相手を変えるには、否定しないこと。有名人も薦める、しらす業者の対話力

ここ数年、さかんに聞くようになった「サステナブル」という言葉。

日本語で「持続可能」を意味し、このGyoppy!のテーマも「持続可能な、海と人間社会の関係を考える」こと。サステナブルはいま、世界的な潮流となっています。

ただし「サステナブル」を旗印に、すべての海が変われるかはまた別の話。土地には土地の長年続いてきたやり方があり、世界的な潮流だからといって、まったく新しい価値観を明日から受け入れるのは、なかなか難しいもの。

そこで必要になるのは「サステナブルを翻訳する存在」なのではないか? そんな風に考えさせられるひとつの例が、和歌山の海にありました。

和歌山県和歌山市にある「山利」は160年以上、しらす加工業を営んできました。その7代目である木村尚博(きむら・なおひろ)さんは、6年前、しらすの獲りすぎを防ぐため地元漁師に「漁業時間の制限」を提案したのです。木村さんは、次のように話します。

「頭ごなしに『サステナブルが~』と知らない言葉をぶつけられても、漁師は自分たちのやり方が否定されたと感じるだけ。そもそも、しらすを絶滅させたい漁師なんていません。数を獲らざるをえない状況があるなら、まずはその原因を追究すべき。そして対話をして、皆が共存できる対策を考えればいいんです」

木村さんが挑んでいることは、いわば「自分たちなりのサステナブル」。そこには、これからのローカル漁業が生き残るためのヒントが隠されているのではないでしょうか。木村さんに話を聞きました。

しらすは意外と減ってないんじゃないか

── しらすって天日干しでつくられるんですね。どうやってできるのか、意識したことなかったです。

水揚げされた生のしらすを釜で茹でたものが「釜上げしらす」。さらに天日干しすると「天日干しちりめん」になります。一般的に「しらす」として食べられているのはイワシの稚魚なんですが、イワシって魚へんに「弱い」と書くくらいなので、すぐに傷んじゃうんです。生のままだと、めちゃくちゃ足が早いので、加工されて流通してきました。

いかに早く加工するかが味の決め手なので、うちは水揚げから釜茹でして食べられる状態にするまで、20分以内にやっちゃいます。

── え、20分! すごく早いですね。

港の目の前に加工場があるんですが、船が漁から帰ってきた合図に、甲子園みたいなでっかいサイレンが鳴るんですよ。サイレンを聞いたらすぐに駆けつけて入札して、軽トラへ積んで持って帰って、冷水で洗って釜に入れる。

── スピード勝負だ......。

この和歌山の西脇って土地は元々しらす漁がさかんで、山利は僕で7代目。160年くらいずっと、しらす加工を生業にしてる家なんです。

山利のプロモーションムービー。しらす作りの工程も紹介されている

── 最近は水産資源を守ろうという風潮も強いですが、しらすは稚魚を獲っているわけですよね。サステナブル的な視点で、何か取り組まれてたりしますか?

国際的なエコラベルとかは取りにくいかもしれません。だけど僕らなりに取り組んでることはあって、6年前からしらす漁の時間を制限しているんです。

昔は漁が週5日できて、時間制限も無かったんですよ。でも今は、漁ができるのは週4日だけ。開始が日の出の時間で、夏は10時、冬は11時で終わり。だいたい5~6時間ですね。

── 6年前から資源管理の話があったんですか?

そうですね。あとは騒音や労働環境みたいな問題も出てきたので。

── 実際、しらすが減ってると感じますか?

僕はあんまりないと思ってます。というのも、そもそも加工できる量の限界があるから、しらすの「獲りすぎ」が起こりづらい構造になっているんです。

さっきも言ったように、しらすは足が早いので、基本的には加工されて流通してきました。昔は全部手作業ですから、加工業者が1日に釜茹でできる量も決まってます。漁師がその量以上にたくさん獲ってきても、業者が買い取る値段が下がるだけ。だから、漁師の側もたくさん獲るメリットがないんですよ。

今は釜茹で用の機械も導入されてますけど、それでもしらす屋の規模はしれてますし、漁師も加工業者も減ってます。大きな資本が入ってこない限り、うちみたいな土地では見境なく乱獲するみたいなことは起こりにくいはずなんです。

山利の加工場前には、しらすを天日干しするための棚が並ぶ。昔は建物の屋上までしらすを天日干ししていたそうだが、漁の時間制限とともに規模も縮小された

── なるほど、加工しきれない量をとってきても、買い取ってもらえない。他の産地でも、基本的な構造は同じはずですよね。......あっ、いま気づいてしまったんですが、生しらすだったら話が違ってきませんか? 加工しなくていいわけなので。

そこなんですよ。生しらすとして流通すると、獲ってきた分だけ市場に流せてしまう。漁をするのも、加工するのも許可制で、権利が必要なんです。ただし、生の魚に関しては誰でも買うことができて、二次販売もできてしまうんですよね。だから、乱獲が起こりえない、とは一概に言い切れない面もある。現にサクラエビが減ってるみたいな話も聞きますが、そういう背景があるのかもしれない、とは思います。

── 急に「生しらす丼」が人気になったのも、考えてみたらここ数年ですよね。

テレビ的な需要があるのかもしれませんね。僕らはそれを批判するつもりはないんです。新しい食べ方を提案して、しらすの市場規模を広げてくれましたから、その点で感謝してます。それに、旅先で食べるからこその美味しさってあるじゃないですか。エンターテインメントとしての食というかね。

山利では「釜上げしらす」(写真左)のほかに、ちりめんを山椒とともに甘辛く煮た「ちりめん佃煮」(写真右)なども販売している

「自分たちなりのサステナブル」を実現するために

── 漁の時間制限にあたって、漁師さんからの反対はなかったんですか?「収入が減る」みたいな反発の声も上がりそうですけど。

だから僕たち西脇の加工業者は、漁の時間が減るぶん、しらすを高く買い取ることにしたんです。倍の値段で買えば、漁師の皆さんも困らないでしょう、と。

高く買い取ると、仕入れ値が上がるわけですよね。だから山利ではブランディングをして、しらすの販売価格を上げる努力をしています。そこまですれば、漁師の皆さんにも納得していただけるわけです。

山利のHPには、俳優の岸部一徳さんや芸人の水道橋博士さん、ミュージシャンのレキシ・池田貴史さん、ジャズピアニストの上原ひろみさんをはじめとする推薦コメントが並んでいる

── 山利のHPに有名人の方たちの推薦コメントが載っているのは、そんな背景があったんですね。実際、東京でレストランをやっている知り合いのシェフからも「山利のしらす」の名前を聞いたことがありますし。

シェフでいうと、代々木上原にある「sio」の鳥羽さんや、下北沢にある「サーモンアンドトラウト」にはお店の食材やイベントでうちのしらすを使っていただいてますね。あとはアーティストさんのライブでケータリングに使っていただいたり。

── しらすのケータリングってどんな感じなんですか......?

20kgくらい会場へお送りするんです。大きな会場のライブでは大勢のスタッフさんも参加しますから、皆さんお弁当のご飯にかけたりして食べていただいてるそうですよ。

いろんな縁が繋がって、これだけいろんな方に知っていただくことができて。有名人に食べてもらおう! とだけ考えているわけではないんですが、「B to B」ではなく「B to C」で売っていくのはすごく意識してます。オンラインショップも積極的に使っていますし。そうした姿勢が、西脇の他の業者との差別化にもなりますから。

── 他の業者との差別化。

時代の変化で、人口も減ってるわけですよ。高度経済成長の時代みたいに、出荷した分だけジャンジャン売れる状況ではない。だから、うちはブランディングして小売りします、別の店では量販をやってます、とお互いに得意分野で商売すればいい。やっぱり「共存」が大事だと思うんですよね。ちゃんと対話して、お互いの戦い方を理解して商売したほうがいいんじゃないかな。

── 漁師さんとの対話も意識されてますか?

もちろん。だから頭ごなしに「サステナブルが~」みたいにカタカナ言葉を地元の漁師さんにぶつけるのもどうかなと。そもそも、しらすを絶滅させたい漁師もいないはずなんです。自分たちの仕事もなくなってしまうわけですから。それなのに「乱獲をやめましょう」といきなり言うのは、「俺たちの仕事を否定するのか!」と思われても仕方ない。

漁師さんが数を獲らざるを得ない状況になっているなら、まずは原因を追究する。そして適切な対策を講じればいいんです。

── それが西脇の土地では「漁の時間を制限する代わりに、買取価格を上げる」だったと。

そうです。漁師さんとも共存を考えれば、お互いwin-winになりますよね。共存のためには対話が必要で、その過程では「翻訳する人」が重要です。僕は東京で登壇することも多くて、世界的なサステナブルの風潮も知っている。それをそのまま伝えるんじゃなく、地元の漁師さんにもわかるように話して理解してもらうことはすごく意識してます。

山利では社会貢献事業の一環として、サーファーのサポートも行なっている

島国の日本には「経営」より「商売」が合っている?

── 「翻訳」の視点は面白いですね。世の中的な潮流を、ローカライズして取り入れるというか。

僕らなりのサステナブルを考えた結果ですね。「ローカル色」はすごく大事だと思うんです。僕らは僕らなりに、百何十年とこの仕事をしてきて、この土地にしかない文化を持っている。

でも、国や国際社会の大きなルールをそのままローカルにぶつけると、積み上げてきた文化が消えてしまう。だからちゃんと話し合って、みんなが納得できる落とし所を見つけるのが大事だと思うんです。そのためには、ブランディングみたいな努力も必要で。

商売って、つまるところ「需要」と「供給」のシンプルな話なはず。どれだけ美味しい物を作ってても、需要がなければ商売にならない。この値段でこんなに美味しいなら買おうかって仕組みをどれだけ作れるかだと思うんですよ。

── 需要をみずから作り出すのが、ブランディングだと。

僕のなかで「商売」と「経営」は別なんです。「経営」は経済って大きなルールのなかで、数字を追いかけながらどれだけ利益を生むか。一方の「商売」は、もう少しゆるやかなイメージ。例えば自分が100円で売ったものを、誰かが1万円で売ってて儲けてても、自分の家族が飯食えてて楽しくやれてたらまあええやん、ってのが商売人の感覚だと思ってます。

それでいうと、ローカルは「商売」のほうが合ってると思う。「経営」的な経済のルールのなかでどうこうよりも、ルールの無いなかでいかに工夫して、みんながwin-winになる自分なりの方法を探すか、じゃないかなと。

── 山利のやり方は、そうした考え方が一本の軸として通っているように感じます。

日本は島国だから、「商売」のほうが合ってるんじゃないかと思うんです。東京みたいな都会は別として、ローカルの中小企業は特にそう。だけどそうはいっても、情報社会のなかで、テレビで見たあの靴欲しい、あそこ行きたい、って欲はありますよね。だから「経営」を否定するわけじゃない。僕自身、「経営」的な思考も持っているし、だからこそ外に出て色んな活動もしていて。

── 木村さんの10年後こうなりたい、ってビジョンはありますか?

僕は自分で創業したんじゃなくて、跡を継いだ人間です。だから、代々の先祖が繋いできたバトンを、いかに次の代に渡すかってことをもう考えてますね。長男が13歳なんですけど、もし彼が継ぐと言った場合、10年後がバトンを渡すタイミングだと捉えて、すでに助走に入ってます。

── 10年後はすぐじゃないですか?

ええ。それまでに、しらすを日常に落とし込める場所を作ろうと思っていて、新たに店を作る計画もあります。いまもTシャツや手ぬぐいや色んなアイテムも作ってるんですが、しらす単品ではなく、もっとライフスタイル的な大きな視点での提案をしたい。

それを形にできたら、息子にバトンを渡して僕は引退。あとは口を出さずに、息子の好きなようにしてほしいと思ってます。もちろん、継ぐかどうかも彼に任せますけどね。

しらすのモチーフをあしらった、山利のオリジナルキャップ。手ぬぐい専門店「かまわぬ」とコラボした手ぬぐいなど、オリジナルのアイテムも多い

次にバトンを渡すまでは、事業を通じて発信者として頑張りたいと思ってます。

── 発信者とは?

ローカルってすごい豊かさを持ってるはずで、そこを発信する人は必要なんですよ。都会とローカルの「違い」って、実はすごい強みなんです。

── 木村さんは、ローカルの「違い」を「強み」として翻訳し、発信しているように感じます。旧来の制度や価値観を持つ人と対話し、共存しながら「自分たちなりのサステナブル」を実現しているというか。

そうですね。翻訳できる人が増えればローカルはもっといいほうにまわるし、面白いことができるんじゃないかなと思います。

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