北欧の人は日本が羨ましい? デンマークのすごい「自然のプール」が教えてくれたこと

提供:Astrid Maria Rasmussen/Visit Copenhagen

北欧諸国のひとつであるデンマーク。この国を訪れた時、目の前に広がる幸せな光景に私は思わず「いいなぁ」とため息が漏れてしまいました。

訪れたのは、首都コペンハーゲン港内の海沿いに位置するハーバーバス(Harbour Bath)。都会のど真ん中に、まるでリゾート地のような開放感あふれる自然のプールがあるのです。

提供:Nicolai Perjesi

夏の太陽のもと、水着で寝転がり、ビール片手に談笑する声。ザブン!という景気のいい音と共にダイブする人。ここはコペンハーゲン市民が短い北欧の夏を謳歌する最高のスポットとなっています。

デンマークの中で一番栄えている都市に、こんなにも自然と人の距離が近くて幸福な光景があることは、私にとって衝撃でした。

ですがもっと驚くべきは、昔はこの一帯が、ヘドロと悪臭でとても人が泳げるような場所ではなかったこと。水質改善を重ね、2003年にハーバーバスとしてオープンしたのです。

「昔と比べて東京の川も綺麗になってきたなぁ」なんて思っていたけど、隅田川で泳ごうなんて考える人はちょっといないはず。なぜ、こんなことが出来たのか? デンマークの都市開発に詳しい中島健祐さんに質問をぶつけてみると......

「50年も前から、デンマークは環境に優しい社会を推進してきました」
「ハーバーバスの他にも、専門家が言葉を失うようなすごいゴミ処理場があります」
「彼らはエネルギーの使う量を減らしながら、どうしたら市民の暮らしが豊かになるかを考えています」


など、どうしてそんなに日本と違うの?という話が次々と飛び出してきます。

ハーバーバスの歴史やゴミ処理場がすごいワケから、デンマークが環境と人に優しい社会を実現している理由を、紐解いていきます。

中島健祐(なかじま・けんすけ)さん

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 ソーシャルインパクト・パートナーシップ事業部 社会イノベーション・エバンジェリスト。通信会社、米国系コンサルティング会社を経て、2008年よりデンマーク外務省投資局(インベスト・イン・デンマーク)に参画。従来のビジネスマッチングを中心とした投資支援から、プロジェクトベースによる戦略コンサルティング、特にイノベーションを軸にした顧客成長戦略、新規事業戦略などを支援する活動を展開した。著書に、デンマークの都市や社会デザインを紹介する「デンマークのスマートシティ」。

デンマークの首都に現れた自然のプール

── ハーバーバスが昔はヘドロまみれだったなんて信じられないのですが、本当なんですか?

1970~1980年頃は下水や工業排水でヘドロが沈殿して異臭がしていたエリアです。当時の東京湾も同じくヘドロや異臭が酷かったので、昔の東京湾が記憶にある方はそれをイメージしていただくといいかもしれません。

── その状態から、どれくらいで泳げるようになったんでしょうか。

その後、コペンハーゲン地区一帯の水質改善が始まって、排水管や貯水槽を整備したり、川に溜まったヘドロを綺麗に掃除したりしました。あとは時間をかけてバクテリアに浄化してもらって、2001年頃には水質調査で人が泳げる水準になっています。

泳げるくらい綺麗な水になったのなら、市民がより楽しめる場所にしよう、ということでハーバーバスを建設して2003年にオープンしています。

提供:Astrid Maria Rasmussen

── 近くにこんな場所ができたら、嬉しいですよね。

近所に住んでいる人からすると、5~10分でデンマーク人が憧れるような海上プールにアクセスできるようになったので、すごく満足してると思います。北欧の人は夏だけでなく、冬の間も寒中水泳を楽しむので、シーズン問わず一年中楽しめる場所になっています。

あとは、コペンハーゲンの中心地にランドマーク的なものができたので誇りに思って、土地に対する愛着が高くなったと聞いています。自分たちが川や海を汚すとあそこで遊べなくなってしまうので生活排水を減らし、合成洗剤を使うのを避けるようにもなりました。環境の大切さを頭だけでなく五感を使って知ることができるわけです。

ゴミ処理場とレジャー、驚きの融合

提供:Visit Copenhagen

── 北欧は環境意識が高いとよく言われますが、環境改善をした上でレジャー施設までつくっていることに驚きました。

デンマークは環境先進国なので、国や市を挙げた自然環境への取り組みが盛んに行われています。

中でも日本人の専門家が驚く施設がもうひとつ、デンマークにはあります。コペンハーゲン市内の工業地帯にあるゴミ焼却場コペンヒル(Copenhill)です。

── コペンヒルは、一体何がすごいんでしょうか?

コペンヒルが普通のゴミ処理場ではない理由は大きく3つあります。

ひとつめは、ゴミからエネルギーを生み出すというコンセプトです。ゴミを焼却して、そこから電気と熱を生み出し、地域で活用されています。

特に熱の活用は「地域熱供給システム」と呼ばれていて、街中にお湯の配管が流れ地域の建物ごと温めています。個別で温めるよりもずっと効率がよく、コペンハーゲンの地域熱供給システムの普及率は98%、コペンハーゲン広域で約100万人が利用しています。デンマークの冬は寒くて長いですが、このシステムのおかげで24時間、室内ではTシャツ1枚で過ごすことができます。

ふたつめは、ゴミ処理場にエンターテインメントが乗っかっちゃってることです。

── ゴミ処理場に......エンターテインメント!?

コペンヒルは廃棄物を処理する施設ですが、その建物の屋上にスキー場が併設されているんです。デンマークは山がないので、スキーをするためには海外に行かなくてはいけません。ですがコペンヒルが出来たことで国内の、しかも都心部で気軽に楽しむことができるようになりました。

特に専門家の方が驚くポイントは、スキー場を併設するためにユニークな形状の建物をつくってしまったことです。ゴミを燃やして熱を生み出すだけなら四角い建物をつくれば建築資材も少なくて済みます。あれほど建築の構造的に無駄なことはないわけですが、あえてお金をかけてつくってしまうのがすごい。

── この企画を実現させたデンマークの人々の本気を感じます......。

このふたつだけでも十分すごいのですが、この施設にはさらに教育の観点も加わっています。ゴミ問題について、上から押し付けるのではなく自然と興味を持って学ぶことが出来る仕組みを施設内に導入しているのです。

コペンヒルに遊びに来てエレベーターに乗ると、ゴミ処理場の配管システムが見えるようになっています。施設内には展示場もあるので、興味があれば展示を見てエネルギーの大切さやゴミ問題を学ぶことができてしまう。

提供: Max Mestour and Amelie Louys

また、子どもは展示の内容を忘れても後にスキーを楽しんだ思い出や、屋上から見たコペンハーゲンの街並みと海の景色は記憶に残ります。大人になって環境問題に触れた時に、楽しかった思い出が蘇えれば親近感を持って問題に向き合える。外観だけでなく、関わる人たちの考え方や行動を含めたデザインが素晴らしいんです。

── ゴミ処理場で楽しめるだけでなく、環境意識まで上がる仕掛けが組み合わさっているなんて。一体いつ出来た施設なんでしょうか。

コペンヒルは2013年に着工して、2017年に完成しています(スキー場のオープンは2019年)。10年前から環境に対してこのレベルで設計が出来ているのが、コペンハーゲンです。

意識改革のきっかけはオイルショック?

── なぜデンマークは、10年も前からこんなことが可能だったのでしょうか?

デンマークは環境意識が高い国として有名でしたが、10年前に突然こうなったわけではありません。きっかけは1970年代。世界中が石油などのエネルギーを活用していかに国をよくするかを考えていた時代から始まります。

当時はデンマークも石油の恩恵にあずかっている国でしたが、1973年にオイルショックで経済的にも打撃を受けました。輸入に依存していた石油価格が高騰したことで、エネルギーを自給自足できないということは国の存続に関わるということに、政治家やビジネスリーダーたちが気付づいたのです。

── 他国も同じような状況だったはずなのに、デンマークはそこまで危機感が高かったんですね。

同じ北欧でも、ノルウェーやフィンランドは山があるので水力発電がありますが、デンマークにはそういったものがありませんでした。さらに小さい国なので「このままだとまずい、国が滅びる」という危機感は大きかったと思います。

大量消費・大量生産の全盛期に、エネルギーを自給自足すること、低エネルギー社会をつくっていくことと向き合い始めたのがデンマークだったのです。

1982年には、世界的に有名なデンマークの省エネルギー学者であるヨアン・S・ノルゴー氏によって『エネルギーと私たちの社会―デンマークに学ぶ成熟社会』という本が出版されています。本書では、エネルギーと向き合うには、収益や生産性を追い求める「達成価値」と自然との親和や平等を大切にする「存在価値」のふたつのバランスを考え直すべきだと書かれています。

彼らは、大量のエネルギーを使う過程で自然が壊され、人の住む環境が悪化する、こんな環境で子どもが育って、幸せに暮らし、いい国がつくれるわけがないと気づいたのです。実際にハーバーバスもこの時期の高エネルギー社会の仕組みの中で、排水を垂れ流しヘドロだらけになっていました。

エネルギーを考えることは、これからの社会や地球環境のあるべき姿と向き合うことであるという価値観を、1980年代初頭からコンセンサスを得ながら教育を通して広めてきたのがデンマーク社会です。

足元の資産に気づき、新しい学びと柔らかく融合させてゆく

── 北欧のシステムのいいところを、日本にうまく取り入れることはできないんでしょうか?

北欧はサステナビリティだけでなく社会保障やデザインなど、いい事例がたくさんあります。ですが、仕組みをそのまま真似しても、残念ながらうまくいきません。

でもそれは当然で、国の規模、歴史、文化、そして思考も全然違うのに、うまくできるわけがないんです。北欧の事例を日本の地域などに導入する場合は、日本の伝統的な文化やいいものを壊さないよう、日本流にきちんと置き換えて入れることが大切です。

実際、すでに日本でも様々な取り組みが実現しています。私が携わったものだけでも、札幌でのコペンハーゲンの事例を参考にした都心エネルギーマスタープラン作成や、大阪市での実証実験で利用されたデンマークの地域熱用断熱パイプの利用、京都府とデンマーク間のスマートシティ協定と自転車交通の推進など、色々あります。

── 日本でこういった取り組みを実現していくために必要なものは何なのでしょうか?

技術や設備なども大切ですが、一番大切なのは新しい技術を使っていく人々です。

だから本当のいい街づくりのためには「能動市民」、自ら気づいて新しいことをやっていくような市民を地域から輩出していくような仕掛けが必要になると考えています。そのためには、環境に良いことをしなければという思いと、実際の生活のギャップを埋めていくことが大切です。

実際、デンマークの教育では座学の後に、必ず海や森などのフィールドに出ることでギャップを埋めています。頭でわかってるだけだと、行動まで届きません。最後のギャップを埋めるのは、自分自身の体験です。

── デンマークは街づくりだけでなく教育もデザインされていて、進んでいるのですね。

デンマークの成功事例を聞くとそう思うかもしれませんが、実はデンマーク人には日本は素晴らしい資産や文化、技術を持っていてうらやましいとよく言われます。

── えっ、それは意外です! 日本にいるとあまり実感がないのですが、外からはそう見えているんですね。

特に、日本の伝統デザインや町家建築などはとても評価されていました。デンマーク人の話を聞いていると、日本はうまく伝統と革新を融合していけば様々なイノベーションを起こせるのではと感じます。

日本は欧米のデザインを取り入れるときに、日本古来の伝統的なものと分けて扱う傾向があったと思います。その影響で、日本にある素晴らしい知恵や資産に気づきにくくなってしまった。

── たしかに、私たちは欧米のデザインと日本のものを分けて扱っているかもしれません。

デンマークは先人が築いてきた伝統的なものも大切にしながら、新しいものを取り入れイノベーションを起こします。

先人が苦労してつくり上げてきたものに、自分たちの新しい知恵をちょっと加えるだけで画期的なものができるのに、苦労してゼロから物をつくるなんてもったいないのだそうです。

私たち一人ひとりが足元にあるいいものに目を向けて、それを生かしながら新しさを付け加えていくだけで、日本は世界に誇れるものをつくっていけるようになるはずだと思っています。

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