「水田からのメタン抑制で地球温暖化を防ぐ」 米どころ・新潟県がリードする、農業界の温室効果ガス削減モデル

新潟と言えば、真っ先に思い浮かぶのはお米のこと。米の生産量が日本一の新潟県は、日本屈指の「農業県」と言っても過言ではありません。

そんな農業県・新潟は、県をあげて脱炭素化(カーボンニュートラル)の取り組みに力を入れています。

実は、農林水産分野が排出する温室効果ガスは、日本全体の温室効果ガス排出量の約4.0%(※1)ほど。数字で見ると決して大きな比率ではありません。

一方で、農業をはじめとする農林水産分野はさまざまな産業の中でも数少ない、CO2の「吸収」が可能な産業です。同時に、温室効果ガスによる地球温暖化の影響を直接的に受ける産業でもあります。

数多くの産業が「排出量削減」の取り組みを進める中で、1次産業がどのようにカーボンニュートラルに取り組んでいくのかを示すことには、大きな意味があります。

"農業県"の威信をかけ、「農業界の温室効果ガス削減モデル」になることを目指して活動に取り組む新潟県。具体的に、どのような施策を行っているのでしょうか。

新潟県農業総合研究所、新潟県水産海洋研究所などをはじめとした、温室効果ガス削減に取り組むチームの方々にお話を聞きました。

農林水産分野から考える、CO2削減

──まず、脱炭素化のプロジェクトが立ち上がった経緯について教えていただけますか?

温室効果ガスの削減について、農業県・新潟としてリーダーシップを持って貢献していきたいという理由で始めました。

具体的な取り組みとしては、水田からのメタン発生を減らす地下水位制御システム「FOEAS(フォアス)」の導入や、CO2吸収量の増加が期待できる無花粉スギの研究、施設園芸における作物栽培時の省エネ、アカモクの養殖によるCO2の吸着などを行っています。

──ひと口に農業を通したCO2削減と言っても、さまざまな取り組みの種類があるんですね。

たとえば、ハウス栽培をする際に使う燃油の量を減らす研究もその一つですね。

新潟のように気温が低く、日照時間も少ない地域で作物を栽培する際には、燃油を使った暖房によって気温がコントロールできるハウス栽培が非常に重要です。この燃油の投入量を減らすことができれば、CO2排出量も削減できる。

現状で最も有力な方法の一つが、ハウス内へのヒートポンプの導入です。これは夏でも冬でも水温が変わらない地下水の特徴を利用したもの。ヒートポンプを通して地中の熱でハウス内を温めることができれば、燃油を燃やす量も減り、CO2排出量の少ない農業が可能になります。

──必要最小限まで、CO2排出量の削減を目指しているんですね。

農業だけでなく、水産分野でも取り組みを行っています。

それが、アカモクなどの海藻増養殖の活動です。アカモクの養殖はもともと、海藻の養殖適地が少ない新潟で、海藻の生産を増やすために始まったものでした。

10年ほど前に海藻が二酸化炭素の吸収源(=ブルーカーボン)として注目され始めてからは、ブルーカーボンとしての活用も視野に研究を進めています。

これまで養殖に利用されていなかった場所でも養殖が可能になれば、アカモクの収穫量は増え、増えたアカモクがCO2を吸着してくれて一石二鳥というわけです。

アカモクは食用以外の需要が少ないため、養殖を進めてアカモクの量が増えすぎてしまうと、天然アカモクの価格低下につながってしまうことが懸念されています。新しい需要の創出とセットで進めることが今後の課題ですね。

──産業として成立させることも考えながら、活動を進めているんですね。

水田からのメタン抑制で地球温暖化を防ぐ

──さまざまな取り組みをされていると思うのですが、新潟県としてとくに力を入れている研究はどんなものになりますか?

稲作が盛んな新潟県としてはとくに、水田からのメタンガス発生の抑制に注力しています。

――水田からメタンが発生するんですか?

水田でメタンが発生する仕組みの図
出典:農研機構 農業環境研究部門(旧 農業環境技術研究所)

田んぼの土の中には、酸素の多いところでは活動できない"メタン生成菌"が潜んでいます。
田植えしてしばらくすると、田んぼの土中にいた微生物が土の中の有機物を分解するために、水中にあった酸素をどんどん使ってしまいます。酸素が少なくなると、メタン生成菌の活動が活発化して、メタンがどんどん作られてしまうんですね。

そして、土の中でできたメタンは、稲をはじめとした水生植物の体の中を通って大気中に放出されます。稲の体がメタンが通る通気口や煙突になってしまうイメージです。

――酸素が多いと、メタン生成菌は活動できないんですね。つまり、田んぼ中の酸素を豊富にしておけば、メタンの生成を防げるということですか?

そうですね。そこで、田んぼの水の管理の仕方を変えることによって土の中の酸素を増やしたり、土の中に入れる有機物の種類を変えて酸素を使いすぎないようにすることで、メタンの発生を抑えようというのが今の流れです。

――こうした取り組みは、いつ頃から行われるようになったのでしょうか?

1861年にジョン・ティンダルが二酸化炭素やメタンなどに温室効果があることを発見しました。

1960~70年代には温室効果ガスが増えてきた原因が、自然現象にあるのか、それとも人間の営みによるものなのかを明らかにするための研究が始められていました。その中で日本の研究者が水田土壌からメタンが発生することを発見し、さらに牛のゲップにメタンが多く含まれていることが明らかとなってきました。

1980年代になると、実際の水田からどれくらいのメタンが発生しているか世界各地で調査が始まりました。そうした流れを受けて、日本国内の全都道府県の水田でメタン測定を開始したのは、1992年(平成4年)のことですね。

地中の水位調整がメタン抑制のカギに

――水田から発生するメタンの量を抑えるために、田んぼの水の管理の仕方を変えるという方法がある、というお話がありました。具体的にはどういった仕組みなのでしょうか。

先述の通り、土壌に酸素が多く含まれている状態にすることで、メタンの発生を抑えられます。地中に酸素を送る方法として、最も効果的な方法の一つが水田の水管理です。

地表から地下水までの深さを地下水位と呼びます。この地下水位を下げて地表近くの水を少なくすることで、田んぼの酸素の量を増やすことができるんです。

――でも、どうやって地下水位を操作するんですか?

土を深く掘っていくと、地下水に辿り着きますよね。この地下水をくみ上げすぎると、地下水位が深くなりますし、地下水が豊富にあると、地下水位が浅くなります。この原理を利用した装置を導入して、地下水位を操作します。

最近、新潟県で増加しているのは「FOEAS」という、排水機能と給水機能を両立した地下水位制御システムです。地中に水路をつくって地下のパイプから水路を通して、地下水位を下げたいときは地下のパイプを通して余剰水を排出し、地下水位を上げたいときは地下のパイプから土が水を吸い上げられるように水を流すことで、地下水位の調整が可能になります。

水の行き来する暗渠管と水位制御装置を組み合わせ、地下水位の調整を可能にした設備『FOEAS』

そして、地下水位の調整ができる「FOEAS」の導入には、作物を栽培する農家さんにとってもメリットがあるんです。

――農家さんのメリットとはなんでしょう?

まず、イネの他に野菜を作りやすくなります。野菜は排水不良だと、よく生育しなかったり病気になったりしますが、排水を良くすることでこのリスクを軽減できます。

新潟県の土壌は水はけが悪く、イネの生育をうまくコントロールできないことや、刈り取りなどの機械作業が難しいことが多くありました。そこで、必要なときに水田を乾かせるよう、暗渠と呼ばれる地下水路を作ってきたのですが、暗渠は、地中の水を排水する機能しかなく、給水は土壌の表面から行っています。この給水方法は野菜には向かない方法なんです。

一方のFOEASには排水機能のほかにも、地下から給水できる地下灌漑の機能もあります。そのため、今までは野菜づくりに適していなかった場所で野菜をつくることができ、農家さんの収入アップにつながるという試算も出ています。

FOEAS整備水田でのたまねぎ栽培の様子(左:地下かんがい時 右:地下かんがい後の排水時) このように水位制御が容易となる

稲作においても田んぼの水の管理がしやすくなり、作業時間が減って農家さんの作業効率が上がるんです。

また、夏のフェーン現象の熱風による被害の軽減も、農家さんのメリットです。新潟県を含む日本海側は、山を越えてきた気流が乾燥して気温が高くなり、作物が被害を受けることがあります。FOEASで地下水位を保つことで作物にしっかりと水を供給でき、フェーン現象による被害も抑えられる可能性があります。

導入時には費用がかかりますが、病気を防ぐことによる野菜の収穫量アップや稲作の管理コストの低下など、農家さんにもメリットを還元することができます。

無花粉スギの開発でCO2吸収量の増加も期待

――新潟県では、林業を通した脱炭素化の取り組みもあるとお伺いしました。

無花粉スギの研究ですね。この研究は、1999年度(平成11年度)から開始しました。

当初は、花粉症のリスクを抑えるために始めた研究でしたが、その後、この無花粉スギの開発を通じてCO2吸収量の増加も期待できるのではないかと考えて研究を進めています。
現在は、新潟県森林研究所を中心に研究を行っています。

県で開発を進めている「無花粉スギ」。平成29年10月には、県内で初めて試験的な植栽を行った

――無花粉スギの開発を通じてCO2の吸収量の増加が期待できるとは、どういうことですか?

新潟県では、成長が早い、雪害や虫害への抵抗性が高いなどの特性を持つ無花粉スギの開発を進めています。
今後、成長の早い特性等を持つ無花粉スギが開発され、その品種の植栽などが進んでいけば、従来よりもCO2吸収量の増加が期待できる、ということです。

無花粉スギの特徴や無花粉スギが持続可能な理由についてはこちら
https://sdgs.yahoo.co.jp/originals/85.html

――他県でも無花粉スギの取り組みはあるかと思いますが、新潟県がこの研究に注力したきっかけは何かありますか?

無花粉の特性を持つスギの遺伝子は、現在、国内で4種類発見されています。新潟県では全国で唯一、この4種類の遺伝子が確認されており、このことが、研究に注力するきっかけとなりました。

今後も、脱炭素社会を目指し、無花粉スギの研究、植栽を進めていきます。さらに、高齢化して成長量やCO2吸収能力が低下してしまった森林を伐採し、再造林を進めていくことで、森林の若返りと森林資源の循環利用を図っていきます。

農業県・新潟として全国をリードしていきたい

――脱炭素化の取り組み自体は多くの自治体で行われていますが、新潟県では県営の研究施設がコミットして、独自の研究や技術開発をされていますよね。それはなぜでしょう?新潟県は、独自の技術開発までしてますよね。

地域によって土壌や気象の違いがあるので、国や他県で研究されたものをそのまま新潟県に適用するのが難しいという事情があります。

無花粉スギの人工交配作業の様子

自然と、独自の技術開発が必要になるんです。ですので、農業のウエイトが大きい県は多かれ少なかれ、県をあげて取り組まれているところは多いと思います。

ただ、日本を代表する「農業県」として、農業関連の技術開発やCO2削減の取り組みをリードしていきたいと考えているのも確かです。単独でやるよりも、全国で同じ認識を共有して取り組んだほうが良いこともありますし、他の県との連携も進めていきたいですね。

――ありがとうございます。こうした研究成果をアクションにつなげていくためには現場の方の協力が必要だと思います。生産者の方の協力を得るために、どんなことをされていますか?

これまで、メタン削減技術や省エネ技術など農業分野における脱炭素化について、生産者の方々にも認知してもらおうと、農協や農業共済組合などとも連携して普及を進めてきています。ただ、生産者さんの関心を惹きつけられていないのが現状です。

生産者さんの立場からすると、手間を求められる一方で、対価につながる実感が湧かないというのが現状なのかもしれません。

生産者さんが自分事として考えて導入を前向きに検討してくれるような施策づくりにも力を入れていきたいですね。

さらには、全国で連携した研究と合わせて県単位で研究することで成果が広がるように、農林漁業者以外の一般消費者の方も巻き込んだ取り組みを行っていきたいとも思っています。課題はまだまだたくさんありますが、少しずつ取り組んでいきたいですね。

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この記事は、企業版ふるさと納税の仕組みを活用した「Yahoo! JAPAN 地域カーボンニュートラル促進プロジェクト」でヤフー株式会社から寄付をしたプロジェクトについて取材したものです。

地方公共団体への支援を通じて、国内の脱炭素化などを促進していく目的で行っています。

https://about.yahoo.co.jp/csr/donationforcarbonneutral/

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