21世紀は水戦争!? 海なし県で地球の「水事情」を学ぶ

今回、Gyoppy!の取材にやって来たのは「海なし県」である長野。

「海の豊かさを守ろう」がキャッチコピーのメディアが、海のない土地で取材......?
いえいえ、実はここ長野も、大いに「海の豊かさ」に関係しているんです。

海がないかわりに、長野にたくさんあるのが「山」。面積の8割が山地で、日本アルプスや八ヶ岳など有名な山をいくつも有しています。

以前、Gyoppy!で和歌山・那智勝浦のマグロ漁師さんに取材した際、こんなことを教えてもらいました。

「ミネラル豊富な水が山から海へ流れ込むことで、いい魚が増える。そしてその水が蒸発し、雲になり、循環する」

豊かな山が、豊かな海を作る。どうやら「水の循環」を知ることは、海を知るために重要なよう。

海から山、そして山から海へ。自然のなかの水循環について、専門家である信州大学の榊原厚一先生に話を聞きました。

信州大学 理学部理学科・物質環境学コースで助教を務める榊原厚一(さかきばら・こういち)先生。「山の水循環」や「水循環の始まり」を研究テーマとし、2018年に信州大へ赴任した。

目に見えない「地下水」が、私たちの暮らしを支えている

── 今日は「山から海への水循環」について聞きに来ました。

なるほど。まず、水の循環にどんなイメージをお持ちですか?

── えーっと、雨が降って、川を流れて海に流れ込む、みたいな感じでしょうか。

ふむふむ......。

試験だと50点の解答ですね。

── ひい、いきなり落第でしょうか......?

いえいえ、一般的なイメージは先ほど仰っていたようなものだと思いますよ。循環の詳しい説明の前に、まず地球上に存在する水について紹介しますね。

これは、地球上のどこに水が存在しているかと、その貯留量・循環量を図にしたものです。何か気づくことはありますか?

── うーんと......やっぱり「海洋」にある水が多い?

そうですね。地球上の3分の2は海ですから。この図によると、海洋には3億2260万立方マイルの水が存在していることになります。

── 3億!!!!  ......あの、立方マイルってどのくらいですか?

4.2×10の12乗リットルですね。

── ......とりあえずめちゃくちゃ多いってことですね。

そういうことです。ただ、たくさんあると言っても、海水を人間がそのまま飲むことはできません。水資源としては、地上にある「淡水」が重要です。

図の中で海洋の次に水の量が多いのは「氷河/永久凍土」の660万立方マイルですね。ただ、凍っていたらやっぱり人間が使えません。では、河川の水の量を見てみると......1万立方マイルしかないんです。

── 海洋や氷河に比べると、すごく少なく感じます。

ええ。これだけでは人間の水資源としては足りません。ここで最初の質問にも繋がるのですが......きわめて重要なのが「地下水」なんです。

河川が1万立方マイルなのに対し、地下水は200万立方マイル。地面を数m掘れば地下水が出てきて、水資源として使用できる。目に見えないので普段は意識しづらいですが、私たちの足の下には膨大な量の地下水が存在していて、人間の生活を支えているんです。

では、この地下水はどこから来るかわかりますか?

── ......あ、雨は地面にも染み込みますよね。それが地下水になる?

正解です。つまり、山から海への水循環でも、河川だけでなく地下水の存在は大きいんですよ。

スタートは海。太陽がなければ水は循環しない

では、水循環について詳しく説明していきましょう。これが地球上の水循環のイメージ図なのですが......。

── ......すみません、なんだかスケールが大きすぎて、理解が追いつかず。

あはは、いきなり地球規模ですからね。順を追って説明しましょう。

まず、水循環の始点となるのは「海」なんです。

── そうか、雨になる水分も、どこかから来るわけですもんね。それが海だと。

ええ、そして太陽光が極めて重要なんです。

水は液体ですよね。その水が気体である水蒸気に変わらないと、循環が始まりません。そして水が気体に変わる際、大きなエネルギーを必要とします。そのエネルギーが太陽光なんです。

つまり、太陽がなければ地球の水循環は始まらないんです。

── すべての始まり......「母なる太陽」って言いますもんね。では、太陽光で海水が蒸発し、気体になるのがスタートだと。

はい。海上に発生した水蒸気は、風によって陸地へと運ばれていきます。そして山にぶつかると「上昇気流」になるんです。

山の上の方は気温が低いですから、上昇気流は山頂に近づくにつれて急激に冷やされます。すると水蒸気が凝結して雲になり、雨や雪となって降り注ぐんです。

── その雨や雪が、河川と地下水を通じて海へ流れ込むと。

そうですね。身近にある河川を想像して欲しいのですが、下流にいくにつれて、河川は大きくなっていきますよね。つまり、水量が増える。なぜだと思いますか?

── えっと......小さい川が合流して、大きい川になるから?

それもありますが、下流へ流れていく過程で地下水が「湧水(ゆうすい)」として湧き出て、河川の水量が増えているんです。

これは海でも同じですよ。海の浅い部分では、「海底湧水」として淡水が湧き出ています。

── 海に淡水が湧き出ているのは意外ですね。

また、地下水はゆっくりゆっくり地面へ染み込んで、長い時間をかけて移動します。ニュージーランドにある機関の研究では、雨が地上に降って、海底湧水となって出てくるまでにかかった時間が「平均180年」という結果が出たそうです。

── 180年! じゃあ、いま日本で湧き出ている水は、江戸時代に降った雨......? 遠い目になっちゃいますね。

計測地点によって差はあるので、あくまでイメージですけどね。

「洪水」が海を豊かにしていた

榊原先生は、上高地で湧水の量や成分を調査している

もう一つ、湧水は「温度」も特徴的なんです。

長野の上高地では、冬季はマイナス30度を記録することがあります。しかし、そんな時でも湧き水の水温は6度くらいなんです。

── え、温かくないですか? むしろ凍っちゃうのかと。

逆に、気温30度の夏でも、湧き水の水温は少し上がって6.5度くらい。つまり、湧水の温度は常に一定なんですよ。

そのため、海底湧水が出ている場所は水温が一定で、魚にとって過ごしやすい環境になり、生態系も豊かになるのではと考えられます。

── 地下水って成分的にはどうなんでしょう? ミネラルがたくさん含まれてるとか。

うーん、地下水は地面へ染み込む過程で不純物が濾過された、とてもきれいな水なんです。だから、おそらく魚にとって栄養となる成分は少ないのではないでしょうか。

水に含まれる養分の観点からは、河川が非常に重要になってくると思います。

台風が来たあとの河川は水量が増して濁っていますよね。あの濁りは山などの土砂が水に含まれているから。そして、土砂には海にもともと存在しないミネラルなどの栄養分が含まれているんです。

── 山の土って、落ち葉や動物の死骸が分解されて栄養が含まれてるわけですよね。それが海へと運ばれ、海が豊かになる。循環してますね......!

洪水も同じですね。山の方の肥沃な土砂が、洪水によって人の住む下流部へと流され、堆積する。そこで作物を作ると、よく成長する。中国やベトナムのような平野にある大農業地帯は、洪水がないと成り立たないんですね。

もちろん洪水や台風は、人間生活の観点からは災害です。しかし、自然環境の観点からは、山の恵みを海へともたらしてくれる重要な要素なんです。

山が痩せると、海も痩せてしまう

── 今の日本では、林業の人手不足も問題になっています。山に入る人が減り、管理が不十分になると「山の恵み」が減り、海にも影響するんでしょうか?

水循環の観点からみても、山の機能低下は問題ですね。戦後の日本の山には人工林が増えています。人工林では等間隔に高密度で植えられた木が成長するため、地表へ日光が入りづらく、植生も乏しくなります。

生態系が豊かでないと、山で作られる養分も少なくなる。さらに、山の地肌が固くなり、吸水性や保水力も落ちてしまいます。すると、どうなるでしょうか?

── 山に水が染み込みづらくなる......?

はい。山の持っている栄養が取り込まれる前に、水が流れてしまうことになります。すると、山から海への栄養分の流入も減ってしまう。

だから、森林が間伐などによって適切に管理されて、山本来の持つ機能が最大限発揮されることが大事なんです。

── 美味しい魚を食べ続けるためには、山の管理も必要なんですね......。

21世紀は「水戦争」の世紀?

── ここ数年、日本で豪雨災害が増えているように感じます。異常気象と水循環との関連はあるんでしょうか?

地球規模で気温が上昇しているので、海から蒸発し、水蒸気になる量も増えています。そのため、雨量が増えて豪雨となるケースが増えていると言えますね。

また、世界的には水不足も深刻です。『「水」戦争の世紀』という有名な本では、「20世紀の戦争が石油をめぐって起こったとするなら、21世紀の戦争は水をめぐるものとなるだろう」と書かれています。

── 水戦争! SFの世界みたいですが......。

実際に、中国では人口が爆発的に増えて水不足となる可能性が叫ばれています。でも、中国で水を求めて地下水を掘りすぎると、下流であるベトナムのメコン川が干上がってしまうかもしれない。

水は循環していますから、どこかで水を取りすぎれば、どこかが足りなくなる。それがエスカレートすれば、資源の奪い合いに繋がりますよね。

そうならないためにも、自然における水の循環をきちんと知り、守っていくことは重要なんです。

いま、世界では「持続的な発展」についての議論が活発です。人間の生活レベルを昔に戻すのではなく、環境のことも考えながら発展させていきましょう、と。環境に負荷をかけない成長が大事だと思います。

── 環境の話でいうと、山の環境汚染は海の汚染にも繋がるのでしょうか。

はい。山が汚染されれば、地下水や河川を通じて海へ有害な物質が流れ出ますから。

また、自然に分解されないゴミを山へ捨てることも問題で。例えば、プラスチックは時間が経っても細かくなるだけで分解されませんから、マイクロプラスチックとして流出することになります。

── 山へのポイ捨てが、海を汚すことに繋がってしまう。

水循環のスタートは海ですが、帰着する場所も海ですから。ゴミや汚染物質、マイクロプラスチックも、海が最後に受け止めることになるでしょうね。

自然は循環していますから、すべて繋がっているんです。長野は海のない県ですが、そこで環境保全に取り組むことは、結果的に海の環境保全にも繋がるんですね。

おわりに

家の蛇口をひねれば、自動販売機のボタンを押せば、いつでも当たり前に手に入る水。でも、それが当たり前でなくなってしまう未来が、例えば山でのポイ捨てによって生まれてしまうかもしれません。

身近にあって当然の存在なのに、水について知らないことの連続な取材でした。
ここで、先生に教わった内容をおさらいします!

そして、この先も水を安心して使い続けるために、地球規模でさまざまな活動が行われています。その一つは、海なし県の長野でも。

6/15・16に長野・軽井沢で開催される、G20の関係閣僚会合。「持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境」をテーマに話し合う

「地球環境」というと遠くに感じてしまいがちですが、身の回りにある水もすべて繋がっている、と意識すれば、環境のことが少しだけ身近になりそうです。

\ さっそくアクションしよう /

ひとりでも多くの人に、海のイマを知ってもらうことが、海の豊かさを守ることにつながります。

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