横浜の水道水として供給されています。

今は、酒匂川から海に、ほとんど真水が流れていかないんです。もともと相模湾に入っていた真水は、海水とまじりあわないで、海水の上をすべっていったんですね。海水と真水の間の汽水域と呼ばれる水域が出来ていて、それがとても広かったそこにプランクトンが湧いて、小魚が来て、小魚を求めて、ブリが来ていた

── なるほど......。水が変わり、餌がなくなってブリが来なくなった、と。

もうひとつは、砂。これは西湘バイパス(箱根・小田原から湘南方面へと続く海岸線沿いにある自動車専用道路)が出来たことが関係しています。こちらの写真を見てください。

上の写真が当時の砂浜。下の写真が現在の浜辺 出典元:「ふるさと 小田原」(郷土出版社)

── 全然違う浜かのように思えますね......。

当時の浜は海岸が広がっていて、100メートルくらいの砂浜がありました。今はそれが下のように、海岸がなくて砂もほとんどなくて、小石になっています。ダムを造って取水堰を設けてしまったので、砂が山から入ってこないんですね。

砂浜にはいろいろな役割があります。ひとつは、波を抑えてくれること。もうひとつは、陸の騒音や振動を吸収してくれることなんです。でもその砂浜がなくなってしまったから、陸の騒音や振動が、海に入ってしまっている。

今は、バイパスに四六時中、車が走っています。今の小田原の海の中って、とてもやかましいんです。ブリからすると「食い物はない」「やかましい」というわけで、海に訪れないんだそうです

森と川と海はつながっているんですね。そのつながりの中に、私たちの暮らしやなりわいがあるということです。

この日は副社長の鈴木悌介さんも同席し、話に補足をしてくれた

ブリは失ったが、豊かな生活を得た今

── なるほど......。

それが、この半世紀ほどのうちに起こったことです。私はこの話を、若い人にも伝えています。「だからといって、このことを非難できないよね」ということも、一緒に伝えますよ。私たちは豊かで便利な生活を求めて、いろいろな開発をしたわけですから。

ダムや取水堰は必要だったし、横浜という大都市をサポートするために水を送ったり、海沿いに道路を走らせたり。今、神奈川や小田原の人々が便利に、安心して暮らせるのは、ダムや高速道路があるおかげなんですね。

── こういったお話から、私たちは何を学べそうでしょうか?

振り返ってみると、私たち人間はより豊かでより便利な生活を追い求めてきました。地下にあるものを掘り起こして、海から持ってきて使い放題にして、ゴミは捨て放題にしていました。そういう暮らし方をよしとして、それを実現したり、さらに助長する形で経済が発展してきたわけです。

その結果として、今の私たちの豊かな生活があります。ただ、それが、ずっと続けていけるかというと、そうではないですね。最近は気候変動によって、日本でも夏の異常気象があったり、雨の降り方が変わってきました。10年前には新聞紙上の言葉だった「地球温暖化」が現実的な問題として迫っていると感じます。私が生きてきた90年の中でも、なかったことです。

だからこそ、今までの暮らし方や商いのあり方を見直して、今まで以上の知恵を出していかないといけません環境や持続可能な社会への取り組みは、企業としての、果たすべき役割だと考えています。

── なるほど。再生可能エネルギーやSDGsへの取り組みを行うのは、必然的な役割なんですね。

社是「老舗であって老舗にあらず」

── これまでのビジネスやライフスタイルを見直したほうがよい時代だとして、鈴廣として世の中に伝えていきたいことはありますか?

世の中にというか社員たちに言っていることですけれどね。私たちの社是は、「老舗であって老舗にあらず」。ふつうは自分で自分の店のことを老舗とは言いませんよね。これは外に向かって発信する言葉ではなくて、働く者たちが自分たちの立ち位置を確認する意味での社是なので、老舗という言葉を使わせていただいています。

これは先代の鈴木廣吉(智恵子さんの父)の言葉で、この言葉を書いた紙が、引き出しに入っていたんですよ。意味は、「世の中は変わっていくけれど、変わってはいけないものもあるはずだからそれを頑固に守っていこう」ということです。これが、「老舗であって」の部分です。

「老舗にあらず」の部分は、「世の中はどんどん変わっていくんだから、変えるべきことは勇気を持って変えていこう」ということ。これを、両方やるんだという欲張りな言葉です。


では何を変えてはいけないのかという点なのですが、私たちは、お客様があって初めて仕事ができるので、お客様と真正面を向いて仕事をする姿勢は、どんな時代でも変えてはいけないと思います。

「老舗にあらず」の変えていくべき部分というのは、簡単に言うと、仕事の仕方はどんどん変えましょうということです。

── 仕事の仕方を変えるというのは、たとえばどんなことでしょう?

私どもの商品に、一番高価なかまぼこで「古今(ここん)」というものがあります。板付けのかまぼこで、それはすべて手づくりです。作る方法は、時代によって、ものすごく変わっています。150年前と比べたら原料はもちろん違うし、もしかしたら、お客様の嗜好だって変わっているかもしれません。

だから私たちは、古今(ここん)を作るときに、すべて科学的に分析しているんです。若い職人たちを育てながら、同時に最先端の「魚肉たんぱく研究所」という研究室を作りました。

そこにはドクター含め4名が日々、たんぱく質の研究をしながら「なぜ熟練の職人はこういうふうにやっているのか?」を、すべて分析して、理屈を解析してくれるんです。それを若手の職人に伝えると、彼らも「そういうことなのか」と、納得ができますね。

今の若い人たちに、何も言わないで「俺の背中を見て勉強しろ」と言っても通じません。これも時代の変化でしょう。そういう意味で、これを私たちは「伝統を科学する」と呼んでいます。

昔ながらのかまぼこづくりに、ものすごく新しいやり方が詰まっている。だから「老舗にあらず=仕事の仕方はどんどん変えていきましょう」ということなんです。暮らし方や商売のあり方も、社会の在り方も、それと同じだと思いますね。

── 老舗でありながら、すごく柔軟に時代の変化に対応しているんですね。

私たちが考えているのは「食べるとは何か」ということなんです。食べ物とは、そもそも全部、命のあるものです。かまぼこもお魚から作られているわけですから。人間は「うまいものを食いたい」とか「栄養が必要」とか「仲間とおいしいもの食べて盛り上がりたい」とか、勝手な理由で自分以外の命を使っている。

── でも、食べなくては生きていけませんよね。

まさに「いただきます」の心だと思うんです。「食べものの命を扱って金儲けをしている私たちは何なのか?」というと「食べ物の命を、お客様の命にうつしかえるお手伝いをしている」ということ。かまぼこになぞらえて言えば、魚の命をかまぼこに一回うつしかえて、それをお客様のところへお届けして、召し上がっていただく。命のバトンタッチのお手伝いをしていることです。

だから、せめて命ができるだけ、ねじ曲がったり歪んだりしない形で、お客様に届けていきたい。私たちはもう何十年も前から、いわゆる添加物や化学調味料を使わないかまぼこづくりをしてきています。

── そうですよね、添加物を使っていない。

そもそもかまぼこは、シンプルな食べ物です。新鮮なお魚と、きれいな井戸水と、あとはお塩があれば作れてしまう。そこに添加物や保存料を入れると確実に2、3日は賞味期限が伸びます。でも、うちでは入れません。ではどうやって賞味期限を担保するかというと、一生懸命工場の中を掃除するとか、衛生管理に気をつけるということしかないんです。

命をいただく責任として、「汗をかいてできることは、汗をかいてやりましょう」ということです。このあたりは、うちの社員も、よくわかってくれていると思います。

\ さっそくアクションしよう /

ひとりでも多くの人に、海のイマを知ってもらうことが、海の豊かさを守ることにつながります。

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